第128話 【大勇者】の選択
戦況の変化は、少し離れたところにいるハシリーも確認していた。
ワヒトの地を蟻のように埋め尽くしていた魔獣たちが、みるみる駆逐されていく。
その気持ちの良い光景に、普段はクールな秘書官も半ば興奮気味に見守った。
いける――!
確信する。
突如、出現した魔獣戦線と似た状況。
それをヴォルフ、レミニア、ハシリー、ミケ、そして数人の加勢者たちで、沈静化しようとしている。
もし、達成が出来れば【老勇者】レイル・ブルーホルドの伝説に、肩を並べるほどの偉業――いや、伝説そのものになるかもしれない。
そう考えるだけで、血が沸騰する。
歴史的瞬間の目撃者になれるというわけだ。
あとは、光の柱を閉じるだけ……。
「レミニア!」
ハシリーは顔を上げる。
いまだ【大勇者】は苦悶の表情で、光の柱と向かい合っていた。
随分と柱は細くなっている。
あと、もうちょっとだ。
その時だった。
視界の端に光が瞬く。
禍々しい波動を察知したハシリーは、咄嗟に反応した。
レミニアと光の間に入り、盾になる。
【光の盾よ】!
対光属性魔法を生み出す。
前方に展開した瞬間、その波動は弾けた。
空気を焼き、真っ直ぐハシリーとレミニアに向かってくる。
着弾ッッ!
闇の波動はハシリーの盾に当たると、乱反射した。
高密度の光。しかし、その反射する姿は、泥を弾いているようだ。
圧力が凄い。
押し込まれる。
ハシリーは退けない。
魔力の規模からして、間違いなく相手は自分よりもランクが上。
考えたくもないが、【大勇者】と同等かもしれない。
だが、後ろにはレミニアがいる。
自分の上司。この戦況の主人公。
何より15歳のまだ少女だ。
「子供を守ってあげなきゃ! なんの大人なんだよ!!」
ハシリーは魔力のゲインを上げる。
やがて闇の収束が収まる。
耐えきったのだ。
「やった……」
少々疲れた顔を覗かせるも、ほっと胸を撫で下ろした。
ぞわり……。
突然、上方に気配が膨れあがる。
顔を上げ、敵を確認した時には、ハシリーの鳩尾に蹴りが突き刺さっていた。
そのまま地面に叩きつけられる。
秘書は昏倒した。
「ハシリー!」
光の柱に向かいながら、レミニアは秘書に起こったことを目の端で捉えていた。
しかし、他人の心配をしている場合ではない。
敵はレミニアを指向する。
魔法による高速移動であっさりと【大勇者】の懐に入った。
鉄のように強化された拳が、小さな少女に襲いかかる。
「きゃあああああああああ!!」
レミニアの悲鳴が、ワヒト上空に響き渡った。
落下を始めるが、途中でギュッと止まる。
頬を防御した手には、小さな魔法陣が浮かんでいた。
寸前で魔法を唱え、防御していたのだ。
紫色の瞳に、【大勇者】を見下げる人物が映る。
天鵞絨のコート。
その襟を大きく立て、中折れ帽を目深に被った男か女かもわからない謎の人物。
言葉で先制したのは、レミニアだった。
「あなた……。ガダルフね」
帽子の鍔の向こう――黄色く濁った瞳が、わずかに揺れた。
「れ、レミニア……。ガダル、フ……って……」
腹を押さえながら、上半身を持ち上げたのは、ハシリーだった。
強烈な鳩尾蹴りを食らった彼女だが、地面に当たる瞬間、魔法で衝撃を和らげたらしい。
だが、すべてを吸収出来なかったようだ。
何度も咳き込みながら、【大勇者】とガダルフを交互に見つめる。
やがてレミニアは慎重に頷いた。
「そうよ、ハシリー。国籍、性別、姓名すべて不明。わかっているのは、ガダルフという通り名と、その特徴的な容姿、そしてSSランクに匹敵するほどの実力者であること。だけど、彼にはもう1つ異名がある」
大賢者ガダルフ。世界三大賢者の1人よ。
ハシリーは目を剥いた。
再び激しく咳を吐き出す。
「そんな! そんな高名な人物が何故、ぼくたちの邪魔を……」
「賢者といっても、色々いるわ。他の三賢者と違って、いい噂を聞かないのは、つまりこういうことってことでしょ」
レミニアは光の柱を指差す。
「まさか……。光の柱を生み出したのは、大賢者様?」
「どうなの、ガダルフ様。そろそろ喋ってくれてもいいのよ」
レミニアは挑発する。
それでもガダルフは何も言わなかった。
ただこれが答えだといわんばかりに、手を掲げる。
光の柱に、自身の魔力を送った。
手摺のように細くなっていた柱が、たちまち膨張する。
「くそ!!」
レミニアは空中を蹴る。
無詠唱で高速移動するガダルフの蛮行を止めようとした。
だが、寸前でガダルフは空気に溶ける。
気配すらなくなっていた。
「チッ! 転送魔法か!!」
「レミニア! 柱が!!」
柱はさらに膨張する。
その拡大速度は、最初の比ではない。
今までレミニアの魔力によって押さえつけられていた力が、一気に開花したかのようだった。
「まずい!!」
慌てて魔力を送る。
抑え込もうとしたその時、再び闇の収束砲が放たれた。
レミニアを邪魔する。
遠方でガダルフの姿が見えた。
「しつこいわねぇ、大賢者様は……」
「レミニア!!」
下からハシリーの声が聞こえる。
地面に黒い穴が広がった。
レッサーデーモンが出現する。
吠声を上げ、手負いの秘書へと群がった。
「ハシリー!」
魔法を唱える。
殲滅系の魔法で、薙ぎ払った。
だが、後から後から魔獣たちが出現する。
「きりがない!」
やはり光の柱をどうにかしなければ収まらない。
光の柱を抑え込むか。
ハシリーを助けるか。
2つに1つ。
【大勇者】は選択を迫られていた。
新作の効果もあって、こちらに読みに来てくれている方もいるようで、嬉しいです。
『転生賢者の最強無双~劣等職「村人」で、世界最強に成り上がる~』の方もよろしくお願いしますm(_ _)m