第117話 魅了された【大勇者】
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【勇者】が動く一方、ダルマツ家の息子ノーゼも動いていた。
いつものようにワヒト王国に夜の帳が落ちる。
ノーゼは月光が差し込む城中の一室に立っていた。
白無垢を着た女性と向かい合っている。
それは女性というには、あまりに小さく、可愛い少女だった。
「ヒナミ……」
ノーゼの言葉に、少女は反応する。
衣擦れの音とともに、顔を上げた。
着ている白無垢に負けないほどの白い肌。
まだまだあどけなさが残る唇には、濃い紅が塗られている。
そして、紫水晶のような目はとても綺麗だった。
間近でよく見れば、それはヒナミ姫ではないことがわかる。
だが、遠目からならば、背丈や体型はぴったりと合う。
何より、その存在感はあの【剣聖】に勝るとも劣らなかった。
「綺麗だよ」
ノーゼは笑う。
目の前に立つ男の賛辞に、少女は反応しない。
いつも好奇心と父に対する愛情で光る瞳は、どこかくすんでいた。
対して、ノーゼの瞳は輝いていた。
血に濡れたように赤く光っている。
悪魔の笑みを浮かべる男の髪から、ピンと耳が屹立した。
ノーゼはワヒトでは珍しいハーフエルフだ。
その出自故、子供の頃はよくいじめられた。
両親を呪ったことは、1度や2度ではない。
だが、今は感謝している。
自分の母には、ある特殊な能力があり、ノーゼはそれを受け継いだからだ。
【魅了の魔眼】。
その能力は、Aランクに認定され、対象と目を合わせるだけで、あらゆる人間の精神を乗っ取る。
たとえそれが、【大勇者】レミニア・ミッドレスであろうと、その能力から逃れることは出来なかった。
◆◇◆◇◆
王都は久方ぶりに沸き返っていた。
飢饉に次いで、王と王妃の崩御。
暗い話ばかり続いていたワヒト王国に、久方ぶりに心から喜べる日がやってきたのだ。
先代の娘にして【剣聖】ヒナミ・オーダム。
ダルマツ大老家の息子ノーゼ・ダルマツ。
2人の結婚式が、今から始まろうとしていた。
各国の代表や大使がこぞって、王城に入城していく。
沿道で迎えたワヒトの国民たちは手を振り、あるいは民族舞踊を踊り、歓迎の意を示した。
慶事であるが故、国庫が解放されている。
無料で酒と蕎麦が振る舞われ、国民たちは久方ぶりに腹が一杯になるまで食事を楽しんだ。
そのお祭りの最中――。
人垣を縫うようにして、王城を目指す男と少女、そして大きな猫がいた。
衛士たちが並び、厳戒態勢が敷かれた城門前に立つ。
ある意味、恐ろしいほど違和感のある取り合わせだった。
すぐ衛士たちの目に止まる。
たちまち、2人と1匹を囲まれた。
「お前たち、何をしている」
「今日は結婚式だ」
「来賓以外の立ち入りは禁止されている」
「下がれ! 下がれ!」
まさに門前払いといった雰囲気だ。
しかし、2人と1匹は退かない。
特に少女は、小さな身体を目一杯そびやかした。
「何故じゃ?」
「なにぃ?」
「ここは妾の家ぞ。何故、主である妾が下がらねばならないのだ」
顔を覆っていた頬被りを解く。
現れたのは、ワヒト王国でもっとも美しいといわれる銀髪だった。
鮮やかな緑色の眼光が、矢のように放たれる。
衛士たちは、揃って息を呑んだ。
門の前に現れたのは、ヒナミ姫、さらにヴォルフ、ミケだった。
「ヒナミ姫様!」
「そんな馬鹿な!」
「姫様は、今結婚式の準備の真っ最中のはず!」
「こんなところにいるはずは……」
「どうした? よもや主の顔を忘れたわけではないだろうな」
その覇気……。居ずまい……。
間違いない。
衛士たちは確信した。
今、目の前にいるのが、本物だと。
では、城にいるのは……。
疑問がよぎった途端、彼らの奥底から声が聞こえた。
(ヒナミ姫と名乗る女が現れれば、捕縛もしくは殺せ)
スッと衛士たちの瞳から光が消える。
「ヒナミ姫と名乗る女が現れれば、捕縛もしくは殺せ」
「ヒナミ姫と名乗る女が現れれば、捕縛もしくは殺せ」
「ヒナミ姫と名乗る女が現れれば、捕縛もしくは殺せ」
「ヒナミ姫と名乗る女が現れれば、捕縛もしくは殺せ」
「ヒナミ姫と名乗る女が現れれば、捕縛もしくは殺せ」
「ヒナミ姫と名乗る女が現れれば、捕縛もしくは殺せ」
呪文のように唱え始めた。
『おいおい。こいつら、なんかおかしくないか?』
ミケはシャァと毛を逆立たせる。
【雷王】の威嚇もまるで通じない。
傀儡にでもなったかのように近付いてくる。
しかも城門の向こうから、どんどんと集まってきた。
その数100人以上……。
刀士や衛士たちは、虚ろな目をし、ヴォルフたちを囲んだ。
「ヒナミ? これは?」
「ノーゼの仕業じゃな。あやつは魔眼を持っておる。人間の心を乗っ取る恐ろしい力だ……」
「じゃあ、この人たちは?」
「おそらくノーゼによって、その深層意識下から操られておるのだろう」
「対処方法は?」
「術者によって暗示を解いてもらうしかないの。……だが、案ずるな。精神を乗っ取られたからといって、こやつらが無敵になったわけではない。意識を刈りさえすれば……」
だが、多勢に無勢だ。
これほどの衛士たちを殺さず、意識を刈っていたら、結婚式が終わってしまう。
ヒナミ姫は唇を噛んだ。
「押し通るしかないか……」
「ヒナミ、大丈夫だ。俺には頼りになる相棒がいる。なあ、ミケ――」
『ようやくあっちの出番か。……ま、人間相手だったから仕方ないにゃ』
「殺すなよ。昏倒させるだけでいい」
『わかっているよ。ご主人様』
ミケの身体が膨れあがる。
出現したのは雷精を炎のように纏った1匹の獣だった。
吐いた息にも雷が混じる。
歓喜したのは、ヒナミ姫だった。
「おお! そなたの飼い猫は雷獣だったのか? ただの猫ではないと思っておったが……」
「ああ……。俺の頼れる相棒さ」
『行くぞ! ご主人!』
ミケは雲を呼んだ。
急速に空は薄暗くなり、今にも雨が降り出しそうな天気になる。
上空を竜のように雷が舞った。
『いくにゃああああああああ!!!!』
【雷王】の咆哮が、空気を一閃する。
自分を避雷針にし、出力を抑えた雷を周囲に放った。
たちまち衛士たちは波のように押し寄せてきた雷に、巻き込まれる。
全身に軽度のショックが与えられると、釣瓶のように倒れた。
わずかな間で、100人以上の衛士たちを昏倒させる。
立っていたのは、ヴォルフたちだけだった。
『どんなもんにゃ!』
ミケは尻尾を振る。元のサイズに戻った。
ヴォルフは目を細め、【雷王】のモフモフの毛を撫でてやる。
一方、ヒナミ姫は珍しく沈黙し、倒れた衛士たちを見ていた。
「ヒナミ。大丈夫だ。ほとんどが眠っているだけだ」
言葉をかけるも反応はない。
様子がおかしい。
顔を覗き込む。
その瞳は爛々と輝いていた。
ヴォルフの方を向く。
一生のお願いといわんばかりに、【剣狼】に向かって手を合わせた。
「ほしい! 妾にあの猫を譲ってくれ」
「い゛!!」
「国政が落ち着いたら、なんでも褒美をやる。国だってあげるから、ミケを譲ってくれ!!」
「だ、ダメだ! あと、ヒナミは国主なんだから、容易く国をあげるなんていうな」
「なんじゃ! 妾がここまでして頼んでおるのじゃぞ。いけずじゃのぅ」
『あっちは構わないにゃ。ヒナミなら、美味しい魔鉱石食べさせてくれそうだし』
「食べ物に釣られてんじゃねぇよ、タダ飯喰らいめ」
ヴォルフは向き直る。
城門。そしてその向こうに控える山城を見上げた。
「改めて聞くが、本当にいいんだな、ヒナミ」
「尋ねるまでもない。それに妾は、城に帰ってきただけだ。私物化し、妾の代役を立てて、結婚式を執り行おうなどと考える輩を斬りにきただけのこと」
「国が割れるかもしれないぞ」
「よい! 覚悟はすでに我が刀に込めておるわ」
ヒナミ姫は愛刀を抜き放つ。
暗雲が立ちこめる城を睨むのだった。
さあ、いよいよ佳境です!








