第142話 勇者凱旋!
ここで宣伝したところ、新作『縛り勇者の異世界無双 ~腕一本縛りではじまる余裕の異世界攻略~』のPVが大幅に上がりました。読んでいただいた方ありがとうございます。
おかげで、久々にジャンル別の表紙に掲載されました。
新作ともどもよろしくお願いします。
王都は上を下への大騒ぎになっていた。
カラミティの侵攻を聞き、残っていた王都民が脱出を始めたのだ。
ムラド王は引き留めなかった。
貴重な兵を割き、北の門を開けて脱出させた。
だが、逃げたところで分が悪いのは変わらない。
城門外には、魔物がいる。
兵をつけたとはいえ、万の人間を守るには、あまりに手勢が少なかった。
だが、王国ができることといえば、それぐらいしかない。
他国からの応援を要請しているが、間に合いそうになかった。
後は【大勇者】の帰りを待つしかない。
王都から1日のところに陣を張った騎士団の役目は、その時間稼ぎに過ぎなかった。
◆◇◆◇◆
一方、ゆっくりと武力を誇示するかのようにドラ・アグマ王国軍が進む。
ウィラス率いる騎士団と対峙したのは、報を聞いてから2日経った深夜のことだった。
月が満ちている。
綺麗な円が光を放ち、草原の国を照らしていた。
月下のもと、両雄は居並ぶ。
赤い光が、魔幼虫のように蠢いている。
対して、レクセニル軍は深夜の戦いにもかかわらず、精悍な顔つきをしていた。
誰も眠い目を擦らない。
ただ今にも震えだしそうな唇をギュッと噛み、不死の軍勢と相対していた。
すると、1人の女が草を踏みしめ現れる。
魅惑的な身体のライン、上品に緩めた唇。
月光に照らされた白い髪を揺らしている。
それが【不死の中の不死】でなければ、世の男達はたちまち虜になったことだろう。
ナチュラルな魅了の魔法を振りまき、カラミティ・エンドは戦場に降り立つ。
軍の先頭に現れ、両腕を組んでふんぞり返る。
対するレクセニル軍の先頭に立っていたのは、ウィラス・ローグ・リファラスだ。
槍の切っ先を下げて、伝説の存在と相対する。
物怖じする様子はない。
その背中は、つい先日彼女と1vs1で戦ったツェヘスを思わせた。
「兄様」
アンリは1歩歩み寄る。
来るな、というように槍を掲げた。
「心配すんな」
兄は振り返らない。
ただ真っ直ぐ、カラミティの方へ向かった。
ヒュッと空気を切り、槍を回転させる。
肩に置くと、リラックスした態度で、【不死の中の不死】に臨んだ。
「よう……。不死の女王様よ。一体、こんな夜更けになんの用だ? みんなでお月見……ってわけでもなさそうだな」
軽口で話しかける。
口元は緩んでいたが、首筋についた汗まではごまかせない。
明るい月夜にあって、ぬらっと輝いていた。
カラミティは微笑む。
目の前の男を嘲笑うようにである。
「慮外な男よ。だが、嫌いではない。我は堅苦しいのは嫌いでな」
「そうかい。じゃあ、遠慮無しに聞かせてもらうぜ。期限まではあと7日あっただろう。ちょっとフライングが過ぎるんじゃないのか?」
「しかり……。しかし、我は14日待つといっただけで、侵攻しないとはいってないぞ」
「けっ! 面白くもない屁理屈だ」
「屁理屈ではない、事実だ。……だが、安心しろ。道行きにおいて、雑兵も民草も殺しておらん。我々は真っ直ぐ向かってきただけだ」
カラミティの言うとおりだった。
ここまで被害らしい被害の報告は入っていない。
今回はドラ・アグマ軍が侵攻する経路がわかっていて、各都市の避難がスムーズに進んだのもあるが、被害「0」というのは珍しい。
カラミティには他に目的があるのではないか。
あくまで、これはウィラスの勘だが、そう考えていた。
「ところで、レイルは見つかったか?」
「目下調査中だ。だが、これはあくまで俺の私見だが、レイルはもう生きてねぇ。いくら伝説の存在とはいえ、レイルは人間だ。不死のあんたとは違う」
知った口をきくな、痴れ者が!!
それはもはや吠声だった。
レクセニル王国の広い平野に響く。
草葉が揺れ、空気が震える。
耳をつんざくような叫びに、ウィラスの後ろの兵士は思わず身体を震わせた。
覇気、殺気、そして怒気。
押しつぶされそうなプレッシャーの中でも、副官は立っていた。
じっと青い瞳で、目の前の【不死の中の不死】を見つめる。
映っていたのは、見目麗しい女王様などではない。
1匹の獣だった。
白い髪を逆立て、眉間と鼻の頭に皺を寄せる。
カラミティはその怒気を含んだ表情を崩さず、目の前の男を威圧し続けた。
「ヤツは生きておる、必ずな」
白い息を吐きながら、カラミティは答える。
一方、ウィラスは耳に小指をツッコんだ。
キィンとした耳鳴りが気にするような態度を取る。
動作がわざとらしいのは、少しでも時間を稼ぐためだ。
「何故、そう思う? 普通に考えて、200年も生きていける人間はいねぇ」
「お前に答える必要など無い。レイルを出せ」
「レイルを見つけて、どうする?」
「知れたこと……。八つ裂きにしてくれる」
「訳がわからんぞ、お前」
「お前に理解してほしいとは思わん。これは我とレイルの約束だからな」
「約束……?」
ウィラスの瞳が光る。
カラミティは、はっと口を噤んだ。
白い髪を揺らし、目を逸らす。
1匹の獣は、急に女の子らしい表情を見せた。
(なんだ? 今の反応は……)
ウィラスは瞼を細める。
ますます疑いの目を向けた。
「ところで――」
話題を変えたのは、カラミティの方だった。
「レクセニル王国には、レイルよりも強い【大勇者】がいるそうだな」
「――――ッ!」
「名は……。確か――――」
カラミティは後ろを振り向いた。
控えていたゼッペリンが答える。
「レミニア・ミッドレスです、陛下」
「そうだ。そのレミニア何某と会わせよ。いるのであろう?」
「会ってどうするんだ?」
「八つ裂きにする」
「八つ裂きが好きだな、お前」
ウィラスが肩を竦めた。
本気で呆れていたのだ。
「会わせよ。出なければ、そなたを八つ裂きにする」
「生憎と今、留守にしてる」
「留守だと……。隠し立てするな」
「隠してなんかいない。それにもしいたら、俺じゃなくて嬢ちゃんが先頭に立っているだろう」
「ほう……。それほどの傑物か……」
正直に言うと、ウィラスはレミニア・ミッドレスのことをあまり知らない。
1度、ツェヘスと戦っているのを見たことがあるが、さほど化け物という感じはしなかった。
本気でなかった(ツェヘス相手に本気でなかったことが、すでに化け物じみてはいるのだが)からだと思うが、強さの片鱗すら感じることができなかった。
ツェヘスにいわせれば、それがウィラスの弱さでもあるらしい。
だが、今の目の前の伝説の怪物に比べれば、レミニアはただ可愛いだけどの子供に過ぎなかった。
「わかった。留守というなら、待とうではないか」
この時、カラミティは自分が出した条件のことを忘れた。
完全にレミニア・ミッドレスに興味を持ってしまったらしい。
「待つ?」
「ああ……。ここでそやつが帰るのを待とう」
レクセニルサイドから見れば、願ってもないことだ。
王国にとって、今打てる手は【大勇者】の帰還しかない。
その帰りを、カラミティ自ら待つというのである。
内大臣レッセルが聞けば、小躍りしたことだろう。
だが、嫌な予感はぬぐえない。
そしてよく当たるウィラスの勘は、最悪の形で的中することになる。
「ただ待つのは退屈だ。貴様ら、座興に付き合え」
カラミティの殺気が膨れ上がる。
もう何がどうなるか、一瞬でウィラスは理解した。
咄嗟に防御の姿勢を取る。
ギィンッ!!
金属を打ち鳴らしたような音が響く。
ウィラスの胸まで上げた槍が、カラミティが伸ばした手を防いでいた。
「ほう。我が初撃を受け止めるとは……。なかなかやるではないか、お主!」
「ありがとよ」
完全な運だった。
ウィラスは見えていたわけではない。
ただカラミティの軌道線上に、たまたま槍の柄があったに過ぎなかった。
吹き飛ばされそうになるのを、なんとか堪える。
それが精一杯だった。
(ツェヘスは、こんなヤツと戦っていたのかよ……)
戦ってみて初めてわかることがある。
化け物だ。
基礎能力のレベルが、2桁ぐらい違っている。
瞬間、ウィラスは吹き飛ばされていた。
耳の横を強く殴打される。
一瞬首がねじ切れたのかと思った。
だが、ちゃんと胴体についている。
そうならなかったのは、ツェヘスとの鍛錬のおかげだろう。
しかし、それで完全に意識が途切れる。
受け身も取れず、落下しそうになった。
それを受け止めたのは、2人の騎士だった。
上背のある騎士と、正対するような背の低い騎士。
エルナンスとマダローだ。
2人は受け止めることには成功する。
だが、衝撃は凄まじく、そのまま吹き飛んでいった。
「ははは……。軽すぎるぞ、お前達」
「貴様ッ!!」
戦場に躍り出たのは、アンリだった。
背後でお付きの騎士たるリーマットとダラスがいる。
その2人の制止を振り切り、アンリはカラミティに剣を振り下ろした。
剣戟の音が戦場に響く。
渾身の一撃だったはずだ。
しかし、カラミティは目を細める。
アンリの剣を素手で押さえ、笑っていた。
「ほう。女子か……」
強く引きつける。
なんの抵抗もできず、アンリは引き寄せられた。
膂力が違う。
そのまま組み伏せられた。
アンリの青眼に映っていたのは、舌と牙を剥きだした【不死の中の不死】だった。
女ですらうっとりしそうな顔が目の前にある。
それをアンリに近づけた。
犬のように首筋の臭いをかぎ始める。
まるで逢瀬のようだった。
屈辱だ。
「離せ!!」
叫ぶのが精一杯だった。
だが、ビクともしない。
大木に縛りつけられたかのようだった。
「ああ……。良い匂いだ」
1度顔を上げる。
カラミティはペロリと唇を舐めた。
「我は女子の生き血が好きでな」
「ひぃ!」
それを聞いた途端、アンリは思わず悲鳴を上げた。
「特に戦う女の生き血が好みなのだ。貴族女は化粧臭くて叶わん。生娘は土の匂いがする。だが、戦場の匂いを纏った女はいい」
ああ……。
カラミティは恍惚とした声を上げる。
再びアンリを抱きしめると、ちろりと舌を出して首筋を舐めた。
姫騎士は悲鳴を上げる。
彼女からすれば、濡れた刃を押し当てられたようなものだった。
自然と涙が出た。
怖い……。
心底怖いと思った。
このまま一体何をされるのだろう。
生き血を吸われたらどうなるのか。
カラミティの眷属になるのだろうか。
心と魂を奪われ、従属させられるのだろうか。
そうすれば、いずれ自分は――。
あの人に……。刃を向けるのだろうか。
イヤだ!!
絶対にイヤだ!!
そんなことはできない。
そもそも死にたくない。
一目でいい。
あの人には会うまでは、絶対に死にたくない!!
アンリは泣き叫ぶ。
そして、あの人の名前を叫んだ。
「ヴォルフ……。ヴォルフさまぁあああああああああああああ!!!!」
戦場に響く。
それはとても空しく。
ただカラミティが笑うだけだった。
「ヴォルフ? お前の想い人か。しかし、はて……。どこかで聞いたような気がするのぉ」
カラミティは首を傾げる。
その時だった。
カッと背後で何かが閃く。
瞬間、数千の不死の軍団が吹き飛ばされていた。
同じ事はさらに続く。
カラミティに従う屈強であるはずの不死のけだものたちが、まるで紙のように吹き飛ばされていく。
何かが戦車のように近づいてきた。
すると、軍団の中から何者かが飛び出してくる。
タッと音を響かせた。
現れたのは、壮年の男である。
カラミティは立ち上がった。
アンリもまた、もはや【不死の中の不死】を見ていない。
青眼に映ったのは、広く、そして懐かしい背中だった。
くるりと振り返る男を見て、アンリは思わず涙ぐむ。
生きているということは伝え聞いていた。
けれど、この目で確かめるまで、不安は消えなかった。
だが、今目の前にいるのは、夢でも幻でもない。
紛れもなく、あの人だった。
一方、カラミティもまた唖然としていた。
一瞬……。
ほんの一瞬だけ、重なった。
その背中に、面影を見たのだ。
レイル・ブルーホルドの……。
だが違う。
顔も声もまるで違う。
それが、カラミティの怒りを買った。
己の期待を裏切ったことの――ひどく理不尽な――怒りだった。
「貴様! 名は!?」
「ヴォルフ……」
ニカラスのヴォルフだ。
【剣狼】がレクセニルの地に凱旋した。
早くもクライマックスか?!