第99話 おっさんVS大幹部
ちょっと長めなので、お気を付け下さい!
レクセニル王国中庭。
多くの家臣が夏期休暇を取る中、2人の乙女は木の小陰で昼食を取っていた。
王国魔導研究所の主席研究員レミニアと、その秘書ハシリーだ。
夏の盛り。
さすがに外は暑いが、閉めきった研究室より気持ちがいい。
魔導機関による冷房は常に効いているし、白衣の下にも熱対策が施されているが、時折こうして外に出ないと気が滅入ってしまう。
とはいえ、木の陰からは出たくなかった。
今日はそれほど暑い。
「うまい」
ハシリーはサンドウィッチを一噛みすると、唸った。
マジマジと見つめたのは、横にいる上司だ。
「お口にあって良かったわ。でも、意外そうな顔をわたしに向けないでくれる、ハシリーくん」
サンドウィッチを作った本人が、ぎろりと睨んだ。
夏期休暇でも王宮の食堂は開いているが、外で食べたかったレミニアは、わざわざ部下のぶんも作ってきた。
「別にそんなことは思ってませんよ。レミニアの被害妄想です」
今度は一気に頬張る。
実は昨日の夕食から何も食べていなかった。
久方ぶりの食べ物に、胃が喜んでいるのがわかる。
サッと風が吹いた。
赤い髪と白い髪を同時に揺らす。
レクセニル王国は草原の国だ。
野花を撫で、吹いてくる風は適度に湿り気を帯び、なかなか気持ちが良い。
城壁の中にある王宮だが、所々に穴が空いていて、風を通す作りになっていた。
うっとりとした表情で、風を浴びていると、不意に不快な音が耳朶を打つ。
すると、レミニアの周りで何かが弾かれた。
ひょろひょろと、蚊が彼女の足元に落ちる。
「不運な蚊ですね。まさかSSクラスの娘の血を吸いにくるなんて」
「蚊にクラスなんて関係ないわよ」
「ヴォルフ殿もさぞ困ってるでしょう。ハイ・ローはとても不衛生な街なので、蚊や蠅が多いと聞きます」
「それは大丈夫じゃないかしら」
ハシリーはピンと背筋を伸ばした。
2、3度瞬かせると、9歳年下の少女を見つめる。
まさか……と口を開いた。
ふふん、とレミニアは鼻を鳴らす。
得意げに笑みを浮かべた。
「わたしが強化をしていないわけないでしょ」
ピンと足元に落ちた蚊の死骸を弾くのだった。
◇◇◇◇◇
「薬屋!」
「薬屋はん!」
マイア、そしてクロエは声を揃えた。
辺りは血煙が立ちこめ、咳き込むほど匂いが充満している。
薬屋の足元には、男たちが倒れていた。
そのほとんどが意識を失い、行動不能な状態に陥っている。
数はざっと50人。
なのに、薬屋は息一つ切れておらず、一粒の汗すら浮かんでいなかった。
血が付いた両刃の剣を振る。
おびただしいほどの血液が、地面に線を描いた。
「どうして?」
すると、薬屋は若干恥ずかしそうに頭を掻いた。
「まあ……。俺が残した喧嘩でもあるからな」
「え? それはどういう……」
「聞いてみればいい。――そうだろ? 隠れてないで出てこいよ」
奥から3人の男たちが現れる。
ホセベルを先頭に、赤頭巾を被った仮面の女、さらには灰色の肌をした気味の悪い男が立ちはだかる。
片眼鏡の位置を直しながら、ホセベルは眼光を光らせた。
「貴様……。何者だ?」
「意外と察しが悪いんだな、悪党。わからないのか、お前たちの捜し物だよ」
ホセベルはおろか、横の2人の顔色まで変わる。
ハイ・ローのアジトを預かる頭領は、唇を振るわせた。
「まさか……」
「そうだ。俺の名前はヴォルフ・ミッドレス。【剣狼】のヴォルフだ」
――――ッ!
一瞬、しんと静まった。
【灰食の熊殺し】の幹部たちはおろか、マイアやクロエも表情を険しくし、そのまま固まっている。
クロエが偽物を語り、そして【灰食の熊殺し】たちが喉からナイフが出るほど殺したがっていた男が、そのアジトに乗り込んできたのだ。
沈黙を破ったのは、ホセベルだった。
大口を開けて、大笑する。
「ふははははははは!! 鴨がなんとやらだ! 今日は人生最悪の日だと思っていたら、どうやら我輩の見当違いだったらしい」
にやり――歯をむき出した。
「ようこそ、ヴォルフ・ミッドレス。――だから、死ね!」
たちまち空気が変わる。
緊張感が汚泥のようにのしかかった。
最初に動いたのは、ルッドだ。
一瞬にしてヴォルフの前に出る。
その無音の接敵術に、さしもの狼も対応が遅れた。
ギィンンン!!
金属音が鳴り響く。
カチャカチャと鍔迫る音が、すぐ側で聞こえた。
ルッドの仮面が向く。
見れば、クロエがヴォルフの側面に周り、侵入を阻んでいた。
「なに、うちを無視しとんのや。虫けらぁ!」
聞いたこともないようなドスの利いた声だった。
ヴォルフは少々戸惑いつつ、声をかける。
「く、クロエさん?」
「悪いなあ、薬屋――いや、ヴォルフはん。あんたにも因縁あるように、うちにも因縁があるんや。このババアの相手はうちに任せてくれんか?」
クロエの顔はもうすでにヴォルフを見ていない。
今、何をいったところで聞く耳をもたない様子だ。
ヴォルフは1度戦場を見渡す。
中央の如何にも制服組という感じの構成員はともかく、他の2人はかなりやばい。
おそらく7人の大幹部の1人にいるものだろう。
いくらヴォルフといえど、3人1度は難しい。
クラスでいえば、AかA+。
だが、それぞれ固有スキルをもっているようだ。
先ほど、ヴォルフに近付いたものも、その1つだろう。
相手の力量を見誤り、結果2人を窮地に陥れるわけにはいかない。
「わかりました。お任せします。でも、無理はなさらずに」
「おおきに!」
クロエは大きくルッドを押し込んだ。
やや離れた場所に戦場を設定する。
おそらく戦いに集中するためだろう。
すると、側で魔砲の弾を装填する音が聞こえた。
マイアが横に立ち、その銃口をホセベルへと向けている。
「じゃあ、あの獲物はあたしがもらおうかねぇ」
「マイアさんまで……」
「あんたばっかり良い格好はさせたくないからね。それにね。ずっと思ってたんだよ」
ギラリと目が光る。
古風な笑みを浮かべるホセベルを睨み付けた。
「あのくせぇ口の中に、鉛玉をぶち込んで風通しをよくしたいってね」
銃火が響く。
ホセベルはその弾をかわし、いずこからナイフを取りだした。
すかさずマイアに投げつける。
再び銃声が響くと、ナイフは弾かれた。
両者は互角。
そして笑った。
「あちらも任せるか……」
ヴォルフは向き直る。
残った1人を正面に迎えた。
見たこともない灰色の肌。
眉毛も髪もなく、はげ上がった頭に熊の入れ墨が彫られている。
つぶらで可愛い瞳は、常人よりも黒かった。
何か虫が常に集っており、気持ちの悪い男だ。
この気味の悪い男と戦いたくなかったがために、2人は相手を指名したのではないかとすら思う。
「お前……。ヴォヴォヴォヴォ、ヴォルフ・ミッドレスか?」
「あ? ああ……」
「じゃあ、ここここ殺す。……お前、俺たちのああああああアジトを壊した。お、おおおお俺の名前はスケングル……。おおおおおお前、殺す」
なんとも頼りないコミュニケーション能力の持ち主らしい。
だが、手練れであることは間違いない。
すでに呪文の詠唱は始まっており、先ほどよりも集る虫が増えていた。
来る――。
『鬼蟲召喚! 幼胎操堕!』
召喚魔法――ッ!
真っ黒な闇の塊の中から現れたのは、大きな団子蟲だ。
コロコロと転がると、地面に倒れていた仲間に張り付く。
その脳髄に針のようなものを差した。
ふらり……。
動き出す。
意識はなく、口をだらりと開けたままヴォルフの方へと走ってきた。
手に武器を持ってだ。
「死霊術の一種か……」
剣閃が光る。
だが、一刀だけでは決着が付かない。
かわされたのだ。
速い――。
普通の死霊術は、生命力を無視することができても、その身体を隅から隅まで操作することは難しい。
まして、身体能力を強化できるのは、かなりの使い手ということになる。
蟲に取り付かれた2体の死体は、昆虫のような動きで再度、ヴォルフに迫った。
狼はその牙を1度、鞘に納める。
抜刀の勢いを使って、最大最速を放った。
【居合い】!
2体を薙ぎ払う。
狙ったのは、死体ではない。
頭付近に棲み付いた蟲だ。
光沢感のある緑色の体液を吐き出しながら、絶命する。
すとんと、死体はまた地面に伏した。
顔を上げる。
スケングルの周りには、すでに第2弾が装填されつつあった。
無数の細かい蟲。
蜂のような鋭い針を持ち、羽音を響かせている。
その姿は、蠅よりも小さい。
「随分と可愛い護衛だな、スケングル」
「み、みみみみ見くびるな。こいつらの毒、凄い。ととととととっても、凄い」
どうやら、凄いらしい。
そこまでいうのだ。
1度刺されば、一気に致死するかもしれない。
それにしても数が多い。
1000や2000では聞かないかもしれない。
ヴォルフは剣を構える。
得意の【居合い】では防ぎきれないだろう。
あれをすべてを打ち落とすのは難しい。
なんとかスケングルに接敵して、毒が回る前に打倒するしかない。
「いいいいいいけ!!」
黒い蟲の塊が動く。
四方からヴォルフに襲いかかった。
【剣狼】も動く。
刃を光らせ、向かっていった。
――と、ここで両者に予想外のことが起こる。
「どどどどどどどどどどうした! 蟲たち!!」
激しく動揺したのは、スケングルだ。
何度も何度も、命令を出す。
しかし、蟲は動こうとしない。
敵から一定の距離を保ち、ただ針だけをこちらに向けていた。
一方、ヴォルフも固まっている。
今、起きてる事態をすぐには飲み込むことは出来なかった。
が、少し考えればわかることだ。
「レミニアの強化か……」
強化というよりは、家に置いてある食べ物か水かに何かを混ぜていたのだろう。
おそらくその何かがヴォルフの体臭を変化させ、害蟲を寄せ付けない身体にしたのだ。
振り返ってみれば、ハイ・ローのような衛生状態の悪い街で、小さな虫に悩まされることは1度もなかった。
レミニアの強化のおかげだと考えるなら、説明も付く。
軽く鼻を利かせた。
強化された臭覚ですら、異臭を捉えられない。
蟲にしか感じることが出来ないのだろう。
「全く……。相変わらず過保護だな、レミニアは」
その力と気持ちによって、ヴォルフは守られてきた。
王都からはかなり遠いところまで来ても、こうして娘の存在を感じることが出来る。
クロエにはマイアがいた。
そして、ヴォルフも決して1人ではない。
今も娘と一緒に戦っているのだ。
「(ありがとう、レミニア)」
ひっそりと娘に感謝の念を送る。
やがて【剣狼】は歩き出した。
それに合わせて蟲も動き出す。
「なななななななんだよ、一体! どどどどどどうなってんだよ!」
訳がわからないスケングルだけが動揺している。
ヴォルフは何も喋らない。
ただ狼が獲物を捕まえる前のように、大きく息を吐き出した。
「くっそおおおおおおおおお!!」
スケングルはさらに蟲を召喚する。
手に卵を抱えたような蟲が生まれた。
それにも大きな針が付いている。
今まで微動だにしなかった蟲使いは、ヴォルフに向かって走ってきた。
「いひっ!」
スケングルは笑った。
ヴォルフの腕に深々と針が刺さったからだ。
「こここここれ、すごい毒! お、お、お前、死んだ」
「ああ……。そうか」
ヴォルフは薙ぎ払う。
スケングルの胴が紙のように分断された。
地面に叩きつけられる。
尚も蟲使いは生きていた。
「いひっ。いひっ」と気味の悪い笑みを浮かべている。
「なななな仲間の仇を、とととととった」
というが、ヴォルフには何の変化もない。
これは予想通りだった。
「悪いな。俺には毒が効かないんだ」
「な、ななななぜ! なななななぜ、おおおおおれの蟲が効かない」
「愛だよ。娘の愛だ」
ヴォルフはスケングルの頭に刃を突き立てた。
脳幹を断たれた【灰食の熊殺し】の幹部は絶命する。
その遺体に蟲が殺到した。
召喚主は、異界のものと契約する際、その遺体を差し出すという。
そして、それは絶命した瞬間に果たされることになる。
あっという間に蟲に包囲されると、骨までしゃぶられ、スケングルという男はこの世から消滅した。
蟲除け強化は、今の季節にはほしいですね(^_^;)
すでに発売が始まっているところもあるようです。
手にしていただいた方がいれば、嬉しいな。
正式には明後日発売です。
『アラフォー冒険者、伝説になる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』
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