第106話 おっさん、【剣聖】に出会う
本編開始です!
【幽霊船】は孤月型の湾内に入っていく。
断崖絶壁がそそり立つ、寂れた港に停泊した。
いくら【妓王】マイアが義賊とはいえ、海賊であることは間違いない。
数日一緒に暮らしたが、船員は元札付きの悪ばかり。
ワヒト王国公認の港町に接舷すれば、たちまち縛り首になってしまう。
ヴォルフはマイアに別れを告げる。
同乗していたルーハスの姿はとっくにない。
同行していた小さな女の子も一緒に消えていた。
目指すはワヒト王国王都。
目的地が同じなら、いつか出会うこともあるかもしれない。
ヴォルフは絶壁を上り、さらに山を越えた。
見えたのは、大きな城と、城下町だ。
「あれが、ワヒト王国の王都かにゃ?」
頂上まで登ってきた風に煽られながら、ミケは初めて見る都を臨んだ。
伝説の【雷獣使い】ロカロ・ヴィストといろいろな場所を渡り歩いたが、ワヒト王国は初めてだった。
当然、ヴォルフもそうだ。
物珍しい都の姿に、しばし呆然と見入った。
黒の“瓦”屋根。
白亜の壁。
クロエの屋敷にそっくりな建物が、渦を巻くように建っている。
レクセニル王国や周辺諸国は平地に城を建てる一方、ワヒトは山城だ。
崖を拓き、台地の上に建てている。
城壁は低く、何重にも張り巡らされていた。
城というよりは、まるで要塞のようだ。
ヴォルフは一気に山を駆け下る。
陽が落ちる前に、王都に入った。
想像以上に活気がある街だ。
レクセニル王国以上に何かごちゃごちゃしている。
露店やその売り子のかけ声などは、レクセニルと似たような光景も目にするが、他にも大道芸や、道ばたに座って、盤を睨んでいる男たちの姿もある。
ここらへんでは馬は小さいためか。
人力車――人が引く乗り物などもあった。
所変われば品変わるというが、目にするものすべてが珍しかった。
一方で、想像していたものと大きく違うことがある。
「確かワヒトって、雪に閉ざされている国ってイメージなんだがにゃ」
ミケが指摘するとおり、ワヒトは刀匠の国であると同時に、雪国であることでも有名だ。
だが、周りを見渡しても、雪は一片もない。
あるのは、雪のような銀髪を揺らしたワヒト人だけだった。
「おそらく夏期だからだろう」
ワヒトは1年の4分の3が雪に覆われていると聞く。
唯一夏期だけが、雪が溶けるため、その時期だけ畑や米の栽培を行うのだという。
意識してみると、鍬や鋤を持った農民の姿も少なくはない。
王都の側には大きな田畑が見えた。
みな、そこへ向かっているのだろう。
だが、それ以上に気になったのが、皆が帯刀していることだ。
ワヒトに辿り着く前、マイアからこの国のことを色々教えてもらったが、彼らにとって、刀は“命”の次に大事なものらしい。
この王国は常に強いものがトップに立つ。
老若男女関係ない。誰でも王になることが出来る。
刀はその挑戦権なのだ。
しばらく散策した後、今日の宿を決める。
ワヒトの建築物はたいてい2段構造になっていて、必ず2階が存在する。
1階はがらんとしており、生活の拠点は2階だ。
これは雪国ならではのアイディアらしく、冬期になると2階部分まで雪が積もってしまうのだと、宿の娘に聞いた。
部屋に通される。
狭いが、良い畳の匂いがした。
障子度を開けて、雪国のやや冷たい風を受けると、ヴォルフはごろんと寝転がった。
「エミリ嬢ちゃんを捜すんじゃなかったのか?」
「ちょっと休憩だ。レクセニルを出てから、気が休まる暇もなかったからな」
「ちげぇねぇ」
ミケもまた大きく欠伸をする。
主の横で丸まった。
しばらく畳の上でうたた寝していたヴォルフだったが、つと目を覚ます。
何やら外が騒がしい。
誰かが争っているようだ。
ヴォルフは寝た状態のまま音だけで騒ぎを観察する。
刀の切っ先を向け合う両者の周りを、野次馬が囲んでいた。
一応、1対1のようだが、周りの剣気にはいささか歪みがある。
少なくとも、音便に済ませようという意図は感じられなかった。
1人は男。ヴォルフよりも大柄で、刀身の長さも【カムイ】よりも長い。
対するは、歩の音からして女だろう。
しかも、歩幅が異様なまでに短い。
レミニアよりもだ。
そういう流派ということも考えられなくもないが、どうもそういうわけではないらしい。
そもそも男を圧する剣圧は、女とは思えないほど重厚だった。
ヴォルフは立ち上がる。
腰に【カムイ】と剣を下げた。
見てみたいと思った。
大の男を前にして、1歩も退くどころか、むしろ剣圧で圧倒する“天才”の姿を。
階下へ下りると、すでに始まっていた。
剣戟の音が響く。
真剣同士の戦い。
なのに、野次馬は盛り上がっていた。
強いものが国を統べる。
そんな国であるなら、あまり珍しくない光景なのだろう。
野次馬を押しのけ、ヴォルフは最前列に並ぶ。
立っていたのは、予測通り【剣狼】よりも大柄な男。
さらに、やはり女の子だった。
濃い銀髪に、鮮やかでいて純粋な緑眼。
肌の色は、雪を吸い込んだかのように白い。
伝統的な着物を股下から大胆にカットし、底の高い浅沓を履いていた。
華奢な二の腕を見せる娘の手には、濡れたような細長い刀が握られている。
かすかに【カムイ】が反応するのがわかった。
おそらくかなりの業物なのだろう。
「レミニアと背丈は一緒ぐらいか。しかし……」
明らかにレミニアよりも幼い。
しかし、圧倒しているのは女の子の方だ。
トリッキーで、予測の付かない軌道から刀を振るってくる。
故に間合いが掴みづらい。
そもそも大人が子供と戦う時、大人が有利と思うのは早計だ。
子供には2つの利点がある。
1つは斬る面積が小さいことだ。
たったそれだけのことと思われるが、対人戦において重要な要素になる。
斬る面積が小さいということは、それだけコンパクトに斬ることが要求されるからだ。
大振りは絶対ダメ。
かわされ、小さな身体を懐に密着されれば、斬るスペースがなくなる。
対し子供の方はやりたい放題だ。
もう1つは視線だ。
たいてい子供の方が小柄である場合が多い。
ゆえに視線が下を向いてしまう。
すると、地面の方に向いてしまうため視野が狭まり、外からの攻撃に対処しづらくなるのだ。
どうやら女の子にはそれがわかっているらしい。
トリッキーに見えるものの、常に視界の外へと移動し、懐に入る。
遊んでいるのか。
ずっと懐に入って、大の大人を蹴ったり、押したりしながら、からかっていた。
対策としては、間合いを取ることだ。
相手との距離を置き、視野を保つこと。
完全な間合いの外から踏み込み、攻撃することが有効だと思われる。
だが、わかっていても自尊心が邪魔をする。
子供相手に退いたとあっては、名折れだ。
くわえて、このギャラリーではその戦法を取ることは難しいだろう。
男の自尊心はすでにズタズタだ。
こんな小さな女の子に手玉に取られている姿を聴衆の前でさらしている。
息を切らし、満身創痍だが、胸中はもっと傷を負っているだろう。
それでも男は刀を構えた。
裂帛の気勢をあげ、渾身の力で少女に踏み込む。
速い。
力でいえば、Bクラス相当はあるだろう。
だが――。
「ふむ。良い戦いであったな」
女の子は余裕で微笑んだ。
すると、一瞬にして男の後ろに回り込む。
膝の裏を思いっきり蹴っ飛ばした。
バランスを失った男は、バランスを崩す。
すぐ立ち上がろうとしたが、首筋に刀を突き付けられていた。
しまいだ……。
終わってみれば、呆気ない勝負の幕切れだった。
実力に違いがありすぎる。
まさに大人と子供の差が、確実に存在していた。
「凄いな、あの女の子」
ヴォルフは思わず呟く。
横に立っていたワヒトの男がぎょっと目を剥いた。
「あんた、もしかして旅の人? ワヒトは初めてかい?」
「あ、ああ……。今日到着したばかりだ」
「そうか。なら、仕方ねぇなあ。あの方はヒナミ・オーダム様だ」
「有名な女の子なのか?」
男はくすりと笑う。
口元を隠していたが、明らかに嘲っていた。
「有名ってどころじゃないなあ。何せあの子は、この国のお姫様だ」
「お姫様!」
「しかも、【剣聖】という称号をお持ちだ。その称号を持てるものは、この国に1人しかいない。いちゃいけないんだ」
「それって、まさか――」
男は口角を上げた。
「そうだ。あの女の子は――――」
このワヒト王国で1番強い【剣聖】なんだ。
1つ年を取りました。
代わらず、精進して参りますのでよろしくお願いします。
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