第113話 2人の天才
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ひやりとした手に、ようやくノーゼは我に返る。
忘れていたミッドレスという言葉の意味を思い出した。
そうだ。今、ヒナミ姫と行動をともにしている男も、ミッドレスという姓だった。
(まさか……)
ノーゼは顔を上げる。
水晶のように綺麗な紫色の瞳とかち合う。
レミニアはそっと小首を傾げると、赤い髪が揺れた。
あざといぐらい可愛らしい少女だった。
似ているのか、似ていないのか判別出来ない。
そもそもノーゼは、まだヴォルフと会っていないのだ。
ミッドレスという姓が多いのか少ないのかもわからなかった。
だが、気になる。
ワヒト王国に現れた2人のミッドレス。
関係がないとは思えなかった。
「あの……?」
「は、はひ――!?」
思わず声が裏返ってしまった。
レミニアはくすりと苦笑いを浮かべる。
「離してくれませんか?」
「え? ああ……。これは失礼――」
慌ててノーゼは手を離した。
それにしても――。
ノーゼは改めてレミニアを確認した。
小さい。
ヒナミ姫よりは……いや、同じぐらいかもしれない。
姫君は10歳にしては背が高い方だ。
それとレミニアはほぼ背丈が同じだった。
一体何歳だろうか。
いや、そもそも何故レクセニルは、こんな娘を名代に立てたのだろうか。
ここのところ、忙しくて満足に出席者のプロフィールを見れていない。
ワヒトの慣習を知っているならば、それなりの実力者で、しかも結構な地位にいるのだろう。
だが、今目の前にいる少女は、子供といっても差し支えない。
とてもそんな階位にいるとは思えなかった。
ただ……。
1点不気味なことを指摘するのだが、先ほどから背汗が止まらない。
暑さのせいもあるだろうが、それでも発汗量がおかしいと、ノーゼは認識していた。
「失礼します、ノーゼ・ダルマツ様」
割って入ったのは、白い髪の女性だった。
短めの髪に、男装をパリッと纏った姿は、美女というよりは美青年に見える。
しかし、佇まいは大人の色香を漂わせていた。
頭を下げた姿も、なかなかに雅だ。
「ぼくの名前はハシリー・ウォートと申します。こちらのレミニア・ミッドレス研究主席の秘書を務めております。以後、お見知りおきを……」
主席……。
ワヒトでもそうだが、その地位はある研究計画の最高責任者に与えられる。
しかも、Aクラス以上待遇のはずだ。
やはり、相当な実力者に違いない。
惚けるノーゼを心配したのは、後ろに控えたお付きたちだった。
促された新郎の顔に、たちまち笑みが浮かぶ。
「よ、ようこそお越し下さいました。長旅で疲れたでしょう。結納は明日になります。お部屋を用意していますので、どうぞおくつろぎください」
なんとか定型文を噛まずにいえた。
先ほどから妙に歯が浮く。
口の奥で、何か感情が渦巻いているのを感じていた。
「あの……。その前に、王都を観光してもいいかしら」
「え? ええ? ぜ――是非、見ていって下さい」
「そ。ありがと」
素っ気ない返事をし、レミニアはスタスタと街の方へと向かう。
ハシリーが頭を抱えながら呼び止めるが、全く聞く耳を持たなかった。
秘書官はまた頭を下げる。
「すいません。まだまだ子供で――」
「いえいえ。うちにも似たような人間がいますから」
「似たような人間……? もしかしてヒナミ姫のことですか?」
「――っと。これは口が滑りました。このことは……」
「わかりました。ぼくの心のみにとどめておきます」
「ありがとうございます。失礼ですが、レミニアさんはおいくつで?」
「今年15になったばかりです」
「15歳か……」
感慨深げに、ノーゼは呟いた。
ハシリーが小首を傾げる。
その横で、ノーゼは目を細め、立ち去るレミニアの背中を追った。
背格好だけではない。
立ち居姿。そして漂ってくる覇気。
やはり似ている。
ヒナミ姫に――。
ノーゼの脳裏に、ある策略が思い浮かんだ。
◆◇◆◇◆
「ここまで来れば大丈夫だろう」
ヒナミ姫は後ろを振り返った。
王都の姿は影も形もない。山城が随分遠くに見えるだけだ。
ヴォルフは周りを伺う。
水田や畑が広がっていた。緑一色だ。
そこに農夫たちが膝をついて、雑草を取ったり、水をやったりしていた。
王都が商業の中心地なら、こちらは農業の中心なのだろう。
不意に風が吹く。
水田の上を滑ってきた涼風は、やや上気した身体に気持ちが良かった。
ヒナミ姫とヴォルフは追っ手を巻いた後、王都を脱出していた。
そのまま一晩中走り続け、ここに至るというわけだ。
「ここはどこらへんだ?」
「王都の北。ハシバル家の領地だ」
「ハシバル家?」
「先代――つまり、我が父と懇意にしていた人間がいる。ダルマツとも犬猿の仲でな。そこに匿ってもらおうと思っておる」
「こういうのもなんだが……。信頼できるのか?」
ヒナミ姫の口ぶりからして、先代のワヒト王は賢王とは言いがたい人物だ。
そんな王と仲が良かったといっても、ピンと来るものではない。
むしろ、ダルマツより危険である可能性がある。
「大丈夫だ。正直に申すと、自分の父親よりも信頼に値する人物だ」
聡い姫は、ヴォルフが濁した言葉をそのまま答えとして返した。
気になったのは、姫君の悲しそうな顔だ。
以前、両親の話をした時もそうだったが、父王のこととなると顔を曇らせる。
ヒナミ姫は10歳だ。
どんなに両親を悪人と突き放そうと、まだまだ恋しいのかもしれない。
「ま――。そのハシバル家が姫を裏切ろうとも、俺は姫を守ってやるがな」
ヒナミ姫の顔が、かぁと上気する。
髪からはみ出た耳まで赤くなっていた。
慌てて、ヴォルフから目をそらす。
「お、お主に守られずとも、妾は強い!」
「――そ、そうか。すまん」
「あ……あとな、ヴォルフ。その“姫”というのもやめにしないか?」
「いや、ヒナミ姫は姫だろう」
「なんかよそよそしい。我らは剣を交え、お互いの正体まで知っておる。レクセニルではこういうのであろう。運命共同体だ、と」
「ま、まあ……。何がいいたいんだ?」
「つまりだ。姫ではなく、ヒナミと呼べ」
「いや、さすがに一国の姫を呼び捨てなんて」
「そもそも道中……。冴えないおっさんと小さな娘が歩いていたら、不自然だろう。誘拐だと思われるぞ」
ガーン……!
ヴォルフはショックを受ける。
いや、ちょっとわかっていたのだ。
自分がそういう年齢であることは。
小さな娘を連れ歩くには、不自然な年であることはわかっていた。
けれど、認めたくはなかった。
「ならば、妾を娘だと思うがいい。それなら気兼ねなく、呼び捨てにできるだろう」
肩を落とすヴォルフは、はたと顔を上げた。
真剣な目でヒナミ姫を見る。
そのあまりに真っ直ぐな瞳に、姫は少したじろいだ。
「すいません、ヒナミ姫。俺には娘がいるんです」
「いや、振りでいいのだぞ」
ヴォルフは首を振る。
「きっと今でも、娘は俺の帰りを待っていると思う。だから、どういう理由があろうと、ヴォルフ・ミッドレスの娘という地位は渡せん」
「……愛しておるのだな、娘を」
「そうだ。世界で1番といえるほどにだ」
ヒナミ姫は息を吐いた。
単純に、娘への溺愛ぶりを皮肉ったのだ。
でも、うらやましかった。
一見、欲のない男が世界一と称す娘が。
同時に会ってもみたかった。
「どんな娘だ?」
「そうですね。背格好は姫と似ています。わがままでおてんばで。それと――」
「それと?」
「とっても強いです」
自信満々にヴォルフは言い放つ。
ヒナミ姫は目を細め、笑った。
「それはそれは……。是非1度、会ってみたいものじゃな」
ヒナミ・オーダムも、レミニア・ミッドレスも知らなかった。
2人の早熟の天才がまさに、この狭い島国に存在していることを……。
前話でも宣伝しましたが、
ラノベニュースオンライン様の7月刊アンケートに
本作がエントリーしております。
2018年8月28日20:00までとなっているようです。
是非本作をよろしくお願いします。