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第123話 おっさん、魔獣戦線に挑む

さあ、ワヒト王国魔獣戦線の開幕です!

「あれは……?」


 王都の北方。

 巨大な光の柱を見ながら、レミニアは呟いた。

 その表情は珍しく驚きに彩られている。

 横にいたハシリーも同じ魔導士として、ただ事ではないと感じていた。


 ヴォルフも同じだ。


 光の柱を中心に、膨大な魔力の流れを感じる。

 ストラバールにあるすべての魔力を食いつくさんばかりに、柱に集約されようとしていた。

 唐突な魔力の流れに、大気が荒れ、木や川、建材、小動物が吹き飛ばされていく。

 黒雲を呼び込み、遠雷が鳴り響いた。

 この島国ごとひっぺがさん勢いだ。



 国、乱れるとき、勾玉は異界の門を開き、多くの災いを寄せるであろう。



 諳んじたのは、ヒナミ姫だった。

 呆然と光の柱を見つめる。


 その言葉を聞き、眉を顰めたのはレミニアだった。


「勾玉?」


「ワヒト王国に伝わる言い伝えだよ、レミニア」


 立ちすくむ君主に代わって、父が説明する。


 すると、娘の目の色が変わった。


「それってどんな勾玉? 色は? 魔力は?」


「落ち着きなさい、レミニア」


 ガタリ……。


 レミニアが珍しく取り乱す中、物音が聞こえた。

 1人のシノビが中庭に降り立つ。

 大怪我をしていた。

 いつ死に絶えてもおかしくない状態の中で、小さな君主の前に進み出る。


「ハシバル家の家臣ではないか。その怪我は一体……」


「や、屋敷が何ものかに襲撃、受け……。勾玉、奪取……され…………まし――」


「なに!? 主は!! マナは無事なのか!!」


「当主……うちじに……」


「討ち死にじゃと……。マナが……。そんな…………」


 絶句する。

 マナとは古い付き合いだ。

 ヒナミ姫にとっては、剣の師匠であり、心の有り様を教えてくれた教師でもあった。

 その女性が死んだ。


 心臓に穴が空いたような気がした。

 ふらりと倒れそうになるのを、ヴォルフが受け止める。


 だが、絶望は続いた。


「魔獣が……。たくさんの魔獣が……。し、しゅつげんを……」


「魔獣ですって……」


 ヒナミ姫の代わりに反応したのは、レミニアだ。

 忍師に駆け寄り、回復魔法を付与した。

 が、遅い。

 すでに死線を越えていたのだ。

 いかな【大勇者(レジェンド)】の魔法でも、ここまで重傷だと回復することは難しい。

 むしろ忍師が生きていることの方が不思議だった。


「数は?」


「およそ1万――。いや、もっといたかも…………しれませ、ん」


「そう……。ありがとう。最後に何か言い残すことはある?」


「どう、か…………。わひとを……まも………………って」


 事切れた。

 ハシバル家家臣として、人間として、忍師は立派な最後を遂げる。

 レミニアはそっとシノビを寝かせた。

 手を胸の前で組み、カッと開いた瞼を閉じる。

 最後にレクセニル式の祈りを、死者に捧げた。


 すっくと立ち上がる。


「レミニア、何が起こっているのですか?」


「説明は後にして。お姫様、悪いけどショックを受けている暇はないわよ」


「わ、わかっておる!!」


 ヒナミ姫は瞳に滲んだものを拭う。

 君主といえど、まだ10歳の少女だ。

 身内同然の人間が亡くなったことは辛い。

 それでも、立ち上がる。

 【剣聖】という言葉の通り、その心は容易く折れる事はなかった。


「最優先すべきは国民の避難よ。一番はこの島国から全員を逃がすことだけど」


「不可能じゃ。国が保有している船を全部だした所で、精々5000人といったところじゃろう」


「わかったわ。それは諦めましょう。じゃあ、この城に避難をさせて。他の領主にも伝えてちょうだい。城に籠もり、応援を待つことって」


「待って下さい、レミニア。一体何が起こっているんですか?」


「魔獣戦線よ……」


 ――――ッ!!


 一同は絶句した。

 というより、話に一気に付いてこられなくなった。

 レミニアが発した単語は、それほど摩訶不思議なものだった。


 魔獣戦線……。

 それはかつてラルシェン王国よりさらに北方。

 魔獣の大増殖に対応するために起こった人類VS魔獣の戦争である。


「それがワヒト王国で起ころうとしているのか……」


 さしもの【剣聖】も震え上がる。


「つい最近、終わったばかりだというのに……」


 ラルシェン王国の前に起こったのは、100年も昔だ。

 これほど短期間に魔獣の異常増殖が起こったのは、初めてだった。


「魔獣の異常増殖は自然現象なんかではないわ」


「自然現象ではないじゃと……」


 レミニアはかいつまんで説明した。


 魔獣の異常増殖は、向こうの世界――エミルリアとストラバールが接近した時に、起こるという。両世界の一部が触れたことによって、裂け目ができ、向こうの魔獣がこちら側にやってくるのだ、と語った。


「お主……。何故、そのようなことを知っているのじゃ。君主である妾でも知らぬ情報を……」


 おそらく家老であるゲマも知らなかっただろう。

 世界的に見ても、この事実を知るものは一握りだけだ。

 それほど、この情報は秘匿性の高いものだった。


「これでも【大勇者】って肩書きを持っているのよ。それに、この事実を論文で発表したのって、私が1番最初だしね」


 レミニアは12歳の折り、この事実をレクセニル王国学術大会で披露した。

 その研究が認められ、王国の魔導機関に就職が決まったと同時に、【大勇者】という栄誉が与えられたのだ。


「じゅ、12歳じゃと。妾と2つしか違わないではないか」


 【剣聖】の少女は呆然とする。

 10歳でありながら、君主である彼女も十分凄いのだが、世界の進歩に寄与したレミニアの大発見は、ストラバール全体を揺るがしたのも、また事実だった。


 皆が呆気に取られる中で、レミニアの素性を知るハシリーは、話を進めた。


「状況はわかりました。レミニア、それでどうしますか?」


「今までの魔獣戦線と、今回の魔獣戦線には大きく違いがあるわ」


 それは次元が開いた場所だった。


 いつもはエミルリア側から開く扉が、どういうわけか今回に限ってストラバールの方から開いた可能性があるのだ。


「逆に言えば、あの扉を閉じさえすれば、魔獣の増殖を抑えることが出来る」


「なるほどのぅ」


 うんうん、と頷く【剣聖】だったが、実はわかっていなかった。


 その横でミケも首をひねる。


『ご主人はわかるのかにゃ?』


「要はあの光の柱を壊せば、魔獣の増殖を抑えられるということだろう」


「その通り、さすがパパ!!」


「その役目は誰が?」


「わたししかいないでしょうね。ありったけの魔力を叩きつけて、押さえ込むしかない」


「危険じゃないですか、レミニア。あなたが無防備になるんじゃ」


 ハシリーは心配する。


 進み出たのは、やはりこの男だった。


「大丈夫だ、ハシリー。レミニアは俺が守る」


 どん、と胸を叩く。


「ありがとう、パパ……。でも、わたしとしてはパパに危険なことをしてほしくないのだけど……」


 レミニアの脳裏に浮かんだのは、幼い記憶。

 格上の魔獣に挑み、大怪我を負ったあの悲しみだった。


「俺はレミニアの勇者なんだよ。娘を置いて、背を向けるわけにはいかない」


「うん……。わかった。お願いね」


「娘には指1本触れさせないさ」


「妾も助太刀しよう」


 ずいっと親子の間に割って入ったのは、ヒナミ姫だった。

 何故か、ぶすっとした顔をしている。

 その意図は読めなかったが、どうやら拗ねているらしい。


 ヴォルフは首を振った。


「姫は民の避難の指揮をとってやってくれ」


「そ、それは部下に任せれば――」


「避難した場所に、王様がいないことの方が民は不安がる。ヒナミの命は、ヒナミだけのものじゃないんだ」


「――うっ。わかった……」


「うん。偉いぞ!」


 ヒナミ姫の頭を撫でる。


 【剣聖】の少女の顔がポッと火がついたように赤くなった。


 これに反応したのは【大勇者(むすめ)】だ。


「ああ! ずるい!! パパ、わたしにもやって!」


「ダメだ。レミニアは今回危険なことをしたから、頭ナデナデはお預け」


「ええ!! いいじゃない!」


「その代わり、2人で帰ってこられたら存分にナデナデしてあげるから」


「わかったわ! 絶対よ! 絶対だからね、パパ」


「はいはい」


「『はい』は1回!」


「はい。わかったよ、レミニア。約束する」


 微笑ましい家族のやりとりを見て、張りつめた緊張感がわずかに緩む。

 だが、それは一瞬のことだった。

 君主の言葉を聞き、先ほどまでなりそこないに対処していた家臣たちは、今一度口を結び直した。


「ものども!! ここが踏ん張りどころじゃ! 国のためなどという大層なご託はいらん。家族のため、ひいては己のため! 存分に生き残るがよい!!」



『おおおおおおおおおおおおお!!』



 奇しくもこの時、大老派と旧王家で割れていたワヒト王国は、一振りの刀としてようやく大成したのであった。


 ヒナミ姫は顔を上げる。


(父上……。母上……。見ていてください。妾は絶対に、この国を捨て鉢などにはさせませぬ!)


 心に誓うのだった。



 ◆◇◆◇◆



 レミニアの飛翔魔法を使い、ヴォルフとハシリー、そしてミケが現地に到着する。


 人影はない。

 あるのは、大地を埋め尽くさんばかりに群がったレッサーデーモンたち。

 人間を見つけると、手を伸ばし、近付いてきた。

 まるで亡者のようだ。


「ハシリーはレミニアのサポートに回ってくれ」


「ヴォルフさんはどうするんですか?」


「こいつらを倒す。1匹残らずな」


「お1人で?」


「1人じゃないさ。相棒がいる……」


 ミケの喉を撫でる。

 【雷王(エレギル)】は気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。

 やがて魔力を発生させる。

 空に雷を呼び起こすと、青白い毛を逆立たせた雷獣が現れた。


『おうよ、ご主人!!』


 にゃおおおおおおおおんんん!!


 【雷王】は嘶く。

 ヴォルフも鞘から剣、そして刀を抜いた。

 二刀となり、迫り来るレッサーデーモンに向き直る。

 魔獣の津波を前にして、【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】は決して引かない。

 むしろ、その口元はわずかに笑っていた。


『行くぜ! ご主人』


 ミケはヴォルフに雷を落とす。

 【雷獣纏い】。

 【雷王】の牙を得た狼は、地を蹴った。


 速いッ!! 速すぎた!!


 巨大な雷の槍が魔獣の波を穿つ。

 残ったのは焼けこげた大地。

 押し出された大気が、竜巻のように渦巻く。

 そこにバラバラになったレッサーデーモンが落ちてきた。

 優に100体の魔獣が、四肢や身体の一部をもがれていた。


「強い……」


 ハシリーは思わず呟く。


 レクセニル王国でルーハスと戦った時とは比べ物にならない。

 膂力、速さ、敏捷性、剣の鋭さ。

 すべてあの頃とは、別次元にまで昇華されていた。


(ヴォルフさんなら……)


 ハシリーは息を呑む。

 【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】といわれたアラフォーの冒険者は、本当にここにいる魔獣をすべて倒してしまうかもしれない。

 そうなれば、まさに【老勇者】レイル・ブルーホルドの再来。


 いや、それ以上の伝説を生むか(ヽヽヽヽヽヽ)もしれない(ヽヽヽヽヽ)


「レミニア! お父上は凄く強くなっていますよ」


「当然よ。だって、わたしの勇者なんだもの……。けど――」



 次が最後かもしれないわね。



 レミニアの意味深な言葉は、戦場の音に飲み込まれていった。


1万の魔獣VSおっさんの戦いを是非お見逃し無く!

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