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第114話 剣聖の決意

 ミケはくんと鼻頭を上げた。

 繁みの向こうに視線を向け、尻尾を立てる。

 その様子に気付いて、ヴォルフは構えた。

 気配を探る。

 いる――。

 何者かが、こっちを見ている。


 ヴォルフの手が、エミリからもらった刀の柄に触れた。

 それを制したのは、ヒナミ姫だ。


「よい。恐らく味方だ」


「味方?」


 首を傾げる。

 すると、繁みの向こうから現れたのは、黒頭巾を被った人間たちだった。

 数は3人。入念に歩音を誤魔化しているが、男2人と女1人だろう。

 いずれも、黒装束を纏い、やや刀身の短い刀を腰に差している。


「ヒナミ姫でいらっしゃいますね?」


「如何にも……。これを見ればわかるであろう」


 すると、ヒナミ姫は懐をまさぐる。

 獲りだしたのは、黒い宝石だった。


(あれは?)


 ヴォルフは少し気になった。

 横で見ていたミケも反応し、ご主人様を仰ぐ。


 黒装束たちは1歩下がり、傅いた。

 その反応を見て、ヒナミ姫はすぐ懐に宝石を戻す。


「失礼しました。主がお待ちです」


「うむ」


「ヒナミ、この人たちは何者だ?」


「すまぬ。紹介がまだだったな。この者たちは、周辺を治めるハシバル家のものだ」


 王都の刀士と比べると、随分と身なりが違う。

 頭巾を目深に被り、まるで暗殺者のようだ。

 巧妙に隠してはいるが、とても静かで穏やかな殺気が、今も向けられ続けている。


 それを察したのか、ヒナミ姫はヴォルフを紹介した。


「この者は……」


「ヴォルフ・ミッドレス殿ですね。存じております」


 黒装束の1人が、ピシャリと言い放つ。

 思わずヴォルフはビクリと背筋を立てた。


「もう知っておるのか。お主らが知っているということは……」


「すでにダルマツ家も知るところでしょう」


 この者たちは、厳密にいえば、刀士(モノノフ)ではない。

 忍師(シノビ)と呼ばれるものたちで、ワヒト王国の諜報部隊だ。

 その情報網は国内だけではなく、世界中に張り巡らされ、島国であるワヒトに貴重な国外情報をもたらしている。

 ただし、その情報を聞くことができるのは、一握りの人間だけだ。

 ワヒトにいるほとんどの人間は、外の国のことを知らないだろう。


 そして、彼らの仕事はそれだけではない。


「情報戦は、時に血を見ることもある。彼らは優秀な諜報員であると同時に、暗殺者でもあるのだ」


 ハシバル家の頭領は、そうした情報をワヒト各地にいる諸侯に売りさばき、巨万の富を得て、大名(きぞく)へとのし上がった一族だった。


「妾を王都へ連れもどさんところを見ると、やはりお主らは、今回の結婚に関して、何か含むところがあるのだな」


「それについては、主が説明いたします。どうか我が屋敷までご同行下さい」


 ヒナミ姫とヴォルフは、忍師たちとともに屋敷へと向かう。


 横目に田んぼや畑を見ながら、馬車1台分ぐらいのあぜ道を通った。

 忍師たちに連れられる2人に、領民たちも興味津々だ。

 大きく腰を上げ、じっとこちらを見ている。


 村の爺さん婆さんは元気だろうか。


 老人の姿を見ると、不意にニカラスのことを思い出した。


 もう1つヴォルフが気になったのは、民の姿だ。


 昨年、飢饉があったというのは伝え聞いていた。

 だが、王都ではその影響をさほど感じられなかった。

 確かに物乞いはいたし、食うに困った刀士が刀を売っているのを見かけた。

 それでも街全体は活気づいていた。

 ヒナミ姫が結婚するという機運もあったかもしれないが、国が大事の渦中にあるとは感じられなかった。


 しかし、今ヴォルフが見ている領民はどうだろうか。


 男はやせ細った手で鍬を握り、女は身を整えることも忘れて、精一杯生きているという状態だ。

 子供の頬はこけ、老人の目は穴が空いたように空虚だった。


「ここの領主は、何か重い税でも強いているのか?」


 ヴォルフは少し憤った様子で、足を止める。

 魔獣に街や村が潰された凄惨な光景は何度と見てきた。

 だが、それ以上にこの領地の姿は目に余るものだった。


 そうではない、と旅の剣士を諭したのは、黒装束の唯一の女だ。


 ワヒト王国は、現在は他国からの補助金を求めている。

 魔獣戦線で活躍した刀士を弔うため、というお題目にはなっているが、ようは飢饉により助けてほしいというものだった。

 これはダルマツ家が各国に呼びかけ、頭を下げた成果だ。


 しかし、ダルマツは補助金の運用を自分の差配で決めていた。


「ダルマツは自分と親しい諸侯に手厚く分配し、それ以外のものには少額を、もしくは分配を拒んでいるのです」


「…………」


 ヴォルフは唸る。

 人のいい【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】もさすがに憤りを隠せなかった。


 自分が獲得した金であることはわかる。

 しかし困っているのは、自国の民なのだ。

 命がかかっていることを、仲が良い悪いで決めていいものではない。


「すまんな。先代と仲がいいばかりに、お前たちにばかり苦労させて」


「いえ……。主も納得済みのことです」


「ヒナミが謝ることじゃない!」


 ヴォルフはきっぱりといった。

 力強い言葉に、伏せ目がちだったヒナミ姫は顔を上げる。


「そのダルマツが国を立て直そうしているのはわかる。その功績も俺は認めよう。だが、差別はダメだ。それによって人の命を失うならなおさら――」


 いや、もはや差別という大それたものではない。

 これは区別だ。とても愚鈍で、独善的な行為だ。


 ヴォルフの手が震える。

 久しぶりに頭に来ていた。


 すると、遠くから蹄の音が聞こえる。

 具足を付けた馬が三騎。砂塵を上げてやってくると、ヒナミ姫の前で止まった。

 2人は黒装束の忍師。

 そしていち早く姫の前に駆けつけたのは、勇ましい戦装束を来た女だった。


 長槍に、背中には弓矢まで携えている。

 今から、戦にでも参るのかと思うほどだ。


 騎馬から下りる。

 背が高くスッとした女性だった。

 立ち姿がとてもクロエと似ている。

 格好通り、武芸に長けているのだろう。


 腰まで伸びる長い髪を乱し、濃い赤色の瞳には強い生気を感じさせる。

 具足の下には白装束を纏い、赤袴をなびかせていた。


 おそらくハシバルの領主だろう。

 立ち居振る舞いは毅然としている。

 だが、化粧で誤魔化してはいるが頬はこけ、やつれていた。


 ヒナミ姫のところにやってくると、お付きのものと一緒に傅いた。


「よくご無事で、ヒナミ姫様」


「マナ……。わざわざ出迎えに来てくれたのか」


「報を聞き、居ても立ってもいられず……」


「すまん……」


「いえ。何をおっしゃりますか。ヒナミ姫は亡き先代の寵――」


「違う。そういうことではない!!」


 ヒナミ姫は声を荒らげた


 ハシバル家当主マナ・ハシバルは首を傾げる。


 ヒナミ姫は顔を上げた。

 懺悔をするように、畑仕事に精を出す領民たちを見やる。


「先代と付き合いがあったばかりに……。お前たちを……。領民を苦しめてしまった」


 マナは一瞬、息を止めた。

 少し別方向に(ヽヽヽヽヽヽ)視線を逸らし(ヽヽヽヽヽヽ)、そしてヒナミ姫に戻す。


「姫が気に病むことではありません。我らが一同、ただ一所懸命を貫くだけです。幸い今年は好天に恵まれております。雪が振る前には、きっと――」


 不意に人の気配がした。

 見ると、ボロボロの着物を着た娘が立っていた。

 日に焼け、四肢は枯れ木のように細いのに、妙にお腹が膨らんでいる。

 やや生気のない瞳で、ヒナミ姫を見つめた。


「あなた、だーれ?」


「わ、妾か?」


 ヒナミ姫は慌てる。

 化粧もしていなければ、髪すら整っていない少女に目を細めた。

 櫛を取りだし、シラミだらけの髪に挿す。

 少女は依然として姫を凝視していた。


「妾はヒナミ姫だ。ワヒト王国の王女だ」


「王女……? それって食べられる?」



 ――――ッ!!



 一同は愕然とし、固まった。

 すると、ヒナミ姫からボロボロと涙が落ちる。

 反射的に娘をひしと抱きしめていた。

 落ちてきた涙を頬で受け止めた少女は、ぺろりと舐める。

 しょっぱい、と小さく呟いた。


「すまん。すまんの」


 ヒナミ姫が今できる精一杯の言葉だった。


 抱き合う2人の少女を見ながら、ヴォルフは道具袋を取り出す。

 出したのは、握り飯だ。

 娘の瞳が急に輝き出す。

 ヒナミ姫から離れると、ヴォルフに飛びついた。


「食べていいの?」


「ああ……」


 ヴォルフは安心させるように微笑む。

 少女は両手で掴むと、夢にまで見た飯を頬張った。

 途中、むせ返ると、ヴォルフは水筒を取り出す。

 小さな喉をごきゅごきゅ動かしながら、また飯を食べ始めた。


「妾は決めたぞ」


「?」


「何をですか、ヒナミ姫?」


「妾は王都へ戻る。追いかけっこはもう終わりじゃ」


「しかし――。ダルマツは姫様を」


「わかっておる。ヤツは妾を傀儡にし、国を自分の思い通りにするつもりだろう」


「そこまでわかって、何故――」


「妾もわからん!」


 ダルマツを打倒し、オーダム家の実権を回復させる。

 結婚式に素直に参加し、ダルマツとともに国を再興する。


 選択肢は色々とあるだろう。

 それでも何をしたいのか、ヒナミ姫はわからなかった。


「けれど、妾はワヒト王国の【剣聖】であることに変わりはない」


 国の大事に、王が玉座にいないことこそ、問題ではなかろうか。


 小さいながら、ヒナミ姫は直感的にそう感じていた。


 ヴォルフはそっと握り飯を食べる少女の頭を撫でる。

 立ち上がり、ヒナミ姫の方を向いた。


「ヒナミなら、そういうと思っていたぞ」


「ヴォルフ……」


「俺も助太刀する。ま――。ヒナミが行かなくても、俺は王都に戻ったがな」


 ワヒト王国の内情もそうだが、ヴォルフはエミリのことが気になっていた。

 彼女は任せろといったが、明白な裏切り行為だ。

 何か仕打ちを受けているのではないかと、心配だった。


「付いてきてくれるか、ヴォルフ」


「言っただろう。俺はヒナミを守る、とな」


 そしてヴォルフは、エミリからもらった刀を掲げるのだった。


引き続き更新していくので、よろしくお願いします。

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