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第87話 父は東、娘は西に

 闇の森が消滅する。

 ヴォルフの目に映ったのは、炎とマグマに覆われたフロア。

 ベードギアが負傷したことによって、魔力の維持が出来ず、魔法が解けたのだ。


「痛いぃ! 痛い痛い痛い痛いイタイいたいイタイイタイイタイいたい!!」


 そのベードギアはフロアのほぼ中央で呻いていた。

 仰向けになって「痛い痛い」と連呼し、大きく開いた傷口を掻きむしっている。

 血はどくどくと溢れ、あっという間に血溜まりが広がっていった。


 勝利は確定した。


 いくら【闇森の魔女】といわれるAクラス魔導士とて、あそこまで深手を負わされれば、回復の手段はない。


 しかし、聞こえてきたのは老婆のように怪しい笑い声だった。

 ぐるりと首を動かし、ベードキアはゆっくりと起き上がる。


「ひぃ――――ひひひ……。勝ったと思うかい、【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】。甘い……。甘いよ。あたしの切り札はこれだけじゃない。この洞窟にはあたしが作った合成魔獣が――」


『それは他のフロアにいた化け物たちのことかにゃ』


 現れたのは大きな猫だった。

 九尾の尻尾を振りながら、フロアに入ってくる。


「薬屋さんの猫さん?」


『どうやら、間に合ったようだな』


 ヴォルフの幻獣ミケは目を細める。

 だが、言葉は通じず、アローラは首を傾げるだけだった。


 やがてミケは主人の隣に立つ。


『あんたの切り札は、あっちが全部倒したにゃ。ちぃと手こずったが、あっちの敵じゃねぇ。今度合成する時は、あっちよりも強い幻獣と合成でもするんだな』


 よく見るとミケの白い毛の所々が、血に濡れていた。

 軽く雷を発生させ、血を蒸発させる。

 元の白いモフモフの毛に戻った。


「【雷王(エレギル)】のミケ……」


 ベードキアはミケの言葉はわからなかったが、幻獣の姿を見てすべてを察した。

 洞窟にあったベードキアの工房と魔獣たちは、すべて破壊されたことを。


 終わりだ。

 炎獣を生み出し、注目を集め、討伐をしにきた優秀な冒険者や王国の兵士を生きたまま捉える。

 ベードキアの研究は終焉を迎えた。


 がっくりと魔女は項垂れた。

 幾多の冒険者を絶望で彩ってきた魔女の目に、生気が失われていく。


 鞘に【カムイ】を納めた。

 今回も愛刀は活躍してくれた。

 心の中で労いながら、魔女に近付いていく。


 懐から娘特製の【ソーマ】を取りだし、もう一方には黒い石――【愚者の石(アンチ・エクサリー)】を摘み上げる。

 ベードキアの工房にあったものだ。


「ベードキア……。あんたに訊きたいことがある。もし答えてくれれば、この回復薬をやる。うちの娘が作った特別製の回復薬だ。一瞬で傷を癒すことができる」


「傷が……いえる?」


 ベードキアの顔色が変わる。

 まだ生に未練があるらしい。

 だが、【剣狼】に向けた彼女の顔は、20歳以上老けて見えた。

 やがてヴォルフが持つ【ソーマ】もどきに、枯れ木のように細くなった手を伸ばす。


「この石をどこで手に入れた。お前はラーナール教団と繋がっていたな。こいつを作った人物を知っているはずだ」


「それは……」


「答えろ、ベードキア。さもないと死ぬぞ」


「ガ――――」


 突然、ベードキアが炎に包まれた。

 赤くない、紫色の炎だ。

 ベードキアは悲鳴を上げた。

 喉の辺りを掻きむしりながらも、額を地面に打ち付けた。


 呪い……。

 それもかなり濃密な呪法スキル。

 おそらく、ベードキアにあらかじめセットされていたのだろう。


 魔女はかっと目を見開き、暗い天井に向かって手を伸ばす。

 浅黄色の瞳から涙を流しながら、叫んだ。


「ガダルフさまぁぁぁぁぁぁああああああ!!」


 炎の中に消えていく。

 魔女の姿は跡形もなく消え去った。

 残っていたのは、首からかけていたショールだけだ。


 ガダルフ……。

 どうやら、それが首魁の名前らしい。

 ヴォルフはそっと胸に刻んだ。


 振り返ると、アローラがいた。

 宣教の騎士は浮かない顔をしている。

 自分を罠にはめ、仲間を氷漬けにし、多くの人の命を玩具にした魔女。

 それでも、人魚族の娘の優しい気持ちには無力らしい。

 ベードキアの死に、悲しんでいるように見えた。


 ヴォルフはふっと息を吐く。

 空気を変えるように言葉をかけた。


「アローラ、ありがとう」


「いえ。感謝されるようなことは何も……。私は無力でした」


「そんなことはないさ。聖歌で俺を救ってくれただろう」


「……? 待って下さい。私は何も……」


 喉の辺りをさする。

 彼女の繊細な喉はフロアに来る前から乾涸らび、言葉を出すことすら難しい状況なのだと、説明する。


 ヴォルフは首を傾げた。


「じゃあ……。俺が聞いた歌は一体……」


『多分、これじゃないかにゃ?』


 ミケが見せたのは、王都から転送された時から着けていた首輪だ。

 そこには赤い魔鉱石がはまっていて、炎が落ちた暗闇の中でも鈍く光っている。


『あっちが転送される時に、嬢ちゃんが着けてくれた首輪だ。さっきここから声が聞こえてきたにゃ』


「じゃ、じゃあ……。まさかあの声は――」


 ヴォルフは顔を上げる。

 深い地中の下にいても、【剣狼】の感覚はしっかりと西の方向を捉えていた。



 ◆◇◆◇◆



「――――る永遠の物語……」


 わずかな余韻を残し、聖歌は終わった。


 聞いていたのは、側にいた秘書官と、窓の外の木に止まっていた野鳥のみ。

 つがいの鳥は互いに寄り添うように少女の歌声を聞いた後、まるでその声を辿るように東に向かって飛んでいった。


 研究室に拍手が鳴り響く。


 レミニアの赤い髪が揺れた。


「すばらしい……。まさか聖歌まで歌えるとは」


 それも超一流――。

 たとえ彼女が【聖歌手】だったとしても、Sクラスの実力を持っているだろう。

 対象でないはずのハシリーすら、その声を聞いて、勇気づけられ、幾分自分の身体が軽くなったような気がした。

 おそらく王宮のあちこちで、似たような感覚を持った人間がいるはずだ。


 すると、研究室に鳴り響いていたアラームが消えた。


 どうやらヴォルフが危機を脱したらしい。


 ひとまずホッと胸を撫で下ろす。

 手に握った魔鉱石を見つめた。

 自ら謂伝石(ソーシャ)と名付けた石は、声を遠くに飛ばすことが出来る魔導の石だ。


 即席で作ったもので、実験品。

 おかげで、すぐに壊れてしまった。

 どうしてもヴォルフとお喋りしたい時に、ミケに持たせたものだが、まさかこんな時に役に立つとは思わなかった。


「ううん。これがあったこそ、パパを助けることが出来たのね」


「レミニア、ヴォルフさんに会いたいですか?」


「当たり前でしょ! ……でも、わたしはわたし。パパにはパパがやるべきことがある。だから、今は我慢するの」


 健気な少女にハシリーは手を伸ばす。

 自分に引き寄せると、赤い髪を撫でた。


「頑張りましょう! ヴォルフさんのためにも」


「うん。パパのためにも、わたし頑張るわ」


 ハシリーの胸に顔を埋めるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 またレミニアに助けられてしまった。


 ヴォルフは頭を掻く。

 随分、強くなったつもりだが、まだまだらしい。

 娘を越える伝説(SSS)の道は遠いということだ。


「もっと強くならないとな」


「ヴォルフさんは十分強いと思います」


「ありがとう、アローラ」


「本当のことをいっているのです。確かに娘さんの歌によって助けられたところはあるかもしれません。それでも立ち上がったのは、ヴォルフさんの気持ちの強さだと思います」


「少し照れるなあ。それもラムニラ教の教義の中にあるのかい?」


「いえ。これは私の言葉……」


「アローラもちゃんと強いじゃないか。なかなか言える言葉じゃない。神さまがいうよりも、今の言葉は余程心に響いた」


 アローラの細い肩を叩く。


 自分の言葉と聞いて、宣教の騎士は顔を上げた。

 そうだ。アローラにもアローラとしての言葉がある。

 ヴォルフの強さは、自分の言葉を持っていることだ。


 だから、強い。


 どんな逆境にあっても、彼は立ち上がることができる。


 広い背中を見ながら、宣教の騎士は密かに誓う。


「(私もヴォルフさんのように強くなりたい……)」


 と――――。


次回で『宣教の騎士篇』最終回です。

2018年6月13日投稿予定。少し空きますが、よろしくお願いします。


ツギクルの方で応援いただいた方ありがとうございます。

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