第二十話
第二十話
生きてるか、などこの状況下でよくも言えたものだと遠のく意識を必死にとどめながら晴れの日は思う
薄明るい月に照らし出された雨の日の姿は戦闘用スタイルなのだろうか、動きやすそうなチノパンにシャツと水色、いや少し濃いめのカーディガンだ
それに見たところ武器や制約になりそうなものもない
晴れの日は閉じかけたその眼を何とか開き体を無理やり起こし、これから起こるであろう雨の日の戦闘をまじかで見ようと試みた
「い~きなり出てきてなに?無視?」
殺気にも慣れたのだろうか、先の発言で自分たちの存在が若干ないがしろにされた事に腹が立ち始め、子供の様に怒りをあらわにしている
だが、それでも雨の日の言動が変わることはない。いまだに二人は眼中になく、倒れる雷火の日の元に歩み寄る
「だいじょぶか?とりあえず傷口塞ぐとか俺無理だし安静にしとけ?by撫子」
「はっ・・・あんたじゃなくて撫子から・・・ってわけね・・・天パらし・・いわ・・」
雨の日が来たことで安心したのだろうか。雷火の日はゆっくりと目を閉じ体を休めはじめた。そして雨の日が雷火の日の体に手をかざすと全身の刀傷から流れていた血が止まり、流血が収まった
「っと・・・晴れのもだいぶ怪我してんなぁ」
「おい聞いてるのかこの天~パ!!」
その言葉が雨の日の耳に届いた瞬間、その足が止まった
「おい貴様・・・今なんといった?」
「天パ、だがそれがど~したのさ!!人のおもちゃ勝手になおしやが~って!」
雨の日は深く深呼吸し、晴れの日の前まで歩み寄り手を翳して血を止めた後、怒りの形相で結と解を睨みつけた
その怒りは静かに燃える青い焔のような印象で、思わず晴れの日も意識が覚醒する
「ちげぇだろ貴様・・・今貴様は天パの間、音を伸ばしたな?」
「だからなに~よ?しゃべり方に文句言われる筋合いな~いわ!!」
自分に向けられていない殺気だと分かっているのに晴れの日にはしっかりとその殺気が体の芯にまで伝わってくる。おそらくこの場にいる全員が感じているだろうこの殺気。向けられた二人が平然としているあたり、やはりあの二人はかなりの実力者なのだろう
「しゃべり方だろうがなんだろうが・・・天パいじりは構わん。だが!天パそのものを言い間違えたり変に言うやつは許さんぞ!!貴様、その首に着いた汚い血と垢を風呂場で一万回こすり落として出直してこい!!俺が切り落としてくれるわ!!!」
・・・折角の登場が今の一言ですべて台無しになった気がしてならない
だが、ある意味では雨の日らしいともいえよう
その証拠にその台詞を聞いた結と解は開いた口が塞がらない状態だったが、天候荘のメンツは全員、彼のらしさを笑うだけだった
「・・・あた~まおかしい奴だね・・・あのおもちゃはいらないや」
「同感・・・さっさとこわしちゃ~お!!無我―――」
再び獣の心と化し、ただ殺戮を繰り返す殺人鬼に成った解はその高速の動きで一瞬のうちに雨の日の目と鼻の先に現れる
だが、雨の日は相変わらずの飄々とした笑みでズボンのポケットに両手を指しているままだ
当然舐められたその動きに怒りが一瞬で頂点に達する解は晴れの日を貫き未だ血の付いたままの爪を雨の日の心臓目がけて突き立てる・・・が
「無我にしては荒いねぇ・・・それじゃただの集中レベルだわ」
人間の目でとらえられるかどうか瀬戸際の速度が出ていた一連の動きだというのに雨の日は半歩身を引き体を横に傾けるだけの動きで爪を避けて見せたのだ
その結果、まるで雨の日が解の爪を眺めているかのような構図が出来上がる
「ガルウゥゥッ!?」
「お、獣言葉になるのか!いやぁ~変革者っておもしれぇな~」
実に呑気な雨の日だが、そのすぐ真後ろに既にもう一つの脅威が迫っているのだ
またも一瞬、いや結の場合瞬間移動と言った方が正しいかもしれない。そして結の小太刀が雨の日の首筋に触れるその刹那
またも雨の日は人間の動きではありえない反応速度でその小太刀を片手で白刃取りして見せたのだ
もちろん、後ろを振り向かずに首を傾け出来た空間で、だ
「っ!?」
「お前は・・・ワープ的な能力か。なーんだ、能力自体は大してことねーな」
「こ~のっ・・・!!」
三人の話し方はどれも独特というか個性的でまるで戦闘に緊張感を感じないが、繰り広げられている攻防は全て最強クラスの変革者達の動きであり技である。そんな戦いをまじかで見れることに感動を覚えつつある晴れの日だが、雨の日がいまだに能力を使わないのをすこしじれったくも思う
その時結と解は雨の日をはさむようにして飛び退き、前後を取った
だがそれでも雨の日はただめんどくさそうに後頭部を掻くだけで戦闘をしているような感じではないのだ
「ま、お前らの力は認めてやんよ。まーまー強い、うん。でもな?俺には勝てねぇな」
「・・・な~ぃに?」
「ほれ、軽い挑発で無我とけてんじゃねぇか・・・白雨も教え方雑だったしなぁしゃーねーか」
白雨の名を口にした途端、二人を包む空気が変わった
どうやら雨の日は逆鱗に触れてしまったようだ
「貴~様言っていいことと悪いことがあるぞオラ」
「あぁそうだ。おもちゃにすらなら~ねぇ。ここで切り裂く」
先までとはまるで別人だ
目に宿るのは純粋な殺気であり、空気を伝ってその殺意が周りに充満していくかのようだ
そして一瞬の静寂の後、二人は同時に瓦を蹴り、解はまっすぐ、結は途中で上下左右、縦横無尽に跳び回り姿を錯乱させていく
晴れの日は思った。もし自分があの場に立っている人間だったとすれば死を覚悟しただろう、と
だが立っているのは晴れの日ではない。雪の日も嵐の日も、そしてあの雷火の日でさえ誰も心配することなく見ていられる戦士だ
「なー・・・んだ。案外弱いのな、アナザーって・・・」
その一言の意味を、晴れの日はその眼で見届けた
まさに、一瞬の出来事ほかならない
瞬きをしたら見逃していたかもしれないほどの時間でこの戦いの幕は降ろされたのだ―――
「ど・・・こから・・・そんな物・・・ごふぁっ」
まるで真っ赤な色をした雨粒のように雨の日の頭上から血が降り注いでいる。正確には、切られた解の血液が舞い上がり落ちてきたのだ
解は獣に変化しその牙と爪、両方で襲い掛かってきたのだが、飛び掛かったその瞬間に雨の日がその下に潜り込んだのだ。
そして、いつの間に取り出したかも知れぬ雨の日の身の丈ほどの長さで刃の部分が金属音のような甲高い音のような振動音が鳴っている薙刀で解の胴を一閃。上下で綺麗に分断した
「んぺっ・・・獣の毛だ・・・あーあぁこんなに血で濡れたら髪の毛回っちまうってのによぉ・・・」
さらに雨の日は瞬間移動により目で追うことが不可能なはずの結の動きを完全に予測して、出現と同時に結によって振り下ろされた小太刀を雨の日は軽く振るった薙刀でまるで豆腐のように綺麗に、また薙刀が減速することなく切り落とし刃を蹴り飛ばす
そしてその流れを崩すことなく胴全体をV字に切り裂き、両腕を落としたのだ
これだけの動きを瞬く間にやってのける。今の晴れの日には到底たどり着けない最強への階段が見えた気がした
もちろん返り血で赤く染まるはずの雨の日だが薙刀の柄を瓦にカツンとたたきつけると同時に服、体、すべてに着いていた血液が瓦に落ち、ビチャビチャと跳ねながら一か所に集まる
「ふぅっ・・・ふぅううっ!!貴様の・・・のう・・・りょく・・・は・・・!!」
痛みと失血で今にも息絶えそうな結が言葉をひねり出す
結だけでなく、晴れの日も向けた視線の先には、雨の日の持つ薙刀―――
水で出来ていて不気味にも思えるオォォォォンと刃が鳴動し続けている薙刀があった
「んあ?俺の能力?水だ水。一定空間内の水分すべてを支配下に置いて、その形状を操る能力・・・だったかな?あとこれは青龍斬馬刀っつって、よーするにウォータージェットだ。まぁ切れ味とかはソレの12倍くらいかな?」
ウォータージェットとは、水流によりものを削ったり切り裂く特殊な技術品であり、その水流の速度はマッハ3に達するものもあるとか
しかし雨の日はいまその四倍と言った。つまり単純計算で言えば、あの薙刀の刃はマッハ12で動き続けているのだ。分かりやすいものでたとえたいが、こんな速度、到底知りえないものだ。あえて言うならば、音の四倍秒速4080m、つまり一秒で約4km移動できる速度なのだ
万が一にでも触れればその瞬間指が消し飛ぶであろう
「ばけ・・・も・・・」
結がその先、言葉を発することは無かった
そして解も、胴体を切られたものの獣の底力で一瞬息があったが雨の日が能力をカミングアウトした瞬間に事切れたようだ
「あーらら・・・折角斬馬刀使ったんだからもうちょい頑張れよ・・・水マッハで動かすの大変なんだぞ・・・っと」
そんな愚痴も言いつつ、まったく疲れた様子の無い雨の日は薙刀を水蒸気のように分散させる。その姿は月に照らされ、強くも恐ろしい戦士の形相を鮮明に映し出していた――――