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第112話 【大勇者】到着!

彼女が来た!

「また失敗しただと!!」


 ゲマは近くにあった枕を投げた。

 御簾を通り過ぎ、寝所の側に控えた息子ノーゼの額をかすめる。

 50も近くなった男は、寝間着をはだけ、はあはあと息を切らした。


 ワヒト王国は近年稀にみる酷暑に見舞われている。

 ただでさえ寝苦しい夜だというのに、血圧の上がる報告を聞き、まさに怒髪天を衝く勢いで、ゲマは憤っていた。


 ヒナミ姫を逃がし、さらに剣客イゾーラも重傷。

 包囲網を突破し、現在姫の居所は全くわかっていない状態だった。


「なんたる失態だ!」


 寵愛する息子にも、怒りを隠そうとしない。

 ますます鼻息を荒くし、御簾を張り飛ばすと、平伏した息子の姿があった。


「申し訳ありません。ただ――」


「ただ――なんだ?」


「ヒナミ姫と一緒に行動している男の身元がわかりました」


「誰だ?」


「ヴォルフ・ミッドレスという男です」


「聞いたことがない」


「こちらでは聞き慣れぬ名かもしれませんが、レクセニル王国では有名な男です。あの【英雄】ルーハス・セヴァットを斬ったとか」


「ほう……。それが本当であるなら、あの【剣聖(こあくま)】に勝ったのも合点がいくな」


「父上……。少々口が過ぎますよ。彼女は僕のフィアンセなんですから」


 ようやくノーゼは頭を上げた。

 ギラリと紫色の瞳を光らせる。


 息子の覇気に父ゲマはふんと鼻を鳴らすだけだった。

 すると、大きな声を上げて、女中を呼ぶ。

 酒を持ってくるよう指示すると、徳利と2口の盃が用意された。


「お前もどうだ?」


「僕は――」


 静かに断る。


 障子を開き、ドスッと音を立て、縁台であぐらを掻いた。

 (レク)に向けて献杯し、怒りのまま一気に呷る。

 キレのある冷酒は、少しだけゲマの感情を沈めることに役立った。


 父親の怒りが少し冷めた頃合いを見計り、ノーゼは話を続ける。


「父上、少しおかしいことがありまして」


「何がだ?」


「ヴォルフ・ミッドレスという男……。どうやら死んでいるようなのです」


 ノーゼは短時間ながら入手したヴォルフ・ミッドレスについて語った。

 【英雄】ルーハスを斬り、【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】という称号を得たヴォルフは、一時期騎士団の団長を任された。

 そこで問題を起こし、死罪にされた、と。


「英雄から一転、罪人か……。ふん。その男が生きていた。つまり、レクセニル王国により、隠蔽されたということか。どんな問題を起こしたのだ?」


「ラムニラ教の支部を襲ったそうです」


「なるほど……。まあ、良いわ。つまり、その英雄を斬ったところで、レクセニル王国との問題には発展しないということだな」


 レクセニル王国は、ワヒトの主要貿易国だ。

 つまりはお得意様。

 些細なことで揉めるのは得策ではない。

 むしろ、この情報は今後の外交カードとして使えるだろう。


 ゲマの機嫌がよくなっていく。

 大蛙のようにゲコゲコと笑い、再び酒を呷った。


「それよりもだ。イゾーラには、ムローダ家の娘を付けていたはずだが」


「どうやら、ヴォルフ・ミッドレスとエミリ・ムローダは知己のようでして。その情報も彼女からのものです」


「それで詫びたつもりか、ムローダ家め。やはり、信用ならんな。刀匠殿は……」


「如何致しましょう?」


「ミツルミを捕らえよ。ムローダは謀反の疑いがある」


「よろしいので? ムローダ家は――」


「代わりは誰でもおる」


「かしこまりました」


「それよりもノーゼ……。明日は来賓が到着する。そして明後日は婚礼だ。影武者の件はどうなっている?」


「ご心配なく」


「そうか」


 ゲマは満足そうに笑った。

 少し機嫌を取り戻したらしい。

 ノーゼは立ち上がり、寝所を後にしようとした時、廊下の奥に人影が見えた。


 高価な天鵞絨の上着でスッポリと包み、異様に衿が立ったデザインは表情を隠している。くわえて中折れ帽を目深に被っているため、男か女かすらわからない。

 ただ影の向こうからは、濁った黄色の瞳が輝いていた。


 曲者と思い、ノーゼは脇差しを探る。

 だが、息子の手を制したのはゲマだった。


「先生……」


 聞いたこともないような悦に浸った声を上げた。


「父上、その方は?」


「そうだな。お前だけには紹介しておこう。この方はガダルフ様……。このワヒトの未来を救ってくれる方だ」


「父上がお世話になっています。息子のノーゼです」


 ノーゼは頭を垂れる。

 だが、ガダルフは動かない。

 ただじっと衿の奥からノーゼを見つめていることだけはわかる。

 まるで頭の裏を覗かれているような気分になり、はっと目をそらした。


 ゲマはガダルフを連れ、屋敷の奥へと向かう。


 結局、ノーゼは一声も客の声を聞くことはなかった。



 ◆◇◆◇◆



 ゲマがやってきたのは、屋敷の地下だった。


 そこには500人程度なら、優に入れる広い空間が広がっている。

 頑丈な石壁で覆われ、全体的に暗いというよりは冷たい印象だった。


 ガダルフはパチンと指を鳴らす。


 すると空間内に配置された松明に火が灯った。

 目をこらせば星すら見えそうな真っ暗な空間が、昼間のように明るくなる。

 橙色の光を浴びたのは、無数の人の影だった。


「おおおおおおおおお!!」


 ゲマはうなり声を上げる。

 目を子供のように輝かせた。


 そこにいたのは、具足を纏った武者たちだ。


 身体は大きく。

 筋肉も常人以上に発達している。

 分厚く重量の大きい具足を纏った男たちは、直立不動に立っていた。


 しかし、その目に生気はない。


 むしろ瞳すらなく、落ちくぼんだ眼窩だけが見えていた。

 時折、苦しそうなうなり声が響いている。


 息の詰まるような光景を見ても、ゲマの表情は変わらない。

 輝きが増すばかりだ。


 そして、笑った。

 高らかに。


「ぶぁっははははははは!! この刀士たちこそ、ワヒトの未来よ!」


 ゲマの哄笑は広い空間に響き渡る。

 その中で、横で聞いていたガダルフは尋ねた。


「注文のものは用意した。代金をもらおうか」


 途端、ゲマの顔が曇る。

 急に猫背になると、へつらった表情で頭を下げた。


 ガダルフはその態度ですべてを察したらしい。

 ふぅ、と息を吐いた。

 獣のような殺気が、目深に被った帽子の向こうから放たれる。


 慌てて、ゲマは引き下がった。

 その顔は真っ青になり、濃い汗の粒が1滴、また1滴と垂れる。


「か、必ず! 必ず姫は見つけます! ご希望の勾玉も」


「当然だ。それまで、この武者たちは渡せないぞ」


「こ、心得ておりますよ」


 商人のように揉み手をし、ひたすら謙った。

 ノーゼが見たらさぞかし驚いただろう。


 すると、ガダルフは再びパチンと指を弾く。

 火は消え、再び暗闇が訪れた。



 ◆◇◆◇◆



 夜が明け、ノーゼは屋敷の奥にある倉へと入った。


 朝だとさすがに外はひんやりとしているが、倉の中はムッとしている。

 熱気と埃を払いながら、奥へと進んだ。

 そこにいたのは、ノーゼのお側付きである女中と、子供だった。


 濃い銀髪に、緑色の瞳を見て、一瞬動揺する。

 ヒナミ姫にそっくりだったからだ。

 少し違うのは、姫なら絶対着ないであろう艶やかな桜色の着物と、腰に刀を差していないことだろう。


「うまく化けたものだな」


 女中の化粧技術を称賛する。


 だが――。


「無理だぁ。おらさ、ヒナミ姫の代役なんてぇ」


 聞こえてきたのは雅な宮中言葉ではなく、田舎言葉だった。

 姫もかなり乱暴な物言いをする人間だが、こちらの訛はかなりひどい。

 だが、ヒナミ姫ほど濃い銀髪で、緑の瞳となると見つけるのは至難の業だ。

 結局、ワヒト中の集落を回って、この少女を見つけてきたらしい。


 少女は涙を流していた。

 折角施した化粧が剥がれる。

 まずい……。

 ヒナミ姫と瓜二つであるのに、この性格は問題だ。


 銀髪は綿帽子に隠すことが出来るし、目も遠目からならわからない。

 肌も化粧をすれば問題ないだろう。


 しかし、あの堂々とした立ち居振る舞いを再現することは難しい。

 普通の田舎娘では荷が重いだろう。


「他に代役を立てなければならないだろうな」


 ともかく、この娘には婚礼が終わるまで大人しくしてもらうことにした。

 女中に厳しめに言いつけ、ノーゼは屋敷を出ていく。

 港にやってくる諸外国の代表を迎えるためだ。


 早速、やってきたのはレクセニル王国の国旗をはためかせた魔導船だった。

 魔力の力を使い動かす船。

 それも最新式だ。


 レクセニル王国は政情が安定していないというが、これを見る限り、経済的にはまだまだ問題なさそうだ、とノーゼは少し安心した。


 大声援を送り、歓迎ムードを演出する。

 これもノーゼの仕事の1つだった。


 やがて船は港に接舷する。

 船橋が下ろされ、レクセニル王国の兵とともに現れたのは、少女だった。


 ふわりと赤い髪が舞う。

 小さな身体を目一杯伸ばしながら、長旅の疲れをアピールするかのようにこきこきと首や肩を回した。

 その態度に迎えた民衆たちは、目を丸くする。

 だが、一方で超然とした姿に心を奪われるものもいた。


 かくいうノーゼもそうだ。


 少女は後ろに控える白い髪の女性にたしなめられながら、こちらに近付いてくる。


「あなたが、新郎?」


「え……。ええ……。ようこそ、ワヒトへ。歓迎いたします。……えっと」


 代表者の名前は頭に入れていたつもりだったが、あまりの鮮烈さに記憶が抜け落ちてしまった。


 少女は「ふふふ……」と笑う。

 やがて、紫水晶をはめ込んだような瞳をノーゼに向け、手を差し出した。


「レミニア・ミッドレスよ。おめでとうございます、新郎さん」


 ミッドレス――。


 どこかで聞いたことがある名前だと思ったが、すぐに出てこない。

 それほどノーゼの心は千々に乱れていた。

 慌てて差し出された手を握る。


 妙に冷たい手だった。


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