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第111話 狼牙の最期

ここで宣伝した途端、新作のPVが伸びました。

読んでいただきありがとうございます。

先ほど、最新話をあげました。大幅に改稿もしたので、もしよろしければ読んでやってください。

 雪国のワヒト王国も、夏期となれば猛暑になる。

 日差しは刺すように強く、立っているだけで汗が滲んでくる。

 特に今夜は熱帯夜らしく、昼間に温められた空気が王都に滞留したままだった。


 1滴の汗が乾いた地面に落ちる。

 薄暗い影のように滲むと吸い込まれていった。


 小さな顎に張り付いた汗を拭ったのは、ヒナミ姫だ。


 当然、今夜の暑さを受け、汗が拭っても浮き出てくる。

 けれど、今は違う。

 別の意味の汗が、小さな背中に浮かんでいた。


(こやつ……)


 息を飲んだ。


 彼女が見ていたのは、大きな背中。

 ヴォルフ・ミッドレスという異国の【刀士】の姿だった。


 ヒナミ姫が驚いたのは、その纏う空気だ。


 自分と立ち合った時とは明らかに異質。

 遙かにその姿は、大きく感じた。


(妾と戦った時は、本気ではなかったのか?)


 いや、そういうわけではない。

 ヴォルフはあの時、心底本気だった。

 それほど、【剣聖】は強かった。

 子供ゆえに、手心をくわえる――そんな余裕すらもなかっただろう。


 1つ違う点を挙げるならば、覚悟の違いだろう。


 手負いのヒナミ姫を守る。


 その一心でヴォルフは刀を構えている。

 気概だけで、【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】の牙は一線を画していった。


(守るもの……。そういうものがある人間ほど強いと聞くが……)


 それこそが、【大勇者(レジェンド)】が認めたヴォルフの強さだ。


 一方でヒナミ姫にはない。

 上に立つものとして、下々を守らねばならないということは理解している。

 だが、それが頭で理解しているのと、魂で理解しているのとは明らかに違う。


 その点において、姫はまだまだ子供だった。


 しかし、ヒナミ姫は笑う


(考えてもみれば、おかしな男だ)


 ヴォルフはヒナミ姫の家臣でもなければ、盟友でもない。

 昼間にあったばかりの異国の刀士だ。

 にも関わらず、全力以上の力を持って、今目の前の敵を排除しようとしている。


 ワヒト王国には、「一所懸命」という領地を守る言葉がある。


 ヴォルフにしてみれば、「一()懸命」ということだろう。

 たった1人の人間を守ることが、多くの人間を守ることに繋がった。


 それが、ヒナミ姫が見る大きな背中から伝わってきた。


(妾も、真に守るものがいれば、強くなれるのだろうか)


 強くなりたい……。


 ワヒト王国の刀士たちすべてにある感情が、実は姫にはなかった。

 自由闊達な彼女は、その天賦の才能によって、ただ芸術のように刀を振ってきただけだ。


 生まれた頃から天井もなく、育ってきた彼女にとって、その想いは実に不可思議なものだった。


 故に見守った。

 初めて自分の手本となる男の姿を……。


 どうやら、イゾーラもまたヴォルフの気配を察したらしい。

 常に張り付いてた笑みを消えた。

 珍しく構えを取る。

 腰を弓のように引き絞り、切っ先を異国の刀士へと向けた。

 纏う空気も一変し、冷えていくのがわかる。


 互いに真剣(ヽヽ)……。


 一片の油断もない。


(決まるな……)


 ヒナミ姫は呟く。

 【邪視】にかけられながら、2人の男の立ち合いを見守っているエミリも同じ思いだった。


 決まる。


 この勝負はおそらくたった一合で決まる。


 不意につむじ風が舞い上がった。

 ぼろ屋の屋根がカタカタと鳴る。

 気が付けば、長屋の人間がそっと戸や窓を開けて、観戦していた。


 戸の隙間に風が舞い込む。

 そっと女がしていた三角巾を釣り上げると、窓から外へ出て行った。


 2人の【刀士】の視界を遮るように横切る。


 タッ!


 瞬間、地を蹴った。

 距離を詰めたのは、イゾーラだ。


「ぺぇぇぇぇぇええあああああ!!」


 奇声を上げ、突撃する。

 その勢いと腰の捻転を利用した突きを放った。


 【ジャバラ】の刃が月下に光る。

 まさしく蛇の鱗のように冷たく輝いた。


 ヴォルフもまた立ち上がる。

 遅れたのではない。


 待っていたのだ。


 身体が伸び上がる。

 鞘から手負いの牙を抜いた。

 その姿はまさに顎門を開いた狼のようだった。



 ギィン!!



 乾いた音が鳴り響く。

 月下に響く夜想曲は、実に激しかった。


 シャッと血が舞う。

 月光を受けてキラキラと輝き、そして雨のように降り注いだ。


「て、てめぇ……」


 イゾーラはうなり声をあげる。

 右脇腹から左肩に向けて、大きく斜めに斬られていた。

 中に着込んでいた鎖帷子も、【カムイ】の顎門の前に敗北している。


 全身を血に染め、口からも吐き出しながらも、イゾーラは立っていた。


 もはや死に体であるにも関わらず、剣客は言い放つ。


「てめぇ、手加減しやがったな!!」


 そう。

 ヴォルフは寸前のところで緩めた。

 イゾーラが即死しなかったのも、そのためだ。

 すぐに治療師に見せれば、まだ助かる目はある。

 そのギリギリで、ヴォルフは刀を止めたのだった。


「イゾーラ殿! 早く傷の手当てを」


 血まみれになりながら、今にも飛びかからんとするイゾーラを止めたのは、エミリだった。

 どうやら【邪視】から脱出したらしい。

 それでも、同じ家の忠する剣客を慮ったのは、ひとえに彼女の優しさだった。


 しかし、やはり気になってしまう。


 ヴォルフの方を見た彼女は、大きく目を見開いた。


 その身体には一片の傷も付けられていない。

 あれほど激しい立ち合いだったにも関わらず、汗1つ掻いていなかった。

 しかし、彼が持っていたものについては、重大なことが起こっていた。


 ヴォルフは目を細める。

 優しく、我が子を愛でるようにいった。


「よくやってくれたな、【カムイ】」


 刀身を撫でる。

 その半分は折れ、なくなっていた。

 斬り結んだ瞬間、いずこへと飛んでいってしまったのだ。


 ヴォルフが刀を止めたもう1つ理由……。

 それが愛刀が折れたからだった。


 斬った瞬間、わかったのだ。

 このままでは折れると。

 だから、一瞬力を緩めた。


 まるで【カムイ】が殺さないでやってくれ、といっているかのようだった。

 そして、刀はとうとう永遠の眠りについたのだ。


「すまん、エミリ……。折角、鎚ってくれた刀を折ってしまった」


「いや、【カムイ】は幸せであったでござるよ。ヴォルフ殿は刃を折るまで使ってくれた。お刀にとって、これ程の誉れはないでござる」


 2人はようやくまともな会話をかわした。

 それが刀の話題であったことは、彼ららしい。


 すると、立ち合いを横でずっと見ていたミケの耳がピンと立つ。


 次いでヒナミ姫も気付いた。

 多くの足音が聞こえる。

 同時に安心したのか、とうとうイゾーラは意識を失った。

 エミリに抱きかかえられながら、狂犬は笑みを浮かべている。


「ヴォルフ! 逃げるぞ!」


「で、でも……」


「ヴォルフ殿! これを!」


 エミリは自分の刀を放り投げる。

 ヴォルフは受け取った。


「ここは拙者にお任せを」


「しかし――」


「あと、【カムイ】はそこに……。大丈夫でござる。もう1度【カムイ】は強くなって戻ってくるでござる」


「すまない、エミリ。再会早々、こんなことになってしまって」


「いや……。むしろヴォルフ殿らしいと思ったでござる。それに――」



 一目会えただけでも嬉しかったでござるよ……。



 エミリの瞳から、滂沱と涙が流れた。

 笑顔だった。


 表情を見ながら、ヴォルフは理解する。

 レクセニル王国で何があったのか、エミリが知っていることを。


「すまん。心配させたな」


「いや、拙者は信じていたでござる。ヴォルフ殿が生きていることを」


 遠くの方から叫び声が聞こえる。

 包囲の輪が狭まっていくのがわかった。


「ヴォルフ! 限界じゃ」


「わかった!」


「ヒナミ姫!」


 最後にエミリは主君に声をかけた。


「勾玉を決して手放してはなりませんよ」


 忠告すると、ヒナミ姫は大きく頷く。


 そしてヴォルフ、ミケとともに、ワヒト王国の闇へと消えていった。


 ぽつんと残されたエミリは何度も涙を拭う。


「良かった。ホントに良かった……」


 長屋町のど真ん中で、泣きじゃくった。


【カムイ】、死す。

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