第四話 焼き魚
座布団に座ると直ぐに中年のおじさんが囲炉裏の灰に刺さっている魚を引き抜き、それを私に「ほれ。」といいながら向けてきた。
一体なんの真似だろうか。
「遠慮しなさるな、若いうちは食えるだけ食っときなさい。」
どうやら私に食えと言っているようだ。
何故なんだろう、見ず知らずの私に魚をくれるこの人はどういう気持ちで…。
「お兄さん、これ美味しいよ!」
中年の女性二人が私の躊躇いの気持ちを和らげようとする。
私はやや躊躇いながらも魚を受けとる。
「あの、これは?」
私は戸惑いながら尋ねると、男性は私に穏やかな顔で答える。
「奢りだよ、お兄さん。」
だからそれはどういうことなんだと聞きたかったのに…。
「だってお兄さんがここに入ってきてからなんか寂しそうな顔してたからさ。」
私はそんな顔をしていたのだろうか。
ただ若い女性を見てうっとりしていただけだと思っていたのに。
「若者が元気じゃなきゃ、私らだって元気になれませんて!これ食って元気出しなさいな!」
私は雑念など忘れただただその言葉を素直に受け入れる。
「ありがとうございます…いただきます。」
元気のなさそうな顔で魚にかじりつく。
舌先に触れた焼き魚の表面に付いている塩が唾液と混ざり、口全体に広がる。
そうしてそれが、齧りついた身と共に口の中で混ざり合う。
本当にしょっぱい…。
私は噛んでは齧り付いてを繰り返し、魚を無我夢中で喰らう。
噛んでいる間我にかえり脇を見ると、何故か視界が潤んでいてよく見えなくなっていた。
泣いているのだろうか。
この私が、大人の私が…。
おじさんは私をどんな目で見ているのだろうか。
この、優しさに飢えた獣を…。
気づかぬふりをして自分を騙していたんだ。
寂しい自分のくせに、平気なふりをして風景で誤魔化すなんて。
そう思えるのもこのおじさんのお陰なのだろうか…。
人の優しさに長い間縁がなかった私は、ひどく胸を打たれて、しばらく泣いていた。
まだここ数日はいるらしいおじさん一行と別れて、部屋へと向かう。
優しさの余韻を味わいつつ…。