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第15話 おっさんの決意。

おかげさまで総合週間5位に入りました。

ベスト5!

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます!

 ヤルラの“超”回復に沸く家の中で、ヴォルフは人の足音を聞いた。

 2人に静かにするよう注意する。

 素直な姉弟は、そっとお互いの口を手で塞いだ。

 その姿はどこか微笑ましくあったが、ヴォルフはキュッと顎に力を込めた。


 外へ出る。

 手入れの行き届いていない装備に、不清潔な頭をした男2人がこちらに歩いてくる。目敏くヴォルフを見つけると、肩に剣を担ぎ、顎を上げて威嚇した。


「おうおう。何か金目のものはねぇかと戻ってきてみれば、おっさん1人かよ」

「いや。子供の声も聞こえたぞ。きっと家の中だ」

「まだ取りこぼしがあったか。はっ」


 ヴォルフは腰の剣に手を伸ばした。

 それを見て、無造作に歩いてきた男たちは歩みを止める。


「お前たちが村を襲った盗賊か?」


「そうだよ。お前、旅のもんか? それとも俺たちをやっつけに来た冒険者か?」

「それはありえないだろう。たった1人で、俺たち【灰食の熊殺し(グレム・グリズミィ)】を相手しようってのか?」


「グレム・グリズミィ……」


 村の子供でも知っている有名な盗賊団だ。


 その戦力は小国に匹敵し、討伐クエストのランクは「A」もしくは「S」に設定されている。

 金品の強奪はもちろんだが、彼らの目的は人そのものだ。

 村を丸ごと襲い、裏ルートを通じて闇市場に売買する。

 それが【灰食の熊殺し】の手口だった。

 何度か壊滅したという噂が立っては復活し、【不死の熊殺し(アンディ・グリズミィ)】ともいわれている。


「(そんな盗賊団が、なんだってこんな辺境に……)」


 彼らはストラバール各地にいるといわれる。

 その構成員すべてが辺境に集結しているわけではないだろう。

 ともかく【灰食の熊殺し】が絡んでいるとなれば、早く村人を助けなければならない。闇市場に売り出されれば、追跡は不可能に近い。


 彼らは素人じゃない。玄人だ。

 顧客がいるからこそ、大量の人間を集めているのだろう。


「村の人をどこへやった?」


「それを知ってどうすんだよ!」

「正義の味方気取りか、おっさん!!」


 2人の盗賊が走る。

 左右に分かれ、ヴォルフを挟み撃つ。

 なかなか速い。


 が、ヴォルフには見えていた。


 鋼の剣を抜き放つ。

 一瞬にして、1人の盗賊の腰を叩いた。

 骨の砕ける音が聞こえる。

 悲鳴を上げながら、仰け反った。


「後ろもらい!!」


 ヴォルフの背後を、もう1人の盗賊が襲いかかる。

 剣を振り下ろした。


 素直な直線上の剣線をヴォルフはあっさりと回避する。

 その顔面に全力で拳打を撃ち込んだ。

 丸太でも放り投げるように男が浮き上がる。

 近くの厩へ突っ込んだ。

 反応がなくなる。おそらく気絶したのだろう。


「いってぇええええ!!」


 腰を強打された盗賊はのたうち回っていた。

 その胸ぐらを掴み、引き寄せる。


「仲間のところに案内しろ」



 ◇◇◇◇◇



 盗賊から場所を聞いたヴォルフは、ネリとヤルラを村に残し、盗賊団のアジトまでやってきていた。


 切り立った崖の根元には大きな洞窟が口を開けている。

 篝火が焚かれ、歩哨が眠そうに番をしていた。


 すっかり夜も暮れ、周囲の森は真っ暗になっている。

 ここまで近づくのは簡単だったが、ここからが問題だ。

 入り口はあそこしかないらしい。

 正面突破するのもいいが、まずは人質の確認をしなければならない。


「仕方ない。こういうやり方は気が進まないのだが」


 そういって、ヴォルフは歩哨の方に歩いていく。

 当然、見つかった。

 剣を振り回しながら、盗賊の一味が近づいてくる。


「なんだ、てめぇは」


「人質を返せ!」


 怒鳴る。

 すると、歩哨は襲いかかってきた。

 ヴォルフは抵抗こそしたが、あっさりと捕まる。

 歩哨たちが弱すぎて、演技するのに一苦労だ。

 手を抜くというのもなかなか難しい。


 鋼の剣を奪われ、さらに後ろ手に縄を縛られる。


「殺そうと思ったが、なかなか良い身体をしてるな」


 盗賊はヴォルフの身体を見て値踏みする。

 女ならまだしも、男にだけはいわれたくない台詞だ。


「お前みたいなヤツが好きな変態野郎は、この世にごまんといるんだ。せいぜい可愛がってもらいな」

「ほら、自分で歩け!」


 もう1人の盗賊が、ヴォルフの背中を押す。

 アジトの中へと入った。

 潜入成功。

 スマートとは言いがたいが、確率的にこの方法が1番高いと考えていた。


 【灰食の熊殺し】は殺しはやらない。

 彼らが盗むものは人だ。

 痛めつけることはあっても、大事な商品を壊すようなことは絶対にしない。


 それにどんなに痛めつけられても、ヴォルフにはレミニアがかけた『時限回復』がある。先ほど争った時に負った怪我はもう治っていた。盗賊が気づかないかひやひやだ。


 狙い通り、アジトに潜入する。

 2層構造になっており、1階と地下があるらしい。

 ヴォルフは地下へと連れてこられ、牢屋に入れられる。

 小さな牢屋には、村人らしきものがいない。


「人質をどこへやった!?」


「はっ! お前が知ってどうなるよ」


 牢屋に鍵をかけると、盗賊たちは持ち場へ戻っていった。

 静かだ。人の息づかいはおろか、鼠の鳴き声すら聞こえない。

 人質は別の部屋だろうか。

 それとも、もう売り払われたか。

 後者だとしたら、とっとと抜け出して、村人を追わなければならない。


 ともかく牢屋を出て、人質を助ける。

 場合によっては、盗賊たちを相手にしなければならなくなるだろう。

 100人近くいる人間と……。


 縄はあっさり膂力で切ることが出来た。

 しかしその手は震えている。

 人数の問題ではないのだ。

 それだけの人を斬ることになる。心優しいヴォルフは躊躇っていた。


「まあ、そう慌てなさんな。若いの……」


 声は牢屋の中から聞こえた。

 振り返る。薄暗い闇と同化するかのように1人の痩せた老人が立っていた。


 すり切れた長い三角帽。

 襤褸と見まがうほどの黒糸のローブ。

 身なりと同じく、老人もまたやせ細り、しわがれた手は朽ち木のようだった。

 伸び放題の白髪から見える目には、活力のある光が輝いている。


 気がつかなかった。


 レミニアの強化によって、ヴォルフの気配探知能力はかなり鋭敏になっている。

 本気で探れば、山向こうにいる獣の数すら言い当てるだろう。

 なのに、声を掛けられるまで気がつかなかった。


「(この爺さん、ただ者じゃないな)」


「そういうお主こそ、ただ者ではないな」


 ヴォルフは驚く。

 読心術というヤツだろうか。

 完全に心を読んだような言動だった。


「しかし、お主の生来の力ではないな。……ふむ。珍しい。過ぎた力は邪気を纏うものだが、お主のはどこか温かい。お主を守るように包み込んでおるの」


「わかるのか、爺さん!」


「ほっほっほっほ。……図星か。老いぼれの勘もまだまだいけるようじゃ」


 白鬚を撫でながら、笑う。


 もう1度、ヴォルフは老人を観察する。

 どう見てもうさんくささしか感じない。

 大きな街の裏路地にいる辻占いみたいだった。


「占い師か。まあ、間違ってはいない。占い師に、冒険者、医者、鍛治師、軍師なんていうのもやったの」


 ますますうさんくさい。

 疑いは晴れるどころか、深まるばかりだ。


「ここの盗賊の頭領だ、とかいうオチはない。元でもないから、安心せい」


 抜けた歯を見せ、茶坊主のように笑う。


「じゃあ、なんで捕まってるんだ。見たところ、村の人じゃないだろ」


 さらわれた村人にしては身なりがぼろぼろ過ぎる。

 むしろ、何年も洞穴の中に棲みついているかのようだ。


「別に捕まってはおらん。ここで座禅を組んでおったら、ヤツらが勝手に入ってきて、ここに牢屋を作ったのだ。この洞穴は元々わしの住み処だったのじゃよ」


「結局、捕まってるんじゃないか。まあ、いい。俺はここに捕まった村の人を助けにきた。何か知らないか? 村人が閉じ込められている場所とか」


「言ったであろう。慌てるな。それよりもわしはお主の力に興味がある」


「後で話してやるよ。だから――」


「お主、その力に引っ張られておるな。身体も、心も(ヽヽ)……」


「…………!!」


「おそらくお主が望んだものではないのだろう。そして、お主はその力の使い方に迷っておる」


 ヴォルフはいつしか老人の戯言に耳を貸していた。

 ここまで自分の心に迫ったのは、今の目の前にいる襤褸雑巾のような老人が初めてだったからだ。


「1つ忠告してやろう」


「なんだ?」


「自分に嘘をつくでない。お主が思っている通りのことをすればいい」



「もう1度、冒険者になれ……と」



 自然と口に出ていた。


 ヴォルフは随分長い間、葛藤していた。

 力に気づいてからずっとだ。


 この力があれば、冒険者として再起することが出来る。

 さらに現役時代よりも、華々しい活躍が可能になるだろう。

 ランクも上がり、今よりも明らかにいい暮らしが出来る。

 ちまちまと薬草を採る仕事をしなくて済むかもしれない。


 けれど――。


 これは自分の力ではない。

 娘の力だ。

 レミニアは父が冒険者になることを望んで与えたのではない。

 むしろその逆。

 父を守るためだ。


 純真な願いから生まれた力を、金や名声のために使っていいのだろうか。


 ヴォルフはずっとこうして考え続けていた。


「それは1つの選択肢に過ぎん。大事なのは、己の信念ではないのか?」


 いつの間にか老人は立ち上がり、ヴォルフの胸を指で押した。

 体内にある空気と一緒に、ふと素直な言葉を吐き出す。


「困っている人を助けたい」


「何か後悔があるのじゃな?」


「あの時、俺はあの女を助けられなかった……」


 今でも思う。

 もっと自分に力があれば、あの女を助けられたのではないか、と。

 レミニアはもっと幸せな人生を送れていたのではないか、と。


「じいさん……」


「む?」


「いいのかな、俺。……もう42だ。おっさんだぜ。なのに、そんなことをしてもいいと思うか?」


 老人は笑う。

 豪快な笑いは、盗賊団のアジトに響き渡った。

 まるで地獄から響く悪鬼のような声だった。


「何をいう。わしなんかに比べれば、お主なんてひよっこもひよっこよ」


 老人は自分の耳を撫でた。

 ピンと横に張り出したエルフの耳だ。


 ヴォルフは拳を握り込む。

 いつの間にか手の震えは消えていた。


「行くか?」


「ああ……。困ってる人を助けないとな」


「人質ならこの上の奥の大部屋に閉じ込められておる。だが、盗賊団との対決は避けられんぞ」


「それでも――やるッ!」


 ヴォルフは大きく拳を振りかぶる。

 鉄で出来た格子を思いっきり叩いた。

 派手な金属の音を立て、牢屋の扉が吹き飛ぶ。


 さすがに様子がおかしいことに気づいたのだろう。

 にわかにアジトが騒がしくなる。


「ほれ? 餞別じゃ」


 老人がヴォルフに渡したのは、盗賊団に獲られた鋼の剣だった。


 どこで? と尋ねたところで、答えをはぐらかされるだけだろう。

 ヴォルフは頭を下げ、剣を腰に提げた。


「名を聞いておらんかったな」


「ニカラスのヴォルフ。爺さんは」


 ヴォルフが振り返ると、そこには老人はいなかった。

 煙のように忽然と消えたのだ。

 首を振って、探したが気配すらない。


 ただかすかに老人の声が聞こえた。


「ニカラスのヴォルフ。……その名、覚えておこう」


次回「そして伝説は始まる」。


「100人斬り」篇は次回でラストになります。

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