表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/371

第13話 おっさんの弱点!?

新章『100人斬り篇』が開幕です!!

(決してエロい意味じゃないよ)

 夜明け前の山林に、鋭い音が響き渡っていた。

 枯れ草を踏みしめ、衣擦れの音とともに、空気を裂く。

 獰猛な野獣の声のようでいて、どこか涼やかな音色は、梢を抜け、朝餉の準備を始めた村にまで届いていた。


 ヴォルフは剣を止める。

 渾身の力で振るっていたからだろうか。

 空気摩擦だけで、刀身は熱を帯び、微かに白い靄が立ちのぼっている。

 息を整え、汗を拭う。

 彼の肩からも、剣と同じく気化した汗がたなびいていた。


 悪くない……。


 おろし立ての鋼の剣の感触を確かめる。

 刀身が長くなった分、少し重く感じるが、むしろ振りやすい。

 長いこと放置していたから、振ると空気にかかる(ヽヽヽ)ところがあるが、研ぎ直せば済む問題だった。


「業前ですね、ヴォルフさん」


 パチパチと山林に拍手が鳴る。

 振り返ると、リーマットが立っていた。

 朝には強いらしい。

 けろっとした顔で、手を叩いていた。


 ヴォルフは癖毛を撫でつける。


「恥ずかしいところを見られてしまったな」


「いえいえ。素晴らしい振りの速度でした。随分と鍛錬されたのでしょう」


「そんなことはないです。むしろ冒険者の時の方がさぼってましたから」


「ほう……。理由を聞いてもいいですか」


 ヴォルフは簡単にこれまでの経緯を話す。

 黙って聞いていたリーマットは深く頷き、自らこう締めた。


「なるほど。守る者が生まれたことによって、あなたの意識が変わったということですか」


「そんな大層なことでもないですよ」


 ヴォルフは肩を竦める。

 リーマットは顎に手を当て、少し考えた。


 この若い騎士が、ヴォルフは苦手だった。

 時折だが、細い目の奥からじっと自分を観察する時がある。

 まるで虫かごの蝉のような気分になることがあった。


「どうでしょうか。朝の鍛錬の締めとして、私と仕合ってみませんか?」


「ご冗談を。あなたはBクラス相当の騎士だと聞いています。俺では相手になりませんよ」


「そのBクラス相当の騎士が手も足も出なかったドラゴンを、あなたは倒したんですけどね」


「す、すいません」


「いいですよ。なーに、本気でやろうなんて思ってません。私も朝は軽く運動するのが日課でして。ちょっとお付き合いいただけないかなーと」


 リーマットは食い下がる。

 どうしても、ヴォルフと仕合がしてみたいらしい。

 腰に差した細剣の柄に手がかかっていた。

 巧妙に隠しているが、今にも抜き放ちそうな気迫を感じる。

 外見のイメージとは違い、好戦的な性格なのかもしれない。


「わかりました」


「では――」


 2人は対峙する。

 お互い鞘から剣を抜いた。

 ヴォルフは大きく一歩を踏みだし、柄を両手で持つ。

 対するリーマットは半歩足を踏み出し、片手で柄を握った。


 風が吹き抜け、大きく梢がしなる。

 空気が張りつめていった。

 もはや、仕合の様相はそこにない。

 ヴォルフは真剣勝負の沼へと引きずり込まれた。


 仕掛けたのはヴォルフだった。


 一息で距離を詰める。

 切り下げ――。

 速いことは間違いない。


 リーマットは冷静だ。

 細剣を巻き取るように来た攻撃を捌く。

 華麗な足運びで背後に回り込むと、相手の背中を軽く押した。


 ヴォルフはつんのめる。

 倒れそうになるのをなんとか堪えた。

 先ほどまで前にいたリーマットが背後に立っている。

 ゴーストに化かされた気分だった。


「どうしました?」


 手で挑発する。

 ヴォルフは体勢を整え、再び距離を詰めた。

 先ほどよりも短くコンパクトに振るよう意識を切り替える。

 剣の引きを速くして、連撃を加えた。


 しかし、リーマットは襲い来る鋼の剣を流麗に捌く。

 細剣を器用に動かしながら、本人は一歩も動くこともなく、守りに徹する。

 コンパクトに振っているとはいえ、ヴォルフは決して力を抜いているわけではない。

 なのに、リーマットの顔は涼しげだ。

 天性のにやけヅラ(ヽヽヽヽヽ)で、やはり何か観察しているように見える。


 【捌き(パリィ)】というのは簡単なようでいて、かなりの高度な技術だ。

 レベル4のスキルで、極めていけばあらゆる武具や攻撃の質に対応することができる。

 リーマットは特にこの【捌き】を重視していて、対人であればAクラスの冒険者すら圧倒できる力を持っていた。


 ヴォルフは一旦距離を取る。

 いつの間にか息が切れていた。

 身体もだるい。手に持った剣がやたら重く感じる。

 無酸素運動をし続けた代価だった。


 おそらく全力で振ることが出来るのはあと一刀。

 小細工は抜きだ。

 全霊を賭けて、剣を振り抜くことに決める。


「おおおおおおおおおお!!」


 気勢を吐く。

 身体の捻りも加え、全力で薙ぎ払った。


 光のような速さの剣閃に、リーマットの顔が初めて歪む。

 咄嗟に剣を両手に持ち替え、受け止める。

 まずい、と焦り、そして脅威を感じた。

 彼もまた全力で剣の軌道をそらそうとする。


 失敗すれば、自分の胴が飛ぶ(ヽヽヽヽヽヽヽ)――――。


 ギィンン!!


 釣り鐘が落ちたかのような硬い音が鳴る。

 ヴォルフの渾身の横薙ぎが炸裂した。


 くるくると宙を回り、地面に突き刺さったのは、細い刃だ。


「あらあら……」


 根本付近からぽっきりと折れた剣を見る。

 すっかり戦気を失ったリーマットは、弱ったなとこめかみを掻いた。


「これミスリル製なんですけどね」


「み、ミスリル!!」


 超有名な魔鉱金属だ。

 錬成や武具を作るだけでも、レベル6以上のスキルが必要になる。

 いうまでもなく高価で、ヴォルフが折った刀身分だけでも、小さな家ぐらいなら容易に建つほどの価値があった。


「も、申し訳ない。弁償は必ず……」


 とはいったが、ヴォルフが10、20年山で薬草を採り続けたところで払える額ではない。


 リーマットは声を出して笑った。


「大丈夫ですよ。消耗品なので申請すれば新しいのと取り替えることができますから。それにしても、ミスリルを折っちゃいますか。あなたの力は凄まじいですね」


「いえ。そんなことは」


 自分の剣を見る。

 さすがにミスリルを斬っただけあって、刃がこぼれていた。

 あとで研ぎ直さなければならないだろう。


「ですが、力を使いこなしていないですね、あなたは」


 リーマットの瞳が光る。


「本人が持っている技術と、身体が持つポテンシャルに差がありすぎです。例えるなら……そうですね。小さな人型魔導兵器(ゴーレム)に、高性能な魔導機関を搭載しているような感じです。自分の力に自分で振り回されているような……」


「わかりますか……」


「何か心当たりでも?」


 慌ててヴォルフは誤魔化した。

 娘の力によって、強化されていると知れば、今度どんな人間が自分に興味を持つかわからない。


「何か込み入った事情がお有りのようですね」


「リーマットさん。お願いがあるのですが」


「なんでしょうか?」


「俺を鍛えてくれませんか?」


「お断りします」


 あっさりと否定されてしまった。

 そのまま理由を話す。


「あなたが真に強くなることを望むなら、別ですけど。あなたの日常において、技術的な強さは必要ないと私は感じるのですが、違いますか?」


 リーマットの言うとおりだった。


 すでに冒険者を引退し、小さな故郷で隠棲する身。

 娘も自分で自分の身を守れるほど強くなった。

 ヴォルフに強くなる理由など、もうないのだ。


「確かに……。あなたの言うとおりだ」


 結論を出す。

 その時、リーマットは蛇のように目を細めた。



 ◇◇◇◇◇



 鍛錬が終わり、朝飯を食おうと戻ると、ヴォルフの家の前でアンリがうろうろしていた。

 ヴォルフを見つけると、軽く前髪をなおして、近づいてくる。


「おはようございます、ヴォルフ様」


 元気の良い挨拶が村に響いた。

 同時に、お腹の音が鳴る。

 ヴォルフではない。

 アンリの方だ。


 打ち立ての剣のように顔が赤くなる。

 ヴォルフはくすりと笑った。


「朝食……。一緒にいかがですか?」


「……はい! 喜んで!!」


 アンリは目を輝かせた。


 今日の朝食は、麦飯を使った山菜とたっぷりの茸の混ぜご飯だ。

 白鮑茸、椎茸などの茸類、さらに牛蒡と人参、蕨を加える。

 鍋で軽く炒めた後、魚の出汁を投入。

 蜂蜜と塩、酒を入れ、味を調えた。


「良い香りですね」


 ふんわりと立ちこめた匂いに、アンリが反応した。

 つんと鼻を刺激するも、爽やかな香りが喉を通っていく。

 炊事場に立ったヴォルフは、木のお玉を持ったまま答えた。


生姜(サージ)の匂いです。香り付けにもってこいなんですよ」


 味見をし、具材に馴染んだかを確認する。

 具と汁をわけ、残しておいた麦ご飯と混ぜ込む。

 汁を少し加えながら、全体的に味が染みこんだら完成だ。


「お待たせしました。お口に合うといいのですが」


「いえ! とても美味しそうです!」


 椀に盛られた混ぜ麦ご飯を見つめる。

 先ほどよりも濃い生姜の匂いが鼻を突く。

 見た目も鮮やかで、たくさんの具材がつやつやとして輝いていた。


「いただきます!!」


 慣れた手つきで箸を使い、混ぜご飯を掻き込む。

 むむっ、とアンリは思わず唸った。


「うぅぅぅん! おいしぃぃぃぃぃいいいい!!」


 見た目こそ粗野で乱暴な田舎料理。

 だけど、大公家で食べていたものとは、素材の味が違う。

 ちょっと苦みがあるのだ。

 だけど、それを調味料などでうまく味付けされて、ほろ甘く(ヽヽヽヽ)仕上がり、冷えた麦飯も熱々の汁と絡むことによって、丁度良い柔らかさと温度になっていた。


 具材にある角が取れ、総じて優しい味だ。


「これがヴォルフ様の味なのですね」


 愛おしそうに手を椀に添える。

 一緒に食卓を共にするリーマットやダラスにも好評だった。


「こりゃうまい!」


「王都に店を出せますぞ、この味は」


「本当ならお肉や魚を提供できればいいのですが」


 高価であることはもちろんだが、最近ヴォルフは意識的に控えていた。

 あまり肉を食べ過ぎると、レミニアに怒られる。

 目敏い娘のことだから、家にある些細な変化や自分の体型を見ただけで気付いてしまうだろう。


「お構いなく。アンリ様の手料理よりはマシですよ」


「り、リーマット……!」


「アンリ様も料理をされるのですか?」


「最近始めたんですよね。花・嫁・修・業……。ね? アンリ様」


「う、うるさいぞ、リーマット。これからだ。これからうまくなるのだ」


「田舎料理で良ければ、お教えしますよ」


 ヴォルフはレミニアと会うまでは1人暮らしだった。

 1人で生きる分のスキルは、一通り揃えている。

 これでも料理スキルはレベル2なのだ。

 普通はおろか、大きな野生動物まで捌くことが出来る。


 ヴォルフの申し出に、アンリは目を輝かせた。


「はい! 是非お願いします」


 何故か、三つ指をついて姫騎士は頭を垂れるのだった。


日間総合2位までランクアップしました。

皆様の応援のおかげです。

1位まで後1歩!!

頑張ります!


明日は夕方に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本4巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



8月25日!ブレイブ文庫様より第2巻発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス9巻 5月15日発売!
70万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



コミカライズ10巻5月9日発売です!
↓※タイトルをクリックすると、販売ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる10』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


最新小説! グラストNOVELS様より第1巻が4月25日発売!
↓※表紙をクリックすると、公式に飛びます↓
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』書籍1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


シリーズ大重版中! 第6巻が3月18日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本6巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』
コミックス最終巻10月25日発売
↓↓表紙をクリックすると、Amazonに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月14日!サーガフォレスト様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『劣等職の最強賢者』コミックス5巻 5月17日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーついにフィナーレ!詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large





今回も全編書き下ろしです。WEB版にはないユランとの出会いを追加
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』待望の第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


好評発売中!Webから大幅に改稿しました。
↓※タイトルをクリックすると、アース・スター ルナの公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large




アラフォー冒険者、伝説になる 書籍版も好評発売中!
シリーズ最クライマックス【伝説】vs【勇者】の詳細はこちらをクリック


DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ