第100話 雷獣の咆吼
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マイアは苦戦していた。
互いの獲物は魔砲とナイフ。
一見、前者の方が有利に見えるが、狭い空間ではアドバンテージが少ない。
魔砲は魔力を込めるタイムラグがある一方、ナイフには存在しない。
どちらかといえば、ナイフが有利な状況にあった。
クラスでいえば、同じB級。
そして実戦からも遠ざかっている。
だが、身の置き方が違う。
マイアは仲間に守られながら、ハイ・ローを指揮してきた。
一方、ホセベルはいつも単身で敵地に乗り込み、ギリギリの交渉を重ねてきた実績がある。
お互い針のむしろにいたことは事実だが、その距離が違った。
血の匂いの近さが、そのまま実力に現れていた。
「どうした、マイア? 顔が冴えないようだが?」
「これは地だよ。あんたと違って、うまいもんを食ってこなかったからね」
マイアもやられっぱなしというわけではない。
錆び付いた実戦感が、戦いを通して徐々に磨き抜かれていく。
ナイフを落とす射撃精度も向上し、魔力を込める時間も少なくなり、連射速度も上がっていった。
ホセベルも、相手に合わせるように速くなっていく。
一体どこから出しているのだろうか。
細身の身体のいずこからナイフを出し、マイアに飛ばしていた。
だが、その種も切れたらしい。
つと動きが止まった。
「どうしたい、爺さん。息切れかい? 年だね」
「違う違う。少し質問をしようと思ってね」
「スリーサイズなら教えないよ」
「それは殺してから後でじっくりと測ってやるさ。あんたの身体は死体でも高値がつく」
「変態め……」
「さて、我輩の質問に戻そうじゃないか、マイア。あんた、戦っていて大丈夫なのか?」
「は? どういうことだ?」
「簡単なことだよ。我々があんたたちの弱点をつかないわけがないだろう」
「自警団のことかい? 大丈夫さ、あいつらなら――」
「クロエという女には、妹がいるそうだね」
「――てめぇ! クラーラに!」
「心配しないでくれ。まだ何もしていないさ。でも、あんたの態度次第では、可愛い少女の顔は、お嫁に行けないくらいぶさいくな顔になってしまうかもしれないね」
ホセベルの口角が上がる。
対しマイアの戦意がどんどん失われていった。
やがて、だらりと腕が垂れる。
「そうそう。……そうやって大人しくしていた方がいい。清楚系の方が、市場では高値で売れるのでね」
「クソ変態野郎……」
「ダメだよ、マイア。そういう口の利き方は……。これは調教し甲斐がありそうだ。市場に出回る前に、刺しておいてやろうか。私自らの手でね」
ホセベルの手に1本のナイフが現れる。
すかさず、物言わぬ人の像となったマイアに投げ込んだ。
刃が光る。
空気を切り裂き、地面に突き立ったのは、ホセベルのナイフだ。
「ぬぅ!?」
慌てふためく。
片眼鏡の奥で、1人の壮年の冒険者を見つめた。
ヴォルフがマイアの前に立ち、守るように立ちはだかっている。
払った剣を再び鞘に戻した。
「あんた……」
「大丈夫ですよ、マイアさん。クラーラは無事です」
「何を根拠にいっているのだ、この亡霊め」
ホセベルはちらりと視線を余所へと向ける。
スケングルの死体を見つけた。
ちぃ、と舌打ちし、苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。
瞬間――。
ドゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウンンンン!!
地震かと思うほど、地下にあるアジトが揺れた。
轟音は魔獣の咆哮のように広がっていく。
パラパラと剥き出しになっている部分の岩肌が削れた。
「な、なんだ?」
「簡単さ。あんたの部下がたった今、全滅したのさ」
「な……なんだと!」
「お姫様を守る白き馬――じゃなくて、猫だけどな」
ヴォルフは珍しく薄く笑った。
◇◇◇◇◇
クロエの屋敷の庭に、黒こげの遺体が散乱していた。
服や装備は消し飛ばされ、あるのはむき出しの肌。
いずれも炭化し、心臓の脈動も止まっている。
唯一、見開いた目が、感情の残滓としてこの世に留まっているだけだった。
縁側で見つめていたクラーラは腰を抜かしている。
震えが止まらない。
死の恐怖を感じていたわけではなく、単純にその強さに圧倒されていたのだ。
中庭の地面に四肢を踏ん張り立っていたのは、1匹の獣。
青白い光沢のある毛を逆立て、異色の瞳を輝かせている。
周りに広がった遺体を見ながら、憤った己の毛をいさめるように舐めた。
「ったく……。ご主人様の単独行動癖も困ったもんにゃ。あれほど、お側に仕えるといってるのに、結局別行動になっちまうんだから」
やがて顔を上げた。
血の匂いがそこらから臭うのに、やたらと綺麗な月夜だ。
「ま――。この程度の連中。【雷王】のあっちが認めたご主人が、やられるわけないけどにゃ」
ミケは余裕ともとれる笑みを浮かべるのだった。
◇◇◇◇◇
「よくわからないけど……。つまりは心配する必要がなくなったというわけだ」
マイアの戦意が上がっていく。
瞳を光らせた。かつてクロエと肩を並べ、鉄火場で暴れ回っていた【妓王】本来の姿が、ようやく戻ってくる。
仲間が全滅と聞いて、ホセベルは完全に信用しなかった。
だが、先ほどの謎の微震。
天地を揺るがすような力の持ち主が、地上にいる。
それは紛れもない事実だ。
「王手だよ、ホセベル。あんたの負けさ」
「まだ負けていない。【灰食の熊殺し】がなんといわれているか知っているかね。【不死の熊殺し】だ」
「ああ、そうかい。じゃあ、いっぺん死んでみるかい!!」
「ちぃ!!」
ホセベルの身体が横に流れる。
空中を飛びながら、素早く懐からナイフを取り出し、投げた。
男の後ろに隠れたマイアを狙う。
が、あっさりヴォルフにうち払われた。
代わりに見えたのは、銃口だ。
横っ飛びの状態のホセベルの姿を、マイアはフロントサイトの奥から捉えていた。
銃声が吠える。
鉛の弾はホセベルを貫いた。
衝撃で吹き飛ばされると、壁に叩きつけられる。
ぐぎっ、と首付近から嫌な音がした後、意識を失った。
垂れた腕を見ながら、マイアはようやく銃を下ろす。
「助かったよ、ヴォルフ・ミッドレス」
「……すまない。マイアさん、騙して」
「最初会った時にいっただろう。ここに来る奴はみんな訳ありだ。聞いたあたしが野暮だったのさ」
パンとヴォルフの二の腕を叩く。
そして目を細めた。
「ふふん。よく見ればいい男じゃないか? おっさん冒険者って聞いていたけど。
どうだい、あんた? やっぱりあたしと付き合う気はないかい?」
「お、お気持ちだけで受け取っておきます」
「なんだよ、それ?」
ぶー、とマイアは頬を膨らませる。
歳こそわからないが、なかなか可愛い表情だ。
「それよりもクロエさんを助けに行きましょう」
「話を逸らすなよ――と言いたいところだが、確かにそうだな。ま――クロエが通常の精神状態であるならば、負けはないだろう」
確かにクロエは抜きん出て強い。
あの夜こそヴォルフは土を付けることに成功した。
だが、道場での後れは彼女本来の強さを証左に表したものだ。
相手はAもしくはSクラスに匹敵する大幹部だが、それでもクロエの勝ちは揺るがない。
しかし、マイアがいったように、クロエの精神状態が普通であったならの話だ。
ルッドといわれる大幹部を目にして、明らかに態度が変わっていた。
精神の乱れは、そのまま自身の弱さに繋がる。
それを身を以て知っているヴォルフにとって、クロエが安易に勝ちをとれるとは思えなかった。
「がああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
アジトの奥から悲鳴が聞こえる。
それはどちらのものかわからないが、ヴォルフの胸が一瞬高鳴った。
気が付けば、走っていた。
アジトの奥へと急ぐ。
「無事でいてくれ、クロエさん」
ヴォルフの脳裏に、レミニアの母――あの謎の女が重なった。
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