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第109話 それはあまりに唐突な出会いだった

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帰省時のお土産にいかがでしょうか?

「結婚……!!」


 ヴォルフは啜っていた麺をブハッと器に吐き出した。

 蕎麦(レムル)というワヒトの伝統的な麺料理だ。

 蕎麦の実(チリーニ)で作った麺に、濃い魚醤をぶっかけて食べる。

 老若男女関係なく、広く親しまれていた。


 場所はワヒト王国王都から北西にいった場所。

 古ぼけた長屋が建ち並ぶ一角だ。

 そこの屋台に入り、立って麺を啜っている。

 立って食べるというのも、こちらでは珍しくないことらしい。

 けれど、大陸生まれのヴォルフにとっては、貴重な体験だった。


 いつの間にか夕方になっていたが、人通りは多い。

 子供たちや赤子の声がそこかしこから聞こえる。


 屋台の主はそろそろ店を畳もうと考えていたのだろう。

 2人の客をほったらかして、少し離れたところで煙管をふかしている。


 郷愁を感じる風景が広がっていた。


 ヴォルフは激しく咳き込み、何度も胸を叩く。

 ようやく収まると、頬被りで顔を隠した少女にいった。


「結婚って……。ヒナミ姫って何歳なんだ?」


「今年で10歳になる!」


「10歳!!」


「年の頃を指摘するなら、そなたもであろう。その年で、いまだ冒険者をしているのは、相当珍しいとは思うが……」


「ま、まあ、そうだな。……でも、結婚か。さすがに早すぎないか?」


「で、あろうな。だが、この国には必要な結婚らしい」


「らしいって……。そんな他人事みたいに」


 ヒナミ姫は淡々としていた。

 どんぶりに残ったつゆを飲む。

 かなり塩気がキツイのに、小さな喉を動かし、飲み干した。


 ヴォルフは、この天才肌の小さな剣士を昔のレミニアと重ね合わせていた。


 もし、レミニアが10歳で結婚するということになったら、正直頭がどうにかなっていたかもしれない。


「両親はなんと?」


「死んだ……」


 どんぶりを静かに置く。

 そこに何の感情もない。

 ただ書き下した文章をそのまま声に出しただけのような言い方だった。


「……すまない」


 ヴォルフもまた器を置き、小さな姫に頭を垂れた。

 ずんぐりとした男の背中を、ヒナミ姫は一瞥する。

 フードの奥の瞳が、強く瞬いたような気がした。


「良い。……あれは(ヽヽヽ)殺されて(ヽヽヽヽ)当然の両親だったからな」


「殺されたのか……」


「対外的には病死ということにはなっているがな。だが、薄々みな気付いておるよ。ダルマツ大老家がやったことはな」


「家臣に殺されたってことか?」


「そなたも市中を見たであろう。何か気付かなかったか?」


「ああ……。そうだな。物乞いが多いように思えた。あと、市に並んでいたのは外国産の野菜ばかりだったな。しかも、かなり高い」


「ほう……。目敏いな」


「最近、飢饉でもあったのか」


 昨年、ワヒト王国は100年ぶりの大雪に見舞われた。

 そのため、なかなか雪が解けず、農地を拓くのが遅れたのだ。

 結果、作物が次の冬期までに育たず、国を維持する十分な食糧を確保出来なかった。


 ヒナミ姫の父ーーつまり先代の王は、国が大変な時でも、兵を割き、魔獣戦線に戦力を投入し続けた。

 ワヒト王国の力を各国に見せつけるためだ。

 父は国の大事よりも、国としてのメンツを重んじる王だった。


 結果、貴重な食糧は兵に持って行かれ、ワヒト王国の倉は空になった。

 ダルマツ家などの家臣たちは、外国からの食糧支援を受けようとしたが、先王はこれも拒否。

 すべては浅はかなメンツのためだった。


 そして、結局家臣に裏切られ、毒を盛られ死んだのだ。


 話を聞き終え、ヴォルフは目を細める。

 今にも泣き出しそうな顔を見ながら、ヒナミ姫はケラケラと笑った。


「そんな顔をするな。言ったであろう。我が両親は死んで当然のヤツだったのだ」


「だけど、ヒナミ姫の両親であることには代わりはない」


「であるな……。だが、不思議とは思わぬか、薬屋」


「何が?」


「何故、妾は生きておるのだ? 両親を殺すなら、いっそ妾もと思うであろう?」


「それは簡単だ。……安易に暗殺されるほど、姫は弱くない」


「しかり。それとな――」


「ああ! 姫様だ!」

「ヒナミ姫様がここにいるよ!」


 といったのは、屋台の近くで遊んでいた子供だった。

 頬被りで顔を隠しているのにも関わらず、子供は指をさして、言い当てた。

 漏れ聞こえた声に、聞き覚えがあったという。


 たちまちヒナミ姫は子供に囲まれる。

 刀を教えてと、男女関係なく懇願した。


 なるほど、とヴォルフは頷く。


 ヒナミ姫の強さは、無類だ。


 おそらくワヒト王国の中でも、その歴史においても、燦然と輝くほどの強さなのだろう。


 この国で、あの小さな10歳の娘は、英雄(ヒーロー)なのだ。


 それを暗殺したとあれば、ダルマツ家の家名が地に落ちる。

 それならばと、企てたのが、結婚なのだろう。

 おそらく相手はダルマツ家の近親者のはずだ。


「それにしても……」


 ヴォルフは思わず笑った。

 同い年ぐらいの子供と遊んでいるヒナミ姫は、とても【剣聖】という称号を持つ、刀士とは思えなかった。

 いや、むしろ活き活きとしているように思える。


 そんな彼女が結婚をする。


 お国のためにだ。


「さようなら、ヒナミ姫」

「さようなら~」

「またお刀を教えてね」


「うむ。また今度な」


 ヒナミ姫は手を振る。

 その顔はどこか満足そうだ。


 日が暮れ、子供たちは自分たちの家に帰っていく。

 屋台も姿を消していた。

 長屋町の通りに立っているのは、ヴォルフとヒナミ姫だけになる。

 地平線のすぐ近くには、(レク)の姿があった。


「面白かったか、姫」


「む? べ、別に……。下々のものと仲良くするのも、領主としての務めだ」


「そうか」


 ヴォルフが肩を竦めた。

 薄い月光を受けながらも、ヒナミ姫の頬は赤くなっている。


「さて。早く帰った方がいいぞ。何も城の全員が、姫を殺したくてウズウズしてるわけじゃないんだろ?」


「妾は帰らんぞ。ダーリンと一緒にいる」


「結婚しようという娘が何を言っているんだ?」


「うむ。……有り体にいうと、妾は結婚から逃げてきたのだ」


「さっきは国のためといっていたじゃないか」


「き、気が変わった。妾はもう少し遊んでいたい」


 ヒナミ姫は顔を背けた。

 いくら天才でも、嘘を吐くのは下手とみえる。

 おそらく遊んでいたいというのは嘘だろう。

 もっと他に理由があるはずだ。


 だが、両親を殺したダルマツ家が憎いとか、そういう理由のようでもない。


 まだヴォルフが知らないことを、彼女は隠しているように思えた。


 いくら【大勇者(レジェンド)】に強化されているとはいえ、人の心や記憶までは読みとることが出来なかった。


 ヒナミ姫は動かない。

 本当にヴォルフに付いてくるらしい。


「(仕方ない……)」


 姫は手負いだ。

 またあの胡散臭い連中に襲われるとも限らない。


 ひとまずどこか身を隠す場所を確保し、姫の心変わりを待つしかないだろう。


 すると、じっとヴォルフとヒナミ姫の会話を聞いていたミケが、耳を動かす。

 九尾の尾を立て、主人に警戒を促した。


 どうやら、一足遅かったらしい。


 夜道に1本――長い影がこちらに向かってくる。

 月下を歩いていたのは、男だった。


 何日も洗っていないようなくすんだ銀髪。

 血の匂いがする刀身をむき出しにし、トントンと肩を叩いていた。

 涎がべっとりとついた舌を垂らし、歪んだ瞳を2人に向ける。


 ぺぺぺ……と笑い声なのか、奇声なのかわからない言葉を発し、べろりと乾いた唇を舐めた。


「ぺぺぺ……。ようやく見つけたぜ、姫様よ」


「イゾーラか」


 ヒナミ姫が顔を曇らせる。

 その反応は、彼から放つ異臭と血臭に寄るものではない。


 ヴォルフもすぐに気付いた。


「(この男……。出来る!)」


 放つ剣気こそねじくれているが、かなりの刀士だろう。

 人物の魅力以外で、これほど人を引きつける男に会ったのは、初めてだ。


「薬屋、離れていろ」


「いいや。姫様が離れていてくれ」


「しかし……」


「俺は、あんたのダーリンなんだろう?」


「ぬし……」


 小さな顔が少し赤くなる。

 ヴォルフはスラリと抜いた。

 【カムイ】をだ。


「(すまん、【カムイ】……。もう少しだけ頑張ってくれ)」


 刀身が震える。

 だが、それは武者震いと言うよりは、もっと別の何かだった。


 ザッと地を蹴る音がする。

 風を切り、何者かがこっちに高速で向かってくるのがわかった。

 すると、イゾーラとは別の影が、月下に躍り出る。


 長くまとめた銀髪をなびかせ、その少女は戦場に降り立った。


「イゾーラ殿! 単独行動は慎むようにとあれほど――」


「――――ッ!」


 声を聞いて、心臓が止まるかと思った。

 横にいた相棒も息を飲む。


 そして、ヴォルフの方に振り返った少女も、その宝石のように美しい瞳を大きく見開いた。


「エミリ……」


「ヴォルフ、さん……」


 【剣狼】と【刀匠】……。

 2人の再会は、ようやく遠い島国で果たされる。


 それはあまりに唐突な再会だった。


ヒロインの中で初めてヴォルフに再会したキャラになるな、エミリは。

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