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第91話 流浪街の流儀

30,000pt目前!

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。

書籍発売まであと1ヶ月切りました。

7月10日に発売です。よろしくお願いします。

 潮の香りとゴミの臭いが入り交じった風が、吹き抜けていった。


 黒髪の少女は、歯を見せて笑っている。

 対し、男と猫は顎をガッと下げて驚愕していた。


「な、ななななななんですか。ヴォヴォヴォヴォ、ヴォルフがなんですって。知りませんよ、そそそそそそんな人……」


「にゃあにゃあにゃあにゃあああ。にゃにゃにゃにゃあにゃ(そうだぜ、嬢ちゃん。こんなマヌケ面、どこにでもいるだろ)?」


 1人と1匹はめっちゃくちゃ動揺していた。

 額から汗がボタボタと垂れている。

 飼い主、飼い猫とともに、根が正直らしい。

 思いっきり表情に出ていた。


「あれ? もしかして図星? 勢いで訊いたんだけど」


「ち、違いますよ。ヴォルフ・ミッドレスなんて名前知りません」


「ふーん。怪しいな」


「だ、誰なんですか、そのヴォルフ・ミッドレスって……」


「殺人犯だよ」


「――――!」


 ヴォルフは息を詰まらせる。


 確かにそういわれても仕方ない。

 大司祭であり、大罪人であるマノルフ・リュンクベリを斬ったのは、間違いない事実だ。他にも多くの悪党を手にかけている。


 しかし、少女の答えは違った。


「最近、この街に突然現れてさ。【灰食の熊殺し(グレム・グリズミィ)】の連中をバッタバッタと斬り殺してる」


「【灰食の熊殺し(グレム・グリズミィ)】!」


 主に人さらいを生業とする大盗賊団。

 ヴォルフとも因縁が深い。

 100人以上の盗賊を殺し、1つの支部を壊滅させたことは、まだまだ記憶に新しい。


 ヴォルフはミケと顔を合わせた。


 もちろんヴォルフは殺していない。

 あの100人斬りの後、一派にすら出会っていないのだ。

 ハイ・ローに来たのも今し方。

 何かおかしい。


「間違いないよ。目撃者がそういってる。ヴォルフ・ミッドレスって名乗ったって。元ネタは、王都で有名な剣士様らしいけど、王様に処刑されちゃったみたい。だから、最近じゃ【生き霊の剣士(ソード・リザリアン)】とかいって、怖がってるよ、みんな」


 【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】の次は、【生き霊の剣士(ソード・リザリアン)】か。

 不思議なもの、強きもの、恐ろしいもの。

 なんでも異名を付けたがるのが、世の習わしらしい。


 聞けば、ワヒト王国の刀まで使い、盗賊を一瞬で屠る実力者らしい。

 確かにヴォルフの特徴と一致している。

 それにしても、自分の名前を語る真意をわからなかった。


 何にしても、ヴォルフは殺していない。

 ハイ・ローには今し方到着したばかりなのだ。

 それはつまり――。


(俺の偽物がいるってことか……)


 スルスルとミケは、主人の背中を駆け上がる。

 肩にしがみつくと、こっそり耳打ちした。


『おいおい、ご主人様。あんまり厄介事に首突っ込むなよ。ワヒトへ行くんだろ』


「わかってるよ」


 幸い偽ヴォルフの狙いは、【灰食の熊殺し】だけのようだ。

 大盗賊を退治しているなら、問題ないだろう。


 すると、パチパチと拍手が鳴り響く。

 振り返ると女が立っていた。


 大きい……。


 といっても、胸の話ではない。

 いや、胸も十分大きい。もしかしたらレミニアよりも……。

 西瓜を2個並べたかのようにはち切れそうだった。


 感心したのは背丈だ。

 ヴォルフと同じか、少し低いぐらい。

 袖のゆったりした不思議な衣装を纏い、肩から胸にかけ、大きく開いていた。

 肩は撫で肩で細く、浮き出た鎖骨に妙な色香が漂っている。

 目元には泣き黒子が1つ。

 顎もキュッと締まり、美人であることは間違いないのだが、艶やかな衣装とは裏腹に、頭に乗っていたのは、つばの広い黒の帽子。そこには人の髑髏を描いた刺繍が縫いつけられていた。


 女は蠱惑的な紫の瞳を細める。

 男を魅了するように太股をチラチラと見せびらかしながら、近付いてきた。


「マイア!」


 ヴォルフが女の魅力に後込みする一方、少女は駆け寄っていく。


「クラーラ……。久しいね。元気してたかい?」


 柔らかな髪をくしゃくしゃになるまで撫でた。

 そこでヴォルフはようやく少女の名前を聞いていなかったことに気付く。

 どうやらクラーラというらしい。


 マイアと呼ばれた女性は、再びヴォルフを見つめた。

 くわえていた煙管を口元から離す。

 赤い紅がついた口元から、紫煙を吐き出した。


「あんた、なかなかやるじゃないか?」


「え? あ? いや……。その――」


「隠さなくていい。今、そこで見てた。いい腕だね」


「護身の程度ですよ」


「ふーん。……なあ、あんた」



 あたしのものになる気はないか……?



 目元を細め、笑みを浮かべる。

 つんとした煙草の臭いとともに、マイアの色香がヴォルフの鼻を直撃した。


 迷う。

 これは告白されているのだろうか、と。


 ヴォルフの顔が釜に入れた鉄のように赤くなる。


「あ。えっと――。俺にはその…………心の中に秘めている人がいてだな。そ、それに娘がいるんだ……。だから――ぁ――ええっと……」


 しどろもどろになりながら、言い訳を並べる。


 キョトンとしたのは、マイアの方だ。

 2、3度まばたきを繰り返した後、ぷはっと笑い出した。

 身体をくの字にし、腹を抱えて声を上げる。

 声も綺麗で、聞いているだけで心が澄み渡っていくようだった。


「何を勘違いしてるんだい。……あたしはね。うちで働かないかって誘ってんのさ」


「働く?」


「そ? 最近、何かと物騒でね」


「最近というより、昔からじゃないのか、この街?」


「言うね」


「気に障ったならすまん」


「確かに間違っちゃいない。最近、よそ者が幅を利かすようになってきてね。そのための戦力アップってことさ」


「【灰食の熊殺し】か?」


「ご明察……」


「じゃあ、あなたは?」


「ああ。そういえば、自己紹介がまだだったね。あたしの名前はマイア・レイフォン。この街の――まあ、代表みたいなことをしている」


「マイアはね。【妓王(ぎおう)】っていわれてて、この街みんなに慕われているんだよ」


「こら、クラーラ。変な名前でいうんじゃないよ」


 こてん、と煙管でマイアの頭を叩く。

 色白の肌がほんのりと赤くなっていた。


 クラーラの反応からしてかなり慕われているのだろう。

 ならず者の街をまとめる代表だ。

 それなりのカリスマ性が必要になる。

 雰囲気から察するに、マイアからはその素養が見て取れた。


「あんたの名前は?」


 思わずぎくりと肩を動かした。

 再びしどろもどろになっていると、またマイアは笑う。


「この街に来たってことは、ろくでもないヤツに決まってるけどね。いいさ、名前は。で――あたしの誘いは受けてくれるのかい?」


「残念ながら、先を急ぐので」


「ほう……。どこへ行く気だい?」


「ワヒト王国だ」


「海を渡るのか。なるほどね……」


 煙管に入った葉を落とす。

 フッと灰を飛ばすと、くるりと回して袖の下へと直した。


「ふられたね。……じゃあ、また会おう」


「また? ……え、ええ。またどこかで」


 あっさりとマイアは振り返った。

 からりと木で出来た靴のようなものを鳴らし、去っていく。


 その後ろ姿を見ながら、クラーラは「あーあ」と嘆いた。


「おじさん、大変だよ」


「何がだ?」


 マイアは指をさす。

 その先にあったのは、ハイ・ローの港町に停泊する大きな帆船だった。

 この町にはあの船しかないらしい。

 そして、ハイ・ローに泊まる船も、あの帆船だけだった。


「あの船――【幽霊船(ゴースト・シップ)】って名前なんだ」


「おっかない名前だな」


「そのおっかない船名をつけたのが、マイアなのさ」


「え? じゃあ――」


「そう。あの船の艦長兼オーナーはマイアなんだよ」


 ヴォルフは嫌な予感がした。


 その日は、結局安い宿に泊まり、一夜を過ごした。

 夜が明け、港が開くと、昨日の船員に確認する。


「予約が取れていない?」


「ああ……。あんたの名前はどこにもないぜ」


「ちょっと待ってくれ! 俺は確かに予約したぞ」


「ないったらないんだよ」


「俺の顔を見ろ。覚えてるだろ、あんた? 眼帯に布巻き帽子の顔なんてなかなか……」


「知らねぇもんは知らねぇ。仕事の邪魔だ。……次の船を待つんだな」


 一蹴される。

 そしてついに【幽霊船】は出航した。

 朝日の方に向かって波を切る帆船を見ながら、ヴォルフは立ち尽くす。


「ほーら。やっぱり……」


 振り返ると、昨日の少女――クラーラが立っていた。


「【妓王】は欲しいものは、どんな手を使ってでも手にしようとするんだ。おじさん、今のままじゃ一生船に乗れないよ」


「そんな……」


「ねぇ、おじさん。うちに来ない?」


「クラーラの家に?」


「【妓王】に掛け合ってくれる人を紹介してあげる」


「それは誰なんだ?」


「うちのお姉ちゃん」


 ヴォルフとミケは顔を合わせる。


「あたいの名前はクラーラ・メーベルドっていうんだ。よろしくね、おじさん」


「俺はまあ、薬屋って呼んでくれ。……でも、いいのか? 俺も変なおじさんかも知れないぜ」


「おじさんなら大丈夫さ。それに、それ――」


 指差したのは、ヴォルフが首から下げていたラムニラ教の象徴だった。


「ラムニラ教徒は馬鹿が付くぐらい正直者だからね」


「馬鹿……」


 ヴォルフは苦笑する。


 少し迷ったが、他に頼るところも、行く当てもない。

 今は目の前の小さな背中を頼るより他なかった。


『早速、ラムニラ様のご加護があったじゃないか』


「ラムニラ様じゃないさ。俺たちには人魚族の女神様がついているんだよ」


『ちげぇねぇ』


 ミケはしししっと笑った。


 バラックから見る空を眺める。

 同じ空の下で旅を続ける宣教騎士たちに、静かに感謝の意を伝えた。


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