第139話 聖槍ロドロニス
気がつけば、ユニークが180万人突破しておりました。
読んでくださった方ありがとうございます。
リンダは司祭らしい女性ではなかった。
特に作法を気にする様子もなく茶を飲むし、言葉は達観しているものの、ひどく現実的だ。
何より格好がおかしい。
皮の胸当てに、皮のブーツ。
背中には、弓まで下げている。
護身用というが、どこをどう見ても、よく想像するエルフの狩人にしか見えない。
アローラの方がよっぽど司祭っぽかった。
それを告げる。
リンダは特に気にする様子もなく、お茶を啜った。
「宗教というのは、好意的に受けいられる一方で、やはり闇――つまりよく思わない人間もいるということです。司祭だからといって、諸手を挙げて歓迎してくれるわけではないのです」
そのための偽装……。
というのだが、あまり馴染み過ぎる。
ラムニラ教総本山にいる司祭というが、本院でもその格好でウロウロしてそうなイメージがあった。
「で――。本院の司祭が一体何の用?」
ぶすっ、と口を尖らせたのは、レミニアだ。
眉間に皺を寄せ、リンダを睨む。
沐浴――というよりは、パパとの時間を邪魔されたことを怒っているのだろう。
一方でリンダは落ち着いている。
茶を床に置くと、足を整え居住まいを正した。
「せいそうというのは、ご存じですか?」
「せいそう?」
ヴォルフは首を傾げた。
反応したのは、レミニアの隣で聞いていたハシリーだ。
その横には、ミケもいる。
が、相棒はくるりと身体を丸めて眠っていた。
「もしかして、『聖槍ロドロニス』のことですか?」
「え? あの世界最強の神器の……」
レミニアも知っているらしい。
聖槍ロドロニス。
ストラバールで現存する最古にして、最強の神器の一振りだ。
ラムニラ教の教えの中では、ストラバールに悪意が満ちた時、聖天ラムニラが悪意を払う時に使った武具だといわれている。
むろん、それを証明することは難しく、創作だといわれている。
だが、聖槍の力は本物だ。
魔獣はおろか、神獣すら屠り、ラムニラ教において唯一無二の『聖人』すら、その刃によって消滅しなければならなかったという。
魔獣が世界に溢れた時、各国は聖槍ロドロニスの力を借りることを示唆したが、ラムニラ教は拒否し続けているという。
ご神体としてはもちろんだが、聖槍はあまりに強力だ。
そもそも、それを振るうことすら難しい代物だった。
「その聖槍がどうしたんです?」
「盗まれました……」
…………。
ピン、と沈黙が落ちる。
やがて――。
「えぇぇぇぇええええぇぇぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえ!!」
ハシリーとレミニアは揃って、悲鳴を上げた。
ヴォルフは表情を険しくする。
舟を漕いでいたミケは、悲鳴を聞いて、ピンと尻尾を立てた。
「ま、待って下さい! 聖槍ロドロニスは、総本山本院の最奥で、厳重に保管されていると聞いたことがあります」
「それに盗むのも難しいでしょ。触れることすら難しいのよ」
「仰る通りです。しかし、盗まれたのは事実です」
あくまでリンダは淡々としていた。
焦ってる様子もなく、怒っている様子もない。
さすがは司祭というべきか。
全く動じていなかった。
レミニアは爪を噛む。
「一体、どうやって……」
「レミニア、今はどうやって盗まれたかを考えることよりも、リンダの話を聞こう」
「はい。ヴォルフ・ミッドレス、あなたに頼みとは他でもありません。聖槍ロドロニスを、盗人から取り返していただきたいのです」
リンダはようやく本題に入った。
ハシリーは頷く。
「聖槍ロドロニスはラムニラ教のご神体ともいうべき神器です。もし、それをヴォルフさんが取り返したとなれば……」
「大勢の信者が手の平を返すことになるでしょうね」
「でも、誰が盗んだかわからなかったら、探しようがないわよ。……あ。猫ちゃん出来る?」
『はっ?』
突然、レミニアに話を振られ、ミケはピンと耳を立てる。
「ほら、聖槍の残り香を嗅がせて!」
『あっちは猟犬じゃないニャ! 幻獣ニャ!』
ふー、毛を逆立てる。
ミケの力ならやろうと思えばやれるのだが、さすがに幻獣としてのプライドが許せなかった。
それに盗人がどこに逃げたかわからない状況では、捜索範囲はストラバール全域ということになる。
さすがに、そんな広い範囲を探すことは不可能だ。
「ご心配なく……。場所の特定は出来ております」
「え?」
「いや、ちょっと待ってよ。場所の特定が出来てるなら、何もそんな危険な神器の捜索を、パパに頼まなくてもいいじゃない。パパを試す試験にしては、随分と大それたことだと思うけど」
「そうですね。近隣の国に兵を出してもらうとか。色々あるはずなのに」
「もちろん、そうしようとしましたよ。レクセニル王国にね」
「レクセニルにあるの?」
「正確には違いますが、王に派兵を依頼したのは、事実です。しかし――」
「しかし……。なんですか?」
ハシリーが、話の続きを急かせる。
だが、当のリンダは相変わらずのんびりとしていた。
危急の事態であるのにも関わらず、ゆっくりと茶を啜った。
手の平で木茶碗の受け止めながら、リンダは1つ頷く。
「やはり知りませんか?」
「何を?」
「先頃、レクセニル王国軍とドラ・アグマ王国軍が、戦闘状態に入りました」
ハシリーは思わず立ち上がった。
顔面蒼白となり、顔をこわばらせる。
落ち着いて、と諫めたのは、上司だ。
袖を引っ張り、1度座らせる。
レミニアは慎重に尋ねた。
「それでどうなったの?」
「大規模な戦闘は行われませんでした。両大将の一騎打ちが行われ、レクセニル王国軍側が敗北したようです」
「大将って、まさか――!」
「大将の名前はグラーフ・ツェヘス。あなたを除けば、レクセニル王国の最強の騎士といえるでしょう」
「ツェヘス将軍が負けた……」
ヴォルフは息を呑む。
「仕方ないことです。相手が悪すぎる」
「ドラ・アグマ王国の大将は、誰だったんですか?」
ハシリーは少し前のめりになりながら尋ねた。
「カラミティ・エンド……」
…………。
再び沈黙が落ちる。
先ほどよりも深く。
そして冷たい。
ピンと氷が張ったように、一同は言葉を失った。
「【不死の中の不死】。真祖にして、ドラ・アグマ王国の不死王――カラミティ・エンド。子守歌でも有名なあの伝説の存在ですよ」
「生きていたのか……」
いや、むしろ死んでいるはずがないのだ。
カラミティ・エンドは不死の存在。
ストラバールに700年生存する――まさしく生きる伝説なのだから。
それが突然、レクセニル王国を強襲。
ツェヘス将軍と若干名の兵士を討ち取った。
将軍は重体。
生死の境をさまよっているらしい。
「ドラ・アグマ王国は、その後どうしたのですか?」
「撤退しました」
「は?」
「理由までは知りません。そのまま城に戻ったと聞いています」
理解不能だ。
が、不幸中の幸いだろう。
ツェヘス将軍は、軍の精神的支柱だ。
代役として騎士団を率いたことがあるヴォルフには、痛いほどわかっている。
ウィラス……。
セラネ……。
エルナンス……。
マダロー……。
かなり時間が経過したが、騎士団の連中の顔はしっかりと覚えている。
その胸中を慮ると、心臓がズキリと痛んだ。
「そういう状況ですので、レクセニルに支援していただけるのは難しいと判断しました。そこで、聖槍があると思われる場所と、近くにいる適当な人材ということを考慮し、ヴォルフ・ミッドレス……。あなたに白羽の矢が立ったというわけです」
「事情はわかったが、ちょっと待ってくれ。俺は王都へ行かなければならない」
ドラ・アグマ王国がいつ攻めてくるかわからない。
ツェヘス将軍は重体。
その状況の中で、悠長に盗まれたお宝を探してなどいられない。
今すぐに王宮へ行き、皆を助けなければ……。
ヴォルフの中に強い使命感が宿る。
対して、リンダは飄々としていた。
「なるほど。あなたは筋金入りのお人好しだ。使いようによっては、世界すら破壊することが出来る聖槍の捜索ではなく、自分を捨てた国を助けるというのですか?」
「それは――」
「いいわよ、パパ。レクセニルにはわたしが行くから」
「レミニア……!」
娘は腰にて手を置き、ふんと胸を反った。
「そもそもわたしは、王国の魔導士よ。こういう時に対処するためにも存在している。だから、心配はいらない。パパは、その人の依頼を受けて上げて。それとも、わたしじゃ力不足かしら?」
ヴォルフは頭を振った。
「そんなことはない。レミニアが手伝ってくれるなら、百に――いや、百万力だ」
「ぼくも戻ります」
「レミニアを頼む、ハシリー」
「仕事ですからね、これも……」
肩を竦めた。
その中で、リンダの感情のない声が響く。
「盛り上がっているところ申し訳ないのですが、さほど問題ないかと。国を守ること、聖槍を奪還することは、ほぼ同じ意味を持つので……」
「どういうこと?」
「割と簡単に説明できるんですよ。何せ、聖槍は――」
ドラ・アグマ王国に持ち込まれたんですからね。
この章では、ストラバールの過去に触れていこうと思います。
他の章よりも若干説明臭いお話が多くなると思いますが、
今後も楽しんでいただければ幸いですm(_ _)m