第15話 おっさんの決意。
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ヤルラの“超”回復に沸く家の中で、ヴォルフは人の足音を聞いた。
2人に静かにするよう注意する。
素直な姉弟は、そっとお互いの口を手で塞いだ。
その姿はどこか微笑ましくあったが、ヴォルフはキュッと顎に力を込めた。
外へ出る。
手入れの行き届いていない装備に、不清潔な頭をした男2人がこちらに歩いてくる。目敏くヴォルフを見つけると、肩に剣を担ぎ、顎を上げて威嚇した。
「おうおう。何か金目のものはねぇかと戻ってきてみれば、おっさん1人かよ」
「いや。子供の声も聞こえたぞ。きっと家の中だ」
「まだ取りこぼしがあったか。はっ」
ヴォルフは腰の剣に手を伸ばした。
それを見て、無造作に歩いてきた男たちは歩みを止める。
「お前たちが村を襲った盗賊か?」
「そうだよ。お前、旅のもんか? それとも俺たちをやっつけに来た冒険者か?」
「それはありえないだろう。たった1人で、俺たち【灰食の熊殺し】を相手しようってのか?」
「グレム・グリズミィ……」
村の子供でも知っている有名な盗賊団だ。
その戦力は小国に匹敵し、討伐クエストのランクは「A」もしくは「S」に設定されている。
金品の強奪はもちろんだが、彼らの目的は人そのものだ。
村を丸ごと襲い、裏ルートを通じて闇市場に売買する。
それが【灰食の熊殺し】の手口だった。
何度か壊滅したという噂が立っては復活し、【不死の熊殺し】ともいわれている。
「(そんな盗賊団が、なんだってこんな辺境に……)」
彼らはストラバール各地にいるといわれる。
その構成員すべてが辺境に集結しているわけではないだろう。
ともかく【灰食の熊殺し】が絡んでいるとなれば、早く村人を助けなければならない。闇市場に売り出されれば、追跡は不可能に近い。
彼らは素人じゃない。玄人だ。
顧客がいるからこそ、大量の人間を集めているのだろう。
「村の人をどこへやった?」
「それを知ってどうすんだよ!」
「正義の味方気取りか、おっさん!!」
2人の盗賊が走る。
左右に分かれ、ヴォルフを挟み撃つ。
なかなか速い。
が、ヴォルフには見えていた。
鋼の剣を抜き放つ。
一瞬にして、1人の盗賊の腰を叩いた。
骨の砕ける音が聞こえる。
悲鳴を上げながら、仰け反った。
「後ろもらい!!」
ヴォルフの背後を、もう1人の盗賊が襲いかかる。
剣を振り下ろした。
素直な直線上の剣線をヴォルフはあっさりと回避する。
その顔面に全力で拳打を撃ち込んだ。
丸太でも放り投げるように男が浮き上がる。
近くの厩へ突っ込んだ。
反応がなくなる。おそらく気絶したのだろう。
「いってぇええええ!!」
腰を強打された盗賊はのたうち回っていた。
その胸ぐらを掴み、引き寄せる。
「仲間のところに案内しろ」
◇◇◇◇◇
盗賊から場所を聞いたヴォルフは、ネリとヤルラを村に残し、盗賊団のアジトまでやってきていた。
切り立った崖の根元には大きな洞窟が口を開けている。
篝火が焚かれ、歩哨が眠そうに番をしていた。
すっかり夜も暮れ、周囲の森は真っ暗になっている。
ここまで近づくのは簡単だったが、ここからが問題だ。
入り口はあそこしかないらしい。
正面突破するのもいいが、まずは人質の確認をしなければならない。
「仕方ない。こういうやり方は気が進まないのだが」
そういって、ヴォルフは歩哨の方に歩いていく。
当然、見つかった。
剣を振り回しながら、盗賊の一味が近づいてくる。
「なんだ、てめぇは」
「人質を返せ!」
怒鳴る。
すると、歩哨は襲いかかってきた。
ヴォルフは抵抗こそしたが、あっさりと捕まる。
歩哨たちが弱すぎて、演技するのに一苦労だ。
手を抜くというのもなかなか難しい。
鋼の剣を奪われ、さらに後ろ手に縄を縛られる。
「殺そうと思ったが、なかなか良い身体をしてるな」
盗賊はヴォルフの身体を見て値踏みする。
女ならまだしも、男にだけはいわれたくない台詞だ。
「お前みたいなヤツが好きな変態野郎は、この世にごまんといるんだ。せいぜい可愛がってもらいな」
「ほら、自分で歩け!」
もう1人の盗賊が、ヴォルフの背中を押す。
アジトの中へと入った。
潜入成功。
スマートとは言いがたいが、確率的にこの方法が1番高いと考えていた。
【灰食の熊殺し】は殺しはやらない。
彼らが盗むものは人だ。
痛めつけることはあっても、大事な商品を壊すようなことは絶対にしない。
それにどんなに痛めつけられても、ヴォルフにはレミニアがかけた『時限回復』がある。先ほど争った時に負った怪我はもう治っていた。盗賊が気づかないかひやひやだ。
狙い通り、アジトに潜入する。
2層構造になっており、1階と地下があるらしい。
ヴォルフは地下へと連れてこられ、牢屋に入れられる。
小さな牢屋には、村人らしきものがいない。
「人質をどこへやった!?」
「はっ! お前が知ってどうなるよ」
牢屋に鍵をかけると、盗賊たちは持ち場へ戻っていった。
静かだ。人の息づかいはおろか、鼠の鳴き声すら聞こえない。
人質は別の部屋だろうか。
それとも、もう売り払われたか。
後者だとしたら、とっとと抜け出して、村人を追わなければならない。
ともかく牢屋を出て、人質を助ける。
場合によっては、盗賊たちを相手にしなければならなくなるだろう。
100人近くいる人間と……。
縄はあっさり膂力で切ることが出来た。
しかしその手は震えている。
人数の問題ではないのだ。
それだけの人を斬ることになる。心優しいヴォルフは躊躇っていた。
「まあ、そう慌てなさんな。若いの……」
声は牢屋の中から聞こえた。
振り返る。薄暗い闇と同化するかのように1人の痩せた老人が立っていた。
すり切れた長い三角帽。
襤褸と見まがうほどの黒糸のローブ。
身なりと同じく、老人もまたやせ細り、しわがれた手は朽ち木のようだった。
伸び放題の白髪から見える目には、活力のある光が輝いている。
気がつかなかった。
レミニアの強化によって、ヴォルフの気配探知能力はかなり鋭敏になっている。
本気で探れば、山向こうにいる獣の数すら言い当てるだろう。
なのに、声を掛けられるまで気がつかなかった。
「(この爺さん、ただ者じゃないな)」
「そういうお主こそ、ただ者ではないな」
ヴォルフは驚く。
読心術というヤツだろうか。
完全に心を読んだような言動だった。
「しかし、お主の生来の力ではないな。……ふむ。珍しい。過ぎた力は邪気を纏うものだが、お主のはどこか温かい。お主を守るように包み込んでおるの」
「わかるのか、爺さん!」
「ほっほっほっほ。……図星か。老いぼれの勘もまだまだいけるようじゃ」
白鬚を撫でながら、笑う。
もう1度、ヴォルフは老人を観察する。
どう見てもうさんくささしか感じない。
大きな街の裏路地にいる辻占いみたいだった。
「占い師か。まあ、間違ってはいない。占い師に、冒険者、医者、鍛治師、軍師なんていうのもやったの」
ますますうさんくさい。
疑いは晴れるどころか、深まるばかりだ。
「ここの盗賊の頭領だ、とかいうオチはない。元でもないから、安心せい」
抜けた歯を見せ、茶坊主のように笑う。
「じゃあ、なんで捕まってるんだ。見たところ、村の人じゃないだろ」
さらわれた村人にしては身なりがぼろぼろ過ぎる。
むしろ、何年も洞穴の中に棲みついているかのようだ。
「別に捕まってはおらん。ここで座禅を組んでおったら、ヤツらが勝手に入ってきて、ここに牢屋を作ったのだ。この洞穴は元々わしの住み処だったのじゃよ」
「結局、捕まってるんじゃないか。まあ、いい。俺はここに捕まった村の人を助けにきた。何か知らないか? 村人が閉じ込められている場所とか」
「言ったであろう。慌てるな。それよりもわしはお主の力に興味がある」
「後で話してやるよ。だから――」
「お主、その力に引っ張られておるな。身体も、心も……」
「…………!!」
「おそらくお主が望んだものではないのだろう。そして、お主はその力の使い方に迷っておる」
ヴォルフはいつしか老人の戯言に耳を貸していた。
ここまで自分の心に迫ったのは、今の目の前にいる襤褸雑巾のような老人が初めてだったからだ。
「1つ忠告してやろう」
「なんだ?」
「自分に嘘をつくでない。お主が思っている通りのことをすればいい」
「もう1度、冒険者になれ……と」
自然と口に出ていた。
ヴォルフは随分長い間、葛藤していた。
力に気づいてからずっとだ。
この力があれば、冒険者として再起することが出来る。
さらに現役時代よりも、華々しい活躍が可能になるだろう。
ランクも上がり、今よりも明らかにいい暮らしが出来る。
ちまちまと薬草を採る仕事をしなくて済むかもしれない。
けれど――。
これは自分の力ではない。
娘の力だ。
レミニアは父が冒険者になることを望んで与えたのではない。
むしろその逆。
父を守るためだ。
純真な願いから生まれた力を、金や名声のために使っていいのだろうか。
ヴォルフはずっとこうして考え続けていた。
「それは1つの選択肢に過ぎん。大事なのは、己の信念ではないのか?」
いつの間にか老人は立ち上がり、ヴォルフの胸を指で押した。
体内にある空気と一緒に、ふと素直な言葉を吐き出す。
「困っている人を助けたい」
「何か後悔があるのじゃな?」
「あの時、俺はあの女を助けられなかった……」
今でも思う。
もっと自分に力があれば、あの女を助けられたのではないか、と。
レミニアはもっと幸せな人生を送れていたのではないか、と。
「じいさん……」
「む?」
「いいのかな、俺。……もう42だ。おっさんだぜ。なのに、そんなことをしてもいいと思うか?」
老人は笑う。
豪快な笑いは、盗賊団のアジトに響き渡った。
まるで地獄から響く悪鬼のような声だった。
「何をいう。わしなんかに比べれば、お主なんてひよっこもひよっこよ」
老人は自分の耳を撫でた。
ピンと横に張り出したエルフの耳だ。
ヴォルフは拳を握り込む。
いつの間にか手の震えは消えていた。
「行くか?」
「ああ……。困ってる人を助けないとな」
「人質ならこの上の奥の大部屋に閉じ込められておる。だが、盗賊団との対決は避けられんぞ」
「それでも――やるッ!」
ヴォルフは大きく拳を振りかぶる。
鉄で出来た格子を思いっきり叩いた。
派手な金属の音を立て、牢屋の扉が吹き飛ぶ。
さすがに様子がおかしいことに気づいたのだろう。
にわかにアジトが騒がしくなる。
「ほれ? 餞別じゃ」
老人がヴォルフに渡したのは、盗賊団に獲られた鋼の剣だった。
どこで? と尋ねたところで、答えをはぐらかされるだけだろう。
ヴォルフは頭を下げ、剣を腰に提げた。
「名を聞いておらんかったな」
「ニカラスのヴォルフ。爺さんは」
ヴォルフが振り返ると、そこには老人はいなかった。
煙のように忽然と消えたのだ。
首を振って、探したが気配すらない。
ただかすかに老人の声が聞こえた。
「ニカラスのヴォルフ。……その名、覚えておこう」
次回「そして伝説は始まる」。
「100人斬り」篇は次回でラストになります。