第124話 戦場に舞い戻る雪
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ヴォルフが魔獣の群の中で奮戦する一方、レミニアは光の柱の根本に、ハシリーとともに辿り着いていた。
付近に広がっていたのは、田畑だ。
のどかな風景が広がっていたはずの領地の姿はない。
出現したレッサーデーモンたちに踏み荒らされ、領民の死体が転がっていた。
生命の反応はない。
小動物に至るまでなぶり殺されていた。
冷静な秘書官が珍しく歯を食いしばる。
仇を取りたい、という強い思いと共に呪文を詠唱した。
【巨星の落日】!!
空が光り輝いた。
幾重も陣が浮かび、領地に残っていたレッサーデーモンたちを囲む。
天を覆う陣から現れたのは隕石だ。
高速で射出されると、魔獣たちに牙を剥いた。
がががががががががががっっっっっっ!!
隕石が突き刺さる。
魔獣の肉や首を吹き飛ばした。
一瞬にして付近のレッサーデーモンを全滅させる。
天候攻性式魔法の一種。
確認されている同系統の最強魔法からは1歩後れをとるが、殲滅系全体でいえば、最強の部類に入る第7階梯の魔法だ。
現状、Aランク相当の力を持つ人間の中で、ハシリーだけが唯一習得している。
レミニアの秘書ということで事務で活躍する彼女だが、その実力はSランクに匹敵していた。
ハシリーは一瞬ふらつく。
無意識のうちに息が荒くなっていた。
久方ぶりの戦場だ。
研究に入り浸りな毎日だが、それでも時間を見つけては訓練はしていた。
時々、レミニアとも仕合をして実戦勘も養ってきた。
だが、言うまでもなく実戦と模擬試合は違う。
精神、肌をひりつかせる緊張感、吸う空気も薄く感じる。
世界が全く異っていた。
日常的に何気なくやっていることさえ困難だ。
そんなハシリーの肩がポンと叩かれる。
何事かと思い、振り返った。
カッと開いた薄い水色の瞳には、赤髪の小さな少女が映っていた。
「あまり無理はしない方がいいわよ、ハシリー」
レミニアだと気付くのに、数拍遅れる。
それだけ自分が取り乱していたことに、秘書官は気付いた。
「すいません。らしくないことをしてしまいました」
顎についた汗を拭う。
上司は笑みを浮かべた。
「いいわよ、別に。わたしとしては、あなたのそんな表情が見れて、眼福だったわ」
「こんな時に茶化さないでください」
「こんな時だからこそよ。今から嫌でも硬い顔をしなきゃならないんだから」
レミリアは光の柱に振り返る。
手を伸ばし、そっと触れた。
軋みのような鋭い音を立てて弾かれる。
「封印術……」
ハシリーは驚く。
レミニアは赤くなった指先をペロリとなめた。
設置式の魔法に対して、解呪が出来ないよう施錠をする魔法だ。
「これで決まりね」
「この事態が自然現象ではなく、何者かによる仕業だと……」
「問題は向こう側の世界を開けるほどのエネルギーが、ストラバールのどこにあったかということね」
人が待つ魔力量ではダメだ。
【大勇者】ですら不可能だろう。
これほどのエネルギーを持つ超高圧度魔力圧縮体――すなわちレミニアが求める
【賢者の石】もしくは【愚者の石】以外に考えられない。
「ワヒトの勾玉でしょうか?」
「可能性は高いでしょうね。1歩遅れたわ。まさか島国の国宝に【賢者の石】があったなんて」
レミニアは1度、自分の頬を張った。
悔やんでいる場合ではない。
とにかく今は、目の前の光の柱をどうにかするしかなかった。
「どうするんですか? 解呪は難しそうですが……」
「出来ないわけでもないけど、時間がかかりすぎるわね。なら、やることは1つよ」
「力業ですか……。大丈夫ですか?」
「わたしを誰だと思っているのよ」
レミニアは腰に手を当て、にやりと笑う。
その姿は【大勇者】というよりは、小さな悪魔のように見えた。
ハシリーは微笑む。
今は、この小悪魔にかけるしかない。
「わかりました。ぼくはどうすれば?」
「いつも通りよ。わたしのサポートをして」
「了解です」
「さあて……。ぶっ潰すわよ」
レミニアはグルグルと腕を回した。
◆◇◆◇◆
戦闘開始の頃、陽は頂点よりも少し傾いたほどだった。
それが今、山に没しようとしている。
小さな島国に多くの魔獣が溢れかえる中、ワヒト王国はいつも通り夜を迎えようとしていた。
王都民を城へ避難させる作戦は今も続いている。
あともう少しで終わるだろう。
各諸侯とも連絡が付いた。
国が二分されている最中ゆえ、ダルマツ派の諸侯たちが大人しく従ってくれるか心配だったが、ノーゼに一筆書かせることによって問題はクリアした。
やらせたのは、ヒナミ姫だ。
断ると思ったが、婚約者は意外と素直に応じた。
国の大事、そして父が招いた客人の仕業と思われる所業に、彼も心を痛めていたらしい。
一方、その父は事態を見て、愕然とし言葉を失っていた。
息子の方が精神的に弱いように思えたが、どうやら逆だったらしい。
大老といえど、所詮は小悪党だったということだ。
ヒナミ姫は天守には登らず、城の中に設けた避難所を回った。
不安げな国民たちを力の限り励ます。
請われれば、目の前で演武を見せる場面もあった。
顔を出せば、必ず子供たちが寄ってくる。
すると、いつも同じような質問がされた。
「姫様は戦わないの?」
ヒナミ姫は一瞬くっと奥歯を噛んだ。
匂い立つような殺気を押さえ込む。
その後、純真な子供たちの眼を見て答えた。
「大丈夫じゃ。我が国には、2人の勇者がおるからのぅ」
「2人の――」
「――勇者様?」
「そうじゃ。そやつらで十分よ」
「勇者様って姫様より強い」
「うーむ。確かに妾より強いかもしれん」
「へー」
「だが、いずれ越えてみせる」
「じゃあ、姫様もがんばれだね」
「だね!」
「ありがとう。お主たちも頑張るのじゃぞ」
子供たちの丸い頭を撫でる。
やがてヒナミ姫は窓外を見る。
子供たちの頭のような満月が、東の空に浮かんでいた。
その月下のもと。
戦う勇者のことを思う。
耳を澄ませば、その剣戟が聞こえてきそうな気がした。
「ヴォルフ……。頼むぞ!」
◆◇◆◇◆
【剣狼】は明るい満月の下で、牙を振るっていた。
魔獣の死体が死屍累々と積み上がっている。
緑豊かな夏の雪国は、おびただしい魔獣の血で染まっていた。
相棒ミケとともに倒した魔獣の数は、すでに2000体を越える。
かつてヴォルフは100人以上の盗賊たちを1人で倒した。
今回の数は相棒と割っても、優に越えている。
しかも相手はDやEランクの盗賊たちではない。
Aランク判定されたレッサーデーモンだ。
考えるまでもなく強い。
それでも怯むことなく、ヴォルフはエミリから借りた刀を振るい続けた。
「ふー」
ヴォルフは息を吐く。
縦横無尽に魔獣の群を蹂躙し続けた足がついに止まった。
「ご主人!!」
見かねたミケが駆け寄る。
同時にレッサーデーモンもここぞとばかりに殺到した。
だが、【雷王】は咆哮を上げる。
「あっちへいけよ、お前ら!!」
広範囲に電撃を放つ。
雷精の渦に魔獣たちは巻き込まれた。
残ったのは、黒い炭の塊だ。
視認した後、ミケは振り返った。
心配そうに目を細める。
見たこともないほど、ヴォルフは消耗していた。
顔に大量の汗を掻き、荒い息をなんとか整えようとしている。
如何に【大勇者】の加護を受けているとはいえ、ヴォルフは人だ。しかも決して若くない。魔力さえ切れなければ、無尽蔵に動けるミケとは違う。
そもそも人間が休憩なしに長時間、援護も無しに高ランクの魔獣と戦えていることが奇跡だった。
「(それに気になるのは、嬢ちゃんの強化魔法だな……)」
【大勇者】の強化魔法も、いずれ期限がくる。
しかも、強化を酷使すればするほど、強化魔法の期限は早まるものらしい。
それが切れた時、果たしてヴォルフがこの魔獣の群を止めることができるのか。
たとえ急成長していたところで、わからないだろう。
「(休ませるために、一旦退くべきか)」
ミケは考える。
が、主人が素直に提案を聞くとは思えなかった。
すると――。
「ぎしゃあああああああああああ!!」
一際甲高い咆哮が聞こえた。
ミケは振り返る。
ヴォルフはふらつきながら、刀を構えた。
「なんだありゃ!」
それは超巨大なレッサーデーモンだった。
しかも、四肢や胸に何か黒くぶよぶよしたものを纏っている。
一瞬スライムかと思ったが違う。
「なりそこないか……!?」
ミケは戦慄する。
見れば、レッサーデーモンたちの群の奥。
黒い影のようなものが蠢いていた。
周りにいた魔獣たちを飲み込む。
すると、レッサーデーモンが次々と肥大していった。
まるで魔獣たちに己が身体を食わせ、養分にしていっているようだ。
ミケはビリビリと毛を逆立てる。
珍しく【雷王】は怯えた。
巨大なレッサーデーモンの強さを肌で感じる。
Sランクは越えているだろう。
1体1体が、災害級に指定されるほどの強者。
移動の速いアダマンロールが、群でやってきたと考えれば、わかりやすいか。
まずい……。
幻獣は心の中で悲鳴を上げる。
体調万全のご主人なら問題なく切り伏せることができるだろう。
しかし、今はそうではない……。
ミケの脳裏に、かつての主人のことがよぎる。
「一旦退避にゃ、ご主人!!」
相棒は叫ぶ。
主人の首根っこを捕まえてでも、撤退させようとした。
身体を動かそうとした瞬間、足を取られる。
見ると、ぶよぶよとしたなり損ないの一部が、ミケの四肢に絡みついていた。
「しま――――!!」
相棒の言葉が遠く離れていく。
絡みついたなりそこないの一部が、軽々と【雷王】を引きずり回した。
そのままポーンと丸めた紙玉でも投げるように放り捨てられる。
群のど真ん中に、ミケは落とされた。
『主人――!』
ミケはすぐに立ち上がる。
魔獣の群れが邪魔をして姿が見えない。
完全に主人と分断された。
一方、ヴォルフはようやく息を整える。
少し休憩できたことによって気力こそ出てきたが、体力は戻らない。
身体が鉛のように重い。
「雷獣纏いを連発しすぎたな……」
ヴォルフは反省する。
こうした殲滅戦には持ってこいの合技だが、身体の負担はあまりにも大きい。
今になって、その反動が出たのだろう。
目が霞む。
握りもどんどん甘くなっていく。
振りも己を咎めたいほど雑になっていった。
ここで弱音を吐くわけにはいかない。
ヴォルフの後ろには王都がある。
1歩も退くわけにはいかなかった。
顔を上げる。
巨大化したレッサーデーモンが紅蓮の瞳と顎門を大きく開けていた。
「くっ……」
慌てて刀を鞘に納める。
【居合い】を放とうとしたが、レッサーデーモンの方が早かった。
「ぐるるらああああああ!!」
魔獣の咆哮が響く。
瞬間、生暖かいものがヴォルフに降り注いだ。
血だ。
呪われたように黒い血。
むろん自分ではない。
伸ばした腕を一瞬にして斬り裂かれた魔獣の血だった。
レッサーデーモンは仰け反る。
それだけに終わらない。
幾重にも剣線が閃く。
巨大なレッサーデーモンが、小皿に乗るほど細かに斬られていた。
残ったのは、血煙――。
そして、ヴォルフと同じ人影だった。
「この程度の相手に何を手こずっているのだ、お前は」
ゆっくりと振り返る。
雪の結晶のような白い髪が揺れた。
下へと垂れた刀には、1滴の血もついていない。
それだけでその人が――いや、獣人がただ者ではないことは明白だった。
やがてヴォルフと、深く濃い青眼が、ぶつかり合う。
「ルーハス……」
かつて【勇者】と呼ばれた男が、戦場に舞い戻ってきた。
ライバルキャラが主人公を助けるシーンが、狂おしいほど好きな作者です。