第98話 おっさん、かちこむ!
引き続き大雨にお気を付け下さいm(_ _)m
クロエとマイアが久しぶりに再会した次の日。
【妓王】の楼閣に団体客が現れた。
その先頭に立っていたのは、初老に届こうかという男だ。
撫で付けた銀髪をお天道様にさらし、現れたのは【灰食の熊殺し】のホセベル・ガントーだった。
早速、ハイ・ローの自警団といざこざが起きる。
楼閣から出てきた物騒な男たちと睨み合いが起きた。
一触即発の状況。
たちまち男たちを残して、楼閣の周囲から人が消える。
猫も鼠と一緒に逃げる始末だった。
「やめな」
諍いを収めたのは、遅れて出てきたマイアだった。
首から提げた羽衣を揺らし、ホセベルの前に出る。
煙管の灰を落とすと、首を振った。
「話なら中で聞く。入りな」
かくして楼閣でマイアとホセベルの会談が始まった。
場所は楼閣の応接室。
2人は革張りの椅子に座り、向かい合う。
互いの後ろには屈強な男たちが控えていた。
ドアの向こうでも、睨み合いが続いている。
ちょっとした音だけで、空気が破裂しそうな雰囲気だった。
その中で、会談は穏やかとはほど遠い言葉から始まる。
「クロエ・メーベルドを出してもらおうか」
マイアの細い眉毛がピクリと動く。
煙管に煙草を入れ、火を付け、くわえた。
ぷかりと、陽光が差し込む窓に向かって紫煙を吐き出す。
「何のことだい? あの娘はとうに足を洗った。あたしたちとはもう関係ないはずだ」
「ほう。そうか? なら、あの女に何をしてもいいということでいいかね?」
「聞いてなかったのかい? 足を洗った。一般人に戻ったのさ。あの子は、街を守る側から守られる側に戻っただけ。あいつに何かあれば、ただじゃおかないよ」
「うるせぇ! ガタガタ言うな。昨日、俺は見てたんだよ。あの女が俺を付けるとこをな!!」
威勢を張ったのは、ホセベルの後ろに控えていた男だった。
昨日、クロエが襲った構成員だ。
ホセベルはほくそ笑む。
会談に横やりを入れたことをたしなめもしなかった。
「狸芝居はやめないか、マイア」
「お互いにね、ホセベル」
マイアは紫煙を弄ぶ。
ホセベルは腰を曲げ、肘を膝に乗せると、さらにその上に顎を載せた。
「単刀直入にいおう。ヴォルフ・ミッドレスという名前でうちの構成員を殺していたのは、クロエ・メーベルドという女だ」
「証拠は?」
「この後ろにいる男が目撃者だ」
「あんたの身内じゃないか。それじゃあ、証拠にはならないねぇ」
手を広げて、戯ける。
すると、ホセベルが纏う空気が変わった。
「犯人当てクイズをしにきたんじゃないんだよ、マイア。もし、クロエ・メーベルドって女を出せば、この件は手打ちにするって譲歩してるのだ。……我が輩は優しいだろう?」
「断るっていってるだろ」
「この街を火の海にしたいのかね?」
「――――!」
「正当な理由なんてどうでもいい。むしろシンプルな方が好みだ、我輩は。簡単だよ、マイア。あんたらは【灰食の熊殺し】の逆鱗に触れた。この街を真っ平らにするには十分な理由だ。それを女1人の身体で許してやるっていってんだよ!」
ドスの利いた声が、応接室に響く。
失礼、と咳払いするが、もう遅い。
すでに部屋の空気はがらりと変わっていた。
ホセベルの迫力に自警団サイドはおろか、仲間の構成員ですら顔を青くしていた。
平然としていたのはマイアだけだ。
すべてを聞き終えてなお、煙をくゆらせている。
優雅に口角を上げた。
「なかなか男前な顔になったじゃないか。あんたとは長い間、交渉を続けていたけど、そんな顔を見るのは初めてだ」
「こっちもそれだけ真剣ってことだよ」
「それぐらい交渉の席でも真剣になってほしいものだね」
「返答は?」
「決まってる。――――断る!」
「そうか」
ホセベルは立ち上がる。
部屋を出ていこうとするのを止めたのは、マイアだった。
「その代わりと言っちゃなんだが、あたしでどうだい?」
【灰食の熊殺し】の幹部は、つと足を止める。
手を後ろ手にしながら、振り返った。
鼻頭に皺を寄せ、尋ねる。
「あんたが?」
「あたしは臆病者でね。首を差し出すなんていわないよ。けど、今日限り自警団の団長を降りる。【妓王】を廃業すんのさ」
「姐さん!」
「ダメですよ!」
「姐さんが自警団を抜けるなんて!」
反対したのは仲間だった。
次々とマイアを取り囲んだが、彼女の決意は固い。
灰を焼き物の灰皿にすとんと落とした。
やがて立ち上がり、長身をそびやかす。
「返答は、ホセベル」
「いいだろう……。お前が責任もって辞めるというなら、こっちも文句はない。速やかに頼むよ。あんたと同じ空気を吸うのは、金輪際ごめんだ」
ホセベルは仲間を連れ立って出ていった。
楼閣から脅威がいなくなる。
だが、自警団は上を下への大騒ぎになった。
事情を聞き、次々とマイアの下へ、団員たちが押し寄せた。
決まって続投を嘆願をする。
代表者を前に、ドスを利かせ、凄むものもいた。
だが、【妓王】は決して言葉を翻さない。
空になった煙管を懐にしまい、淡々と最後の指示を告げる。
自警団の№2に引き継ぎをすると、こう言い放った。
「あんたたちなら、大丈夫さ。きっとハイ・ローを良い街にしてくれる」
そしてマイアは10年以上住んでいた楼閣に別れを告げた。
外に出ても、構成員や支持してくれた街の人間が声をかけてくる。
そんな心温まる言葉のシャワーを浴びながら、マイアは気丈に振る舞い、そして下駄の音を響かせた。
気が付けば、町はずれにいた。
少し1人になりたかったのだ。
空を眺めると、ぽっかりと月が浮かび、凪の海に映り込んでいた。
海風が頬を撫で、潮の匂いが鼻腔を通り抜けていく。
目一杯、ハイ・ローのゴミ溜めと潮が混じった匂いを吸い込み、最後にぽつりといった。
「死ぬには、良い日かもね」
振り返る。
黒装束の男たちが立っていた。
手には武器を持っている。
素性なんて野暮なことは聞かない。
どうせ【灰食の熊殺し】なのだろう。
「わかっていたよ。ホセベルが、あたしをただではおかないことぐらいはね」
マイアは魔砲を取り出す。
迫ってくる黒装束の男に躊躇わず放った。
連射式の魔法に魔力を充填し続ける。
だが、6発式の魔砲には、リロードが必要だった。
すぐに装填する。
だが、男たちは目の前に迫っていた。
武器を振りかざすのが見える。
シャァァァンンン!
月下に赤い華が咲く。
飛び散った鮮血が海の方に流れていくのが見えた。
自分の血ではない。
男がばっさりと袈裟に斬られていた。
どお、と倒れる。血溜まりが野花を浸食した。
顔を上げる。
真っ白な着物を来た女が、マイアに背を向けていた。
細い手には――刀。
黒い髪が、海風に流れていた。
「6発中、致命傷は5発のみ。……腕が鈍ったんちゃいます?」
「お前こそ来るのが遅い。切り込み隊長が遅れてどうするのさ、クロエ」
マイアを背にして、黒装束に敢然と立ち向かったのは、クロエだった。
その彼女が、クスリと笑う。
「何をいうてますの。うちはもう切り込み隊長やないで」
「それをいうなら、あたしだって【妓王】じゃないさ」
「ふふっ……。あんた、馘になったんか。ブラックやからな、自警団は。うちもようさん働かされたわ。残業代なしで」
「斬るなといっても、聞かなかった癖に」
「ほんで。どうしますの? 一般人になったマイアはんは」
「決まってるさ。あたしに自警団なんてしがらみはない」
マイアは魔砲のグリップに力を込めた。
「思いっきり暴れさせてもらうさ」
ハイ・ローの町はずれで、銃火が響いた。
◆◇◆◇◆
丑三つ時のハイ・ローの通りに、2人の女がいた。
マイアとクロエだ。
同じような着物を着て、誰もいない通りを歩く。
美しい模様柄がついた着物には、赤い血の痕がべっとりとつき、互いの白い皮膚にもついていた。
マイアは指先で血を拭うと、ぺろりと舌で舐め取る。
「先に言っておくよ、クロエ。すまなかった」
「なんや気持ち悪い。明日は暴風雨か、槍でも振ってきそうやね」
「最初からこうすべきだった。あいつが【灰食の熊殺し】に殺されてからすぐにでも」
「…………」
「【妓王】だなんだと祭り上げられて、あたしは怖かったんだ。仲間が死ぬことが。その上、あんたまでいなくなったらって思うと……。だから――」
「別に謝る必要なんてありゃしません。あんたにはあんたの義理があった。うちにはうちの義理があった。……でも、あえてこういわせてもらうわ」
おかえり、マイア……。
「嬉しいんよ、うち。あんたとこうしてまた肩を並べて暴れるのが」
「全く……。1年経っても、その好戦的な性格は直らないんだな」
「つい先日まで静まってたよ。……けど、うちの心を滾らせるようなお人と出会ってしもうてな。刀を振るいたくて、うずうずしてんねん」
「ぷっ……。わかったわかった。今日ばかりは止めないさ。存分に振るってくれ」
2人は立ち止まる。
すでに、マイアとクロエの姿は地下にあった。
目の前には大きな鉄門。
ハイ・ローにある【灰食の熊殺し】のアジトだ。
「行くぞ」
「いつでも――」
お互いの獲物を抜いた瞬間、それは起こった。
鉄門が内側から弾かれるように開く。
同時に飛び出してきたのは、1人の男だった。
【灰食の熊殺し】の構成員らしき男は、背中を強打し、痛みのあまりそのまま意識を失った。
呆然としながら、2人は奥へと進む。
無数の盗賊たちが、地面に這い蹲っていた。
その中心にいる1人の男。
マイアとクロエに気付くと、振り返った。
刀身でとんとんと肩を叩き、事も無げに言い放つ。
「遅かったですね、お2人とも」
薬屋は少し口角を上げて、笑った。
マイアとクロエを主人公にした短編とか需要あるかな……。
(※ただし書くとはいっていない)
今日の挿絵は『あれれ~おかしいぞ~。こんなシーンあったかな~』です。
本編にはないシーンなので、是非書籍の方でお確かめ下さい(画像アップには少々時間がかかることがございます。あらかじめご了承下さい)。
『アラフォー冒険者、伝説になる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』
7月10日に発売です!