第141話 勇者を求める者たち……。
新作『縛り勇者の異世界無双 ~ユニークスキルで成り上がる~』投稿記念。
ちょっと早めに更新しました。
ドラ・アグマ王国が撤退して以来、レクセニル王国の王宮では連日のように軍議が開かれていた。
抗戦派と撤退派に真っ二つに分かれ、喧々諤々の議論が行われている。
抗戦派が他国と連携し、ドラ・アグマ王国に総攻撃を仕掛ければ、【不死の中の不死】など恐るるに足らず、と唱えれば、撤退派は不死の王を殺すなど無理だ、国民を連れ、他国へ逃げるべきだと反論する。
お互いの意見が合致することはなく、平行線を辿る。
ただどちらの意見にしても、ひどく非現実的なものであった。
その軍議には体調不良を押して、ムラド王も出席していた。
国の大事である。
床に就いていては、士気に関わる。
それでも、今にも崩れ落ちそうなムラド王は、声を絞り出した。
「騎士団長代理、そなたの意見はどうか?」
意見を求められたのは、重篤のツェヘスの代わりに騎士団を預かることになった副官ウィラスだった。
武具を纏ったままの鎧武者は、鋭い青眼で王を見つめる。
「我々は武人です。行けと命令されれば、どこへなりとも行きましょう」
おお……。
抗戦派の連中が色めき立つ。
椅子を蹴って、拍手を送るものもいた。
しかし、ウィラスの言葉には続きがあった。
「ですが……。悪戯に兵を失うだけです。少なくとも今のままでは――」
机に載せた手をギュッと握り込む。
薄く血が滲んでいた。
本当であれば、こんなこと一生言いたくなかった。
今すぐにでも飛び出したい。
そしてツェヘス将軍をあんな風にした【不死の中の不死】を八つ裂きにする。
だが、ウィラスの背中には多くの兵がいる。
そしてその後ろには家族や恋人がいる。
それをむざむざと殺させるわけにはいかない。
おそらくツェヘスならそう選択したはずである。
ウィラスの言葉に意気揚々と立ち上がった抗戦派の人間は、日没を迎えた太陽のように暗い顔をする。
椅子に座り、項垂れた。
沈黙が続く。
連日の不毛な議論に、皆が憔悴しきっていた。
それを破ったのもまたムラドだった。
「ドラ・アグマ王国の王。カラミティ・エンドの要求についてはどうだ?」
隣に座っていたレッセル・ヴァシュバーに尋ねる。
禿頭の内大臣は、首を振った。
「件のカラミティ・エンドの要求……。つまり――」
レイル・ブルーホルドの行方ではございますが……。
そう。
カラミティ・エンドの要求とは、200年前に突如現れた伝説の勇者。
レイル・ブルーホルドの受け渡しだった。
「伝承や伝説を国の研究者に総出で調べさせておりますが、依然としてわかっておりません」
意外なことではあった。
レイル・ブルーホルドがレクセニル王国出身者であることは、ギルドの記録などからわかっている。
王都に40年近く住んでいたことも記されていた。
しかし、その生誕地の詳しい場所、さらにはいつどこで亡くなったのか。
その記録が全くないのだ。
あるのは、いたのではないか、という説だけだった。
超高難度級が142231体。
災害級が11622体。
生涯討伐数100万体という輝かしい功績。
だが、その伝説の最後は、説こそ無数にあれど、確信できる証拠はどこにもなかった。
「やはり、王よ。【大勇者】の到着を待つしかないのではありませんか?」
レッセルは報告を終えると、最後にそう結んだ。
レクセニル……。
いや、ストラバール最高の戦力にして、SSランク冒険者。
齢15歳の少女に、一国の重鎮たちが頼らなければならない。
それはなんとも情けない話である。
また王都には五英傑の1人。
イーニャ・ヴォルホルンがいる。
彼女の力を借りれないかとも思ったが、生憎と不在だという。
「それで【大勇者】はいつ帰る?」
「すでにワヒト王国からの船は到着しております。ただどうやら迎えと入れ違いになったようで、いまだ接触はできておりません」
時間的に考えれば、すでに王国に到着してもおかしくないはずである。
たぶん、道草を食っているのだろう。
「ニカラスに向かったのではないでしょうか?」
挙手し、意見したのは見目麗しい姫騎士だ。
きっちりと真ん中で分けられた綺麗な金髪。
大きな果実のような胸を、厚いブレストプレートに収め、凜とした青い瞳は横に座っていたウィラスにそっくりだった。
アンリ・ローグ・リファラス。
リファラス大公の娘にして、王位継承権を持つ姫である。
本来であれば、むさ苦しい軍議の最中にいるような人間ではない。
すでに他の王位継承権を持つ人間は、安全な辺境へと移った。
だが、アンリは頑なに断り続け、兄ウィラスを支え続けていた。
「ニカラス……。そうか。故郷か」
「可能性はありますな」
「至急、ニカラスに早馬を向かわせましょう」
伝令役がすっ飛んでいく。
早馬が城門から出て行く蹄の音が聞こえた。
ふっとアンリは息を吐く。
馬が向かった方向を見つめた。
その彼女の細い二の腕を肘で小突いたのは、実の兄だった。
「気になるなら、お前も行っていいんだぞ」
「バレバレですよ、兄上。そうやって厄介払いをしたいのでしょ?」
「そうだ。父上も心配している」
「家を飛び出していったお兄さまには関係のない話ですわ」
「…………」
ウィラスは逆立った髪を掻く。
随分と久しぶりに会った妹なのだが、見違えていた。
一体何があったのかは知らないが、肝が据わっている。
いや、据わりすぎるほどである。
ウィラスが知っている頃のアンリとはもはや別人だった。
「報告します」
兜を脱いだ兵士が、突然軍議に飛び込んでくる。
見てくれは先ほどの伝令とそっくりだ。
もう戻ってきたのかと思ったが違った。
血相を変え、汗でへばりついた前髪を掻き上げた。
「ドラ・アグマ王国が、再び我が領内を侵犯!!」
「な、なんじゃと!!」
レッセルが椅子を蹴って立ち上がる。
他の家臣達も一緒だ。
勇ましい台詞を振るい続けていた抗戦派の人間ですら、顔を青くしている。
伝令役は説明を続けた。
「この王宮を目指して侵攻しております」
「数は?」
「不明です。しかし、前回と変わらぬかと」
「どういうことだ! まだ猶予期間があるはずだ」
カラミティ・エンドの要求はこうだった。
14日以内に、レイル・ブルーホルドを突き出すこと。
もしそれが叶わぬ場合、レクセニル王国を破壊する。
レッセルがいった猶予とは、その14日のことである。
しかし、まだ半分も過ぎていない。
「所詮は、化け物ってことですよ」
おもむろに立ち上がったのは、ウィラスだった。
「ウィラス……!」
ムラド王もまた立ち上がる。
戦地に向かう家臣を労おうとしたのだろう。
だが、言葉が出てこなかった。
唇を震わすことしかできない。
王は自分の手を見た。
随分とやせ細っている。
老いたな……。
ムラドは呟いた。
やがて顔を上げる。
「頼む」
ただ一言だけ呟くしかなかった。
ウィラスは何も言わない。
その一言だけで十分とばかりに胸を張る。
レクセニル式の敬礼をし、アンリを伴って、軍議場を出て行った。
やがてムラドは尻を椅子につける。
激しく咳をした。
喀血したのを見て、横で見ていたレッセルが血相を変える。
典医! 典医はおらぬか!
声が響く。
だが、ムラドの意識ははっきりとしていた。
そして天井を仰ぐ。
緑色の瞳は、ひどく虚ろだった。
「こんな時に、あやつがおれば……」
ムラドはぼやく。
そして1人の名前を口にした。
ニカラスのヴォルフ、と――。
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