第144話 続・伝説vs伝説
引き続きカラミティ戦です。
「そんな……」
「まさか……」
「嘘だろ……」
「あのカラミティ・エンドを」
「【不死の中の不死】を」
き……。
き……。
斬ったぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっっっっっ!!
その悲鳴じみた声は、両陣営から聞こえた。
伝説の存在。
【不死の中の不死】。
ドラ・アグマ王国の女王でもあるカラミティ・エンドを斬ったのである。
40を超え、引退し、そして再起した男がだ。
人間も、不死者たちも関係ない。
700年以上、彼女に膝を付かせたものはいなかった。
だが、今――。
その奇跡よりも奇跡な光景に、皆が圧倒されていた。
「陛下!!」
1番初めに動いたのは、ゼッペリンだ。
大きく跳躍する。
空中からヴォルフを目がけて襲いかかってきた。
次いで動いたのは、骸骨将軍である。
骨を鳴らしながら、8本の腕を振るう。
3つの顔は、すべて憤怒に彩られていた。
両者とも絶対の忠誠を誓うカラミティの助けに入る。
だが――。
止まる。
ぴたりと両者の動きが止まった。
ゼッペリンが伸ばした手も、骸骨将軍が振り下ろした武具も。
ヴォルフの身体に触れる前に止まっていた。
両者の顔が驚愕――いや、恐怖で歪む。
視界に映ったのは、1人の少女だ。
左肩から右脇に向けて、袈裟斬りにされている。
どぼどぼ、と重たそうな音を立てて、血を垂らしていた。
おかげで骨のように白い髪の一部が、朱に染まっている。
唇からは鮮血が垂れていた。
普通であれば、致命傷といって差し支えないほどの大怪我である。
しかし、カラミティ・エンドは立っていた。
強い怒りを漲らせて……。
「主ら……。何をやっておる!」
「…………!」
「…………!」
言い訳をしようにも唇が動かない。
そもそも口を開いた瞬間、殺されそうだった。
殺意の刃が、切っ先ではなく首元にすでに刺さっているような感覚である。
すると――。
「ふん!!」
カラミティは両者の得物を握ったまま持ち上げる。
そのまま吐き出した息と共に、投げつけた。
高速で打ち出されたゼッペリンと骸骨将軍は、そのままドラ・アグマ軍の陣営に突っ込む。
不死者たちを巻き込み、いまだヴォルフの襲撃に混乱していたドラ・アグマ軍は、さらに乱れた。
軍の異常事態に、大将自身はまるで興味がないらしい。
ふん、と鼻息を吹き出す。
改めてヴォルフに向かい合った。
【不死の中の不死】の口が裂ける。
愉快げに顔が歪む。
そして大笑した。
「くっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
空気が震える。
それは壊れた弦楽器のようだった。
ひどく歪つに、人々の耳朶を打ち、恐怖を注ぎ込む。
カラミティもまた身体をくねらせ笑い続けた。
その様は異常である。
笑声と同じく、何か心そのものが壊れているように聞こえた。
やがて静まる。
赤い瞳を動かし、再びヴォルフを睨んだ。
「まさかこの我を斬るとはな。驚きすぎて、一瞬意識を失ったぞ」
たった今、己を斬った人間に話しかける。
その表情は、実に愉快げである。
最高の晩餐に瞳を輝かせる子供のようだった。
「改めて問おう。名は?」
「ヴォルフ・ミッドレスだ」
「ヴォルフ……。なるほど。忌々しい狼が名前か」
カラミティは目を細める。
ゆっくりと気が集まってくるのを感じた。
ヴォルフはわずかにスタンスを広げる。
「ヴォルフよ、褒美だ」
受け取るがいい……!
カラミティはまた飛び出す。
わずかにヴォルフは眉を動かした。
すぐに抜刀する。
最短最速――。
【無業】!!
カラミティを斬った剣技である。
先ほどは攻め手に使った技だが、今度は守りに使う。
それほど【不死の中の不死】は速かったのだ。
ギィンンンンンン!!
いちいち耳を裂くような音が鳴る。
音こそ甲高く響くが、その一撃はかなり重い。
かろうじて、ヴォルフはカラミティの攻撃を止めるも、土を蹴って下がった。
そこにカラミティの2撃目が振り下ろされる。
世界そのもの切り裂くような一撃。
ヴォルフはこれもかろうじて避けた。
すり足のまま横へ。
カラミティは猛追する。
だが、ヴォルフとて負けていない。
1度抜いた刀を薙ぐ。
だがカラミティは止まらない。
回避する素振りすら見せなかった。
ギィン!!
「なっ!」
ヴォルフは呻く。
紺碧の瞳に映ったカラミティの姿に、動揺せずにはいられなかった。
不死の王は、刀を受け止めている。
手でもなければ、腕でもない。
その細い身体もなかった。
歯だ。
ドラ・アグマ王国の女王は、歯あるいは牙で、ヴォルフの刀を止めていた。
慌てて、【剣狼】は引こうとする。
だが、びくともしない。
【大勇者】によって強化され、ヴォルフ自身の身体も日々成長を続けている。
こうして伝説の存在と渡り合えているのも、そのおかげだ。
しかし、その膂力を持ってしても、動かすことは叶わなかった。
カラミティはそのまま刃を滑らせる。
ヴォルフに密着した。
その状態から振ってきたのは、顔面を狙ったブローだ。
伝説の拳が、神速で襲いかかってくる。
ヴォルフは慌てて防御した。
ドゴォォォォォオオオオンンンンン!!
もはや拳打のそれではない。
火薬が爆発したような音だった。
ヴォルフは吹き飛ばされる。
ふわりと宙を浮いた。
そのまま華麗に着地する。
気がつけば、カラミティとの間に50歩ほどの間が空いていた。
ヴォルフは手を顔の前に掲げたような状態のまま固まっていた。
手の平からは、その拳打の凄まじさを物語るように白煙が上がっている。
熱い空気の層をぶち破ったカラミティの拳打は、異常なほど加熱していたのだ。
カラミティもまた振り抜いた手を掲げていた。
皮と肉がベロリと捲り上がっている。
血が流れていた。
人間ならば大怪我だろう。
だが、少女は顔色1つ変えない。
傷口についた手を、ペロリと舐め取る。
それが合図だったかのようだ。
たちまち傷が再生する。
元の美しい肌を取り戻していた。
息を呑んだのは、カラミティをよく知るゼッペリンだった。
「陛下は、本気だ……」
カラミティの特徴は、絶対的な不死の力だ。
その再生能力はあらゆる生物を凌駕する。
故に、カラミティは己の命を省みることができない。
たとえ、自分が傷つくことがあっても、再生してしまうからだ。
しかし、そうだといっても、カラミティがそこまで本気を出すことはない。
その前に決着がついてしまうからである。
「あの男……。本当に何者なのだ?」
ゼッペリンは唇を震わせる。
主君は確かに恐ろしい存在だ。
怒りに触れれば、たちまちゼッペリンの息の根を止めることができるだろう。
だが、今はカラミティよりも、ヴォルフ・ミッドレスの方が恐ろしい。
万が一……。
いや……京が一。
もしかしたら、ヴォルフ・ミッドレスはカラミティを殺してしまう。
そんな気がしたのだ。
しかし、カラミティは止まらない。
壊れた火車のように、再びヴォルフへと襲いかかる。
700年生きるカラミティにとって、闘争こそ無聊を慰める唯一のものだった。
だが、いまだ彼女の遊び相手足る人間はいない。
あのレイル・ブルーホルドですら、彼女と対等ではなかった。
彼が、【不死の中の不死】の寵愛を受けることが出来たのは、別の意味でレイルに魅力があったからだ。
しかし、ついにカラミティを物理的に受け止めることができる人間が現れる。
負けることはない。
そもそも彼女は不死なのだ。
それでも一抹の不安を取り除くことはできない。
そうしてゼッペリンは走り出す。
「陛下!!」
ヴォルフとカラミティが対峙する戦場へと割り込んでいった。