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第103話 エピローグ前話

暑い日が続いておりますが、

被災地の皆様も含め、十分な水分を取り、

長時間の外の作業にくれぐれもお気を付けください。

 船室に差し込む陽光に気付き、ヴォルフは目を覚ました。


 側にはミケも丸まっている。

 ご主人が上体を起こすと、同じく起きて、大きな欠伸をした。

 顔を洗うと、「おはよ、ご主人」と挨拶する。


 ヴォルフは軽く相棒の頭を撫でた。

 ベッドから出ると、大きく伸びをする。

 同時に船体が傾いた。

 どうやら、まだ【幽霊船(ゴースト・シップ)】は航行中らしい。

 波を切る音が、室外から聞こえる。


 ヴォルフは支度をした。

 服装を調え、刀と剣を腰に提げる。

 寝癖を直し、いざ甲板へという時に、ふと声をかけられた。


「忘れてるぜ、ご主人」


 下着をくわえたミケが、忠告する。


 今日は2日目。

 まだ大丈夫だと思ったが、大人しく従う事にした。

 支度を最初からやり直す。

 ようやく相棒とともに甲板へと出た。


 外へと出ると、夏の日差しの不意打ちを食らう。

 いかな【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】とて、かわすことの出来ない灼熱の光に、眼を細めた。

 次いで髪を揺らした海風は、気持ちがいい。

 程良く湿り気を帯びた空気には、強い潮の香りが混じっていた。


 船乗りたちの間を縫い、欄干を握る。

 遠くで真白鯱の群が、船を追いかけるように泳いでいた。


 見渡す限り、海原だ。

 陸は見えない。

 世界にはこの船しか浮かんでいないのではないかとさえ思ってしまう。


「起きたかい?」


 船室を出て、すぐ真上にある艦橋から声をかけたのは、マイアだった。


 すでに起きていたらしい。

 溌剌とし、2日酔いも、船旅の疲れも感じているようには見えない。

 海と太陽を背にした彼女は、陸にいるよりも活き活きとしていた。


「おはようございます、マイアさん」


「顔色は良さそうだね。昨日、しこたま魚に餌をやっ(ヽヽヽヽヽヽ)ていたのにね(ヽヽヽヽヽヽ)


 マイアはにやりと笑みを浮かべた。

 ヴォルフは頭を掻いて、誤魔化す。


 出港してすぐは大変だった。

 腹に残った酒のせいで、2日分の食糧を海中投棄せざる得なかったのだ。


「船酔いは?」


「そういえばしてませんね」


 実は船に乗るのは、これが初めてだった。

 昨日は酒で体調が悪かったが、今はなんともない。

 体質だろうかとも思ったが、もしかしたらこれもレミニアの強化のおかげなのかもしれない。


「あと2日はこの景色だよ。ま、あんたは客だ。カードでもして遊んでいてくれ」


「身体が鈍ってしまいそうだ。何か手伝うことがあればいってくれ」


「船賃はまけないよ」


「それは残念だな……。と、これは冗談だが」


「心配しなくてもいい。あんたの仕事はちゃんとあるさ」


 すると、船檣(せんしょう)から声が聞こえた。


「かしら! 船だ! 3隻。全速力でこっちに向かってる!!」


「おいでなすったか」


「何が来たんですか?」


「簡単さ。熊が海熊(オーセル)になってやってきたのさ」


「熊ってまさか――」


 【灰食の熊殺し(グレム・グリズミィ)】!


 ヴォルフは慌てて船檣の船員が指差す方向を見つめた。

 報告通り、3隻の船が白波を蹴って近付いてきている。

 視覚をさらに鋭敏にすると、船に屈強な男たちが乗っていた。

 中には熊の入れ墨をした男もいる。


「諦めてなかったのか?」


「そりゃそうさ。あいつらの執念は筋金入りだからね。あんた、これからも苦労するよ」


「お互い様だろう」


「はっ! 確かにそうだ」


 マイアは豪快に笑った。

 白波の海に響く声が、波だったヴォルフの心を一瞬静める。


 【妓王】は指示を出す。

 戦闘準備だ。

 逃げることも出来るのだが、ここで決着をつけるらしい。


 船員たちもやる気満々だ。

 恐怖に怯え、船室に引き込む人間はいない。

 【幽霊船(ゴースト・シップ)】のコックですら、牛刀を握りしめて、マイアが叫ぶ雄叫びに、拳を突き上げていた。


 遅れてミケが甲板にやってくる。

 ちょうどその時、海に変化があった。

 【幽霊船】と【灰食の熊殺し】の船のちょうど中間。

 渦が出来る。

 それは次第に大きくなっていった。


 船橋で見ていたマイアは、ヴォルフの側までやってくる。

 欄干に乗り出し、その渦を眺めた。


「まさか――」


「かしら! 影だ! 渦の下に影が見える!!」


「全員持ち場に戻れ! 全速離脱! この海域から離れるよ!」


「「「「「「エイサー!!」」」」」」


 男たちは指示通り配置に付く。

 面舵! というかけ声が響いた。

 帆を風に向け、右へと転舵する。

 だが、反応が鈍い。

 気流が乱れはじめているのもあるが、ゆっくりと船が渦へと近付いていた。


 どうやら、【幽霊船】だけではないらしい。

 【灰食の熊殺し】の船も、渦に飲み込まれそうになっていた。


 マイアの指示に、海の男たちは懸命に応える。

 だが、無情にも船は渦の中心へと近付いていった。


 とうとう相手の船が渦に飲み込まれる。

 3隻の船が、海にできた大口にあっさりと竜骨を折られ、藻屑と消えてしまった。


 次はお前たちの番だといわんばかり、渦の下から声が聞こえる。


 それを欄干で様子を見ていたヴォルフが気付いた。


 渦の下にいる化け物の存在を。


「キシャアアアアアアアア!!」


 鋭い吠声が海面下から聞こえた。

 渦の下から昇ってくる。

 それは蛇……。


 いや、海の龍だ。


「リヴァイアサンだ!!」


 ヴォルフは叫ぶ。


 ノコギリのような鋭い牙。

 竜頭の横についたエラは大きく、地上にあって羽根のようにヒラヒラと動いている。

 竜種なら存在する爪も、手や足もないが、全身を分厚い竜鱗に覆われていた。


 大海龍リヴァイアサン。


 海の魔獣の頂点にして、Sクラス――つまり、災害級の魔獣だ。


 当然、ヴォルフは初めて見た。

 マイアも船員たちも初だ。

 何故なら、リヴァイアサンは伝説の魔獣といわれ、出現率は少ない。

 だが、その存在の痕跡は、古くから確認されていた。


 ヴォルフもレミニアの母の遺稿の中で知るのみだ。


「くそ! このままじゃ! 飲み込まれる!! あんたたち、気合い入れてもっとこぎな!!」


 マイアは叱咤する。

 帆にもうこれ以上にないぐらい風を受け、船底では屈強な男たちが櫂を握り漕いでいる。それでも船体は徐々に龍の方へと引き寄せられていった。


 ついに【妓王】も唇を噛んだ。

 帽子を取り、ヴォルフに頭を下げる。


「すまないね。あんたをワヒトに連れていけないかもしれない」


「いいえ。マイアさんはよくやってくれました」


「気休めはよしな……。あたしは船乗りとして――」


「大丈夫ですよ」


 いつもよりも細くなったマイアの肩を叩いた。


 すると、ヴォルフは振り返る。

 柄に手をかけた。

 何をしようとしているかは明白だ。

 マイアは息を飲む。

 ヴォルフの背中は海原よりも大きく見えた。

 その側にミケが寄り添う。


「行くぞ、相棒!」


『あいよ!!』


 大猫は「にゃああああ!」と嘶く。

 その身体は膨れあがり、1匹の雷獣へと変わった。

 煙のような雷精が翻る。


『乗れ、ご主人様!』


 迷わず、ヴォルフは猫の背中に乗り込む。

 馬のように跨ると、【雷王(エレギル)】ミケは甲板を蹴った。

 その姿は一瞬にして、上空に出現する。


 【雷王】の雷に暗雲がおびき寄せられた。

 あっという間に、周りは大時化になる。

 雨と雷が渦を巻く空を、ヴォルフとミケは疾駆した。


 リヴァイアサンに接敵する。


 海龍は望むところだといわんばかりに、大口を開けて吠えた。

 すると、渦の中から海水を含んだ竜巻が巻き起こる。

 リヴァイアサンのスキル【大海流】だ。


『うおおおお!!』


 さしものの【雷王】も慌てて回避した。

 水はミケの唯一の弱点だ。

 被れば、うまく雷を操ることが出来なくなる。


『なんとかかいくぐって、ヤツに接敵する。ただしチャンスは1度にゃ!』


「十分だ、ミケ!!」


 仕留める。

 ヴォルフはいまだ傷が直りきらない【カムイ】を握った。

 いかな業物の剣とて、分厚い竜鱗を一瞬で切るのは難しい。


 また愛刀に骨を折ってもらうしかない。

 ぐっと握ると、【カムイ】が震えたような気がした。

 任せろという意思表示なのか、それとも武者震いなのか。


 何にしても頼もしかった。


『行くぞ!』


 流星のように暗雲と暴風が吹き荒れる空を駆け抜ける。


 ヴォルフは目をつむった。

 感覚を研ぎ澄ます。

 この空気の安定しない場所で、魔獣の気を計った。


 そして見つける。


 最短――。


 ――最速の速さ。


 その刹那を……!


 剣閃が黒天に光る。


 瞬間、災害級魔獣リヴァイアサンの首は、空に舞い上がっていた。


 悲鳴すら奪われ、炎のように赤かった瞳から生が失われていく。

 ぼとん、と大きな水柱を立てた後、自身が生み出した渦に飲み込まれていった。


 次第に、荒天の海が穏やかになる。

 暗雲も晴れ、鮮やかな青が広がった。


 ヴォルフとミケは降り立つ。


 マイアはミケの顎を撫で、そしてヴォルフの背中を荒々しく叩いた。


「忘れていたよ。あたしたちは、魔獣よりも怖い化け物を積んでいるのをね」


 不安を吹き飛ばすように、マイアは豪快に笑った。

 さらに船員が駆け寄り、ヴォルフに感謝の意志を示す。

 早速といった感じで差し出された美酒に、反射的に応じてしまった。


 やんややんやとはやし立てられる中、ヴォルフはタダならぬ気を捕まえる。


 まだリヴァイアサンが生きているのか。

 それとも【灰食の熊殺し(グレム・グリズミィ)】の幹部か。


 だが、その推測は外れた。


 気付いたミケが、再び雷獣の姿になり「ふー」と警戒する。


「さすがだな。ヴォルフ・ミッドレス」


 人垣を分けて現れたのは、白銀の狼獣人。

 五英傑の1人にして【英雄】ルーハス・セヴァットだった。


書籍発売後、初めての週末を迎えます。

暑い日が続いておりますが、

『アラフォー冒険者、伝説になる』をよろしくお願いします。


書籍版の感想などもいただけると、励みになります。

重ねてよろしくお願いします。

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