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第94話 おっさんの師匠

終始、設定の説明だけで動きがないかもですが、

どうぞよろしくお願いします。

「その話に行く前に、メーベルド刀術についてお話ししましょか」


 300年前、魔獣がまだストラバールに現れる以前、ワヒトは長い内乱状態にあったらしい。その戦国の中で生まれたのが、メーベルド刀術の基本となったものだ。

 元々ワヒト王国にある1つの流派を、クロエの曾爺さんが持ち帰り、自分なりに研鑽を積んで興したものが、メーベルド刀術なのだという。


 後の先ではなく、さらにその先“先の先”を意識した刀術。

 せわしい乱戦の中で、最短最速を追究し、その究極系の1つが【無業】というらしい。


「ひとえに最短最速といっても、ただ単に腕の筋肉を付けて、とにかく速く振るというものではありまへん。メーベルドは常に斬ることについての追究をしてきた刀術なんです」


「斬ることの追究……」


「薬屋さんはお刀をお使いになるんですよね」


「ま、まあ……」


 素直に認めた。


 目の見えない彼女に下手な嘘は付けない。

 そもそも【居合い】はどちらかといえば、刀専用のスキルだ。

 専門家である彼女に、変な誤魔化しはきかないだろう。


「では、人でも魔獣でもいいんですけど、殺す――致命傷を与えるにはどうすればいいやろか?」


「それは接敵して、斬る――じゃないでしょうか?」


 クロエは「ふふ」と袖の下で笑った。

 ちょっと馬鹿にされているような気がした。


「もっと詳しく説明してくれますか?」


「え? えっと……。敵を視認し、接敵するため近づき、斬るための型を作り、刀を振るって感じですか?」


「うん。まあ、ええですやろ。間違ってはおらへんし。薬屋さんはそうやってきたんやから。否定はせぇへんよ」


「クロエさんならどう答えるんですか?」


「簡単よ。斬る(ヽヽ)――ただそれだけや。正確にいえば、刀を引く(ヽヽヽヽ)やけど」


 ぞっとした。

 ヴォルフはその時、クロエが何をいいたいのか理解出来たのだ。

 それはレミニアによってもたらされた学習能力強化の恩恵もあったが、例えそうでなくても、戦場に身を置く人間ならば、彼女の言っていることの異常性に気づいただろう。


 つまり、メーベルド刀術において、ヴォルフがいったことはすべて不純なのだ。


 敵を視認すること。

 敵に近づくこと。

 そのために身体を作ること。

 しならせ、刃を振ること。


 すべて不純(ヽヽ)……!


 クロエ――いや、メーベルド刀術においては、“斬る”だけで事足りるのだ。


「さっきあなたが1歩も俺に近づかなかったのも」


「近づいて斬るよりも、近づいてきてもらって斬る方がよっぽど効率がいいですやろ? 乱世の戦場において、走って斬るなんてやってたら、体力がもちませんへ」


 型を作ることも、刃を振ることもすべて体力を使う。

 いや、体力の問題ではない。

 “斬る”ことに特化し、最短最速を目指すメーベルド刀術において、不必要なことなのだろう。


 つまり、引き算の剣術なのだ。


「ご名算。頭がいいお人やわ。クラーラにいうても、髪の毛ほども理解してくれへんのに」


「気になったのですが、クロエさんは逆手で抜刀していました。それも速さの追求なんですか?」


「そやね。じゃあ、ヒント2と行きましょか」


 相手を倒すことの工程の簡略化の次は、いよいよ“斬る”ことの追究だ。


 ヴォルフはクロエにいわれ、いつものように【居合い】の姿勢を作る。

 腰を深く落とし、柄に手をかける。

 ふっと息を吸い、闘気を解き放った。


【居合い】!


 刀身が空気を裂く。

 凄まじい剣圧は道場に伝播し、格子戸を揺らした。


「うん。凄まじいね。これほど速い【居合い】を見たのは初めてや」


「お世辞はいいですよ」


 ヴォルフは刀を鞘に収める。

 その最速をもってしても、クロエの抜刀術より遅かったのだ。

 嫌味というほどではないが、誉められても喉の辺りがチクチクするだけだった。


「さっきうちは斬るということは、刀を引くことというたやろ。要は――」


 すると、再びクロエは先ほどの抜刀術を放つ。

 木刀の刀身は、またヴォルフの首筋にあてがわれていた。


「要は、刀身を相手に密着させて、引く状況を作り出せれば十分致命傷を与えることが出来るということですわ」


 背筋が凍る。

 再び簡単に間合いを取られた。

 こうして説明を受けている間も、ヴォルフは警戒を緩めていない。

 なのに、強化された視覚をもってしても、初動を捉えることが出来なかった。


 だが、これで2度目。

 クロエの動きを細部に至るまで脳裏に焼き付けていた。


 ヴォルフは実践してみる。

 クロエと同じ姿勢を複写した。

 持ち手も逆手だ。

 一気に伸び上がるように、木刀を抜いた。


 気がつけば、クロエの首筋を捉えていた。


 刀身を向けられた女性は、薄く微笑む。


「お見事……。さすがやね。まだ2回……いや、騎士さんが見せたもので3回目か。なのに、そこまで再現できるなんて。薬屋はん、ホントただモンやないわ」


「まだまだですよ」


 8割というところだろう。

 視覚強化と学習強化を合わせてトレースしたにもかかわらず、まだ遅い。

 クロエのレベルにはまだ到達していなかった。


 しかし、収穫はあった。


 つまり、【斬る】という動作の一元化だ。


 通常、刀を抜く、振る、斬る――という3動作をつなげるのでは無く、1度に行うことによって、時間と距離を縮める。

 それがメーベルド刀術の考え方なのだ。


「この逆手で持つのも……」


「そや。刀を抜く時、手首を返してたら、最速やなくなるやろ」


 手首を返しても、ほんの刹那遅れるだけだろう。

 だが、塵も積もれば山となる。

 小さな部分の時間を削ることによって、最短最速を稼ぎ、SSクラスの魔導士によって強化された剣士を凌駕したのだ。


 深い……。


 これまで剣術というものを頭で考えたことはなかった。

 クロエの話を聞き、自分がただただ刀を振ってきただけだ、という事実を思い知らされる。

 だが、ようやく剣術の奥深さを覗くことが出来た。


 そこで見たのは、永遠に広がる夜空だった。


「これが【無業(わざなし)】……?」


「違うよ、薬屋はん」


 クロエは首を振る。

 しっとりと笑った。


「【無業】とは読んで字のごとく、(わざ)無しという意味です。つまり、これはスキルでもなんでもないということです」


「あ……。じゃあ――」


 ヴォルフはショックを受ける。

 メーベルド刀術の凄さ。

 その潔さをもっとも感じた瞬間だった。


 スキルとは、魔獣を含むストラバールに棲息する生物すべてが持っている奇跡だ。


 覚えた技術を、発声あるいは意志によって、もっとも効果的な状態で再現する。

 それが、生物に等しく与えられた能力なのだ。


 だが、効率化と一元化を目指すメーベルド刀術において、スキルの発現という工程は、最速最短を妨げる不純物でしかない。


 つまり、【無業】とはスキル化をしないということなのだろう。


「それでは技にバラつきが生まれるのでは?」


 体力が減っていようと、精神的に不安定であろうと、スキルは100%の力を発揮してくれる。その恩恵はいうまでもなくデカい。


 だが、スキルを捨て去るというのは、あまりに無謀のような気がする。


「最初にもいうたやろ、薬屋はん。鍛錬が不足してるて。武芸者を心がけるものが、小手先の芸当で満足してたらあかんのや。あんたが鍛錬をかかさなかったように。振って振って、そして時々立ち止まって考えればええ。すると、自ずと人は強くなる。要は、己の限界を決めたらあかんということです」


 娘の強化から始まったヴォルフの冒険。

 【居合い】を取得し、自分にあった武器を手に入れた。

 感覚を鋭敏化し、相手の動きを先読みし、絶対の勝利をたぐり寄せる術も覚えた。

 強化によって、自分の成長を加速させ、その出し入れによって強さの幅を広げていった。


 自分なりに色々なことを試し、強くなったと思っていた。


 だが、違う。

 そのすべてはまだまだ無限に残されていた。

 いつの間にか、自分で自分の足を抑えていただけなのだ。


「ありがとうございます、クロエさん。いや、クロエ師匠」


「師匠やなんて、照れくさいわ。そもそも今の言葉も、爺様の受け売りやさかい」


「いえ。それでもクロエ師匠は、俺の師匠ですよ。あなたのおかげで、1つ光明を見いだすことができました」


「門下生もいない――滅びるだけが運命の道場主に大層なことで……。まあ、それでもそういっていただけるだけで、嬉しいですわ」


 口元にえくぼが浮かぶ。


 月光を浴びたクロエは、やはり綺麗だった。


『無業』習得によって、ますますヴォルフは強くなっていきます。

次回『幕間』です。


書籍が7月10日発売です。

2週間切りました。

各通信販売サイトなどでは、予約が始まっております。

よろしくお願いします!

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