第八話
第八話
あむっと声が聞こえた気がする。満足げにクレープを頬張った雷火の日の方からだ
出来立ての皮はほんのり暖かく中のクリームとよく合う甘さで、晴れの日も思わず頬が緩む
「うまいなこれ!」
「ほんとっ来た甲斐があったわ!あむっ!」
晴れの日との会話に答えはするもののその視線と心は完全にクレープにわしづかみ状態だ
大好きな甘いものを前にすっかり素が溢れ出ていているようでいつもとは違って、早食い選手も驚きのものすごい勢いで食してしまった
「ぷはぁっおいしかった~・・・」
「よかったなっ?ちょ、俺まだ食べてるから次行くとか言い出すなよ?」
雷火の日に対して晴れの日はゆっくり食べているのでまだ半分近くクレープが残っている
そのクレープを雷火の日が獲物を見つめる目で睨んでくるがクルリと反転して自分のクレープを守る
気のせいか、チッと舌打ちが聞こえた気がするが殺気といい、ここは無視しておくのがベストだろう
「仕方ないわね・・・さっさとたべなさ・・・!?」
突然雷火の日の言葉が止まった
そして晴れの日の頭越しに奥を見つめ目を見開き全身の筋肉がこわばっている
「ら、雷火?どうした??」
突然停止した雷火の日の顔の前で手をぶんぶんと降る晴れの日。だが何の反応もない雷火の日
じっと奥を見つめている。止む無く晴れの日も振り返って雷火の日の視線の先を追ってみた
するとそこには・・・
「・・・」
「おい・・・アイツは・・・?」
ジーパンに白シャツの青年が商店街の一つの店の上に立ちリボルバー銃を構えて眼下を見つめている
見るからに一般人ではないだろう。いや、一般人だとしてもかなり危険なことをしようとしている事には違いない
「分からないわ・・・少し様子を見ましょう。ほら、早くそれ食べちゃいなさい」
「おう・・・」
クレープを一気に頬張る
折角のデザートが、と少し残念な気もするがこの状況下では致し方ないだろう。できるだけ怪しまれないようあくまでも歩きながら目の端で青年の動向をうかがう
すると、その青年は銃を商店街を歩く一般客に向けて、引き金に指を掻けた
「あの感じ・・・変革者よ!晴れの日、撃てる!?」
無造作に構えられた銃。それが意味するのを晴れの日はよく知っている。なにせ自分も制約が銃なのだ。あの撃ち方は実弾ではないことは明白
なんとしても能力の発動を防ぐしかない
「おうっ・・・距離あるけど・・・いくぞっ!」
鞄を投げ捨て底から銃を取り出し、周りの一般人に見られないようにこっそりと服で覆い隠しながら引き金に指を掻け、青年が放つより早く引き金を引いた
バンッと低い音が響きわたり、一瞬周囲にばれてないかひやりとしつつも銃口から熱線が放たれた。一直線に打ち出された熱線は完璧に青年の不意を突いたようで気が付く気配はない。そして晴れのの日の狙い通り足を打ち抜き、青年は膝から崩れた
「・・・やるわね」
「どーも」
距離にすると60M程の距離ではあるが確実に打ち抜けた射撃精度に雷火の日は素直に感心した。いや、それより60M先の少年の動向に気が付いた雷火の日も相当なものだろう
そして小走りで青年の立っている店の元まで駆け寄り、店員に変革者、というワードを伏せながら事情を説明し特別に屋根まで上がらせてもらう
恐らく店主は納得も理解もしていないだろうが、晴れの日達の必死な剣幕で渋々承諾してくれたようだ
「っ動くな!」
屋根の上に上る梯子を一気に駆け上がり最期の一段を強く蹴り射出されたかのように飛び上がり、銃を向けて青年に威嚇する。その後ろから一応警棒を構えながら雷火の日が重力を上向きに操作してゆっくりと付いてくるが今の彼女は服装が非戦闘用で正直まともな戦闘は望めない
銃口を向けられた青年は打ち抜かれたはずの足で立ち上がり二人をきつくにらみつける
「君たちは誰だ?なぜ僕の邪魔をする・・・」
隈が出来た目元、無造作に伸びた髪の毛。不気味な気配が全身から漂って来る。思わず引けを取りそうになるが何とか威嚇を続ける
「あんたこそ誰よ。アナザーなら容赦はしないわ?それともノラかしら?」
「アナザー・・・?ノラ・・・?君たちは何を言っているんだ・・・僕は選ばれたんだ・・・世の中を変えてやるんだ・・・この腐ってる世界を・・・僕は変革者になったんだ・・・!ふふふふふ・・・!」
突然自分の頭を掻き毟りはじめる
どうやら心に大きな闇があるようだ。しかも自分が変革者であると自供した、だがどうやらノラの様子。敵対組織アナザーの人間ではないことに少し胸を撫で下ろした。だが胸は撫で下ろしても銃は降ろさない
「あ、えと・・・雷火、ノラに出会ったらどーすんだっけ?」
以前曇りの日に教えてもらったのだが突然の遭遇にテンパってしまい正しい行動を忘れてしまった
「覚えておきなさいよ・・・とりあえず、暴れるような危険な思想家なら逮捕、そうでないならその時の状況次第で無視、若しくは任意同行よ」
「なら・・・アイツは?」
二人の視線は血走った目でリボルバー銃を眺めている。見るからに危険だ
であれば取るべき行動は逮捕だ。まずは話を聞いてみることにした
「とりあえず話を聞いてみるわ・・・ねぇ、あんたこんなところで何しているの?」
「うるさい!!」
「きゃっ!?」
なんの躊躇も迷いもなく銃の引き金を引いた。すると銃口から晴れの日の能力にも似た青白い線が雷火の日の足元に放たれた
その青白い線が着弾したところは一瞬で凍り付き、花のような形になった
「うるさいうるさいうるさい・・・!」
「これ・・・雪の能力・・・?」
晴れの日は足元に生えた氷を眺めてそう呟く
だが雷火の日がそれを少し訂正する
「いいえ・・・見たところあんたの能力の冷気バージョン、の方が正しいわね。冷線ってところかしら」
「なるほど・・・ってかアイツどうにかしねーとやべぇよな・・・」
今にも発狂しそうなその青年に銃口を向けながら晴れの日が冷や汗をかく
ただでさえこの屋根の上という状況は足場が悪い。こんなところで戦闘は正直人目にもつくし避けたかったのだが致し方ないだろう
最期の警告を告げるため一歩前に詰め寄る
「・・・一応言うが銃を置いて頭の後ろで手を組め。でないと撃つ」
「うるせぇってば!!」
「ちきしょっ!やっぱこうなるのかよっ!?」
まっすぐに晴れの日を睨みつけながら引き金を引き絞ってきた
放たれた冷線は一直線に襲い掛かってくる。だが晴れの日は落ち着いて引き金を引く
銃口から放たれる赤い線が青白い線とぶつかり合いじゅぅと水蒸気を発生させて蒸散していく
それを見た青年は自分の目の前の人たちが変革者であると悟り本格的に敵意を剥き出した
晴れの日は雷火の日に援護を求めるが、残念なことに首を横に振られてしまった。どうやら一人で相手するしかなさそうだ
「お前も僕と同じかよ・・・し・・・ねぇぇええ!!」
どうやら変革者として目覚めたばかりなのだろう。打ち方も能力の使い方もいまいち雑なのだ
「あら、よっと!」
放たれた冷線をしゃがんで回避して、一瞬だけ無我を発動し相手の肩を確実に定め引き金を引く
晴れの日の熱線はまるで吸い込まれるかのように青年の肩に直撃し、貫通する
ドバっと鮮血が舞い、青年の左肩に小さな穴が開く
「いっだぁぁあああああ!?」
「なんか・・・悪いことした気分だ」
「何言ってるのよ。暴れるんだから仕方ないでしょ」
ドライな考えの雷火の日は特になんにも感じてはいないが直接的に攻撃している晴れの日は実力差を感じているためなんだが弱いものいじめをしているような気分になってしまう
だが、それもすぐに拭い去らねばならなかった。なぜならその青年は自分の傷口目がけて銃を撃ったのだ
「っつあぁああぁ・・・!!」
「んな!?お前!?」
なんと青年は自分の能力で傷口を凍らせて出血を抑えたのだ
さらには肩をぐるぐると回しまるで無傷のような動きをして見せる
「本気で行くっきゃねぇな・・・はぁっ!!」
熱で動きを封じるのが難しいなら肉弾戦で勝負したほうがいいだろう
不安定な足場を蹴って駆け出し姿勢を低くしたまま青年の体の下に潜り込み拳を振り上げる
「っいてぇっ!?殴りやがったなこの・・・!」
衝撃で数歩後ずさり顎を抑えながら目に涙を浮かべながら青年は片手で発砲するが気配で次の行動がなんとなく分かっていた晴れの日は顔を数センチずらして冷線を避ける。そして再び太ももを打ち抜いた
「そろそろ諦めとけよ・・・?」
「いぎぃっ!?ふぅー・・・ふーぅっ!!」
痛みを必死にこらえているのが傍目にもわかる。雷火の日は決着がついたものだと気を緩め縛り上げるための縄と、天候荘に応援の要請をしていた
晴れの日はというと、太ももを撃ち抜かれて痛みで崩れ落ちた青年を見下ろしながら銃口を向けて投降を呼びかける
「うる・・・せぇ・・・!僕が全部・・・ぶっ壊すんだ・・・っよ!!」
バッと銃を晴れの日に向けるが発砲するより早く晴れの日の熱線が青年の銃を完全に溶かしてしまった
その一瞬の出来事に青年の顔が絶望に変わる
「あ・・・あ・・・!」
「悪いようにはしないからさ・・・俺らのとこ来いよ?その力だって正しく使えるようになるぞ?」
「・・・だ」
小さく呟く
「いやだ・・・」
今度はこぼれ出るように
「いやだぁぁああぁあ!!!」
そして大音量で叫びだした
いきなりの咆哮に晴れの日と雷火の日は思わず耳をふさいだ
「お、落ち着けって!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!みんなみんな・・・僕を見下した目で見やがって・・・しんじゃえ・・・しんじゃえぇぇぇ!!」
その途端、青年の全身から冷気が溢れ出て、晴れの日は数M飛ばされた
制約を払わずして能力の発動
そう、それは自身の消失を意味している。それを知っているのかいないのかは知らないが今彼はそれを行おうとしているのだ
「バカ!!やめろ!死ぬぞお前!!」
思わず止めに入るが冷気が強すぎてその場から前に進めそうにない
「みんな凍れ・・・凍っちゃえ・・・!!」
「ちくしょうっ・・・!雷火少し離れてろ!!」
「分かったわ!」
晴れの日が銃を高速で連射し始めた。そう、熱をチャージするつもりだ
指がつりそうになるが耐え抜くしかない
「お、おぉぉぉぉおおぉ!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
晴れの日が十分に熱をため終えた瞬間、青年の冷気が暴走しはじめ辺り一面を青年を中心にして凍り付き始めた。その冷気は先までとは比べ物にならず、空気までをも凍らせていた
だが、ここで逃げるわけにはいかない
「―――無我」
晴れの日の熱と青年の冷気がぶつかり合い、真っ白な蒸気が場気宇発音と共に舞い上がる
その光景は遠くの天候荘からもハッキリ見えるほど高く大きな雲となっていた
そして、時間にすればほんの数秒の攻防の結果は徐々に晴れる蒸気が教えてくれた
「けほっけほっ・・・晴れの日!大丈夫なの!?」
「ごほっごほっ!自分のせいなんだけど・・・・熱ぃ!!」
どうやら晴れの日は無事なようだ
では青年は・・・
「・・・消失したのね」
「あぁ・・・これが消失なんだな」
そこには、雷火の日と晴れの日以外の誰の姿も残されてはいなかったのだ・・・