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第14話 病気の少年を助ける。

いつもより早めですが、よろしくお願いします。

 少女の瞳に炎が踊っていた。

 赤と黒のシルエットには、2種類の人間がいる。


 狩る者と狩られる者……。


 鋭い刃を持つ武器を振るい、突然襲ってきた男達は、野蛮な声を上げる。

 村を囲み、家々の中へと入っていった。

 悲鳴が上がり、もれなく住民が引きずり出されていく。


 女子供、老人病人、容赦なくだ。


 泣き叫べば笑い、哀願すれば嬲った。

 抵抗する者には刃を近づけ、家に火を付けては手を叩く。

 そしてまた笑った。


 容赦も、慈悲も、神すらいない。

 そこには恐怖しかなかった。


 男達は檻を積んだ馬車へ住民を誘導していく。

 絶望に打ちひしがれながら、村人たちは黙って従った。

 中には少女の両親の姿もあった。


 少女はたまたま離れていたところからその光景を見ていた。

 手を握っていても、震えがこみ上げてくる。

 両親がさらわれそうになっているのに、泣くことも勇気を奮い立たせることもできなかった。


 その腕を掴む者がいた。


 恐怖に顔を引きつらせたが、手を引いたのは一緒に遊んでいた弟だった。

 胸を掻きむしり、苦しそうに荒く息をしている。

 病気の発作だと、少女は気づいた。


 しかし、薬は家にしかない。

 その家は、もうもうと炎をあげている。

 ただそれを小さな瞳に焼き付けることしかできなかった。


 住民を乗せ、男達は村を後にする。

 鞭を打ち付けられる馬の嘶きだけが、空しく響いた。



 ◇◇◇◇◇



「ヴォルフ様、突然ですがお別れのご挨拶に参りました」


 昼――。

 畑から帰ってくると、アンリはお供の2人を連れヴォルフを待っていた。

 目には涙が滲み、そして冒頭の一言である。

 さすがのヴォルフも慌てた。


「どうされたのですか?」


「王都に行かなければならない用事が出来まして。しばらくお暇をいただけないかと」


 お暇も何もアンリは大公家の息女だ。

 別にヴォルフの使用人というわけではない。


 よくよく事情を聞いてみると、王宮で盛大な祝賀会が行われるらしい。

 出席せよ、とヘイリルから手紙が届いたそうだ。


「祝賀会ですか? 何かめでたいことが?」


「聞いておりませんか? 北の魔獣戦線に人類が勝ったのです」


 知らなかった。

 ニカラスは辺境にあって、情報が届くのが遅い。

 たとえ大事件であっても、4、5日ぐらいのタイムラグがある。


 レミニアは無事だろうか。

 王都に着任したばかりで、いきなり戦地には投入されていないだろうが、少し心配だった。


「そうだ。レミニアに手紙でも書こうかな」


「そういえば、お子様が王都にいらっしゃるのですね」


「アンリ様、申し訳ないのですが、レミニアに手紙を渡していただけないでしょうか。もちろん、お時間に余裕があればのお話ですが」


「喜んでお受けいたしましょう。レミニア様にもご挨拶しなくては。ああ……。なんとご挨拶すればよろしいでしょうか。恋人? それとも婚約者」


「知人ということでお願いします」


 ヴォルフは苦笑した。


 早速、手紙をしたためる。

 あまりアンリたちを待たせるわけにはいかず、簡単にこちらの近況を伝えておいた。一応、アンリたちの素性も付け加えておく。


「それではお願いします」


「確かに受け取りました。それとヴォルフ様申し訳ないのですが、1つお頼みしたいことがあります」


 アンリたちが王都に行っている間、もし葵の蜻蛉(ブルー・ブライ)団を訪れるものがいれば、対応してもらいたいということだった。


「クエストや魔獣の討伐依頼があるなら、ギルドに報告してほしいのです」


「俺で良ければ、対処しますけど」


「お気持ちは嬉しいのですが、ヴォルフ様にはヴォルフ様の生活があります。あまりお手を患わせるわけにはいきません。しばしのお別れです。暖かくなったとはいえ、あまりお腹を出して寝てはいけませんよ」


「(なんで俺がお腹を出して寝ていることを知っているんだ、この娘)」


「あと、下着を毎日替えられた方がよろしいかと。では――」


 レミニアみたいなことをいう。

 一緒に村で生活をし始めてまだ日は浅いが、ヴォルフの生活サイクルを、すべて把握しているらしい。


 アンリは手を振ると、馬の腹を蹴った。

 くるりと馬頭を返し、王都の方角へと走り出す。

 砂埃が見えなくなるまで見送った後、ヴォルフは踵を返した。


 なんだか急に村が静かになったような気がした。



 ◇◇◇◇◇



 アンリを見送った後、ヴォルフはいつも通り薬草を採りに出かけた。

 森をとぼとぼ歩いていると、何やら騒がしい。


「やめて! やめてよ!」


 女性――しかも子供の声が聞こえた。

 ヴォルフは全速力で走る。

 女の子が小ゴブリンに襲われていた。


 ランクFの雑魚モンスターだが、子供にとっては脅威だ。


「おい!!!!!」


 ヴォルフは声を張り上げる。

 威嚇するため思いっきり叫んだのだが、出てきたのは野獣のような咆吼だった。

 山林の隅々にまで響き渡る。


 小ゴブリンは一目散に逃げ、女の子も目を回していた。

 当の本人も驚き、喉をさする。


「レミニアのヤツ……。俺の声まで強化したのか」


 何か危機に陥った時、助けを呼びやすくするためとか、そんな理由で強化したのだろう。つくづく用意がいい――というか過保護すぎる。


 今はどうでもいい。

 女の子を助ける。

 幸い膝をすりむいたぐらいで、怪我はないようだ。


 小ゴブリンは非力な魔獣で、せいぜい人間の髪や服を引っ張るぐらいの腕力しかない。

 それでも怖かったのだろう。

 女の子はぐずぐずと何度も涙を払った。


「よく頑張ったね。もう怖くないよ」


 頭をそっと撫でてやる。

 泣いている少女を見ると、昔のレミニアを思い出す。

 森で遊んで怪我して帰ってくると、よく泣いていた。

 あの頃は、子供をあやすのも一苦労だったが、今では良い思い出だ。


「おじさん、誰?」


「ニカラスのヴォルフだ」


「ニカラス村の人!? ネリ、アンリ様に助けてってお願いしにきたの」


 ヴォルフは眉を寄せる。

 話を詳しく聞くことにした。


 ネリが住む村が盗賊に襲われ、住民すべてをさらっていったのだという。

 森でこっそりかくれんぼをしていたネリとその弟は、難を逃れたそうだ。


「パパとママがいっていたの。もし自分たちに何かあったら、ニカラスにいるアンリ様を頼りなさいって」


 どうやら、あらかじめ葵の蜻蛉(ブルー・ブライ)団を頼れといわれていたらしい。アンリたちは、村を守るだけではなく、防犯対策も指導していると聞いたことがある。


 どうしようか……。


 ヴォルフは悩む。

 アンリは自分たちがいない時は速やかに最寄りのギルドに報告してほしいといっていた。

 近くの街にあるギルドまでは、馬で半日かかる。

 また都合良く、盗賊団から村を救ってくれる冒険者がいるかどうかも怪しい。


 それに村の人間をさらうことが出来るほどの規模だ。

 10、20人では済まないだろう。

 1人や2人、冒険者を雇っても、解決ができるわけがない。


 それでも女の子の願いを無下には出来ない。


 聞いたところによれば、村はここから半日のところにあるらしい。

 魔獣が棲まう平原や森を抜け、たった1人ここまで来たのだ。

 その意志を無駄にはしたくなかった。


「それに早く戻らないといけないの。ヤルラは病気で、早く薬を飲ませてあげないと。でも、村にいるお医者さんもさらわれちゃったから」


 ネリと名乗った女の子は下を向く。

 よく見ると、靴はぼろぼろで足には無数の切り傷があった。

 膝をすりむいたのも、転んだためだろう。

 よほど慌ててやってきたのだ。


 ヴォルフの腹は決まった。



 ◇◇◇◇◇



 ネリを横抱きし、ヴォルフは村に辿り着く。

 ひどいものだ。

 かなり荒らされている。

 一部は火をかけられ、まだ焼け焦げた木の臭いが立ちこめていた。


「ヤルラ!」


 ヴォルフの腕から飛び出すと、ネリは朽ちかけた家の中へと入っていく。

 窓や壁に穴は空いていたが、中は比較的無事だ。

 後に続いて入ると、ベッドに少年が横たわっていた。

 苦しそうに息をしている。


「ヤルラ、お医者さん連れてきたよ」


「ネリお姉ちゃん……」


 ヤルラは半目を開ける。

 姉の顔を見て、心底安心したらしい。

 苦しそうに息を吐き出しながら、少年は微笑んだ。


 ネリに場所を代わってもらい、ヴォルフは診察する。

 専門家ではないが、15年も冒険者とともに安宿で泊まっていると、色んな病気を診ることになる。

 おそらくヤルラは呼吸器系の疾患をもっているのだろう。

 ネリの話では、昔から身体が弱かったそうだ。


 ヴォルフは薬を広げる。

 まず喉を拡張する薬を使ってみた。

 かなり息はしやすくなったようだが、それでもヤルラはしんどそうだった。


 手持ちで効くような薬はこれぐらいしかない。

 薬が入った背嚢を漁っていると、見慣れぬ瓶が出てきた。

 中には綺麗な紫色の液体が入っている。

 すぐにピンと来た。


「レミニアだな……」


 たぶん、父が病気になった時のために、こっそり用意しておいたものだろう。


 中身が何の薬かはわからないが、【大勇者(あの)】のレミニアが作った薬だ。

 おそらく普通の薬ではない。


 ヴォルフは試しに少量飲んでみる。

 どうやら毒ではない。むしろ一瞬にして身体がスッキリした。ここまで走ってきた疲れが、一気に吹き飛ぶ。

 難点があるとすれば、苦いことぐらいだ。


 一か八か、だな……。


 ヤルラにレミニアの薬を少しだけ飲ませる。

 こくこくと小さな喉が動いた。

 瞬間、ヤルラはかかっていた布団を吹っ飛ばし、飛び上がった。


「にっが!!」


 ぺっぺっぺっと薬を吐き出そうとする。

 その姿をヴォルフとネリは呆然と見つめた。


「ヤルラ、大丈夫なの?」


「うん。あれ? 全然しんどくない」


 先ほどまで生死の境をさまよっていたとは思えないほど、ヤルラはピンピンしていた。

 ベッドの上で屈伸する。

 今にも全速力で外へと飛び出していきそうだった。


 そんなヤルラにネリは抱きついた。

 半泣きになりながら、弟の回復を喜ぶ。


「す、すごい! ヤルラが元気になった。おじさん、すごい!」


「いや、これはそのぉ……」


 ネリはヴォルフに頭を下げる。

 一方、ヤルラはよっぽど苦かったらしい。

 必死に喉の中のものを吐き出そうとし、姉にお水がほしいとねだっていた。


 ほっと胸を撫で下ろす。

 薬が入った瓶を見つめた。


「本当によく効く薬だな。あの子は一体どんな薬を置いていったんだ?」


 ヴォルフはついぞ分からなかったが、レミニアが残したのは、この世に5本とない絶対の万能薬【ソーマ】――そのレプリカだった。


週間総合6位まできました!

ベスト5まであと少し!

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。

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