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1. 右腕のモノローグ

 公立二ノ杉にのすぎ中等学校略してニノ中に、八重野やえのキリカという末期的電波少女の名を知らないものはいない。

 引き()るほどに長い黒髪を従えて、烏の濡れ羽色をした昭和的なセーラー服を一枝(いっし)の乱れなく着こなしていたあの女。

 俺の幼馴染でもあった八重野キリカの学校での通称は、魔王だった。なぜならあいつは、自分のことを魔王だと自称して止まなかったからだ。そしてあいつの特技が召喚術と暴力なら、趣味は世界征服である。


 そんな頭のネジを胎児時代に羊水の中へ落っことしてきたような真性の電波少女は、繰り返すが俺の幼馴染だった。だからこそ俺は知っている。学校の奴らは知らなくても、少なくとも俺は知っていることがある。それはあいつが、物心ついた頃からすでに魔王だったってことをだ。そして、しかめっ面をしていることよりも、案外笑顔でいる時の方が多いってことを。

 ああ。きっと俺は、自分でも知らない間に洗脳魔法でも掛けられちまったんだろうな。だって相手は魔王だし。

 だから、気がついた時にはキリカと友達になっていた。幼稚園の頃から、中学時代まで。俺たちはどこへ行くにもいつも二人一緒だった。

 やがていつの日か魔王の右腕という大変名誉な肩書きを魔王様から直々に授かることにもなったし、更に時が経って中学へ上がった頃には俺も暗澹(あんたん)たる魔法的ファンタジーの世界にどっぷりと肩まで浸かっていた。

 その頃からあいつは、俺の名前をもじって『ユウシャ』というアダ名で呼ぶようになっていた。


 二人でいる時はだいたい、魔法の話だったな。それがいつから始まったって、一緒に幼稚園へ通っていた頃からそうだった。

 おかげで、俺がこれまでに覚えた魔法は約三十種類以上にも及ぶらしく、その中には触れるだけで生物を腐らせるようなB級ホラーも驚きのグロテスクなものも、一つの街を一瞬で壊滅させるハルマゲドン的な禁術まであるのだから己の才能に自分自身が恐怖している。

 とはいえ、実際に街を壊滅させたことなんてもちろんないし、むしろ手のひらから豆粒台の火の玉を出したことだって一度すらない。

 例え腕の血管が浮き出るほど力強く力んだところで、どれだけ流暢(りゅうちょう)に心を込めて呪文を並べ立てたところで、結局最後まで何も出なかったさ。当然だろ? ここはゲームの中でも、俺はアニメのキャラクターでもないんだ。


 けれども、キリカ曰く俺が魔法を使えなかったことには理由があるらしい。この星には魔素(まそ)とかいう魔法を使うのに必要なエネルギーが一切ないせいらしく、キリカの故郷であるツァルトリヒテンとかいう異世界へ行けば俺はキリカの次の次の次の次くらいに強いらしい。つまり、最強から五番目くらいの実力があるらしい。その話を聞いたのが三年前だから、もしかしたら今はもっと凄いのかもしれない。まったく、自分の潜在能力の高さに空恐ろしいものを感じる。最強から五番目ってバトル漫画で準主役級になれるレベルじゃないのか? その異世界大丈夫か、俺なんかでいいのかよ。


 この創作臭たっぷりの説明を聞かされて、俺はようやく理解した。キリカが唱えていた魔法の呪文が、ことごとく不発に終わっていたことに納得した。訳がない。アホか。うっかり口に出したら顔面を殴られた。


 思い返せば、二人で色んなバカげたことをやった。

 あれは忘れもしない、小五の冬だ。クソ寒い夜の校庭に二人で忍び込んで、グラウンドを埋め尽くすぐらいにあるものを描いた。異世界ツァルトリヒテンへ帰還するための、超大型魔法陣だ。あれなんかは本当に傑作で、思い出すだけで未だに吐き気と頭痛を催す始末。

 俺的にはナスカの地上絵を軽く凌駕(りょうが)する歴史的大作だったんじゃないかと密かに思ってはいるものの、アレにしたって結局、夜が明けるまで待っても異次元の扉は一向に開かれなかった。

 しかも翌日、朝の見回りをしていた体育教師に捕まった。


『魔王を極める部、魔王部を作ろうと思う』


 中学校に上がってすぐ、キリカは言った。

 何でも、『こんな平和な世界でのほほんと過ごしていたら、いつか自分が魔王だということを忘れてしまいそうで怖いから』とのことだった。むしろ忘れろ。

 翌日、学校側非公認で魔王部の設立が決まった。 

 その日キリカは、授業が終わって放課後が訪れるなり、クラスの違った俺の元へと旋風のごとくやってきた。爛々と照る太陽のような(まばゆ)く強烈な笑顔。その邪悪な笑みに悪寒を察知した俺はすぐさま防御態勢に入るが、抵抗する間も無く強引に俺の腕はひったくられる。そしてずんずんと俺を引き()りながらキリカは歩みを進めていき、ある場所で立ち止まった。

 さて。俺の感じた悪寒は、果たして正解だったらしい。

 そこは冷暖房完備はもちろんのこと、ソファーがなんかリッチな感じで生徒たちから税金の無駄遣いと評判の校長室だった。そんな汚い大人の香りが漂う校長室のドアを指差して、キリカは言う。


『部室が欲しい。ここを今日から魔王部の部室にする』


 止める間も無くキリカは鍵の掛かった扉を得意の跳び蹴りで破壊し、中で評判通り無駄に高そうな皮のソファーで(くつろ)いでいた校長に命令した。


『魔王命令だ。今すぐそこをどくがいい』


 気が付いたら俺は、床に頭を擦りつけて土下座していた。

 キリカは自信満々に堂々と踏ん反り返っていた。

 すぐに教師が総動員でやってきて捕まった。


「・・・・・・」


 本当に、トラブルメイカーの素質だけは認めてやってもいい。 

 俺は写真立てを伏せる。無意識に口から、長いため息が出た。

 写真には俺とキリカ、そして他の魔王部員二人を含めて四人が仲良く並んで写っている。

 写真でキリカは堂々と腰に両手を当てながら、弾けるような笑顔を見せていた。

 もう二度と見ることの出来ない笑顔を、静止画の向こうで輝かせていた。

 あの末期的電波少女が失踪してから、もう半年。

 散々俺達を振り回しておいてから、アイツはあっさりと俺達の前から姿を消した。


『私は帰る。在るべき場所に帰るのだ。私は、私の不在する物語を完結させに行く』


 ここは、私の登場しない物語だから。

 最期までキリカらしい、そんな電波で意味不明な言葉だけを遺して。

 どうやら八重野キリカもとい魔王は、この世界ではなくツァルトリヒテンへと帰ったらしい。バカげた話だ。けれども、この世界のどこかでのたれ死んでいるなどと考えるよりは、そっちの方が遥かにマシな結末だった。

 あの時。

 キリカが完結させに行くと言ったあの日、恥も外聞もなく俺はキリカに吐き捨てた。

 何時になく真剣だったので、つい口から飛び出した言葉。

 思い出して、胸がむず痒くなる。そしてそこまで言って、あいつの失踪を抑止出来なかった自分の不甲斐なさに心が痛む。

 ああ、本当にいなくなるのか。なぜか、そう疑わなかった。

 あの時、キリカが吐いた台詞は妙な説得力があった。それこそ、魔王の力だったのかもしれない。なんて戯言は置いておいても。

 だから俺は、あいつに言った。

 自分の気持ちを自覚したあの時から、八重野キリカのことを好きだと気がついたあの日から初めて、本音を形にした。思いの丈を、言葉に発した。


「…………」


 半年経った今日、高校生になったこの時の俺はまだ、知るよしもなかった。

 その台詞が、全ての始まりだったことに。

 数時間後。新しい学校で、初々しい高校一年生として始業式を行なっているはずの自分が────この星とは全く次元の異なる異世界に飛ばされているということに。

 俺はキリカが失踪する直前、こう返した。

 最後まで、俺を巻き込んだ責任を取れってことを。電波でイタイ奴になっちまった俺を、学校中から白い目で見られるこの『ユウシャ』様を、このまま放置するのは勘弁しろってことを。

 そして、もう一つ。本当に、キリカの言う異世界があるのなら。キリカの故郷がこの世界じゃなくて、やっぱりそっちなんだって言うのなら。

 俺も一緒に連れてってくれって。

 半年ぐらいまで待つから。俺はもう『魔王の右腕』になっちまったんだから、『魔王』のいる世界が俺の世界なんだからって。


 そして写真立てを伏せてから数分後、俺は自宅から異世界へと飛ばされた。

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