第88話 騎士たちは旅立つ
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【剣狼】は、氷の彫像となったリックの前に立つ。
大きく呼吸をし、集中すると、腰を切った。
【居合い】!
氷を切り裂く。
大きく傷を入れられた氷塊は、自重によって瓦解した。
中にいたリックは無傷だ。
今のヴォルフの剣技にかかれば、髪の毛ほどの薄さにまで切り裂く事が出来る。
ふらりと倒れた騎士を受け止めたのはアローラだった。
身体は冷たい。しかし、鼓動が聞こえる。
「生きてる……」
アローラの目に涙が滲む。
その小さな肩に手をかけ、ヴォルフはいった。
「帰ろう……」
◇◇◇◇◇
リックと共にローシャンへ戻った一行は、事の顛末をギルドに報告した。
アローラの配慮により、ヴォルフとミケの名前は省かれた。
リックとアローラ2人の宣教騎士によって起こった奇跡。
炎獣の被害も収まり、街を上げてのお祝いムードに包まれた。
リックはしばらく眠ったままだった。
街にいた【治療師】の見立てでは問題ないらしい。
氷結魔法などに巻き込まれ、生還すると、身体が冬眠してしまい、長く眠ってしまうのだという。
徐々に気温に慣らされ、内臓まで温かくなれば、自ずと目を覚ますというのが、【治療師】の見解だった。
「ヴォルフ様。どうかレクセニル王国であったこと。……お話しいただけないでしょうか?」
アローラがそういったのは、リックが眠って2日目のことだった。
ヴォルフは渋った。
あまり良い話ではない。特に信者にはだ。
でも、アローラは望んだ。
真実を知った上で、自分の意志で判断を見定めたい、と。
その覚悟に感じ入り、ヴォルフはすべてを話した。
マノルフがベードキアと似たようなことをしていたこと。
そして、その力に溺れ、自滅した顛末を。
さすがにアローラはショックを受けていた。
「悪いのはラーナール教団だ。マノルフも被害者の1人でしかない」
「いえ……。教義を妄信するあまりマノルフ様は、道を誤りました。これは彼の不正を正せなかった私たち信者の責任です」
アローラはそっとリックが眠る布団へと手を伸ばした。
まだ人肌には遠い手を握る。
その彼女の手は震えていた。
「怖いのです。私も教義を妄信するあまり、周りが見えていなかった。結果、リックを傷つけることになってしまいました」
「アローラなら大丈夫さ。それにリックがいる。彼なら、君が間違った時にも正してくれるだろう」
「はい……」
目を細めた。
その慈しみある表情は、まさに聖女のようだ。
アローラから迷いが消えていた。
翌日、リックは目を覚ました。
◇◇◇◇◇
別れの時がやってくる。
ヴォルフたちは東へ。
アローラたちは北だ。
ローシャンからほど近い街道の分岐で、ヴォルフたちは別れることになった。
「ヴォルフ殿、申し訳ない!!」
突然、謝ったのはリックだった。
頭をこすりつけ、何度も謝罪の言葉を口にしている。
最初、出会った時のつっけんどんな言い方はなりを潜め、言葉の端々に敬意が見て取れた。
「実は、俺――じゃない――わたくしは、ヴォルフ殿の大ファンなのです!」
カミングアウトされたのは、昨日のことだ。
アローラから話を聞いた直後だった。
若いリックにとって、王を守り国を守ったヴォルフは英雄だ。
常々会いたいと思っていたが、こんな形で出会うとは思わなかったらしい。
まさかラムニラ教の騎士に自分のファンがいるとは予想外だ。
聞けば、存外少なくはないらしい。
ただラムニラ教に刃を向け、自刃したという噂は、少なからず宣教騎士たちを落胆させた。
「いいのか、リック。俺を捕まえなくて……。俺はお前たちにとって大悪党なんだぜ」
「意地悪はよしてください。あなたはレクセニル王国だけでなく、アローラ様やわたくしを救ってくれました。この恩……。生涯かけてお返しするつもりです」
「大げさだな」
最初会った時と比べても、大違いだ。
お堅い騎士かと思いきや、意外とミーハーだったらしい。
すると、アローラは進み出る。
ラムニラ教の象徴を外すと、ヴォルフの首にかけた。
「えっと……。これは?」
「お贈りします。ヴォルフ様にとってラムニラ教は敵かもしれませんが、少なくともそれを掲げている限りは、ラムニラの信徒だと思われるでしょう」
『なるほど……。お尋ね者がラムニラ教の象徴をかかげている訳がないってことかにゃ。意外と策士だな、姉ちゃん』
側でミケが「にしし」と笑った。
相棒を一瞥した後、ヴォルフは頭を下げる。
「では、ありがたく」
「あとそれと……。ヴォルフ様。少し屈んでいただけませんか?」
指示に従う。
すると、アローラはヴォルフの耳たぶを軽く食んだ。
予想外の行動に、思わず「ひゃっ」と悲鳴を上げた。
「あ、アローラ?」
「旅の無事を祈る人魚族の慣習です。ヴォルフ様に、ラムニラの祝福はご迷惑でしょうから」
「(そ、それは良いのだが……)」
ヴォルフは苦笑する。
アローラの後ろで、リックが肩を落としていた。
恋する騎士の恋愛街道は、まだまだ前途多難らしい。
一応心の中でエールを送る。
一方、アローラは真剣な顔で、引き続きヴォルフに話しかけた。
「最後にお願いがあります。ここで見聞きしたことをラムニラ教本院にお伝えしたいのです。私がヴォルフ様から聞いたお話も含めて」
「俺を擁護しようとしてくれるのは嬉しいが、あらぬ誤解を生んで、アローラの立場を悪くしてしまうんじゃないか?」
「私はヴォルフ様を擁護するつもりはありません。ただ真実をお伝えする。そうしろと、私の中にある善行が叫ぶのです」
「本気なんだな」
「はい」
「わかった。アローラを信じるよ。俺に出来る事があったらいってくれ。ワヒトに渡って、【カムイ】を直したら、1度故郷に戻るつもりだ」
「それまでしばしのお別れですね」
「ああ……。また再会できるのを楽しみにしてるよ」
「お元気で」
「アローラも。リックと仲良くな」
ヴォルフは片目をつぶる。
リックに振り返ると、人魚族の少女は少し顔を赤くした。
反応としては上々だ。
存外、ゴールは近いかもしれない。
こうしてヴォルフはアローラと別れた。
清々しい青い空が、東から北にかけて広がっていた。
◇◇◇◇◇
「よろしいのですか、アローラ様。あのような約束をされて」
ヴォルフと別れ、しばらくしてリックはいった。
本院に報告する。
それ自体は難しいわけじゃない。
だが、本院の誰に話すかで、アローラやリックの立場は変わってくる。
ヴォルフの話はおそらく本当だ。
そもそもマノルフの死、そしてレクセニル支部の壊滅には大きな疑問が残っていた。その1つが、支部にて目撃していたはずの信徒が、根こそぎいなくなっていることだ。
故に、上層部の何者かが意図的に情報を操作し、すべての罪をヴォルフ・ミッドレスに擦り付けた可能性がある。
となれば、告解課や密談室のような下位の組織に話しても、握りつぶされるだけだろう。
リックもわかっていた。
だから、上司を慮ったのだ。
もし、これが公になれば、ラムニラ教自体の信用にも関わる。
間違いなく、信徒の怒りを買い、本院は糾弾されるだろう。
宗教自体の解体すらあり得る。
そうなれば、一番悲しむのはその素晴らしさを教えてきたアローラなのだ。
しかし、少女は前を向く。
歩く速度に些かの衰えもなかった。
「リック……。私は今回の件で学んだことがあります」
「学んだこと……?」
「善行は教義の中にあるわけではありません。私たちの心の中にあるのです。私は……私の善行に従います」
「しかし下手をすれば、破門……。いや、スキャンダルの大きさから考えても、アローラ様のお命が狙われるかもしれません」
「それは……心配していません」
アローラはゆっくりと振り返る。
リックに向かって手の甲を差し出した。
「私には優秀な騎士がいますから」
「アローラ様……」
「私を守ってくれますか、リック?」
青年騎士は膝を突く。
そっとアローラの手の甲に口づけをし、誓った。
「私もまた私の中にある善行を貫きます」
「ありがとう、リック」
微笑む。
その手を取ると、2人は歩き出す。
お互い手を力強く握りあった。
これにて『宣教の騎士篇』は終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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さて、明日からは早速新章『偽狼、徘徊する街篇』がスタートです。
どんなお話かは、タイトルから推察してみてください。
遅くなりましたが、スペシャルサンクスキャンペーンにご応募いただいた方ありがとうございます。
発売まで1ヶ月を切りました。
書籍の方もどうぞよろしくお願いします。
新作もよしなに。
ではでは~。