第96話 おっさんVS偽おっさん
サブタイトルから感じる円●臭w
【妓王】の話を聞いたヴォルフは、クロエの道場に戻った。
礼をいうだけに留めようとしたが、黒髪の美女は「今日も泊まっていきなはれ」と宿泊を勧める。
これ以上、世話になる訳にはいかなかったヴォルフは最初こそ断ったものの、結局言いくるめられて、厚意に甘えることにした。
今はあてがわれた一室で、刃を研いでいる。
その横には、相棒が丸くなってこっちを見ていた。
「人がいいのも大概にした方がいいにゃ」
異色の瞳を細める。
結局、ヴォルフはマイアの依頼を受けた。
自分を斬れ、という依頼を。
ヴォルフは【カムイ】の刀身を立て、状態を観察する。
「相手は俺じゃない。俺の名前を語る偽物だ。ご主人様が辻斬りの容疑をかけられてたら、お前だって気持ち悪いだろ」
「そりゃあそうだけどよ」
「それにワヒトに渡るには、マイアさんの依頼を受けるしかない」
「あっちはあの女、嫌いだな。何も【灰食の熊殺し】と手を組まなくてもいいだろう」
「組織を維持するためには、大きな力が必要だ。その手を組む相手が、ハイ・ローには【灰食の熊殺し】しかいなかったってだけの話だ。マイアさんも苦渋の決断だったんだろう」
「ふーむ」
【雷王】は唇を尖らせる。
まだ納得してないらしく、毛を硬くしていた。
九尾も垂れたままだ。
何度かなだめるも、一向に相棒は機嫌を直さない。
そこにクロエがやってきた。
深い藍染めの着物には、多弁の黄色花が咲いている。
「薬屋はん、うちの研ぎ道具の使い方はどうですか?」
「いいですね。ありがとうございます」
「ワヒトにある刀用の石ですさかい。よう斬れますよ」
「何から何まですいません」
「もうすぐ夕飯も出来ますから。ゆっくりしてってください」
「すいません。ちょっとこれから行かなければならないところがあって」
刀身をぐっと布で拭う。
白光が滑り、切っ先がギラリと輝いた。
ワヒトの砥石は当たりだ。
見違えるようだった。
クロエの顔が少し曇る。
「……もう少しで出来るんやけどねぇ」
「申し訳ない。帰ってきたら、馳走になります」
「残念……」
クロエの頭ががっくりと項垂れた。
ずきりと胸が痛んだ。
少しだけなら、と一瞬喉に出かかったが、我慢した。
マイアとの約束がある。
時間にうるさそうには見えなかったが、些細なことで難癖を付けられてはもっと困ることになった。
「すいません」
丁重に頭を下げると、ヴォルフはミケを連れ立って、屋敷を出ていった。
◇◇◇◇◇
結局、遅刻したのは【妓王】の方だった。
指定の場所でかなり待たされる。
気が付いた時には、夜の帳は降りて、月が昇っていた。
(こんなことなら食べてくればよかったな)
研いだばかりの【カムイ】から手を離し、ヴォルフは腹をさする。
マイアがカラカラと下駄を鳴らし、やってきたのはそれから少ししてからだ。
背後には、数人のお供を連れている。
どれも屈強な男たちだ。
彼女とハイ・ローを守ってきた自警団の人間なのだという。
その人間たちと、1軒の建物を張り込んだ。
「あそこは【灰食の熊殺し】がよくたむろしてる飯屋さ。もう少ししたら、連中が出てくるはずだよ」
「よく知ってますね」
「あたしを誰だと思ってるんだい」
ハイ・ローの【妓王】は真っ白な歯を見せて笑った。
作戦はこうだ。
【灰食の熊殺し】の構成員が出てきたら、その後を追う。
構成員を狙って、偽ヴォルフが出てきたら、そこを叩く。
生け捕りに出来るのが一番だが、止む終えない場合は殺してもいいという。
「【灰食の熊殺し】はヴォルフ・ミッドレスが、あたしたちが放った刺客だと思ってる。まあ、ヤツらを快く思わない連中は、この街にごまんといるから仕方がないけどね。だから、あたしたちでヴォルフ・ミッドレスを捕まえるんだ。いいね!」
マイアはヴォルフ、そしてお供の男たちに念を押す。
男たちは浮かない顔だ。
あまり乗り気ではないのだろう。
【灰食の熊殺し】に、自分たちに敵意がないことを見せるための――いわば忖度なのだ。
マイアの指示などではなく、これでは【灰食の熊殺し】にやらされているのも同義だと考えてるものもいるかもしれない。
「返事はどうした? これはハイ・ローの街を守ることなんだよ」
今のところ被害者は【灰食の熊殺し】の構成員だけだが、ハイ・ローの街に凄腕の辻斬りがいるのは、確かだ。
その凶刃がいつ民衆に及ぶかわからない。
ハイ・ローの治安を守るためにも、必要なことだとマイアは説いた。
男たちは頷く。
ようやく戦う顔になった。
「薬屋もいいね」
「ああ……」
ヴォルフも頷く。
しばらくして、構成員らしき男たちがずらずらと店から出てきた。
街の大通りを横柄に歩き始める。
まだ飲み足りないのか、手には酒瓶を持っているものもいた。
マイアとヴォルフは追いかける。
すると、1人また1人と裏路地に入っていき、姿を消していった。
これでは誰を追跡すればいいかわからない。
「落ち着きな。これも予想通りだ。なんのために頭数揃えたと思ってるんだい」
構成員の動きは、マイアも予測していた。
【灰食の熊殺し】のアジトは、ハイ・ローの地下にある。
そこに至る入口は隠匿されていて、マイアですら知り得ていない。
構成員たちの行動は、その入口を特定させないための行動なのだ。
「見つけたら、花火をあげな。薬屋は合図が見えたら、現場に急行だ。いくよ」
ここからマイアと別行動になる。
ヴォルフもまた1人の構成員の後を追いかけた。
かなり酔ってるらしい。
ふらふらと千鳥足だ。
達人でなくとも、今なら包丁を手にした子供でもやれそうだった。
『仲間が殺されてるってのに……。呑気なもんにゃ』
付いてきたミケがため息を吐く。
男はどんどん人気のない路地に入っていった。
相棒のいうとおり、全く警戒心がない。
アジトの位置を知らせないための分散行動については理解できるが、せめて人の目があるところを歩くべきだ。
すると、男の足が止まった。
酒で弛緩した顎を上へと向ける。
みるみるその目が開いていった。
一軒の屋根の上。
月を背に立っていたのは、白装束姿の人物だった。
その顔に、猫の面。
手には杖を持っている。
細身で、肌は異様なぐらい青白い。
体型からして女だろう。
明らかにヴォルフ・ミッドレスではない。
だが、聞いていた特徴とは一致する。
『偽物にゃ!』
「たぶんな!!」
ヴォルフは走る。
同時に白装束も屋根から飛び降りた。
2人とも酔った構成員に向かって駆ける。
そして抜いたのも同時だった。
月下に、剣戟の響きが奏でられる。
薄い夜光が尻餅をついた男の額に向かって反射した。
刀と剣がふれあい、ガチガチと気味の悪い虫の音のように響く。
「ひぃ! ひぃいいいいいいいい!!」
酔いが一気に醒める。
男は背中を向けて、戦場から脱出した。
白装束は一旦刀を引くが、ヴォルフに先回りされてしまう。
「ミケ! あの構成員を追ってくれ。仲間がいる可能性もある」
『チッ! わかったよ、ご主人様』
ミケとしては主人から離れたくなかったが、命令であるなら仕方ない。
相棒が酔った構成員を追いかけるのを見送る。
刹那、視線が猫に向いたのを、相手に捉えられた。
白装束は身体をしならせる。
ほぼゼロ距離からの片手突きを繰り出した。
ヴォルフの脇腹を狙う。
一瞬、反応に遅れたが、なんとかかわした。
側面に回り込む形になったが、ヴォルフは一旦距離を取る。
脇を押さえた。
べっとりと血がついている。
かわしたと思ったが、刃は届いていた。
幸い傷は浅い。
【時限回復】によってすぐに回復してしまう。
だが――。
「(強い……)」
初撃、そして今見せた片手突き。
どれも一級品の技術だ。
刀術だけなら、数段向こうが上だろう。
【カムイ】を打ち、ヴォルフに【居合い】を教えてくれたエミリーよりも強いかもしれない。
「手加減なんてしてる場合じゃないな」
メンフィスでもらった剣を鞘に納めた。
それを捨てる。
腰に提げているのは、【カムイ】1本だけだ。
【強化解放】……。
封印している強化を解放する。
纏う雰囲気を察したのだろう。
やや迷走気味だった白装束の気が、ようやくヴォルフに向いた。
どうやら、これまで相手にされていなかったらしい。
ようやくヴォルフの本気に気付いたのだ。
白装束も一旦仕込み杖に刀身を戻す。
すると、あろう事か膝をついて座った。
その構えには見覚えがある。
いや……。すでにヴォルフにはわかっていた。
いつも通り、腰を落とす。
頭をやや前傾させ、気の充実を図った。
一点に集中し、イメージで何度も相手を斬る。
腹は決まった。
ヴォルフは1歩を踏み出す。
そこに黄金はない。
暗い夜道があるだけだ。
しかし、踏み出さなければならない。
そうでなければ、何も変わらない。
この街も。
ここに住む人の心も。
そして己の強さも――。
【居合い】!
2つの白銀が夜の帳に混ざり合う。
夜気を切り、折れた刀身が地面に突き刺さった。
ヴォルフの刀は右に流れ、白装束は伸び上がるような姿勢のまま固まっている。
果たして刀身が折れたのは、白装束の方だった。
根本から折られ、斬るはずだった男の首筋に柄が止まっている
強さも、速さも、技術もへったくれもない。
強化によって得た膂力と速さ、そして己が課した鍛錬の成果で得た勝利だった。
ヴォルフは釈然としない様子で、納刀する。
すると、白装束がつけていた猫の面が割れた。
【|剣狼《ソード・ヴォルバリア】の牙は、相手の刀を折り、さらに仮面にまで届いていたのだ。
「やはりあなただったんですね」
現れた顔を見て、ヴォルフは少し悲しそうな目をする。
対して、お面の下から覗いたのは、薄い笑みだった。
「あーあ……。だから、うち言うたのに……。夕飯、食べていきなはれって」
真夏の生ぬるい風が、濃い黒髪を掬う。
月を背に、クロエ・メーベルドが浮かべた笑みは幻想的なほど美しかった。
本日の挿絵は題して「ミケ、怒りの咆吼」でございます。
一見、本編20話のシーンを彷彿させますが、実は20話ではないのです。
このシーンの秘密は、是非是非書籍の方でご確認ください。
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よろしくお願いします。