其ノ六
其ノ六
「・・・ようやく死んだか」
「ま、さすがにあれ喰らって生きてることはねーっしょ」
四人の男は自分の仕事が終わったことに気を抜かし、その場に背を向けて立ち去ろうとする
だがその時微かな異変に一人が気が付いたのだ
「おい待て。何か聞こえないか?」
「は?何も聞こえねーぞ?」
「いや、確かに俺も聞こえる。なにかこう、滝の水のような・・・水ッ!?」
愚かなことに、聞こえた音を口に出してようやく彼らはことを理解したのだ
そう、異変の正体は水。雨の日の能力に違いないではないか
「まさか餓鬼が・・・ッ・・・!?」
油断しきっていたが故に焦りを覚えた男の一人が言葉の途中で吐血し、突如としてその場に膝から崩れ落ちた
いや、正確には上半身と下半身が分断され、壊れた人形の様に崩れ落ちる
「な、なに!?あの餓鬼の仕業だっていうのか!?」
「いや・・・だとしても姿が全く見えなかったぞ!!」
姿が見えないのは雨の日の身長や動き方からすれば当然
なんせ彼は、今いうなれば、
暴走状態なのだ
「・・・」
2人がわめいたまさにその瞬間だった
突如生き残る三人の前に雨の日が両手に水で作り刃を振動させた刀を持ちその刃を突き出してきたのだ
一人は完全に不意を突かれそのまま斬首され絶命。もう一人は間一髪で身を引き剣先が頬を切り裂く程度で済んだものの、冷や汗が止まらない
「調子乗りやがって・・・この餓鬼っ!!」
目の間で仲間がやられたことを構っている余裕などないこの緊急事態
その理由は明快だ。変革者の世間では自然系、つまり水や風、火といった能力を持つ変革者は戦闘に関してかなりの脅威となりうるらしくたとえ子供相手でも手練れの戦士が死ぬことさえあるという
「ちょこまか動くな!死ねぇぇ!!」
血走った目で錯乱するかのように、周囲を猛スピードで走り回る雨の日目がけて何か黒い波動を放つも全て躱されるか刀で切り裂かれてしまう
「このや・・・んがっ!?」
雨の日が視界から逸れ、一瞬見失い振り返ろうとした瞬間、男の腹部から真っ赤に血で染まりあがった雨の日の刀が咲き誇る
「う、あぁぁ・・・化け物ぉぉ!!」
三人やられようやく自分の置かれた状況が理解できたのか。最後まで生き残った男は半べそ書いて股を濡らしながら生まれたての小鹿の様に返り血で染まる雨の日に背を向けて走り出したではないか
「・・・にが・・・さ」
「ゆうちゃん!!ダメ!!」
追撃をしようと加担を振り上げたとき、ここにきてようやく体の自由が戻った母親が雨の日を止めに入ったのだ
怪我のせいで雨の日が三人も殺す間動くことが出来なかったが、今日何度目か分からない渾身の力を込めて足を引きずり、片腕に握った刀に水を収束させ始めた雨の日のその腕をがっしりと掴む
それを好機と見たのか男は一目散にその場から姿をけし、この場に残るはこの親子だけとなってしまった
「やめて・・・お願い・・・っ」
能力の暴走のせいで雨の日が防いでいた雨は雨の日の支配から外れ降り注ぎ、その場にいるものを激しく打ち付ける
湿気にやられ親子ともども髪がうねりだす中、男の逃走を気にすることなく懇願するように母親は囁いた
だが・・・その言葉は、雨音がかき消すのみで現実は悲惨なものだった
「じゃま・・・だ・・・っ」
正気を失った雨の日は目に映る自分の邪魔をするものを敵とみなし
挙句の果てに、力に飲まれ
母親を・・・切り裂いた
「・・・ゆう・・・ちゃ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
振り下ろされた左手に握られた刀は激しく振動し付着した血液をあたりにまき散らす。その一滴が雨の日の頬に着き、それを降り注ぐ雨がぬぐう
して、血走った目が次第に元に戻り始めたではないか
「・・・おかあ、さん?」
眼下には、肩から腰まで斜めに赤い一閃が入った母親の姿
徐々に地面に血が広がり始め、見るも無残だ
「もう・・・おやを・・・きっちゃ・・・だめ、じゃない・・・」
「あ、あぁぁ、あぁぁぁ・・・お、かぁさん!!おれ、あ、その・・・おかあさんっ」
事態を飲み込めずただただ唖然とし、どうしていいか分からず母親と周りを交互に見渡してどうにか出来ないものかと思考を巡らそうとするもパニック状態では何も思いつかない
すると、瀕死である母親がクスッと微笑んだ
「おいで・・・ゆうちゃん・・・」
焦点が次第に遠くを見つめるかのような定まらないものになっている
だがそれでもせめて微笑みは絶やさぬよう努める
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・っ!!」
頬を濡らすのは雨か、それとも涙か
「なにも・・・謝ることは・・・ないわ・・・でも」
一呼吸開けて辛そうに笑顔を作りそして最後の言葉を雨の日に向けて送った―――
「いい・・・?その力は、自分じゃない誰かのために使いなさい・・・今はこの言葉の意味が分からなくても・・・いつかは・・・き・・・っと・・・」
「おかあさん!?ね、ねぇおかあさん!!!起きて、ねぇ起きて!!!おかあさぁぁぁぁぁぁん!!」
曇天のそら、吸い込まれるようにして消えていった言葉は誰からの返事もないまま
永遠に消え去った
そしてこれが
雨の日、いや
能見 祐介と母親の交わした最期の会話だった