第95話 おっさん、暗殺指令
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レクセニル王国魔導研究所。
今日も、レミニアとハシリーは【愚者の石】を解明するため、その再現実験に追われていた。
せわしなく動き回るレミニアたちの横。
1人の男が研究室の壁に背中を預けていた。
海の色のような髪に、甘いマスク。
痩躯だが引き締まった筋肉をしており、背中には大剣を担いでいる。
つり上がった灰色の瞳を、2人の女研究員に向けていた。
彼の名前はディルドラ・ランゴー。
【灰食の熊殺し】の大幹部にして、【蒼剣の熊殺し】という異名を持つ男だ。
そんな男が何故、レミニアの研究室にいるのか。
話は数日前にさかのぼる。
『レミニア・ミッドレスだな?』
夜遅くまで実験をしていたレミニアの前に、ディルドラは現れた。
その時、ハシリーはすでに私室に戻っていた。
早朝からの実験に備えるためだ。
つまり研究室には、レミニア1人。
研究所の中は、ひっそりと静まり返り、その他に人の気配はない。
そんな時に現れた大剣を担いだ男。
しかも、研究所には王宮に張られている警戒用の結界と同じ物が使われている。
ただ者ではないことは、すぐにわかった。
『ヴォルフ・ミッドレスはどこにいる?』
どうやらパパが生きていることを知ったらしい。
時間の問題ではあったと思うが、意外と早かったことにレミニアは少し落胆した。
『あんた、誰?』
レミニアが尋ねた時に、ディルドラは一切自分のことを喋らなかった。
一方的にパパのことを訊いてくるのみだ。
実験で疲れていたレミニアは、めんどくさくなった。
【闇に堕ちる迷林の奏】!
闇属性の精神魔法。
そのレベルは8。
精神を乗っ取り、洗脳する魔法だ。
ディルドラのクラスは「A」。
大幹部の中でも武芸に1番秀でているという自信がある。
例え、魔導士が相手でも詠唱が完成する前に斬り伏せればいいと思っていたし、それなりに耐性も強化してきていた。
対処できる――。
自信を手に【大勇者】に挑んだが、ほぼノータイムの【詠唱破棄】に加え、第8階梯魔法を防ぐ手段が彼にはなかった。
つまり、あっさりと洗脳されてしまったのだ。
そこでディルドラは、自分の名前、所属、目的などを洗いざらい喋った。
『【灰食の熊殺し】って随分執念深いのね。まだパパを狙っていたの?』
彼らの目的は、ヴォルフがアジトを潰したことへの報復。
特にディルドラは、親しくしていた幹部を殺され、私怨に燃えていたようだ。
だが、その炎もSSクラスの【大勇者】に、あっさり消火されてしまったというわけである。
王の家臣であるレミニアには、報告義務がある。
だが、ハシリーとも相談し、このことを伏せておくことにした。
そして独断ではあるが、ディルドラを【灰食の熊殺し】に対する諜報員として使い、その動きを探らせていた。
【大勇者】が欲しがるのは、もっぱらパパの居所だ。
ディルドラは大幹部。アジトの場所を暴露させることも出来たが、あまり表だった動きはさせないようにしている。彼の裏切りがばれる可能性が高いからだ。
今日が、その第1回定例報告。
父の昔の知り合いということにして、研究室に招いていた。
「ふーん。パパはハイ・ローにいるのね」
「なるほど。ハイ・ローの海賊船なら、ワヒトに渡ることができますね。違法であることは間違いないですが」
「いいんじゃない。パパは亡霊なのよ」
「しかし、気になりますね。ハイ・ローに夜な夜な現れる刀を持った剣士ですか」
「絶対パパじゃないわ」
「わかってますよ。あの方は、辻斬りのような真似をするはずがないですからね」
もし彼が刀を振るうならば、間違いなく正々堂々と正面から斬り伏せるだろう。
王都にあった教会を強襲した時のように。
「組織は、2人の大幹部を差し向けたぜ」
再びディルドラは口を開く。
その声音に一部の淀みもない。
洗脳されているなんて、他人はもちろん、本人すら気付いていない様子だ。
それほど、レミニアの魔法は完璧に機能していた。
「【空掻の熊殺し】ルッド・マンセルズと【紫蠢の熊殺し】スケングル・エドゥード。どちらも荒事を専門にしているヤバいヤツらだ」
「あんたとどっちが強いの?」
「そりゃあ、俺様に決まってるだろ」
ディルドラはごく自然に胸を張った。
ここまで来ると、本当に洗脳されているのかどうか怪しくなってくる。
現にハシリーは警戒を緩めず、鋭い視線を放っていた。
「なら、問題ないわね」
「しかし、幹部の中でも『熊』の名前が付く大幹部は相当手強いと聞いています。あまり楽観しない方が……」
「大丈夫よ。パパは強いわ」
レミニアはにやりと笑みを浮かべる。
自信満々に大きな胸を反らした。
ディルドラは背を向ける。
「報告は以上だ。また来る」
「ねぇ、あなた……。わかってるわよね。もしパパがピンチになったら」
「わかってるよ。お前さんのパパは助けてやる」
俺の命に代えてでもな……。
◇◇◇◇◇
ヴォルフはミケとともに、【妓王】がいる楼閣へとやってきた。
寂れた街の雰囲気とは一線を画す煌びやかな建物。
朱色に塗られた門や壁。薄紙で出来たランプのようなものを釣るし、2階建ての楼閣を鮮やかに照らしている。
クロエの道場と同じく瓦が使われているのに、趣は皆無に等しい。
遊郭のような派手な建物だった。
しかし、格子の向こうに見えるのは、美しい遊女ではない。
楼閣を守る厳つい男たちが、外に睨みをきかせていた。
門の前に立っていた番兵に、クロエに書いてもらった紹介状を渡す。
しばらくして入ることが許された。
奥へと案内される。
外は猛暑。にも関わらず、中はひんやりとしていることに驚いた。
魔法の処理ではない。おそらく建物自体に、涼を取る仕組みが取られているのだろう。
大きな鋲が打たれた観音扉が開いた。
むせ返るような紫煙をくぐり、さらに奥へと進む。
すると象牙のような美しい足を組み、【妓王】マイアが座っていた。
ヴォルフの姿を見つけると、くわえていた煙草の葉を落とす。
肘掛けに肘をのせ、蠱惑的な笑みを浮かべた。
「やっぱり来たね、薬屋さん」
ヴォルフは一瞬顔を曇らせる。
確かマイアには名前も、薬屋という別名も名乗っていないはずだ。
紹介状にも書かれていなかった。
この街のことなら、なんでも知っている。
そういいたいのだろう。
「先日は失礼した、【妓王】マイア」
「いいさ。許す。あんたに悪気はなかっただろうからね」
「港に停泊している帆船が、あなたの所有物だと聞いた。だが、だからといって、予約を勝手にキャンセルされては困る。こっちは代金もきちっと払っていたはずだ」
「あんたは代金を返してほしいのかい? それともワヒトに渡りたいのかい?」
「――――!」
「あはははは……。悪いねぇ。意地悪な質問だったかい?」
「最高にな……」
ヴォルフは肩を竦めた。
【妓王】を前にしながらも、物怖じなどしない。
不遜な態度を取り続ける薬屋に、マイアは気分を害するどころか、むしろ興味津々といった様子だった。
玩具を前にした乳児のように顔を輝かせる美女を見ながら、ヴォルフは単刀直入に尋ねる。
「俺に一体何をお望みだ、【妓王】?」
「いきなり斬り込むじゃないか」
「先を急ぐ。手早く済ませたいだけだ」
「なるほど。じゃあ、聞くけど、この街の状況は聞いてるね」
話はクロエとクラーラから聞いた。
この街には、2つの勢力がある。
【妓王】が束ねるハイ・ローの自警団。
3年前、突如現れた【灰食の熊殺し】だ。
両者はこの街の覇権を巡って長く抗争を繰り返してきた。
しかし1年前、互いの幹部級の死をきっかけに、事実上の停戦合意がかわされた。
反対する人間も多かったが、代表であるマイアは強引に押し切ったらしい。
「そして1年もの長い間、あたしらは水面下でヤツらと交渉してきた」
ハイ・ローはレクセニル王国の地図にない街だ。
だがその影響力、役割は周辺都市並びに周辺国にまで及んでいる。
ゴミ溜めのような街ではあるが、経済も回っており、毎年莫大な額の金が入ってくる。
金が増えれば、コミュニティはデカくなる。
コミュニティが大きくなるということは、人が多くなるということだ。
当然、しがらみが増えることになる。
「所詮はあたしたちは自警団だからね。その力は知れてる。だが、【灰食の熊殺し】は違う。盗賊団といっても、その戦力は小国の軍団に匹敵する。そうしたしがらみから守るためには、ヤツらと手を結ばなければならない時もあるのさ」
「では、国に掛け合ってみればいいんじゃないか? 税金を納める代わりに、自治を認めさせれば……」
「忘れてないかい? 街にいるのは、犯罪者だ。その中には、どうしても犯罪に手を染めなければならなかった人間もいる。法律=正義じゃない。時に、正しいことを貫くためには、罪を被らなきゃいけないこともある」
ヴォルフは思わず喉を詰まらせた。
まさしく今の自分がそうだからだ……。
「わかった。それはいい。つまり、俺は何をすればいい」
「あたしたちの交渉はうまくいっていた。だが、そんな時に現れたのさ。交渉をぶち壊す人間がね」
「まさか……」
「そう。ヴォルフ・ミッドレス……」
あんたには、そいつを殺してもらいたいのさ。
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