其ノ十六
其ノ十六
作戦の決行前、晴れの日の居る檻―――
『・・・今のうちに全ては無しおこうと思ってな。すまない、今まで黙っていて』
「いいさ、変革者の歴史とかぶっちゃけそこまで興味なかったしな・・・でもお前が龍脈そのものだったとはなぁ」
脱出する手立てが思いつかない中、シルヴァ同様デュラハンもまた彼に変革者のすべてを語り自分が龍脈であることをあかしたのだ
それを聞いた晴れの日は正直ピンと来ないと言った顔でふんふんと首を縦に振るだけだった
「ん、でもお前が龍脈ならなんで俺の中にお前がいるんだ?生まれつき龍脈が中に居るってことはおかしいだろうし・・・」
『・・・それは、なんだ、その』
歯切れが悪い
何か隠しているのは明白だがデュラハンにそれを告げる覚悟は無いようだ
一体何を隠しているのか、もう一日足らずで死ぬかもしれない晴れの日にとっては冥土の土産に聞きたいものだ
「教えてやろうかい、健太」
「・・・また来たのか」
「父親だからなぁ・・・時々見に来てやるさ。暇だろう、お前も」
『・・・今ならば我の声、聞こえるのだろう?』
デュラハンの声が霧の脳内に響く
すると彼はまるで心地よい音楽でも聞くかのように瞳を閉じて音を感じゆっくりと目を開く
「そうだね、素晴らしい・・・これが最高級の龍脈の声か。無尽蔵な力を感じるぞ」
『我を・・・封印したわけではないな。一時保管、とでもいうべきか』
「デュラハン・・・?何の話してんだ?」
晴れの日には心当たりのない内容をデュラハンと霧がし始めたので腕を鎖につながれながらも疑問を尋ねる
『すまない。こればかりは・・・言えぬ』
「ほう・・・なら代わりに私が。健太、お前の中にデュラハンがいるのはな・・・」
『やめろ!わざわざ伝える事でもなかろう!!』
「・・・何だよ」
デュラハンの制しをまるで聞こえていないかのようにあざ笑いながら、霧は言葉をつづける
「健太・・・いやNo.75が正式な名前かな?つまり君が変革者の能力で作ったただのクローンの一帯に過ぎないからだよ。分かりやすく言おうか?私達アナザーは最強ランクの龍脈を自分の管理下に置くためにわざわざクローンを作ってそれにデュラハンを入れる実験をしていたんだよ!!そして奇跡的に適合したのがNo75、つまりお前だよ」
「・・・はぁ?」
意味が分からない
そうとしか感想がない。こいつが言っていることの意味が一ミリも分からないのだ
「・・・これまでの人生を思い出してみなさい。変だろう」
「いや・・・何か変だったか?」
『年齢で言えばまだ高校生程の少年が急に変革者として目覚め、戦いの世界に身を投じる。アニメや漫画の世界ではよくあるパターンだ。だがしかし、晴れの日は少し順応が早すぎると思わなかったか、と言いたいのだろう・・・』
晴れの日が変革者として目覚めたのはバスジャックに遭遇し、拳銃を拾い上げたところからだ
そして天候荘に行き、一度はやめる決意をしたが再び天候荘へ戻り天候組の一員となった
常識外れの世界に飛び込んだというのに大した葛藤もなくことは進み、雷火の日と出会い、試験を受けた
そして正式に一人前になり、人を傷つける仕事にも遭遇してきた
仲間の死もあったし、敵の死もあった
そして修行を一年かけて積み上げ、大きな成長を遂げる
これらすべてにおいて彼は何一つ心に喪失感などを持たず今日までやってきた
それが晴れの日のこれまで、だ
「確かに一般的に考えればおかしいかもしれないけど俺は変革者だ。そもそも一般的じゃァない!」
『あぁ・・・確かにそうだ、そうなんだが・・・』
現実に触れた晴れの日を止めたい気持ちもあるがもう後には引けない
デュラハンは意を決して伝える
『・・・変革者として目覚める前の記憶、何か思い出せるか?』
「え・・・?」
『大方、基本的な記憶はねつ造されているだろうな。が、思い出はどうだ?父親と遊んだ記憶、母親に甘えた記憶。なにか、あるか・・・?』
以前晴れの日は雨の日に「自分の母親の死」について思うところを聞かれたことがある
だが、正直言って全く心に響くものが無かった
それに、雷火の日のように特定の好みがあったわけではない。二人でプラネタリウムを見に行った待ちだって、晴れの日が本来であれば過ごしてきた街なのに見覚えが無かった
そう考えていると、晴れの日は徐々に事の次第を理解し始める
「・・・何も、ない。一番古い思いでは・・・あの日、俺が変革者として目覚めたあの日。それだけ・・・」
「そうっ!その通り!まぁ当然なんだけれどね。No.75がこの地に足を着けたのはその日が初めて!当然クローンだからな。それにまだまだ思い当たる節があるはずだ。自分がおかしい節が、な」
徐々に晴れの日の動悸が激しくなってくる
それはデュラハンでなくとも見れば一目瞭然。呼吸も荒く、額にはうっすらと汗がにじみ始めている
「心・・・」
ぼそりと晴れの日が呟いた
心、と
「俺が・・・クローンだから心がないっていうのか・・・」
過去に、奈緒美に心を覗いてもらったときこういわれた
心が無い
と。あの時はデュラハンに弾かれたのだろうと結論付けていたがそうじゃない
彼にはもとより心なるものがないのだ
クローンに心は不要
それが彼らアナザーのやり方だ
「完璧にない訳じゃないさ!だが不安や恐れ、恐怖、慈悲などの戦闘面で余計なものはほとんど排除しておいた!それに自我も弱いよう設定してある。あまり自我が強いと色々と困るのでな」
「だから死体になれるのが早かったり人を攻撃するのにためらいが無かったりするわけか・・・それに俺がこうして今冷静でいられるのも、な」
「賢いね!そう、もしも自分がクローンだと誰かが見破っても取り乱したりしないよう自我が薄いのさ!」
両手をばっと広げ興奮しているその心境を仕草に表す霧。思うに生粋のサディストなのだろう
「・・・でも自我はあるぞ。俺には自分で決めて自分で歩んできた道ってもんが」
「ないね」
「・・・っ」
冷徹な目に切り替わった
その冷たい目とあまりに早い否定に晴れの日は言葉が詰まる
じゃらり、と腕につながれた鎖が揺れる
「自我があるならなぜここから抜け出そうとしない?もっと暴れようとしない?デュラハンを利用され悪用されるなら制約なしで能力を使って自滅の道だってあるんだぞ?だが、それはしない。そうプログラムしてあるからだ」
「・・・俺、は・・・俺の意志が・・・ない・・・?」
『不味い・・・動悸が激しい・・・それに気が狂い始めている・・・ッ』
「おいおいデュラハンだって追い打ちをかけただろう。同罪だよ」
突然「お前は作られた人間だ。意志も決定も全て製作者が敷いたレールをなぞっているだけに過ぎない」と言われたら人はどうなるのだろうか
もちろん、いきなりは信じられずそういってきた人の頭を疑う
だがもし、それを立証するだけの証拠がそろっていたとしたら
自分の生きてきた時間が全て、信じられなくなる
晴れの日にとってこのたった一年少しの人生は彼にとって宝になるはずだった
だが、それも全て作られたもの、なのだ
「俺、は・・・偽物・・・いままでの、これまでは・・・偽物・・・?」
『断じて違うぞ。気をしっかり持て。確かにクローンかも知れないが思い、感じてきたことが全て偽物だという訳ではない』
デュラハンの声も、もう届いていないようだ
目の焦点が定まっていない
「・・・デュラハン、もう、何も言わないでくれ」
「ふっ、狂いだすかと思ったけどねぇ・・・やぱり心がないお人形らしいな!」
『貴様・・・ッ!』
「いや・・・事実だデュラハン。俺には何もない。強く成りたいって思うのもどうせデュラハンを守るために命令されてたようなものなんだろ・・・」
髪が影を作り、晴れの日の表情は闇に覆われる
明らかに心を閉ざしてしまった。死期を前にしてこうも残酷な事実を受け、彼の内心を知る由はない・・・彼に、心はないのだから
「よかったじゃないか。死ぬ前に自分の正体を知れて。あ、死のうだなんて考えても無駄。自殺出来ないように、作ったからね」
最期に高笑いを残し、彼はその場を去る
残された晴れの日に、今までのような太陽の笑みは欠片も残されていなかった・・・