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第93話 月光の立ち合い

ヴォルフ VS 美人

 クロエたちの厚意により、その日は屋敷に泊めてもらった。


 ワヒトの伝統的な服装だといって、例の着物を着させてもらう。

 なかなか良い。

 結構重いと思ったのだが、軽く動きやすい。

 通気性もよく、乾いた感じの素材でべたつくこともなかった。

 1つ難点を挙げるなら、一物の辺りがスースーすることだろう。


 縁台に座り、お手製のうちわで煽る。

 (レク)を臨むと、涼やかな潮風がさっと庭の緑を揺らした。

 これでゴミの臭いが空気に混じっていなかったら最高だ。


 ミケはすっかり寝入ってしまった。

 王都を出てから、こうして落ち着くことはなかった。

 疲れが溜まっていたのだろう。


 ヴォルフは屋敷の中にある建物をつと見つめる。


 離れというには大きい。

 おそらく元は道場だった場所だろう。


 気になったので、近付いてみる。

 引き戸に施錠はされていなかった。

 やや物騒ではあるが、たいしたものは置いていないのだろう。


 中に入ると、がらりとした空間が広がっている。

 木の床張りで、かなり硬い木材を選んで使っているのだろう。

 軽く跳躍すると、力強い反発が返ってくる。

 壁には騎士団にもあった木棒や木刀がかけられていた。

 正面には欄間があり、おそらく絵画か何かがかかっていたのだろう。

 今は取り外され、その痕跡だけが壁に染みついていた。


「いい道場だな」


 屋敷に入った時に感じた熱気あるいは剣気は、ここから漏れ出たものだ。

 鍛錬を積んでいた武芸者たちの息づかいが、今にも聞こえてくるような趣深い道場だった。


 木刀を持ち、振る。

 何気なく始めたが、いつの間にかいつもの鍛錬が始まっていた。

 額に大粒の汗が浮かぶ。折角、着付けてもらった着物もぐっしょりと濡れていた。


 少々やりすぎた、と自省する。

 やめて、道場を後にしようとした時、ようやく入口にいた影に気付いた。


 クロエだ。


 口元に微笑を浮かべ、顔をヴォルフの方に向けていた。

 パチパチと手を叩く。


「素直ないい振りですねぇ。相当鍛錬してますやろ?」


「はは……。護身程度には……」


「護身程度……ねぇ……」


「クロエさん、いつからそこに?」


「目は悪いけど、耳には自信ありますんや。道場から素振りの音がするから、幽霊でも出たのかとおもうて。そしたら薬屋はんが」


「すいません。勝手に……」


「ええよ。ええよ。もう使ってないさかい。道場も喜ぶやろ。ここの道場の好物は、武芸者の汗やからねぇ」


 ポタポタとヴォルフの顎から汗の滴が落ちている。

 1滴落ちるごとに影のように広がり、道場の床に飲み込まれていった。


「けど、なんや迷いのある太刀筋やったねぇ」


「え?」


「もしかして、最近誰かと仕合(しお)うて、負けたんちゃいますの?」


 ヴォルフは息を飲む。


 図星だった。

 いや、正確には負けたのではない。

 負けなければならない場面で負けただけだ。


 しかし、真に立ち合っていれば、やはり負けていたかもしれない。


 それほど、あれは希有な経験だった。


「話したくないなら、話さんでもええよ」


 クロエはいうが、すでにヴォルフは話す気でいた。


 今、胸に渦巻く小さな敗北感については、相棒にも吐露していない。

 むろん娘にもだ。


 けれど、クロエに話そうと思ったのは、彼女が美人だからという理由では決してない。


 ただ……。

 どことなく彼女は、自分と似ているような気がしたからだ。


「あなたの言うとおりです。俺は敗北しました」


 ヴォルフが話したのは、レクセニル王国王都を出る直前のことだ。

 自分が描いた猿芝居(ヽヽヽ)の折り、ある騎士と立ち合った。


 名前はグラーフ・ツェヘス。


 ヴォルフと年があまり変わらないにもかかわらず、レクセニルにおいて【猛将】と呼ばれる騎士だ。


 そのグラーフとヴォルフは、ほんの一合だけだが、立ち合った。


 負けなければならない状況。

 持っていたのも、近衛から抜いた普通の剣。

 強化にも制限をかけていた。


 心持ち、武器、身体とも、おそらく100%からほど遠い。


 それでも、勝ち気だけは忘れなかった。

 だから、その範囲でヴォルフは全力で振った。

 少なくとも、そのつもりだった。


 だが、あっさりと返された。


 負けなければならないシナリオだった。

 だが、果たして真に全力であったとしても、グラーフの槍を返せたかは怪しい。

 しかも、後の先であった【居合い】を、ああも軽く弾かれてしまったのは、かなりショックだった。


「あの時、抜いた(ヽヽヽ)のは俺が先だった。けれど、相手はさらに“先の先”をいっていました。正直にいうと、不可解な立ち合いでした」


 レクセニルそして相手がグラーフであることを伏せながら、ヴォルフはなんとか説明を終えた。


 すると、クロエはころころと笑い出した。

 口元を袖の下で隠し、細い肩を震わす姿は、また美しい。


「なるほどね。その騎士さんもなかなかいけず(ヽヽヽ)やね」


 クロエは壁際まで歩いていく。

 木刀を握ると、あろう事かヴォルフと向かい合った。


「本当なら、薬屋はんが気付くのが一番やと思うけど、一合程度ではわからんやろ。そのからくりは」


「クロエさんにはわかるんですか?」


「だいたいは……。とりあえず、うちと答え合わせといきましょか」


 片膝を付く。

 木刀を腰に差した。

 すぐにわかった。

 【居合い】の構えだ。


「どうしました? 棒立ちやったら、わかるもんもわからんよ」


 ヴォルフもまた【居合い】に構える。


 クロエに忠告されたからではない。

 ほっそりとした首元から色香を漂わせる女性から、歴戦の戦士もかくやという闘気が放たれたからだ。


 こうやって対峙してみて初めて気付いた。

 誰かに似ていると思ったが、エミリに似ているのだ。

 格好もそうだが、木刀を構えた佇まい。

 【カムイ】を作った【剣匠】と酷似していた。


 汗が垂れる。

 先ほどの鍛錬で浮かんだ汗ではない。

 明らかに冷や汗だった。


「(この人……。やはりただ者じゃない)」


「人の素性を探るより、集中した方がええよ」


「…………!」


「瞬きしてたら、ホントにその素っ首……。飛ばしてしまうかもしれへんえ」


 クロエは一言一句嘘をいっていない。

 すべて本当のことだ。

 彼女はヴォルフを殺しにかかっている。

 纏う闘気に、髪の毛ほどの虚気を感じなかった。


 随分と遅れ、ようやくヴォルフにも“気”が入る。

 ビリビリと震えた神経を収め、ただひたすら集中した。

 空気を飲み込み、瞼を持ち上げたまま、目の前の剣士を見つめた。


 クロエは動かない。


 打ち込んでこい――つまりはそういうことなのだろう。

 足の指で床をたぐり寄せ、じりじりと差を詰める。

 ゆっくりとクロエの間合いに踏み込む。


 ちょうど間合いとなる部分に、道場に差し込んだ月光が当たっていた。


 その月によって生まれた光の境界線に、ヴォルフの右膝が侵犯する。

 それでも彼女は動かない。

 目が見えなくても、とっくに気付いているだろう。


 瞬間、月光が消える。

 夜鳥か、それとも雲か。

 いずれにしても、道場が真っ暗になった。


 激しくヴォルフの感情が波立つ。


 【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】の牙が抜き放たれた。


「――――!!」


 何が起こったのか理解不能だ。

 気が付けば、クロエの木刀が首筋で止まっていた。

 対し、ヴォルフの木刀はようやく腰から抜いたばかりだ。


 先手を取ったのはヴォルフ。

 だが、クロエの木刀は、【剣狼】が抜く刹那、首筋にあてがわれていた。


 まさに魔法……。

 だが、現実だ。調べてみても、クロエにはなんの強化も施されていない。

 ヴォルフの方も強化解放されていないとはいえ、ほぼ同条件で負けたことになる。


「参りました」


 素直に認めた。

 これで2度目。

 【英雄】ルーハスに土をつけられて以来だ。


 しかし、不思議と敗北感はない。

 むしろ疑問の方が大きい。

 自分よりも小さく細い女性が、何故こんな剣技を持っているのか、と。


「久しぶりにいい立ち合いやったよ。でも、少し疑問の解消にはなったんやないですか?」


 ようやくクロエは木刀を引いた。

 身体が離れた時に気付いたが、逆手で持っている。

 その持ち手のまま腰の帯に差した。


 ヴォルフは大きく頷く。


「はい。確かにグラ――立ち合った騎士と同じ感じを受けました」


「その騎士さんはいけず(ヽヽヽ)や。初見の相手に見せびらかすもんでもあらへんのに。いや、もしかしたら薬屋さんの成長に、1つ光明を見せてあげたかったのかもしれまへんね」


 あり得ない――とは言い切れない。

 グラーフはああ見えて、人を気にかけるタイプだ。

 それはヴォルフが王都を出た時の行動からもわかる。


 グラーフの真意はともかく、今はあの謎の答えが気になった。


「実に簡単なことなんよ、薬屋はん」


「簡単なこと」


「ただ単に鍛錬が不足してはるだけなんよ」


「えっ――」


 それをいわれては返す言葉もない。

 確かにヴォルフが真面目に鍛錬を始めたのは、7年前からだ。

 その間も、ただ漠然と剣を振ってきた。

 本当に実のある鍛錬をしてきたのは、ごく最近になってからだ。


「素振りをしたり、筋肉を鍛えたり、実戦をくぐり抜けることが鍛錬やと思てはるやろ。でも、それだけでは不足なんよ。時として、剣は頭を使う。十分な理論や知識も必要になる。平たくいえば、頭を使えちゅうことやね」


「頭を使う? ……あのクロエさん。是非、俺に剣を教えてくれませんか」


 確かにクロエのいうとおりだ。

 ヴォルフには今まで明確な師と呼べる人間がいなかった。

 剣も我流で、どちらかといえば闇雲に振ってきたところがある。

 理論が抜けているというなら、まさしくその通りだろう。


「うちはとっくの昔に、人に剣を教えるのはやめてるんやけど」


「そこをなんとかお願いできませんか?」


「まあ、薬屋さんはいい人やし。クラーラを助けてもろた礼もある。うちで良ければお教えしましょう」


「ありがとうございます」


「ただしさわりだけや。ヒントは教えるけど、後は自分で考えおし」


「十分です」


「よろしおす。ならば、お教えしましょう。メーベルド刀術――」



 【無業】を――。


書籍発売も近いので、なるべく更新頻度を上げていこうと思います。

7月10日発売です。

どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

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