第127話 おっさんの強化魔法が感染する
エミリは刀を握った瞬間から、強化魔法を実感した。
いつもより手に馴染む感覚がしたのだ。
さらに力が湧き出てくる。
むろん、傷つき、強化魔法が切れたヴォルフを助けたい。
そういう気持ちも、決して弱い訳ではない。
だが、その力は、人の感情以上に大らかで、雄大だった。
「いける!」
銀髪の刀士は確信する。
刀を返した。
「ぐああああああああああ!!」
レッサーデーモンが迫り来る。
鼻が曲がるような臭気を吐き、吠声を吐いた。
並の剣士であれば、たちまち居すくんだだろう。
エミリは違う。
ギラリと眼光を放ち、
鋭い太刀筋で袈裟に斬る。
たちまち魔獣は斜めに分断され、消滅した。
軽い――。
驚くほど、軽く斬れた。
それは疲れから来る脱力の影響などではない。
訓練用の竹束と同じく、Aランクの魔獣を斬ることが出来たのだ。
レッサーデーモンの侵攻は終わらない。
エミリは返す刀で、切り上げる。
先ほどよりも少し力を込めた。
シュンッ!
空気を斬る鋭い音が戦場を貫く。
次の瞬間、目の前のレッサーデーモンはおろか、背後にいた数体の魔獣まで斬り裂いていた。
「凄い……」
いや、むしろここまで来ると恐ろしい。
慎重に戦わないと、いまだ膝をつくヴォルフすら斬ってしまいそうだ。
「それにしても……」
己の手を見る。
まだ微かに肌が光っていた。
それがまだ【大勇者】の強化魔法が残っていることを示している。
まさかこれ程とは思わなかった。
ヴォルフはずっとこのじゃじゃ馬のような強化魔法を乗りこなしてきたのだ。
「さすが……。拙者が愛した殿方であるな」
エミリは1歩踏み出す。
今度は渾身の力を込めて振った。
スパッと魔獣が両断される。
軽く見積もっても、100体以上だ。
さらに踏み込む。
2歩、3歩……。
雪達磨方式に数が増えていく。
5歩歩いた時には、優に1000体のレッサーデーモンが消し飛んでいた。
「ヴォルフ殿は、拙者が守るでござる!!」
勇ましい声を上げ、エミリは銀髪を振り乱した。
一方、当然この男にも強化魔法がかけられていた。
魔獣の群の中を、すでに真綿のような白い髪が揺れている。
幾百、いや幾千の光刃が閃いた。
遅れて聞こえてきた振り音は、たった1つしか聞こえない。
袈裟に切り下ろされたレッサーデーモンは、すべて消滅する。
一瞬にして、5000体の魔獣が消し飛んでいた。
戦場にぽっかりと穴が空く。
その中心に、獣人の騎士が立っていた。
「ふん……」
鼻を鳴らしたのは、【勇者】ルーハスだった。
その綽名は伊達ではないらしい。
すでに【大勇者】の【強化魔法】に慣れ始めていた。
自身で出力を調整し、効率良く魔獣を斬っている節がある。
おかげで息を荒々しく吐くことはない。
体力は衰えるどころか、切れた瞬間から充填されているような感覚だ。
かつてルーハスは、レミニアに自分のパートナーになれと、強引に手を引いたことがあった。
彼女が使う【強化魔法】に興味があったからだ。
その時、すげなく断られたが、【大勇者】は自分の【強化魔法】とルーハスは合わないと説明していた。
その【強化魔法】が今、彼の手元で猛威を振るっている。
しかし、やや偏屈な【勇者】は呟いた。
「なるほど。……確かに合わんな」
だが――。
ルーハスは再び刀を構える。
裂帛の気合いを持って、レッサーデーモンがひしめく新たな戦場へと突撃した。
鯨が小魚でも飲み込むかのように、獣人の戦士は魔獣を平らげていく。
再びぽっかりと戦場に穴が空いた。
まさにその繰り返しだ。
光る手の平を見ながら、勇者は呟く。
「だが、悪くはない」
にやりと口角を上げた。
すると、空が青白く光る。
膨大な魔力の収束に、思わず【勇者】は顔を上げた。
そこにあったのは、小さな太陽だった。
暗雲がたれ込めた夜の世界で、光を放ち、大地を神の国のように神々しく彩っている。
強い光の中心にいたのは1匹の獣だ。
『にゃあああああああああああああああああああああああああああ!!』
雄々しい咆哮が戦場を貫く。
吠声だけで、空気がビリビリと震えた。
嵐が巻き起こり、吸い寄せられるように光の方へと収束する。
魔獣の血に濡れた地面が持ち上がろうとしていた。
【雷王】のミケ。
幻獣最強の獣は、【大勇者】の【強化魔法】を受け、さらなる高みへと上り詰めていた。
そして、今神すらおののかせる一撃を放とうとしている。
「わわわ……。ミケ殿、それはちょっとマズいのでは……」
エミリは上空を見上げながら、慌てる。
慌てて踵を返し、ヴォルフのもとへと走った。
いまだ立つことすら叶わない冒険者に肩を貸す。
一時戦場の離脱を始めた。
「チッ!」
ルーハスも一旦退く。
仲間たちが退避した瞬間、【雷王】は神槍に届く一撃を放った。
『くらえにゃああああああああああああああああ!!』
絶叫が大地にこだます。
次の瞬間、光が膨れあがった。
幻獣によって圧縮された雷精が解き放たれる。
結界のように広がり、地に足を付けた魔獣たちを飲み込んだ。
爆風と爆音。
大地を削り取り、塵1つ残さず消し飛ばす。
そこにランクなど関係ない。
レッサーデーモンも、なりそこないを纏った魔獣も等しく灰燼となっていく。
強烈な光に、視界を遮断せずにはいられない。
衣服と髪を振り乱し、同じく【強化魔法】の恩恵を受けた同士たちですら、立っているのがやっとという状況だった。
やがて収まる。
難を逃れた樹木たちが、疲れたように下を向いていた。
「すごい……」
エミリは思わず目を見張る。
焼き焦げ、灰燼となった戦場。
そこには、1匹の魔獣もいない。
50万――いや、それ以上いたはずのレッサーデーモンやその亜種族たちが、すべて消し飛んでいた。
「これが幻獣最強の力か……」
さしものルーハスも驚かずにいられない。
いくら【強化魔法】の恩恵があったとはいえ、これ程の力を捻りだし、操作したのは紛れもなく【雷王】の功績である。
つまり、ミケにはそのポテンシャルが備わっているということだ。
これが人間に向けられたと思うだけで、ゾッとする。
だが、戦いは終わりではなかった。
空になった戦場に黒い穴のようなものが広がる。
現れたのは、レッサーデーモンだった。
戦いは終わっていない。
レミニアがあの光の柱を消滅させない限り、ほぼ無限に魔獣が現れることになる。
魔獣戦線は、消耗戦なのだ。
しかし、ヴォルフの側に集まった戦士たちの瞳に、些かの恐怖も感じられなかった。
むしろ、その鋭さは増すばかりだ。
エミリとルーハスは刀を構える。
ミケも再び咆哮を上げて、魔獣たちを威嚇した。
2人と1匹の胸中で、声が聞こえる。
『パパを守って!』
強烈な少女の願いが、脳裏に刻まれる。
もはやそれは、願望などではなく、命令に近い。
現にレミニアは、【強化感染】とともに、人間の認識を強制的に変換させる魔法まで付与していた。
もはや彼らは、ヴォルフを守る守護騎士なのだ。
しかし、彼らは決して疑問に思うことはない。
「拙者がヴォルフ殿を守る!」
「ふん!」
『ご主人様には、指1本触らせないにゃあ!!』
三者三様に吠える。
再び冒険者を守る戦いが始まった。
すると、ヴォルフの指先がピクリと動く。
閉じていた瞼を開いた。
仲間たちの勇ましい声に感化されたのではない。
微かだが聞こえたのだ。
レミニアの悲鳴が――。
書いてて楽しい!!
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