第12話 最強勇者の竜退治
おかげさまで日間総合3位にランクアップしました。
1歩1歩ですが、着実に駆け上がっております(まさに伝説を歩む感じw)。
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「レクセニル王国国王ムラドが命じる。レミニア・ミッドレス、絶対境界内に侵入した災害級魔獣グランドドラゴンを討伐せよ」
声に込められた緊張が、王の間の空気を張りつめさせる。
高らかに宣下したムラドは息を飲み込んだ。
それを聞いた臣下たちも、一様に姿勢を正す。
同席したハシリーもまた一層深く頭を垂れた。
「かしこまりました」
拝命したレミニア本人だけが、軽やかに声を上げる。
部屋の空気が少し緩む。
ムラド王が命じたそれは、あまりに危険な任務だったからだ。
魔獣戦線――。
人と魔獣が交わる戦争は、レクセニル王国から馬車で60日、海と川を使っても40日のところにある北方のラルシェン王国の北端で行われている。
ストラバールが魔獣の侵略を受けて200年。
度々、局地的に出現確率が大幅に上がる【大出現期】に人類は見舞われてきた。
その都度、大量の兵力が投入され、人類側を損耗させた。
その魔獣戦線よりもたらされた情報に、レクセニルの上層部は震撼した。
曰く、絶対境界線の災害級魔獣の侵入。
絶対境界線とはいわば絶対防衛線。
これ以上の後退は許されない鋼鉄の掟であり、その侵入はある意味人類の敗北を意味する。
その災害級魔獣の侵入ともなれば、全滅は免れても、その半分ぐらいの人口減少を想定しなければならないほどの未曾有の危機だった。
すでにラルシェン王国は、王都を破棄。
近くの同盟国には、大量の難民で溢れかえっていた。
境界線を破ったグランドドラゴンは、ラルシェン王国王都を火の海にした後、そのまま南進。真っ直ぐレクセニル王国を目指しているという。
「して、【大勇者】よ。いかほどの兵力が必要か」
運の悪いことに猛将グラーフ・ツェヘスは、レクセニル王国の半数の兵を率い、魔獣戦線に戻っていた。他の名だたる将たちも一緒だ。
急ぎ引き返しているようだが、彼らが到着する頃には、王宮ルドルムは火の海になっているだろう。
王国に残っているのは、D級相当の兵士と新兵ばかり。
それでもいないよりはましと考えたムラドは、小さな【大勇者】を気遣い、あえて質問した。
「いえ。結構です」
重苦しい空気とは裏腹に、やはりレミニアの声は軽やかだった。
国を揺るがす大事にあって、危機感がないのか。
表情にも声にも淀みがない。
そしてきっぱりと宣言した。
「1人で十分でございます」
こうしてレミニアのグランドドラゴンの討伐は始まった。
◇◇◇◇◇
「1人で十分なのに」
早馬に揺られながら、レミニアは横を見る。
ハシリーは前を向いていた。
【大勇者】とは違って、表情は硬い。
2人はすぐに国を出立し、グランドドラゴンとの決戦の地と定めたスリミラ高原を目指している。
荒涼とした大地が広がり、周辺には山村も農地もない。
遊牧民も今の季節ならもう少し南の方にいるだろう。
「勝算はあるのですか?」
「もちろん、楽勝よ」
「相手は竜種最強ですよ」
「ハシリー、わたしのことが心配なの」
レミニアは意地悪い笑みを浮かべる。
秘書官はぴくりと肩を動かす。顔を赤くした。
「べ、別に心配などしていません。ぼくが心配なのは、あなたが油断して、レクセニルが――」
「素直じゃないわね。でも、お礼をいっておくわ。ありがとう、ハシリー」
「どういたし――じゃなくてですね」
他愛もないやりとりをしながら、2人は決戦の地へと辿り着く。
想定通り人の気配はない。
何か嫌な気を感じたのか。野生生物も姿を消していた。
空っぽのおもちゃ箱の中にいるかのように静かだ。
「予想では、グランドドラゴンはあと1日のところにあると思われます。今のうちに、仕掛けを――」
「無用よ。それにそんな暇もないと思うわ」
山の峰の向こう。
快晴だった青空に変化が起こる。
急に雲が立ちこめたかと思うと、見たこともない色の黒雲が広がっていった。
突如、雷鳴が響き、空の上で地響きのような唸りが聞こえる。
そして、それはやってきた。
「で、デカい!」
ハシリーは思わず叫んだ。
山が降ってきたと思った。
だが、その肌は明らかに脈打っている。
というより、はっきりと心臓の鼓動が聞こえ、都度空気を震わせていた。
雲間からゆっくりと降りてくる黒色の竜。
グランドドラゴンで間違いなかった。
「大きいわね」
レミニアは手にひさしを作りながら、呑気に感想を漏らす。
「ど、どうするんですか?」
「そうね。さしあたって……」
手をかざす。
呪文を唱えた。
地獄を体現し、奔り廻る者よ、憤怒の火神【イーラ】。
途端、炎が立ちのぼった。
紅々と燃え立つ火柱を見ながら、ハシリーは言葉を失う。
そして現れたのは、火の化身だった。
「火神召喚!」
魔法自体の難度に加え、レベル8の高等技術が必要になる下神クラスの召喚。
以前見た聖具召喚よりも難度は劣るが、これもまた高難度の大魔法だ。
同時に、ハシリーは「勝てる……」と呟く。
火神ならば、あのグランドドラゴンを葬り去れるかもしれない。
息を飲む秘書官だが、次の瞬間期待は裏切られた。
「イーラ、ハシリーを守ってあげて」
召喚主の命令に、火の化身は素直に頷く。
一方、ハシリーは慌てた。
「ちょっと待って下さい! 火神をグランドドラゴンにぶつけるのではないのですか?」
「イーラはあくまで保険よ。万が一のね」
「では、他に倒せる方法があると」
レミニアは笑う。
不敵に――小悪魔のように。
前へと出て、ハシリーの足元に線を引いた。
「わたしがいいというまで、この線から出ないこと。グランドドラゴンのスキルは知ってるわよね」
むろん承知していた。
グランドドラゴンは、竜種最強の種族。
攻撃、防御、魔防すべてにおいて優れ、加えて人類と同じくスキルを使用する。
周囲の空気を消し去る『真空』。
あらゆる状態異常を引き起こす『呪い鳴動』
特に後者は強力で、魔法による状態異常耐性は効果がなく、稀少な魔鉱から取り出せる『ユミンの涙』がなければ回避は難しい。
「これ以上、あいつに近づくのは危険よ。あいつの『呪い鳴動』にかかったら最後、わたしでも逃れるのは難しい」
「レミニアはどうするんですか?」
大勇者は何も答えなかった。
ただ薄く微笑む。
ハシリーの背筋に悪寒が走った。
急に動機が激しくなる。
15歳の――儚げともいえる笑みを見て、秘書は動揺していた。
「まさか……レミニア……」
「絶対出たらダメよ」
レミニアは歩き出す。
迫り来るグランドドラゴンに向かって、剣も盾も持たず近づいていく。
遠ざかっていく小さな背中を見ながら、ハシリーの中に渦巻くある種の予感がどんどん膨れあがっていった。
ハシリーは思わず線を越えそうになる。
とどめたのは火神だった。
黙って首を振る。その無言が余計に恐怖を駆り立てる。
空を飛んでいたグランドドラゴンが、平原に立つちっぽけな人間を指向する。
長い首をもたげると、骨を連続して打ち鳴らすような耳障りな音が聞こえてきた。
「まずい! 呪い鳴動だ!」
奇妙なリズムは人間の脳に直接作用する。
神経を鈍らせ、筋肉の動きを抑制する。さらに奇病を発現させ、ついには臓器を壊死させるまでにいたる。
恐ろしいスキルだった。
「レミニア! 逃げて下さい!」
このままでは上司が死んでしまう。
いや、そんなことよりも。
15歳の娘が、国を守るために死ぬ。
後世ではさぞかし美談に語られるであろうが、ハシリーには看過できないことだった。
魔法を使って、ハシリーは無理矢理にでも火神をどかそうとする。
だが、それよりも早く呪い鳴動は放たれ――。
「天縛・剣の陣!」
次の瞬間、空から巨大な光の剣が落ちてくる。
グランドドラゴンの両翼、胴、尻尾、肢、さらには顎を貫いた。
空中で静止する。
やがて巨体はゆっくりと地上に落下し、噴煙のような土煙を上げた。
光の剣はさらにドラゴンの身を抉る。
そのまま地面に磔にした。
グランドドラゴンはぴくりとも動かない。
竜の周りだけ時間が止まっているかのようだった。
「時の属性魔法……」
時属性魔法はさほど難しいわけではない。
対象の速度を速めたり、遅くしたり、あるいは止めたりする魔法である。
魔法の種類は極端に少ないものの、術者の魔力次第でその増減が決まる
ハシリーは見たことがなかった。
グランドドラゴンのような巨体を止める時属性魔法を。
それはレミニアが膨大な魔力の保持者であることを示していた。
つくづく……。
つくづく彼女はSSクラス――【大勇者】だった。
「もういいわよ、ハシリー。――って、あなたなんで泣いてるの?」
「な、泣いてませんよ!」
「あなた……。もしかして、わたしが――」
「うるさい。それ以上いうな、小娘」
「うっわ! 上司を小娘って。次のボーナスの査定とかどうしようかな」
「人事院が決めることですから、そういうのは。てか、普通にパワハラなんですけど……。それよりも、とっととドラゴンを倒しましょう」
「イヤよ」
「はあ!?」
「このまま5日ぐらい放置しておくわ。心配しないで。5日経ったら、火神で葬り去るから」
「なんでそんなこと……。とっとと任務を終わらせて、早く帰りましょう」
「ハシリー、あなた何もわかってないわね」
仮にこのままレミニアが倒したとする。
小さな【大勇者】の活躍に、レクセニル王国は大いに湧くだろう。そして王以下、世論までもがこう望むはずだ。
レミニア・ミッドレスを疲弊する魔獣戦線へ送り込み、早期決着をせよ。
そうなれば、レミニアは戦場で戦うことになる。
今回のようなイレギュラーなら仕方ないと思えるが、仕事としていくのは、絶対に嫌だった。
「わたしは魔獣と戦うため、王都に来たんじゃない。魔獣の研究を好きなだけやらせてあげるから、というから来たのよ。そうでもなければ、一刻も早く村に戻って、パパの膝の上で本でも読んでるわ」
ハシリーはつい想像してしまった。
15歳の娘が父親の膝の上で本を読んでいる姿を。
頭がくらくらした。
レミニアはくつくつと身体を震わせた。
「ハシリーはこういいたいのでしょ。わたしを魔獣戦線に投入すれば、少なくとも今の戦争じみたことは終わるんじゃないかって」
「そうです。今でも、あそこでは数多くの将兵や冒険者が死んでいっています。だが、あなたならその戦争を終わらせることができる」
「終わらせるね。もしわたしがあなたの教師なら、その答えでは半分の点数しかあげられないわね」
どこからか本を取りだし、レミニアはその辺に寝ころんだ。
春の風が赤い髪を撫でる。
黒雲は霧散し、空は晴天を取り戻していた。
いい天気だ。目の前にドラゴンがいなければ、さぞ気持ち良く過ごせただろう。
「この世にはね。戦争が終わってほしいと思う人と同じくらい、戦争が終わってほしくないと思う悪意が存在する。わたしは、まだその後者を敵に回すつもりはないの」
おそらく戦争によって益を享受するもののことをいっているだろう。
けれど、レミニアがいうとそれ以上のものがいるのではないかと勘ぐってしまう。
「それにね」
「それに?」
「わたしが北に行ったら、ますますパパから離れてしまうわ」
薄く微笑む。
ハシリーは「うっ」と息を飲んだ。
怒りを通り越し、半ば呆れてしまった。
「本当はそれが理由ではないのですか?」
「ばれたか」
ぺろりと舌を出す。
戯けてみせているが、心底を本気でいっているのだ、この小娘は。
何か悔しいので、ハシリーもまた寝転がる。
なかなかに気持ちいい。
とても横にグランドドラゴンがいるとは思えない。
「職務怠慢だな、ハシリー君」
「うるさいですよ、レミニア。どうせここで5日間、のんびり過ごすつもりなんでしょ」
「よくわかってるじゃない。ふふふ……」
レミニアは笑い出す。
超然とした【大勇者】の姿はない。
ただ15歳の少女が身体をくの字に曲げて笑っていた。
娘パートの竜退治はいかがだったでしょうか?
明日から新章『100人斬り篇』が始まります。
今後もヴォルフの活躍をお見逃しなく!!








