第二十話
第二十話
三人は互いの背中を洗い終え再び入浴する
背中にある岩にもたれて目にお湯で濡らしたタオルを当て深いため息をつく雨の日
「ふぅー・・・」
「どうした?」
雷の日はまた体を浮力に委ねてぷかぷかと浮く
対照的に雄太は、肩すれすれまでしっかり浸かり体の疲れを芯まで癒す
「いや、今回の試験の合格者多いと良いなって思ってさー」
まったく顔を動かさずに音を湯に溶かすかのように呟く
「そうだね・・・」
雷の日も雨の日のように星を眺める
だがその眼にはどこか期待溢れる光が宿っていた
「・・・俺頑張って合格しますよ」
二人の上級者を前に覚悟を改める雄太
そもそもこの試験に参加できたのも雨の日であることに変わりはない
全くもって真面目さの欠片のない雨の日だが教えはしっかりとしているのだ。なにせ現に雄太はこの場にいるのだから
だが、ふと思ったのだがそもそも雨の日の能力を知らない雄太
「そういえば雨さんの能力は何なの・・・?」
「んあ?いってなかったっけ」
タオルの端を少しだけ持ち上げ片目で雄太を見る
雷の日はあいも変わらずぷかぷかだ。遂に体全部浮いている。ここはプールではないというのに・・・
「聞いてないなー・・・教えては・・・?」
「あげない」
持ち上げていたタオルから手を放し再び目を閉じてしまった
雄太も内心その返答が帰ってくるだろうと半ば諦めていたので大して落ち込みはしない
だが気になって仕方がない。昔に撫子が言っていた言葉も気になる。一体どんな能力なのか・・・
「なんとなくいうのやーだー」
「子供かっ!」
今の今までただ浮いていた雷の日だが勢いよく立ち上がり腰に手を当て指を雨の日に指して突っ込んだ
もちおんタオルは頭の上。つまりは
「ちょっ!?雷さん!!前!」
思わず雄太は目を覆う
「子供はお前じゃねーか雷~っ」
「雨さんそれ意味深!!ってか雷さんタオルは頭に乗ってます!!」
「おっ!?おぉぉ!?」
いつかのごとく腹を抱えて声を抑えながらも雨の日は大笑いしている
だが雷の日は思いのほかテンパりやすいのかわたわたとタオルを探しているが、自分で頭の上に乗せたことに気が付いていない
雄太も雄太で雷の日の前を隠そうと必死に雷の日にタオルの場を訴える
お湯がバシャバシャと舞い、全員の顔はびしょ濡れになる
「ばっ!お湯跳ねるから落ち着け雷!!」
「タオル!タオルが先!」
「タオルは頭ですよ!」
男三人のバカ騒ぎは夜の闇のなか静かに消えていく―――
その後雷の日が半ば強引に雨の日に湯の中に沈められなんとか冷静さを取り戻し事は収束し、そろそろ明日の準備があるからと雨の日、雷の日は先に上がった
だが一人になった雄太も特にすることがないので結局すぐに上がることに
髪を簡単にドライヤーで乾かし、支給された甚平に手を通す
「あー・・・なんか腹減ったな」
おなかが食べ物を欲する音を盛大に鳴らしたのを確認し、円を描くようにおなかをさする
思い立ったが吉日。雄太は早速フレディのいるであろう休憩所に向かった
だがそこには先客がいたのだ
「・・・なによ」
美咲だ
ピーチジュースの入ったグラスを片手に一人で座っている
二人掛けの席に一人で座っているあたりを見るとなんだか寂しげにも見える
さらに美咲は風呂上りなのか髪の先がまだ少し濡れていて、さらに甚平の効果もあってか色っぽさが醸し出る
「あ、いやなんでもない・・・前座っても?」
自分でもなんで前に座ろうと思ったのか分からなかったがやはり親睦を深める意味を兼ねて、ともに食事をするのは悪いことではないだろう
美咲もそのことは頭の隅にあるようで、心からの嫌悪な表情を浮かべながらも首を小さく縦に振ってくれた
「・・・今日はお疲れ様」
席に着くと同時に口を開いたのは思いもよらぬ美咲だった
万に一つもないと思っていた出来事に雄太の目は真ん丸になる
「なによ。あんまし見てると帰るわよ」
「わ、わるい・・・」
どうやら嫌われていることには変わりないようだ。手に持つピーチジュースを一気に飲み干し机に力強くたたきつけた。そして目線をグラスに注いだまま言葉を紡ぐ
「あんたは何食べる?」
「俺!?俺は・・・カレーにしようかな・・・?」
美咲から随分と話してくれることに雄太は少し驚きを隠しきれず言動がおかしくなる
「疑問形で言わないでよ。フレディ!カレーとイチゴパフェ、クリーム増量で」
「甘いもの・・・好きなのか?」
「悪いっ!?」
凍てつくような目で睨まれてしまった
だが意外な一面に雄太は思わず頬を緩める。もちろん美咲の口はキッと結ばれてしまったのだが・・・
「いやいや!悪くねーよ?ただギャップがなって」
「ふんっ・・・」
照れたのか怒ったのか真意は分からないが美咲は顔を背けてしまった
ここで謝るのが定石だろうがタイミング悪くフレディが介入してきた
「はい!ミサキのパフェお待たせ!ユウタのカレー待ってて!」
かなり早い。フレディの調理の腕前は身をもってしっている雄太だが、こうもパフェの出が早いとは思わなかった
目の前に出されたイチゴパフェに一瞬目を輝かせたが、雄太の存在を思い出してかすぐに我に返りいつもの鋭い目つきに戻る
「・・・食べていいんだぞ?」
「あ、そう?ならいただくわ」
相手の料理を待つという思いやりの心は持っているようだ。だが目が語っていた
―――早く食わせろ
と。雄太はどちらかと言えば待たせるのは嫌いなので先に食べていいと勧めた
「・・・」
美咲の食べっぷりは豪快なもので、備え付けのスプーン一杯以上によそい、大きく口を開けその中に放り込むようにして頬張る
さながらリスのようだが、さすがにそんなことを言えば雄太の身も危ないので決して言わない
ただ、美咲は食べている間周りを気にしないのか、雄太が目の前に居る事を忘れてか、目を爛々に輝かせ頬は緩み、心なしか音符の記号が美咲の周りに舞っている
「・・・うまい?」
「うん!甘くてイチゴの酸っぱさも引きたって・・・コホン。おいしいわよ」
完全に素が見えた
雄太はしてやったりとニヤリと笑い、対照的に美咲は口をとがらせる
その時雄太の鼻にカレーのスパイシーな香りが漂ってくる
「ユウタ!いっぱい食べて明日もFight!」
「ありがとうフレディ!」
目の前に出されたカレーからは食欲を直接刺激するかのようなピリ辛の香りに、いままで食べてきたどんなカレーより艶のあるルーがまたおいしそうだ
スプーンを手に取り一口食べる
その途端、口いっぱいに辛みが程よく広がり感動的なうまさが迸る
「う、めぇえ!」
「うるさいわよ・・・」
空に向かってつい叫んでしまった雄太だが美咲の冷静な言葉に落ち着きを取り戻す
もちろん美咲も落ち着いてパフェを食べている。だが手先は心なしか大量に食べようとしているのが見て分かった
「いーんだぜ?一気に食べても。甘いもの大好きなんだろ?」
今日まで過ごしてきて初めて優勢になれた気がする
これまでの仕返しにと、雄太はにやにやと嫌な表情を浮かべながら美咲を挑発する
「だ、誰がそんなこと!」
思い通り美咲の顔が赤くなるのがわかる
ごくわずかに声も震えた。やはり今この場では雄太は優勢なのだろうか
「ははっ!可愛いところもあんじゃんかっ」
「んなっ!?」
つい口が滑った雄太
確実に殴られることを覚悟したのだ
だが殴られることはなく、ただただ美咲は顔を赤く染めて下を俯いていた
「はははっ!」
勝ったとばかりに声を上げる雄太
おそらく美咲は甘いもの好きだということを付かれたことに対して恥じているだけであって雄太の言葉に照れているわけではない
高笑いしている雄太は気が付いていないだろうが・・・
「ぐぬぬぬぬぬ・・・」
美咲はふと思いついたように不敵な笑みを浮かべた
だが雄太はそれに気が付かない
そして美咲の手が机の横に置いてある赤いどくろのマークの入った小瓶をつかんだ
そしてそれを―――・・・