第二十三話
第二十三話
「雷火・・・!」
晴れの日は変革者の男を霙の日に任せ単身奥へと駆けていく
当てがあって走っているわけではないが、ここのボスか洗脳者を倒せばある意味ではこの任務は終わりになるという気持ちが足を前に進ませる。もちろん、この施設の破壊でなくとも解呪できる変革者を救出できれば雷火の日を助けられるのだが、ここまで来てそんな真似は晴れの日の信念が許さない
「・・・はぁっ・・・はぁ・・・!」
どれだけ駆けただろうか
もう霙の日の戦闘音は聞こえない。一人だと自覚した瞬間途方もない不安感にかられるが自らに鞭を打ち、奮い立たせる
「見えた・・・!明らかにボス部屋だろ、あれ!!」
目前に見えてきたのは金色に装飾された両開きの大きな扉
ここがもし仮にボス部屋でないならば何なのか。そう声を大にして叫びたいほどに怪しい部屋だ
「っらぁぁああ!」
銃を手に持ちながら扉の中心を蹴り破る
思いのほか扉は木製で、晴れの日の蹴りにたえきれず砕け散る
「何者どぁ!?」
扉の先から滑舌の悪い汚い声色が晴れの日の耳に飛び込む
ここまで来たからには後戻りはできない。そう腹を括り、唇を強く結んだあと、銃を胸の前に構え眉を吊り上げて宣戦布告する
「俺は天候組晴れの日!この施設に収容された仲間の解放と、お前らの討伐に来た!!」
「なーるほど・・・さっきから外で暴れてるのはその音か」
何時の間にか、背後に一人の青年が腕を組んで感心したと言わんばかりの顔で立っていた
「・・・!?」
振り返ろうとするも一歩遅かった
背中に重い蹴りを一撃貰う。不安定な体制で蹴りを食らったがゆえに大きく前に突き飛ばされる
膝が擦り剥けわずかに血がにじむ
「お、お、おおお遅いじゃないか!!その男を何とかしろ!俺様の命が危ない!!」
気味の悪い唾を盛大に飛ばしながら晴れの日を指さして怒号をまき散らす
青年も半ばあきれ顔で後頭部を掻きむしり、ため息をつく
「わかってるよ・・・そんなに死にたくないなら逃げなよ・・・」
「そ、そだな!!俺様は逃げるずぉ!あとは任せたずぉ!」
「逃がすかよっ!!」
銃の引き金を引き、熱をボスに向けて放つ。もちろん殺さないように足を狙う
だが―――
「ひぃっ!?」
逃げおおせながらも親指を口にくわえる。その途端体が宙に浮き、晴れの日の熱線はむなしくも背後の壁を溶かすだけにとどまった
一瞬能力を使えることに驚いた晴れの日だが、戦場で油断は禁物。思うが早いか、青年のけりがすぐ背後にまで迫っていた
「ウザったいけど、あいつに死なれると困るから・・・さ!!」
「っ・・・!」
半身捻り、蹴りをいなす
振り上げられた足を狙って晴れの日は引き金を引き絞る
だが、人間の動きとは思えない程の軟体力で難なくかわされてしまった
「あっぶないなーもう・・・」
「死なないように打ったんだから当たってくれてもいーのに・・・?」
「熱いのは嫌だからさ~・・・はぁ、なんであんな奴の下で働かなきゃならんのだ・・・」
どうやら強制的にあのボスの下にいるようだ
かなり毛嫌いしているのが傍目でも伝わってくる。晴れの日も、思わず同情せざるを得ない
「・・・確かにアイツは好きになれる奴はいないだろうね」
「分かってくれるかっ!?いやほんと、あいつやってくれよぉ・・・晴れの日?」
どうやら名前を憶えられたようだ
だが、だからと言って和解するわけでも停戦するわけでもない
互いに攻撃態勢に転じていく
「でもまずはお前かな・・・?名前、聞いてなかったや、何て名前?」
「宋 寅春。いんしゅんって呼んでくれていーよ?」
どうやら日本人ではないようだ
流ちょうな発音に思わず晴れの日は驚くが、宋の目付きが獲物を睨むハンターの目に変わるのを見て意識を高める
「じゃぁ寅春。道を開けてくれるかな?」
ダメもとではあるが聞いてみる
なにせ殺しは極力控えたいのが晴れの日の本心なのだ。本来であれば甘い考えなのだが、まだ実践数回の年半ばの男の子に殺しを要求するほうが酷だ
案の定、宋の目付きは余計に険しくなる
「無理だね、どうしてもっていうなら・・・屍を超えて行ってもらおうか?」
「・・・わかった。そうする、よ!」
熱線を一撃。一直線に太ももを狙って熱線が放たれる
狙いは完璧だ
「自己洗脳・・・はぁっ!」
自分の頭を抑え込んだとたん、宋を取り巻く雰囲気が変わる
別人としか思えないほど空気が変わった
そして地面を人蹴りし、高く飛び上がる
「上に跳んだら俺の熱の狙い的だぜ!!」
空中での回避ができるなど、能力を使わなければ不可能に近い
一瞬で片が付きそうだと内心ほっとする晴れの日
「残念でしたっ」
なんと宋はかわしたのだ
人間には不可能なはずの・・・
二段ジャンプで
「洗脳っていうのはね、ただ操るだけじゃないんだよ!こうやって潜在能力の開化もできるんだよ」
「んなのアリかよ!!」
二段ジャンプどころの話ではない。まるで見えない壁を蹴り飛ぶみたいに宋は宙を跳ねまわり、晴れの日の熱線も当たることなく壁を溶かす一方だ
「アリなんだな~!さらにさらに~」
チラリ、と宋がさっきまでボスが座っていたと思われる椅子の周りにへばり込んでいる女性たちに目をやる
すると、女性たちは虚ろな目でまっすぐに晴れの日目がけて千鳥足をふらつかせながら歩み寄る
その形相はまるでバイオハザードによるゾンビの群れだだ
「ほーらほら!打てるのかなっ?その女たちは誘拐してきた一般人さ!なーんにも責任のないいわば被害者だ!!でも・・・打たなきゃ晴れの日がやられちゃうよ~・・・?」
「う・・・あぁ・・・」
「あぁ・・・うぅぅ・・・」
「寅春!お前・・・!!」
声にならない声が女性たちから聞こえてくる
苦しんでいるのか、はたまた違うのか・・・晴れの日には全く想像がつかない
だが、嬉々としてこの場にいるわけではないということはハッキリとわかる
だからこそ、助けてあげたい気持ちが募りだす
「く・・・っ」
だが、どうすればいいのか分からない
今この女性たちを打てば動きは止められる。だが、そんなことすれば一生消えない傷を負わせてしまうかも知れないのだ
晴れの日にはまだそんな覚悟は出来ていない
それに、洗脳者であるあの宋を打てば万事解決だが、残念なことに女性を盾に安全地帯を築いている
「ほ~ら~打って、打って、打って」
手拍子を交えながら煽りを入れてくる
こちらから手を出せないことを良いことに、好き放題言ってくれる・・・
晴れの日の呼吸が荒くなり始める
「あぅぃ・・・うあ・・・」
「来るな・・・くるな・・・!」
徐々に、徐々に手が伸びてくる
後2M・・・
1M・・・
息が苦しい・・・脈も激しい・・・
打てば終わる。それだけだ
だが、殺せない・・・被害者を殺すなんて・・・できない
握りしめた銃のひんやりとした感触が嫌になる
「・・・つまんな。いーや、死んじゃえ」
宋の目から一点の光が消える
腕を振り上げ、この場にいる女性全員に命令を下す
―――晴れの日を殺せ、と
ゆっくりと腕が晴れの日に伸び始め、四方を囲まれる
「く、来るな・・・!」
その手が晴れの日の首に巻きつきしっかりと締め付ける
「威勢がいいのは最初だけか~・・・つまんねー・・・あーあ、洗脳して作った女でもバラシてあーそぼっと」
その言葉が、晴れの日の中に眠る何かに火を付けた―――
「・・・れよ」
「んぁ?なになに?」
首を絞められているのにも関わらず、晴れの日は苦しい顔一つしない
むしろ怒りに身を任せ目が座っている
「謝れよ・・・」
「あやまる・・・?なににさ」
クスリと笑いをこぼす宋
「命を弄んで、洗脳してきたやつら全員にだよ・・・」
「ぷっ・・・だーはっはっははっは!!ばーっかじゃないの??おもちゃをどうしようが勝手でしょ!?なーに良い子ぶっちゃって・・・っ!?」
強烈な爆風
それも晴れの日を中心にして部屋全土を強風が吹き荒れる
思わず体を小さくかがめ暴風に耐えようとする宋。だがむなしくも数M後ろに飛ばされる
「・・・なら、お前に教えてやるよ。おもちゃの気持ちをな!!」
晴れの日を包む空気が・・・変わる