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第131話 戦場に光る月

予想された修羅場回w

 ワヒト王国を昼のように染めていた謎の発光が止む。


 ワヒト城内に逃げ込んでいた民衆たちは、おもむろに立ち上がった。

 山城から城下町を見下ろしていた民たちは、指を差す。


 国中を埋め尽くしていた赤い光。

 魔獣の瞳だ。

 その光が、一斉に消えて行く。

 よく目を凝らせば、レッサーデーモンたちが地面に出来た黒い穴の中へと消えていくのがわかった。


 蝋燭の明かりをそっと吹き消すように光が消える。

 現れたのは、静かな夜だった。

 ハッと再び光が空を覆う。

 何事かと思えば、黒雲が晴れ、(レク)が出ていた。


 そうか……。今宵は初秋の満月か……。


 人々は同じ事を思っていた。

 1年で1番美しいとされる満月の姿。

 ワヒトが異常時にあっても、その美しさは変わらない。

 一際光を放ち、優しい月光を大地に振りまいていた。


 初秋の満月が来れば、すぐに刈り入れの時期だ。

 さらには豊穣祭。

 それが終われば、本格的な冬がやってくる。


 皮肉にも名月が見せたワヒトの姿は、飢饉から脱しようとしていた国民の意志をへし折った。


「おらたちの田畑が……」

「今年もダメかのぅ」

「命があっても、これでは……」


 農民たちは膝を突き、がっくりと肩を落とす。

 その中でも立ち上がるものがいた。

 細く小さな2本の足を踏みしめ、銀髪を揺らしている。


 鮮やかな緑色の瞳を、(レク)の方へと向けた。


「皆の者……。面をあげよ」


 強い意志がこもった少女の声を聞き、自然と顔が上がった。

 ワヒト王国の国王にして【剣聖】。

 ヒナミ・オーダムが、民衆の中心に立っている。

 その顔は、月へと向けられていた。


「何も心配しなくていい。妾が――いや、妾や家臣たちがきっとそなたらのことを守ってみせる。だから、今は月を楽しむが良い。辛いことは、その後で良い」


 少なくともワヒト王国は救われた。

 たった数人の英雄たちの手によって……。


 だから、今は祝おう。


 そして称賛を……。


 家族とともに、明日を過ごせることを喜ぼう。


 静かな夜に、ヒナミ姫の厳かな声が虫の音とともに聞こえた。


 言われるまま民たちは、顔を上げる。

 しばし、その名月を楽しむのだった。



 ◆◇◆◇◆



「パパァァァァァァアアアアアア!!」


 ワヒト国民たちが静かに祝う中、レミニアは喜びを爆発させていた。


 タタタタタタッと走ってくると、勢いそのままダイブする。

 愛しのパパの首に両腕を巻き付け、2回転半すると親子は地面に倒れた。

 さしもの【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】も、娘を受け止められるほどの力は残っていないようだ。

 それでも、娘の嬉しそうな顔を見て、ヴォルフは満足そうに微笑む。

 浮かんだ娘の涙をそっと拭った。


「レミニア、怪我はないかい?」


「うん。パパは……」


「この通り。無事だよ」


「良かった……。パパなら、レミニアを助けてくれるって信じてた」


「パパはレミニアの勇者だからな」


「うん……。でも――」


 レミニアはヴォルフの胸に自分の顔を寄せた。

 強く抱きつく。

 父の首にからめた手は震えていた。


「出来ることなら、危ないことはしないで」


 父が助けにきてくれた時、レミニアは心底嬉しかった。

 同時に、怖くもあった。

 やはり7年前を思い出してしまったからだ。


 また父が大怪我をするのではないか。


 脳裏をよぎる。

 またレミニアは泣き出してしまった。

 低い嗚咽が、ヴォルフの胸の中で響く。

 彼女は世界最高の戦力である【大勇者(レジェンド)】だ。

 けれど、その泣き喚く姿は、赤ん坊のようだった。


 ヴォルフはそっと赤い髪に触れる。

 あやすように大きな赤ん坊をなだめた。


 親子の深い愛情あるシーンに、ハシリーは思わず目頭を熱くする。


 秘書官は上司の気持ちを理解していた。

 今の涙はきっと今の状況を切り抜けたことだけではないだろう。

 レミニアは、ヴォルフがレクセニル王国を発ってからも、研究に邁進し続けた。

 口癖のように「パパに会いたい」ということはあっても、研究所を飛び出すことはしなかった。

 気丈に研究者として振る舞い続けていたのだ。


 城の中の邂逅では消化不良だった不安な気持ちが、ようやくここに来て爆発したのだろう。


 その苦労を知っているからこそ、ハシリーの喜びもひとしおだった。


 存分に娘は父に甘える。

 やがて立ち上がった。


 ヴォルフは気配を探る。

 周りはおろか、遠くのレッサーデーモンの気配も消えていた。

 どうやら、戦場も落ち着いたらしい。

 その証拠に、こちらに向かってくる足音が聞こえた。


 現れたのはミケとエミリだ。


『ご主人!』


 猫状態になったミケがヴォルフに飛びつく。

 思いっきり顔面に張り付くと、ゴロゴロと喉を鳴らした。


「痛い痛い痛い! ミケ、爪を引っ込めろ」


『連れないことをいうなよ。ご主人様が無事で喜んでるにゃよ』


 ぶんぶんと九尾の尻尾を振る。


「ヴォルフ殿……。この度は、ワヒトを救っていただきありがとうございます」


 馬の尾のように結ばれた銀髪が揺れる。

 エミリは地面に手を付き、平伏していた。


「エミリ、やめてくれ。俺1人の力じゃない。エミリがいたからこそ国を救えたんだ。それに感謝するのは、こっちの方だ。エミリがいなかったら、俺はこうして娘の肌の感触を、再び確かめることはできなかったかもしれない」


「そんな……。もったいないお言葉――」


 彼女も泣いていた。

 それはヴォルフの言葉に反応したものではない。

 彼が彼のまま。

 何事もなく立っていたことが嬉しかったのだ。


 ヴォルフもまた若い女刀士に目を細めた。

 お互いに無事であったことを、言葉ではなく心の中で喜びあった。


「パパ……」


 ずいっとエミリとヴォルフの間に割って入ったのは、レミニアだった。


「この女は誰なの?」


 途端、口調が厳しくなる。

 ジト目でエミリとヴォルフを交互に睨んだ。


「前に話ししただろ。レクセニル王国で出会ったワヒトの刀士エミリだ」


「お初にお目にかかる【 大勇者レジェンド】殿。エミリ・ムローダと申す。ヴォルフ殿とは、その……以前、お世話になって」


「俺の友人だよ、エミリは」


「友人! パパの女友達ってこと!」


「お、女友達!!」


 何故かエミリの顔が真っ赤になる。

 ワヒト王国的に、その意味するところは、恋人ということに近いからだ。


「ちょっと! なにを赤くなってるのよ!」


「いや、娘殿が女友達というから……。その……」


「あんたに娘とかいわれたくないわ!」


「2人とも落ち付けって!」


 ヴォルフが対立色を深めるレミニアとエミリの間に割って入る。


 だが、それは火に油を注ぐだけだった。


「パパ……。今、思い出したわ。前にパパを知ってる女の人が、わたしのところに挨拶しにきたの。えっと……。誰だっけ、ハシリー?」


「アンリ姫のことですか?」


「アンリか……。懐かしいなあ。いつ会ったんだ?」


「今、アンリっていった? アンリっていった? 随分と親しげね……」


「いや、アンリは村ではお隣さんで――」


「なんですって!? あの泥棒猫。選りに選ってパパとわたしの愛の巣の横に家を建てるなんて……」


 きぃぃぃ! といずこからハンカチを取りだし、レミニアは悔しがる。


「何をいっているんだい、レミニア? パパだって、女の人の友人ぐらい1人や2人ぐらいいるぞ」


 何にもわかっていないヴォルフは、さらに油を注ぐ。

 過剰に反応したのは、エミリだ。


「な! ヴォルフ殿って意外とすけこまし(ヽヽヽヽヽ)なのでござるか」


すけこまし(ヽヽヽヽヽ)って?」


「そういえば、ヴォルフ殿。別の刀技を身につけておったようだが……。あれはどこで習ったでござるか?」


「【無業】のことか? あれはクロエに――」


「クロエ・メーベルドでござるか!?」


「知ってるのか?」


「有名な刀士でござるよ」


「ちょっと待って! それって女の人の名前じゃないの?」


 レミニアはまた鋭く眼光を光らせた。


「クロエ殿は、結構な美人でござったはず」


『ご主人様はこう見えてモテるからにゃあ』


 ミケが耳の後ろを掻きながら付け加えた。


『ラムニラ教の信者にチューされてたし』


「チューって! せ、せせせせ接吻でござるか!!」


「どういうことよ! ラムニラ教ってパパを追い出した宗教団体でしょ!」


「ちょ! 落ち着け、エミリ、レミニア! ミケも余計なことをいうな」


『にゃはははは……。あっちに安物の魔晶石しか食わせなかった罰にゃ』


「裏切り者ぉぉぉおお!」


 ヴォルフはミケを捕まえようとする。

 だが、【雷王(エレギル)】はひらりとよけてしまった。


 逆に捕まったのは、ヴォルフだ。

 右腕をレミニア、左腕をエミリにがっちり掴まれる。


「パパぁぁぁぁ~」


「ヴォルフ殿……」


「ずっと心配してたのに」


「レクセニル王国王都を出てから、どういう旅をしてきたか。洗いざらい喋ってもらうでござるよ」


 こうしてヴォルフは、2人の少女に闇夜の中で連行されるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 戦闘が終了し、いの一番に王都に駆けつけた人間――いや、獣人がいた。


 初秋の満月に真っ白な髪をさらしている。

 静かな城下町を抜け、城のすぐ側の横穴に入った。

 そこは入念に魔法の結界で守られている。

 レッサーデーモンとて、入ることは難しいだろう。


「ルネット……。無事か?」


 ルーハス・セヴァットは、魔法の光を灯す。

 暗い洞穴の中に、透き通った緑色の瞳がこちらを見ていることに気付いた。

 見つけると、ルーハスは駆け寄る。

 細く小さな身体を抱いた。


「良かった……」


 心底ホッとした顔を見せる。

 それはとても優しい。

 他の誰にも見せたことのない【勇者】の素顔だった。


 そっとルネットはルーハスの白い髪に触れる。

 まるで労うように撫でた。


「ルーハス、だいじょうぶ?」


 復活してから随分と経つが、いまだルネットは喋ることすら不便な状態だ。

 記憶もなく、最初の頃はルーハスを怖がっていた。

 しかし、彼の献身的な介護によって、ようやくここまで回復した。


 その中で、ルネットの命を1度奪った魔獣戦線が起きた。


 【勇者】がどんな覚悟で臨んだか、想像に難くない。

 そして見事、名と戦友に恥じることのない戦い方を見せた。


「もう……。おそとはだいじょうぶ?」


「ああ……。大丈夫だよ。もう悪いヤツは、俺がやっつけたから」


 ルーハスはニコリと微笑む。

 驚くほど、爽やかな笑顔だ。

 ルネットの顔も綻ぶ。

 再び功労者をギュッと抱きしめるのだった。


本年最後の投稿となります。

改めまして、ここまで読んでくれてありがとうございます。

今年は念願叶って、書籍化することもできました。

来年は、さらに皆様に楽しんでもらえるように精進してまいりますので、

よろしくお願いします。

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