表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/371

第10話 母竜、討伐す!

今回の話を網羅したコミックス2巻が発売されます!

是非ご予約お願いします。


挿絵(By みてみん)

 マザーバーンの嘶きが響く。

 首を振り、大きく羽ばたきを繰り返すと、巨体を持ち上げ始めた。

 鼻を潰され、羽根に穴が空こうとも、ドラゴンの士気は衰えない。

 むしろより殺意が高まったように思えた。


「皆さんは逃げて下さい」


「ヴォルフ様、その剣は?」


 覚醒したアンリが尋ねる。

 目立った外傷もなく、元気そうだった。

 アンリの無事を確認すると、ヴォルフは微笑む。


「……たぶん、気まぐれな神様からの贈り物です」


「神様?」


「それより俺はマザーバーンを引きつけます。その間に退避を。リーマットさん、ダラスさん、後ろを頼みます」


 託された2人は頷く。

 ヘイリル大公とその私兵とともに引き上げようとした時、別の獣の声が聞こえてきた。


 ワイバーンだ。


 どうやら騒動の音を聞いて、残りが起きてしまったらしい。

 幸いあらかじめ尻尾を切っていたおかげで、動きは鈍い。

 だが、声を上げて威嚇してくる。

 さらに口内を紅蓮に光らせ、炎を吐きだした。


風魔の盾(シルフィンガード)!」


 ダラスが魔法で盾を描く。

 迫り来る炎を防いだ。


「大丈夫ですか?」


 予想外の奇襲に、ヴォルフは振り返る。


「大丈夫だ!」


 といったのは、アンリだった。

 戦闘モードに入った姫騎士は、側にいた私兵の鞘から剣を抜く。


「行け! ヴォルフ様の背後を守るのだ!!」


 葵の蜻蛉(ブルー・ブライ)団長は、先陣を切る。

 そこにリーマット、ダラス、さらにヘイリルの私兵たちが続いた。

 剣戟が響き、戦闘が始まる。


「ヴォルフ様、こちらは私たちが引き受けます!」


 襲いかかってきたドラゴンの首をはねる。

 どす黒い鮮血を被りながら、瞳はたじろぐことはない。

 恋慕に焦がれる乙女の姿はなく、鬼気迫る戦乙女がいた。


「ヴォルフとやら!!」


 声に振り向いた。

 ヘイリルと目が合う。


「見事、あの母竜を倒してみせよ!」


 大公閣下から言葉を賜るなど恐れ多いことだ。

 おそらく平凡に暮らしたままでは、一生聞くことがなかったかもしれない。

 一瞬、身震いする。

 くすぶり――しかし、いまだ残っていたヴォルフの戦士としての血が騒ぐ。


「お任せ下さい」


 力強く頷く。

 より覚悟を決めた表情で、マザーバーンと向き直った。


 辺境の名もなきDクラス冒険者は、Aクラス冒険者すら手こずらせる敵を前にして、腹をくくった。


 再び母竜と対峙する。



 ◇◇◇◇◇



「レミニア、1つお尋ねしたいのですが」


「なーに? ハシリー」


 研究室の角にある応接用のソファーに、レミニアは寝そべっていた。

 口の中に菓子を放り込む。

 玉蜀黍(ヤー)の粒を潰し、油で揚げた簡素なものだが、本人はいたく気に入っているらしい。先ほどから菓子を砕く気持ち良い音が、研究室に響いていた。


 先ほど聖具召喚の大魔法を使ったものとは思えないほど、のんびりしている。


「ヴォルフ様にかけられた強化魔法というのは、どれぐらいのレベルのものなのですか?」


「ハシリー、パパの話に興味あるの?」


 レミニアの猫目が光った。

 1日でも2日でも、パパのことを喋っちゃうぞ――という輝きだ。


 ハシリーも今やれることは全部やってしまった。

 レミニアの話は退屈しのぎぐらいにはなるかもしれない。


 それに、レミニアの言うとおり興味はあった。

 本人の前では口が裂けてもいえないが……。


「たとえば、どれぐらいのクラスの魔獣なら倒せると思いますか?」


「そうね。Aクラス程度なら足元にも及ばないんじゃないかしら」


「Aクラスをですか? いくら強化したとはいえ、そう単純なことでは」


 Aクラスぐらいになると、相性や戦術を間違えるだけで、Sクラス冒険者とて苦戦する。【大勇者(レジェンド)】レミニアとて、油断すれば大怪我を負うケースもありうる。

 レミニアによって強化され、仮に聖具を手にしたところで、ヴォルフが勝てるかどうかは五分五分といったところだろう。

 それほど危険な存在なのだ、魔獣は。


「ヴォルフ様が怪我をすることだってあり得るかもしれませんよ」


 馬鹿馬鹿しい例えではあるが、彼が自分に施された強化に気付いたとしよう。

 突然、力を与えられた人間は、うちなる恐怖を解消しようと、自分の立ち位置を探ろうとする。そのために1番有効な手段は、己よりも上位の存在と戦うことだ。


 本人が望まなくても、第三者がヴォルフの力に気付き、試そうとするかもしれない。そんな状況(確率としては低いと思うが)になれば、ヴォルフが傷を負う可能性は十分にあり得る。


 そう――質問をぶつけてからハシリーは「しまった」と思った。

 不安になったレミニアが、再び帰郷を申し出るかもしれないからだ。


 しかし、思いの外レミニアはあっけらかんとしていた。

 疑問を一蹴する。


「問題ないわ。私のパパは強いもの」


 不敵に笑う。

 その微笑みは、どこか狂気じみていた。

 思わずハシリーは、息を飲む。


「ハシリー……」


「は、はい」


 不意打ちの呼びかけに、ハシリーはぴくりと肩を動かす。

 ソファーの上でゆっくりと身体を転がしながら、微笑みかけた。


「帰っていい?」


「ダメです」


 【大勇者(レジェンド)】の願いを、秘書官は一蹴した。



 ◇◇◇◇◇



「あああああああああッッッッッ!!!」


 ヴォルフは叫んでいた。

 膝をつき、左の二の腕を押さえ、蹲る。

 腕の先にあるはずの手がなくなっていた。

 鮮血が熟れ切った無花果のようにこぼれ出る。


 油断した……!


 ヴォルフは猛省したが、それは間違いだ。

 彼に足りなかったのは、単純に経験。

 竜と対峙するための作法、戦術に誤りがあっただけ。


 ただそれだけで、一瞬にして腕を母竜の熱線によって持っていかれた。


「ヴォルフ様!」


 悲鳴を上げたのは、ヴォルフの叫声を聞き、振り返ったアンリだった。

 駆け寄ろうとするも、ワイバーンたちに阻まれる。


「どけ!!」


「姫様、強引すぎます」


 アンリの背後を突こうとしたワイバーンの頭を、リーマットが貫いた。

 ヴォルフに駆け寄ろうとする姫騎士の手を取る。

 一瞬の迷いが、かろうじて均衡を保っていた戦況を、徐々に悪いものへと変えていった。

 アンリの視界が、無数のワイバーンにより埋め尽くされる。


 その状況をヴォルフもまた見ていた。

 助太刀しようにも、出血がひどい。

 止血をするにしても、そんな時間を目の前のマザーバーンが許してくれるとは思えなかった。


「だが――」


 ヴォルフは立ち上がる。

 絶望的な状況にあっても、Dクラス冒険者は何度も死に対抗してきた。


 アンリのため。

 リーマットやダラス、そして大公殿下を守るため。


 何より……。


 娘との約束のため……。


「まだ死ぬわけにはいかないのだ!!」


 痛みに耐え、歯を食いしばり、ヴォルフは吠えた。



 そしてあらかじめ(ヽヽヽヽヽ)予定されていた(ヽヽヽヽヽヽヽ)奇跡は起こる。



 急にヴォルフは光を帯び始める。

 大らかな緑色の光。

 隻腕となった冒険者を包み込む。


「きれい……」


 アンリが立ちすくむ。

 緑色の不思議な光を見た。

 同時に剣戟が止む。

 兵士たちはおろか、ワイバーンそしてマザーバーンですら、強烈な緑光に戦いていた。


 ヴォルフに変化が起こる。

 腕が再生を始めたのだ。

 手の早い画家が失った腕を描くように戻っていく。

 千切れた血管や神経、骨、皮膚に付いたわずかな古傷すら再現されていった。

 尋常ではない再生スピードだ。


 リーマットは思わず叫ぶ。


「あの人は不死身ですか!?」


「あれは時限回復(リルミット・ヒール)だ。それも……かなり高レベルの」


 一定時間、自動的に回復・再生する魔法。

 回復の範疇は、せいぜい切り傷を回復する程度のもののはず。

 人の腕を丸ごと回復するなど、ダラスも初めて見た。


 気が付けば、ヴォルフの腕はすっかり元通りになっていた。


 自分の身に何が起こったのか。

 ヴォルフ本人には理解出来なかった。

 ただ手を握り、再生した腕の感触を確かめる。

 当然、痛みなどない。


「全く……。うちの娘は心配性だな」


 微笑む。

 やれやれと小さく肩を竦めたが、心の中では娘に感謝した。


 再び剣を握る。

 刀身が鋭く光り、向かい合う竜を威嚇した。


「行くぞ!」


 地を蹴る。

 これも時限回復(リルミット・ヒール)のおかげなのか。

 身体が軽い。

 羽根が生えたようにヴォルフは疾走する。


 不可思議な緑の光に魅入られていたマザーバーンは、ようやく我を取り戻す。

 口を赤黒く光らせ、ヴォルフを迎え討った。

 熱線が飛び出る。

 ヴォルフはなお加速した。

 ギリギリでかわし、熱線に伴う衝撃波を推進力に変えて、接敵する。


 そのヴォルフの前に、マザーバーンが咆哮を上げる。

 ただの声ではない。

 人間の動きを一定時間止める効果があるスキルだ。

 竜種の中には、こうしてスキルを使う者がいる。


 先ほどのヴォルフはこのスキルが頭になかった。

 一瞬動きを止められ、体勢不十分なところを熱線でやられてしまったのだ。


「2度、同じ轍は踏まん!!」


 ヴォルフは3度目の加速を行う。

 Aクラス程度の魔獣のスキルなど、今の彼には効かなかった。


 懐に潜り込む。

 間合いに達した。


 斬撃を切り込む。

 硬い竜鱗をパンを割くように切り裂いた。

 体液が舞い、竜は仰け反る。


 攻撃は止まない。


 さらに前肢、後肢、翼、脇、次々と連撃を放っていく。

 竜は激しく嘶き、首を振った。

 身じろぎしながら、取り付いた人間をはたこうとするも、縦横無尽に動き回るヴォルフに対し、為す術はない。

 気がつけば、体皮が紅蓮に染まっていた。


 ヴォルフは竜の顔の横へと躍り出る。


 目が合った。

 牙を剥きだし、紫の瞳は憎々しげにヴォルフの姿を捉える。

 しかし、もう――竜に為す術はなかった。



「おおおおおおおおおおおおお!」



 裂帛の咆吼が鉱山に響く。


 力任せに振り抜いた。


 マザーバーンの巨頭が、胴から離れる。

 斬撃の勢いのまま鉱山の空へと舞い上がった。

 首を失った竜の巨躯は轟音を立てて倒れる。

 Dクラスの冒険者が、Aクラスの魔獣を討伐した瞬間だった。


 ヴォルフは竜の最後を看取る。

 息を切らし、自身が達成した偉業に驚いていた。

 同時に、剣が光となり消えて行く。


「ヴォルフ様!」


 アンリがヴォルフの首に抱きつく。

 無手となった冒険者は、ふらふらになりながらも、お姫様を受け止めた。


 顔は血や泥で汚れていたが、たいした怪我もないらしい。

 背後を見ると、ワイバーンは全滅していた。

 ダラスはほっと息を吐き、リーマットは軽く手を振っている。


「さすがは私の(ヽヽ)ヴォルフ様です」


「ちょ……! アンリ様」


 アンリは大胆にもヴォルフの頬にキスするのだった。


竜殺し篇は明日終了です。

ちょっと長い章でしたが、いかがだったでしょうか?


引き続き毎日投稿していきますので、よろしくお願いしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本4巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



8月25日!ブレイブ文庫様より第2巻発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス9巻 5月15日発売!
70万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



コミカライズ10巻5月9日発売です!
↓※タイトルをクリックすると、販売ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる10』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


最新小説! グラストNOVELS様より第1巻が4月25日発売!
↓※表紙をクリックすると、公式に飛びます↓
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』書籍1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


シリーズ大重版中! 第6巻が3月18日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本6巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』
コミックス最終巻10月25日発売
↓↓表紙をクリックすると、Amazonに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月14日!サーガフォレスト様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『劣等職の最強賢者』コミックス5巻 5月17日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーついにフィナーレ!詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large





今回も全編書き下ろしです。WEB版にはないユランとの出会いを追加
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』待望の第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


好評発売中!Webから大幅に改稿しました。
↓※タイトルをクリックすると、アース・スター ルナの公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large




アラフォー冒険者、伝説になる 書籍版も好評発売中!
シリーズ最クライマックス【伝説】vs【勇者】の詳細はこちらをクリック


DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ