表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

124/371

第107話 【剣狼】vs【剣聖】

おっさんvs天才剣士です。

 ワヒト王国の王都に入ってしばらく、ヴォルフは気付いた。


 異様ともいえる空気の重さを。

 ワヒト王国は前年凶作に見舞われたらしい。

 そのため、そこかしこには刀のない物乞いもまた道ばたに溢れている。

 暗い顔をして、市中を歩く人間も少なくない。


 だが、ヴォルフのいう空気の重さとは、国の問題とはまた別種だ。


 通りを歩いていて気付いたが、BやCクラスの実力者がゴロゴロいる。

 刀を差して、身なりのいい人間ならば、必ずと言っていいほどCクラス以上の実力を感じさせた。


 強さこそ絶対。


 その野蛮な政治姿勢は、どこか絵空事のように感じていたが、決して虚報などではなかった。


 刀匠の国、雪の国、そして刀士(モノノフ)と呼ばれる刀使いの国。

 ワヒト王国は、魔獣の侵略にあってなお、実直にその掟を守り続けている。


 そして、今ヴォルフの目の前には、その最高位が立っていた。


 芍薬(ラーガル)のように細い身体。

 百合(リネーリィ)のような白い肌。

 牡丹(プルネー)のような赤い唇は、薄く笑っている。


 汗1つ掻かず、息1つ乱れていない。


 ワヒト最強というのは、おそらく伊達ではないのだろう。


 依然として戦闘は続いている。

 大男の他にも刀を抜き、構える男たちの姿があった。

 だが、勝負は決している。

 先ほどの男よりも強い男は、この場にはいない。


 ただ1人除いては……。


「そこな、男……」


 刀を構える男たちを無視し、【剣聖】ヒナミ姫は別方向に視線を向けた。

 鋭い緑色の眼光が、射抜く先。

 立っていたのは、布巻き帽子に眼帯を付けた怪しい男。


 ヴォルフだった。


「え?」


「そうだ。お主だ」


「な、なんでしょうか?」


「とぼけるな。妾と仕合いたいのだろう」


 ヒナミ姫は抜き身の刀身で軽く自分の肩を叩く。

 余裕の笑みを見せた。


 ヴォルフは息を飲む。

 トラブルの予感がした。


「な、何をおっしゃるやら。私はしがない薬売りでして」


「ほう……。最近の薬売りは、帯刀をするのか?」


「なんのことやら……」


「とぼけずとも良い。お主、見たところワヒトの人間ではなかろう。ローブの下に、1つ……2振りは持っているな。護身で身につけるには、少々大げさなような気がするが?」


「――――!」


「わからいでか、異国の刀士よ。なに……。鍔鳴りの音でその程度、見抜くことなど造作もないわ」


 いよいよ【剣聖】は、ヴォルフに刀を向ける。

 闘気が高まっていくのを感じた。

 今までのが、ほんのお遊びであったことを、ヴォルフは今さらながら気付く。


 ヒナミ姫の剣気に当てられた男たちは、引き下がった。


 気が付けば、ヴォルフとヒナミ姫を中心に輪が出来ていた。


 遅れて相棒も現地に到着する。


『おいおい。またトラブルかよ、ご主人様』


「そうじゃない。向こうが勝手に……」


「何をコソコソと独り言をいっておる」


 ヒナミ姫はキッとヴォルフを睨んだ。


 その覇気に、さしもの【雷王(エレギル)】も震え上がる。


『なんだ、このお嬢ちゃん。ただ者じゃないぞ』


「理解してくれて助かるよ。ともかく下がってろ、ミケ」


 ミケは大人しく従う。

 野次馬の足元で、ちょこんと座った。


 ヴォルフは荷物を下ろす。

 ローブを脱ぎ払った。

 1度、剣の柄を握る。


 すると、ヒナミ姫の細い眉がピンと動いた。

 ますます剣気の中に怒気が混じる。


 本気を出せ、ということらしい……。


 確かに【カムイ】を出さなければ負ける。

 小さいが、今ヴォルフと対峙しているのは、そういう娘だった。


「持っていてくれ」


 剣の方を鞘ごとミケに放り投げる。

 大猫は見事口でキャッチし、改めて主の戦いを見守った。


 ヴォルフはいつも通り、柄に手をかける。

 ゆっくりと深く腰を下げた。


「ほう……。【居合い】か。やはりただ者ではないな、お主」


「ありがとうございます、姫。……褒めるついでに、見逃してもらえると有り難いのですが」


「ならん。代わりに、お主の得意技で応じてやろう」


 ヒナミ姫は1度抜いた刀を鞘に納めた。

 柄に手を添える。

 腰を切り、やがて深く落とした。


 【居合い】だ。


 2人は鏡合わせのように向かいあった。


 張りつめていく空気に、野次馬もまた凍り付く。

 固唾を呑んで、両者の行く末を見守った。

 【剣聖】の強さは、国民の皆が知るところだ。

 一方、対する男の雰囲気も堂に入っていた。


 強者という点で、大衆の目は肥えている。

 日常生活の中で鍛えられた観察眼からいっても、何かをやってくれそうな気配を感じていた。


 2人は動かない。


 柄に手をかけたままだ。

 だが、観衆はわかっている。

 この戦いが、ほんの些細なことをきっかけで始まることを……。


 くしゅん……。


 くしゃみが響いた。

 誰だと思って、野次馬たちは視線を動かす。

 奇妙なほど太った猫が顔を洗っていた。



 ギィン!!



 ハッと気付いた時には、両者は円の中央で鍔迫り合いを演じていた。


 初撃の【居合い】はお互い不発に終わったらしい。

 刀が弾かれると、すかさず2撃目を打ち込むが、それも防ぎ、力比べとなる。


 単純な身体能力でいえば、ヴォルフの方が圧倒的に有利だ。

 だが、【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】は不用意に踏み込むことはしなかった。


 押せば必ず少女はさばくだろう。


 力の差など関係ない。

 むしろ力に差があるからこそ利用する。

 すべてを見切ったわけではないが、ヒナミ姫の戦い方は大方そんな感じだった。


「踏み込まんのか? 謙虚だのぉ、お主」


「よくいわれます」


「ならば、妾から行かせてもらうぞ」


 ふっとヴォルフの力が抜けた。

 いや、むしろヒナミ姫が力を抜いたのだ。

 半歩横にずれ、刀身を滑らせながら、さらに前に踏み込もうとする。


 手首のスナップを利かせ、刀身を再加速させた。


 まるでヴォルフの刀を透過したかのように、ヒナミ姫の刃が目前に現れる。

 ヴォルフはすかさず頭を下げ、かわした。

 さらに深く腰を落とす。

 ちょうど姫の脇の下に潜り込む形になった。


 細くそして白いおみ足(ヽヽヽ)が見える。

 その足が動くのをはっきり捉えた。

 膝がヴォルフの顎に襲いかかる。


 慌てて横に逃げた。

 でんぐり返りながら、危機から逃れる。

 刀を握り直し、姫の方に顔を上げた。


「今のは……」


「なあに……。【燕斬り】といってな。手首から肩の辺りまで脱力し、相手の刀に沿うようにして斬る――小手先の刀技(とうぎ)だ。刀がすり抜けたように見えることから、【透明斬り】といったりする刀士もいるの」


「凄いな。初めて見た」


「褒められるようなことは何もしておらんよ。この技も、ワヒトの(わっぱ)なら誰でもできるぞ」


 絶対に嘘だ。


 今の切り方はおそらく驚異的な手首の柔らかさがないと、不可能だろう。

 誰でも出来るわけではない。

 才能、天賦の勝負勘がなければ、実戦はおろか練習でも再現は難しい。


「褒めるなら、お主の方だろう。【燕斬り】をかわしたうえ、必殺の膝打ちにまで対応しおった。反射速度もそうだが、なかなか良い目をしている。ふふ……。その隻眼は誠であろうな」


 やはりというか。やっぱりというか。

 どうやら、両目が健在であることは見抜かれているらしい。

 だが、さすがに眼帯まで取ることはできない。

 レクセニル王国から離れたとはいえ、いつどこでラムニラ教の宣教師たちに出会うかわからないからだ。


「ふん……。眼帯を取らぬ理由があるのか。まあ、良い。だが、気になるといえば、お主の周りを覆っている妙な気配の方が気になるのぅ」


 不意に【灰食の熊殺し(グレム・グリズミィ)】のアジトであった老人みたいなことを言い出す。

 才能もある故、些細な気配の感じ方まで、この娘は異常なレベルにあるらしい。


 天才という括りでいえば、レミニアと比べても遜色はない。


 ふと気付けば、どんどん人が集まってきていた。

 狼であり、亡霊でもあるヴォルフにとっては、よろしくない状況だ。

 このまま撤退することが最良の選択なのだろうが、目の前の少女があっさりと見逃してくれるとは思えない。


 そもそも彼女はお姫様だ。

 国の力を使って、ヴォルフを召し出すことも可能な立場にある。

 ワヒト王国にまで来て、追いかけ回されるのはたまらない。


(わざと負ける、か……)


 それも選択肢としてある。

 しかし、それも容易に見抜くだろう。

 手を抜いたと知れば、どういう反応が返ってくるかわからない。


 それに、演技とはいえ、もう負けるのはこりごりだ。


 娘の勇者になると誓ったのだ。

 易々と勝利を献上するわけにはいかなかった。


「ならば、戦って勝つしかないな」


「ほう……。ようやく本気になったか、薬屋」


 ヴォルフは【カムイ】を納める。

 柄に手をかけ、膝立ちの姿勢になった。


 ヒナミ姫は目敏くヴォルフの構えが変わっていることに気付く。

 膝立ちもそうだが、柄に対する手の添え方が変わっていた。


「逆手か……」


 幼いながら、武芸百般を修めるヒナミ姫だが、この時初めて見る構えに戦慄する。

 逆手で刀を引くことは、決して珍しくはない。

 だが、目の前の男から放たれる剣気は、異質なものだった。


 一方で、ヴォルフはヒナミ姫が戸惑っていることに気付く。

 おそらく構えから、妙な気配を察したのだろう。


 クロエのメーベルド刀術は、ワヒトから大陸へと渡ってきた曾祖父が、アレンジしたものだと聞いている。

 おそらく【無業】を見るのも、初めてなはずだ。


 しかし、ヴォルフは次の瞬間、奇妙な光景を目にする。


 ヒナミ姫もまた膝立ちになり、ヴォルフと同じく柄に手を添えたのだ。


「俺の真似をするつもりですか?」


「その通りよ、薬屋。妾を楽しませよ」


 今の行為を見て、姫の本質がわかったような気がした。

 おそらく幼い頃から刀を振るい、その才能を存分に開花させてきたのだろう。

 刀を振る――あるいは斬るということが、生活の一部となり、もはや彼女にとって、真剣勝負の場は遊びなのかもしれない。


「1つ負けられない理由が出来たな」


「うん? 何かいったか」


「いえ……。決着をつけましょう」


「望むところだ」


 2人はじりじりと距離を詰める。


 【無業】対【無業】。

 必然、その間合いの詰め方はすり足になる。


 3歩。


 2歩。


 1歩。


 そして0歩。


 刀身を先に抜いたのはヴォルフ。

 だが、ヒナミ姫は後からついてくる。


 最速最短。


 【無業】の本質を一瞬で理解した天才は、【剣狼】の牙に一瞬にして追いついた。


 ギィン!


 剣戟の音が、耳を突く。


 ヴォルフが必死に習得した【無業】が、あっさりと防御された。


 天才と凡人の差をまざまざと見せつけられる。

 そう――。

 ヴォルフは決(ヽヽヽヽヽヽ)して天才では(ヽヽヽヽヽヽ)ない(ヽヽ)


 しかし、その娘は……。


 【剣狼】といわしめるほどの冒険者にまで成長させた黒幕は、目の前の【剣聖】に劣らぬ天才だった。


「なにぃ!!」


 初めてヒナミ姫の顔が歪む。


 ヴォルフの力が緩んだのだ。

 柔らかくしなやかな手首を使い、ヒナミ姫の力を逸らした。


 レミニア風にいえば、こうだ。



『パパの柔軟性を、わたしが強化していないわけがないでしょ』



 くわえて、その驚異的な学習能力。

 ヴォルフはたったあの一合だけで、天才の刀技を盗んでいた。


「【燕斬り】か!!」


 気付いた時には遅い。

 ヴォルフは反応出来たが、ヒナミ姫は出来なかった。


 目の前で刀身が止まる。


「勝負ありです、姫」


 狼の瞳は厳しい光を讃えていた。


明日も投稿します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本4巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



8月25日!ブレイブ文庫様より第2巻発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス9巻 5月15日発売!
70万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



コミカライズ10巻5月9日発売です!
↓※タイトルをクリックすると、販売ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる10』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


最新小説! グラストNOVELS様より第1巻が4月25日発売!
↓※表紙をクリックすると、公式に飛びます↓
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』書籍1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


シリーズ大重版中! 第6巻が3月18日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本6巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』
コミックス最終巻10月25日発売
↓↓表紙をクリックすると、Amazonに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月14日!サーガフォレスト様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『劣等職の最強賢者』コミックス5巻 5月17日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーついにフィナーレ!詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large





今回も全編書き下ろしです。WEB版にはないユランとの出会いを追加
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』待望の第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


好評発売中!Webから大幅に改稿しました。
↓※タイトルをクリックすると、アース・スター ルナの公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large




アラフォー冒険者、伝説になる 書籍版も好評発売中!
シリーズ最クライマックス【伝説】vs【勇者】の詳細はこちらをクリック


DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ