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第110話 我流の刀士

エミリと再会です!

 雪国の夜風に揺れる銀髪。

 その雪原に忘れてきたような赤い宝石のような瞳。

 ぼたん雪のようなふんわりとした柔く白い肌。


 間違いない……。


 エミリ・ムローダ。

 ワヒト王国の【刀匠】にして、【刀士(モノノフ)】。

 【カムイ】の生みの親である女性が、目の前に立っていた。


 すると、エミリの目から花弁のように涙がこぼれ落ちる。

 ポタポタと垂れた滴は、硬くならされた地面に滲んでいった。


 間違いない……!


 エミリもまた思っていた。


 濃いブロンドの髪。

 人の良さそうな四角い顔に、無精髭と大きな傷。

 大柄な体格からは、強い剣気が靄のように揺らいでいる。


 強い。

 以前よりも遙かに強くなっている。


 しかし、紺碧の瞳は変わっていない。

 優しく、どこか包容力のある光は、出会った時のままだ。


「…………」


「…………」


 お互い沈黙する。

 驚き、喜び、戸惑い、躊躇い。

 2人の胸中に、様々な感情が錯綜した。


 何を話せばいいだろう。


 一言目を大事にしたい。

 そう思って、言葉が出なくなる。


 そもそも2人の別れは印象的だった。

 エミリはヴォルフに愛の言葉をかけた。

 一方、彼はその言葉を飾ることなく断った。


 いささか気まずい空気が流れる。


 それをうち払ったのは、イゾーラの愛刀【ジャバラ】だった。

 蛇のように蛇行した刀身を持つ刀は、まさしく蛇の腹のように冷たく閃き、地面に突き刺さっている。


「変な空気を出すなよ、ご両人。ここは結納の場でも、葬儀場でもねぇ。戦場だぜ、おっさん」


 イゾーラの瞳が妖しく光る。

 口元に笑みを浮かべていた。


 良い雰囲気が、言霊のように戦場へと変わる。

 急に空気が張りつめると、エミリは息を飲んだ。


「よぉ、優等生……。お前の知り合いか。このおっさん?」


「あ、ああ……。名前はヴォルフ・ミッドレス。拙者が大陸で出会った剣士でござる」


「ヴォルフ・ミッドレス……」


 意味深げに呟いたのは、ヒナミ姫だった。

 少し考え込むように小さな顎を手で触る。

 似たような仕草で考えていたイゾーラは、首を傾げた。


 彼らが知らないのも無理はない。

 ヴォルフの名声は、まだまだレクセニル王国内だけのものだ。

 ましてワヒト王国は島国。

 情報の伝播速度は、他国と比べて遅い。


 10年前、大陸で流行した物が今さら人気が出てきたということは、割とざらにあることだった。


 ヴォルフに会ったことに対して、エミリもことさら表明したことはない。


 喧伝することよりも、ひっそりと自分の胸にしまっていたい。

 彼女が持つヴォルフ像というのは、そういうものだった。


「知らねぇなあ」


 イゾーラは【ジャバラ】を振って、一蹴する。

 一瞬、緩んだ空気を今1度締め上げた。


「だが……。優等生が惚れたのもわかるぜ」


「惚れ――!」


「照れるなよ。……こいつ、滅茶苦茶強ぇだろ」


「待て。イゾーラ殿。まずは事情を聞いてからでも」


「うるせぇ!」


 【ジャバラ】の切っ先が、エミリの喉元へと伸びる。

 寸前で止まったかに見えたが、つぅ――と1滴、血が流れた。


「エミリ!」


「おっと動くなよ、色男。……いや、おっさんか。エミリ、てめぇもな」


 イゾーラは仲間であるエミリにまで眼光を放つ。

 濃厚な殺気は、蛙を睨む蛇そのものだ。


 文字通り、エミリは動けなくなる。

 呼吸も浅くしか出来ない。

 臓器ですら、その機能を麻痺させていた。


 はたと気付く。

 イゾーラのスキル【邪視】であると。

 一定時間、相手の動きを止めるスキル。

 相手と視線を合わさなければ、どうということのないスキルだが、1度かかるとかなり厄介なことになる。


 かなり高レベルのものだろう。

 不意打ちとはいえ、Sクラスのエミリを封じてしまった。


「イゾーラ、いい加減にせよ!」


 忠告したのは、ヒナミ姫だ。

 ヴォルフと同じく【邪視】から逃れたらしい。

 言葉に一片の淀みもなかった。


「あんたに注意されるいわれはねぇなあ、姫様よ。結婚ぐらいでビビって逃げ出した癖に……。どれだけ迷惑かけてんのか、わかってんのか?」


「ぐっ……」


「大人しく帰れば、温かいご飯が待ってるぜ、お姫様」


 イゾーラは1歩近付く。

 そこに立ちふさがったのは、ヴォルフだった。


 肩をそびやかし、異形の刀士を威嚇する。


「なんだ、お前……。俺様とやろうってのか?」


「別に……。だが、ヒナミ姫に危害を加えようというなら、容赦はしないさ」


「危害? ぺぺぺ……。心配すんなよ、色男。お手々つないで仲良く帰ってやるよ」



 まあ、手首の先に胴体が付いている保証はねぇがな……。



 ゆらり――。


 剣閃が瞬いた。

 強い金属音が長屋の並ぶ町内に響く。


 ヴォルフは【カムイ】を抜き、【ジャバラ】の一撃を防いでいた。


「薬屋!」


「むぐぅうう!(ヴォルフ殿!)」


 イゾーラは大きく目を広げる。

 口元には大きな笑みが浮かんでいた。


「たまらねぇなあ……。俺の初撃を防いだヤツは初めてだ」


 すかさずイゾーラは【邪視】を放つ。

 だが、【大勇者(レジェンド)】の強化によって回避された。


「効かん!!」


 【邪視】の視線を振り払い、ヴォルフは踏み込む。

 横に薙いだ。

 イゾーラは1歩退く。

 ヴォルフはさらに深く潜り込んだ。

 だが、それは罠だった。


 イゾーラの構えが変わる。

 片手で刀を持ち、大きく反った。


「ぺぺぺ……」


 誘い込んだところ、全身をバネにして突きを放つ。


 速い!


 だが、反応できない速度ではない。

 クロエの【無業】の方がよっぽど速かった。

 当然、【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】の目は、【ジャバラ】の軌道を捉えていた。


 それに合わせ、1度イゾーラの重心を崩す。

 踏み込み、致命打を与えよう……。

 ヴォルフのプランは、すでにその時固まっていた。


 が――。


 ゆらっ……。


 狼は息を飲む。

 見切り、さばこうとした【ジャバラ】の切っ先が一瞬消える。

 かと思えば、カウンターで差し出した【カムイ】が這うように伸びていった。


「しまっ――」


「ぺぺぇぇぇぇええええ!!」


 まさしく蛇のような一撃が、ヴォルフの肩口に食い込む。

 鮮血が飛び散り、イゾーラの奇声が響き渡った。


 ヴォルフは急ぎ退く。

 蛇剣の間合いから離れると、肩口を押さえた。

 地面には血の筋が見える。

 その一端にイゾーラが触れた。

 血の付いた手を指ごと口に押し込む。

 まるで咀嚼するように舌でなめ回すと、にやりと笑った。


「ぺぺぺ……。これよこれよ。これこそが()合というもんよ」


 禍々しく光る瞳に、さしものヴォルフもゾッとした。

 まさに戦闘狂。

 完全に血に飢えた人間の目だった。


「だが、お前……。結構いけてるぜ。俺様の【蛇突】を喰らって死ななかったんだからよ。うまくよけたよな、致命傷を……。いいね、そういうの。切り刻みがいがあるってもんだ」


 はあ、と飢えた蛇のように息を吐き出す。

 再び【ジャバラ】の腹で、トントンと肩を叩いた。


 見たことない突きだった。

 おそらく正道でもなければ、何かの流派でもない。


 全くの我流……。

 イゾーラの歪んだ魂から生まれたような刀術だった。


 それ故、強い。


 誰かから習ったのではなく、自分で生み出した術理。

 だから身体に無理がなく、自然と切っ先を向けることが出来る。


「特にその【蛇突】は、驚異的な手首の柔らかさがないとできない技だな」


「ほう……。あの一合でそこまで見えていたのか」


 イゾーラの重心は完全に【ジャバラ】の切っ先に乗っていた。

 だが、この悪童は手首を捻り、切っ先の重心と軌道を直前で変えたのだ。

 手首の柔らかさにくわえ、力も必要になる。

 しなやかでありながら、実はかなり強引な技だった。

 普通の人間なら、手首をくじいているだろう。


 それでも平気で立っていられるのは、おそらく生まれ持っての身体の強さと柔らかさに違いない。


「さあ、どうする、おっさん? 逃げるなら今のうちだぜ」


「遠慮しておこう。背を向けた途端、蛇が足に噛み付いてきそうだ」


「よくわかってるじゃねぇか。ぺぺぺ……」


「では、次は俺の刀を受けてもらおうか」


「うん? てめぇ、ケガはどうした?」


 余裕の笑みを見せていたイゾーラの顔が、強張る。


 ヴォルフはそっと肩口から手を離した。

 血が止まっている。

 それどころか、傷口はふさがり、元に戻っていた。


 ゆっくりと【カムイ】を鞘に沈める。

 腰を深く落とし、柄に手を置いた。


「【居合い】の構えだと? てめぇ、何をする気だ?」


「決まっている……」



 斬り伏せる。ただそれだけだ……。


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