其ノ一
Episode3~賽は投げられた~
其ノ一
「・・・負傷者はすぐに医務室へ。毒とかあるといけないからできるだけ早くね」
天候荘の面々を乗せたヘリコプターは全天候祭の会場でなく、直接天候荘へと向かっていた。どうやら、今回の件はすべて曇りの日中心に事が進んでいたようで、全天候祭の開催もこの作戦の為だったらしい
そもそも、晴れの日を誘拐させてまで探りたい情報は何だったのか。それはアナザーの次の狙いと本拠地である
今回の件で曇りの日が聞きだすことに成功した本拠地の場所及びラストワンの場所。さらに晴れの日のクローンの存在。それは彼が命を懸けてまで得たかった重要な物だった
「雷・・・なんで曇りを見捨てたのさ!みんなで残って戦えばあんなクローンなんかに・・・!」
自分がクローンであることを知った晴れの日にはある変化が見られた。それはこれまでどこかつかみどころのない個性を持っていた彼に、一つの個性ともいえる変化だ
「丁寧語、止めたの?」
「質問に答えてくれ雷ッ・・・!」
それは彼がいままで癖としてきた目上の人に対しての敬語だ。どういう心境の変化とまでは分からないが、自分に自信が持てるようになったのか、かなり喰い気味な性格になっている気もする
その証拠に、質問の答えをはぐらかされた彼は今にも雷の日につかみかかりそうだ
「・・・晴れの日、落ち着きなさい」
「落ち着けるわけないだろ・・・曇りは俺達を逃すために、残って・・・助けられたかもしれないのに」
「・・・つらいのが、お前さんだけだと思うなよ」
若干俯いて返事をしない雷の日の後ろから腕を組んだ雷雨の日がスッと現れる
その体には先の戦闘による傷や汚れがいたるところに目立っている
「お前さんがここにくるずっと前から、俺や雷、雨は曇りと一緒に育ってきた。だからこそ、あいつの強い決意を簡単に蹴るわけにはいかなかったんだ。あいつは、より確実に全員を助け、そしてなによりアナザーのたくらみを止めることを望んだ。だから、これ以上なにも言うな。戦士の行く着く先に、あいつは少し早く逝っちまっただけだ」
「新人君、雷雨の言う通りだよ。だから、落ち着いてほしいな。今雷をせめても、何も変わらないから、さ」
「・・・部屋に戻る。雷、ごめん」
それでも悔しい気持ちには変わりない
彼は誰にも目を合わせず、踵を返し自分の部屋へと歩みを進めるが、部屋にこもったところで何も状況は改善しない。それどころか虚しくなることをしっていたので屋上に行くことにした
階段を上り、月明かりが小窓から差し込む螺旋状の階段を上がり、通常なら立ち入れない屋上に出る
かなりの広さがあり、その中心、空を見上げる彼の頬を風が撫でた
「・・・こういう時、ドラマとかアニメだと臭い独り言呟いたりするんだよな。でも、実際こうなると何も言葉が出てこない、もんなんだな」
夜だというのに雲は白く、まるで曇りの日の能力のように風によって靡いている
その雲に手を伸ばし、掴めるはずもないのにそっと手を握りしめた
「なによ。結局独り言言ってるじゃない」
雲を掴み損ねたその手を見つめていた時、背後から声が
当然、晴れの日にはその声の持ち主が誰だか理解している
「・・・そうだな。でもデュラハンいるし独り言とは少し違うな」
『我は特に返事していないがな。独り言と言えよう』
「あら、この声・・・デュラハンかしら。直接会話するのは初めてかしら?」
長い髪をサイドに纏め、先の戦いで傷ついた体に包帯や手当の後を残しながらも彼女はクールにほほ笑む
「怪我、いいのか?」
「ここの医療班は優秀ね。ほとんど治療は終了しているわ。霧の能力が雷だったから、外傷もほとんどなく意外と楽に治療がすんだって」
肩を回し、怪我の状態をアピールする彼女に晴れの日は安堵の息を漏らし優し気に口角を上げ、振り返る
「そりゃ、よかった。言いそびれてたけどありがとな助けに来てくれて」
「なによ・・・妙に素直じゃない。気持ち悪いわ・・・」
「おいおい、人の感謝は素直に受け取れって・・・」
「・・・ん、そうね」
夜空の下、秋も深まってきたこの時期。吹き付ける微風でさえ少し肌寒く思える
その風の中、靡く髪を抑えながら雷火の日は屋上の端、フェンスにもたれ、そこから見える遠くの街並みに目を向ける
「ねぇ、あの夜景」
「ん?」
「あの夜景の一つ一つに命があって、世界がある」
ゆっくりと言葉を紡ぐ彼女の横顔は月に照らされ艶やかだ
「そしてそれを守るのがわたし達。そうよね?」
「・・・そう、だな」
「・・・失った数じゃない。救った数を数えなさい」
晴れの日の方を向き、まっすぐな瞳で見つめる彼女の目にはうっすらと涙が見て取れるが、その我慢強さに晴れの日は見てみぬふりをした
そして、雷火の日のまっすぐな視線から目を反らし、静かに呟く
「考えちまうんだ・・・曇りは・・・俺なんかを逃がすためにあの道を選んだ。救えたのに、救えたかもしれないのにッ・・・」
「救えたかもしれないわね。でも、今ここに曇りの日という男はいないわ。それを、失ったと捉えてしまうだろうけれど、少なくとも、彼の心は救われたわよ」
空気を呼んでか、シルヴァもデュラハンも余計な口出しは一切してくる気配はない
「・・・なぁ、雷火。俺は生きている。ここに生きている。でもそれって・・・誰かに臨まれた命じゃないんだよな・・・作られた命、なんだよな」
「・・・いい加減にして」
「・・・らい、か?」
「いつまでうだうだ言ってるのよッ!!」
パチン、と秋の夜空に平手打ちの音が木霊する。殴られた彼は思いがけない出来事に目を見開き叩かれた頬を手で抑える
叩いた張本人は、その眼にウルウルと涙を溜め、唇を震わせて肩を震わせていた。とうぜんこの震えは寒さでもなんでもないだろう
「誰にも望まれない命なんてないわ・・・あなただって望まれた命の一つなのよ」
「・・・クローンだぞ」
「えぇ。でも、それがどうしたっていうの?わたしは、あなたを望んでいるわッ」
雷火の日は大きく息を吸い込み、浮かべた涙を一つ流しながら絞り出すように声を紡いだ
「わたしは・・・あんたの事好きよ。パートナーや、友人としてじゃない。一人の男として、人として、好き」
「え・・・っ?」
突然の告白
当然のごとく思考回路は停止する晴れの日。だが、雷火の日はそれも見越していたのかヤレヤレと眉を寄せ、腰につけた警棒を取り出し、足を大きく前後に開く
「別に返事を貰おうとか考えてないわ。ただ、言っただけよ。それから、あんたも早く構えなさい。本気の組手、久しぶりにやりましょうよ」
「雷火・・・お前・・・・・・あぁ、わかった。本気でいくぞ」
両者見合って呼吸を落ち着かせる
そして、鳥が一匹木から跳び上がる音を合図に両者一斉に跳びだした
その二人の表情は、とても活き活きとしていて何か大きな荷物をゆっくりと降ろした後の様な表情だった――――