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変革者  作者: 雨の日
EpisodeⅠ~昨日は今日の昔~
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其ノ五

其ノ五


雨の日が姿をくらませたのは一週間後のことだった

あの騒動は結局、相手方が雨の日の能力に恐れをなして不問としたものの事の噂はすぐに広められ、たった一日で全校の生徒及び家族に尾ひれの付いた情報が出回っていたのだ


「・・・おい見ろよ、化け物だぜ」


「いや見たら殺されるぞお前」


それからと言う物廊下ですれ違う上級生の会話が聞こえてくる

時に恐れ、時に嘲笑い。多様な学年から多種の言葉を浴びせられ、今日まで仲良くしていた子でさえ、親に言われて関われなくなったと理解しがたいことを言われもした

毎日楽しく友達と遊びまわっていた雨の日にとってこれ以上辛いことはなく、一度も化け物としての自覚を持ったことのない純粋な子供にとって昨日の出来事は衝撃が大きすぎた

いくらキレていた時の事とはいえ、人を殺そうとしたのだ

その事の重大さは幼心でも十分に理解している

だからこそ、簡単に雨の日は壊れていった


「・・・おは」


「ひっ・・・お、おはよ」


朝の挨拶でさえ怯えられてしまう始末に、とうとう雨の日の心はもたなくなってしまった

怒りが湧いたわけではない。悲しい訳でもない

ただ、悔しいのだ

自分が変革者であることが、他人にとってこうも恐怖であることが

その思いが脳裏をよぎった瞬間、雨の日は背負っていたランドセルを投げ捨て、わき目も振らずに小学校を飛び出した。不幸なことに、今日の朝の時間は昨日の騒動の職員会議が行われており、雨の日が飛び出したことに誰も気が付けなかったという・・・




空は暗く、朝だというのに薄暗い。雨が降り出す前の独特のにおいが鼻を刺す

家に帰ろうとその重い足を引きずるようにして歩き出す。途中、ランドセルを忘れたことを謝らなくてはとかまた頭を撫でて甘やかしてくれるかなとか心此処にあらずな事ばかりを考えていた雨の日は、気づけばいつの間にか家の前にまで来ていた


「・・・でしょう?」


家の前に来てそこでようやく、誰かが訪問していることに気が付いた

大方の予想は着く。いつもしつこく母親を訪れ、雨の日の引き渡し、という名の買収をしようとしている奴らだ

いつもの雨の日ならば飛び込んで母親をかばうようにするのだが、今日は気分が気分だけに足が動かない

その結果として、聞き耳を立てる形となった

そして・・・信じがたい言葉が雨の日の耳を貫いた



「・・・決心していただけましたかな?なに、取って食うわけではないと散々言ってきたでしょう。変革者として立派に育てるだけですよ」


「・・・あの子は、それで救われるんでしょうか?」


我が耳を疑う

当時の雨の日がこの言葉を知っていればまずこの言葉を想像しただろう

いままで頑なに雨の日を手放そうとしなかった母親が意気消沈と男の話を聞いているのだ


「もちろん。立派な大人に育てて見せます。あぁ、それに奥さんにも毎月安定した額をご用意させますよ」


「・・・はい」


母親が返事をした瞬間、雨の日の中の開いてはいけない何かが開いた気がした

その力の存在に男は気が付いたのか、全身に鳥肌を立て雨の日がいる方向を向いた。だが、そこには人影は全くもってなかった

ただ・・・雨の日が居た場所だけがまるで雨でも降ったかのような跡を刻んでいる


「今の力・・・まさか話を聞かれていたのか・・・くそっ誤算だ!」


「え・・・勇ちゃん・・・!?」


母親も、まさか会話を聞かれているとは思いもしていなかった

だからこそ、動揺が生じる。少なくとも今、母親は雨の日を手放そうと少しでも思ったのだから

確かに、この一週間足らずで世間からの嫌がらせはこれまでの比ではないほど悪化していた

夜中にわざと部屋目がけて明かりを向けたり、ごみの分別を確かめるとごみをあさられたり、やることは小さいくせに数が多い

母親だって心が限界だった

だからこそ、変革者として生涯を過ごす方法があるのならその道を歩ませる方がお互いにとっていいのではと考えてしまったのだ

だが、心が崩壊寸前なのは雨の日と言えど同じ。ましてや、そんな状態で母親に裏切られるような言葉を聞いたのだ

その傷は計り知れない―――


「・・・はぁっ・・・はっ・・・」


どれくらいの距離を走っただろうか

子供にしては遠い距離を雨の日は心無い機械のように走り続けていた

それも、見知らぬ道をひたすらに


「けほっけほっ・・・!」


思わず咳こむ

商店街にまでたどり着いた雨の日は人通りの多い中央通りから路地に入り、そこに捨てられてある雑誌の山に座り込み降り出した雨を手のひらで一つ感じていた


「雨・・・濡れちゃうなぁ」


そう思った次の瞬間にはもう土砂降りだった

だが、雨の日は一切濡れる気配がない。全ての雨粒がまるで雨の日を避けるかのようにしてコースを変えるのだ

もちろん、これは雨の日の能力によるもので、水の操作だ


「はぁ・・・なんていうんだっけ・・・ほーむれす、だっけ?」


誰が答えるわけでもない。聞こえてくるのは突然の雨に慌てて帰宅する主婦の足音か雨が店の屋根に当たり鳴らす音だけである


「おれ・・・お母さんに嫌われちゃったのかな」


すごく悲しいはずなのに涙は一つたりとも流れてこない

空を見上げる雨の日は、虚ろな目で立ち竦むだけだった―――




少しだけ時は遡り雨の日宅前


「探してきますので待機していてください」


「え・・・あ・・・」


母親は何も答えられない

ただ、何も考えられず雨の日同様機械の様にその場で膝から崩れ落ちた

目の前で男が電話をしはじめ苦い顔で走り出したことでさえ、男がいなくなってから数十秒してようやく理解できたほどだ


「ゆうちゃん・・・」


自分がしようとしたことは母親として最低だ

愛するわが子を・・・捨てようとした

その事実だけが心を突き刺し痛みが増していく


「ごめんね・・・ごめんね・・・」


空から雨が降り始めるより早く、母親の頬は涙で濡れていた


「わたしが・・・みつけなきゃ・・・ゆうちゃんは・・・わたしの・・・っ」


濡れた頬を拭い、その眼に活力が漲るまでの時間は思いのほか早かった

大切な息子に少しでも一度でも裏切ったことをちゃんと会って謝りたい

その気持ちが母親の足を奮い立たせ、曇天の空の下長年連れ添った息子を想い、かけだした

第六話


「どこに行ったの・・・ゆうちゃん・・・」


心当たりのある場所には全て廻った

だが、雨の日の姿はどこにも見られなかった。流石に徒歩で行ける距離に限界はあると言っても市街地や商店街など入り組んだところに行かれては母親も見当がつかなくなってくる

しかし、それでも諦めるわけにはいかない


「あ・・・っ降り始めた・・・」


ついに降り出した雨を頬に受け、肌寒さに身を少し震わせたが、我が子はもっと寒い思いをしておなかをすかせているだろうと考えると泣き言は言っていられない


「早く見つけて帰らきゃ・・・あの人たちより早く・・・見つけなきゃ」


そうは言ってもあの男たちは変革者。もしかしたら人探しの能力を持っている人たちがいるかもしれない。もしそうなれば母親の努力は詮無きこと。先に見つけられ、軽はずみに口約束してしまったあの規約に従って雨の日は連れていかれてしまうだろう

・・・謝ることもできずに


「ゆうちゃん・・・絶対、お母さんは・・・いつまでも味方よ・・・!!」


「・・・嘘つき」


「!?」


どこからか息子の声が聞こえ、思わずあたりを見渡した

が、どこにも雨の日の姿は見えない。しかも雨脚も強くなりつつあり、先の声の方向はもうわからないのだ


「・・・聞いてたよ。おれを・・・あいつらに・・・」


「違う!違うの・・・っ」


姿は見えない

だが、確かにそこに居る


「・・・化け物は化け物らしく、だよね」


「ゆうちゃんは化け物なんかじゃ・・・!」


必死に反論しようとするが、どう言葉を発して良いのか分からなくなってくる

言葉とは、どうやって発するものだったのか。それ自体忘れてしまったかのように喉から声が生まれてこない気持ちだ


「化け物だよ」


冷たい、とても冷たく凍てつく声が雨の音に負けず母親の耳に飛び込んだ

それとほぼ同時に、降っていた雨が綺麗に一瞬で止み、さらに地面の水たまりでさえ全て消え去っていた

・・・いや、正確には母親の上空に振る雨だけがまるで透明のドーム状の天井に当たるかのように弾かれ、周囲に一滴の降雨を許さない

雨の日の能力に違いない


「・・・これでも、まだ化け物じゃないっていえるの?」


「・・・」


今度はとても寂しそうな声が、背後から聞こえてきた

母親はゆっくりと振り返り、我が子の姿をその眼でとらえる


「ねぇ・・・おれは・・・人間?」


身体の周りにまるで龍のような水を操り、両手に水の刀を構え虚ろな視線を投げる雨の日の姿は、もはや人間と呼ぶには異形だ

それでも、母親は目を反らそうとせず


「当り前じゃない」


ただ一言。はっきりとそう告げ、一歩を踏み出した。が


「来ないでっ!!」


「・・・っ」


踏み出した足先すれすれを雨の日の水が地面をえぐった


「ほら・・・こんな力があるんだよ・・・それにその気になれば・・・」


雨の日が自分を批判し、自傷しようとし始めたのを母親は聞きたくない一心で、雨の日の牽制を無視して駆け寄り、いきなりの事で一瞬途方に暮れた雨の日をを思いっきり抱きしめ、その小さな頭をそっとなでる


「人間よ・・・誰がなんと言おうと、あなたは私の大切な息子で、家族・・・」


「でも・・・でも・・・っ」


「ねぇゆうちゃん、温かい?」


「・・・え?」


そっと体を離して雨の日の目線に合わせてしゃがむ


「お母さんはあったかいよ。ゆうちゃんの体も、心もきっと温かい。それが、生きてるってことで、人間って証」


「いきてる・・・にんげん・・・」


「うん。泣いたり笑ったり怒ったり。それが人間。ゆうちゃんは、化け物なの?」


じわじわと雨の日の両目が潤う


「おれっ・・・おれぇっ・・・」


「・・・ごめんね」


再び抱き寄せ、その大きな頭を何度も何度も、髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でてあげる

親子そろっての天然パーマはまわりの湿気を吸い、今やクルクルだ

だが、それでも二人は構わない。それも、一つの親子の形だからだ

泣きじゃくる雨の日とそれを抱きしめる母親

この親子の永遠を誰もが望んだであろう。ただ一つ、奴らを除いて


「感動的ですねぇ・・・?」


となりのビルの上から声が聞こえた


「・・・あら、遅かったじゃない。あ、それとさっきの話は無しにしてもらえる?やっぱり雨の日は私の大切な息子なので」


「・・・はぁ、まぁそうなるだろうと思いました。勇佑くん、君はどうだい?仲間になるつも」


「ない!」


即決だ

しっかりと母親の手を握りしめた雨の日は涙をぬぐいまっすぐな目で男を睨みつけるように叫ぶ。だがそれも予想していたようで、男は仕方ないと呟く


「・・・自然支配系の能力は敵に回すと厄介。今のうちに消しておこう、殺っていいぞ」


その言葉を合図に、雨の日達の四方から四人の大柄な男が現れた。しかも全員黒サングラスのクロスーツにスキンヘッド

どこのホリウッド映画だと突っ込みたいが今は止そう


「・・・子供と女を殺すのは心苦しいな」


「しかたない。命令だからな」


各々戦闘に備え体の筋をほぐし始める

対して雨の日達親子はこの危機的状況に後ずさるしかない


「ゆうちゃん!絶対離れちゃだめ!!」


「わ、わかった・・・」


息子の盾になるかのようにかばう母親だが、どう考えても逃げ道は見えない

ゆっくりと迫りくる男たちの隙を突いてなんとか雨の日だけでも逃がそうと考えている母親だが、それも難しそうだ


「せめてもの情け。楽に逝け」


一人がサングラスを中指でクイッと持ち上げ衝撃波を飛ばす

直線的なその動きに、母親は転がるように雨の日を抱え込んだままかわす

だが不安定な体制で転がったため、膝をすりむいてしまった


「お、お母さん!?」


「いてて・・・擦り剥いちゃった」


「ふむ・・・間一髪でよけたか。なら、もう一回」


しかし、その攻撃より早く、雨の日が動いていた

これまで、人に向けて使うことなどなかった能力を込められる力をできる限り込めて手のひらから男目がけて打ち出す


「むっ」


しかし、その水は他の男の謎のシールドによってあっさり弾かれてしまった


「おっ、中々の資質。殺すの勿体ないなぁほんと・・・」


「くそっ・・・!」


余裕そうな男の表情に雨の日は思わず口が悪くなる

正直言って勝ち目など無いこの状況だが、母親は雨の日を、雨の日は母親を守るためだけを思っている


「でも、死ね」


だが2人の思いが交差するも、子供は親を

超えられない


「ゆうちゃんっ!!」


先とは違う男の放つ貫通性のある空気弾が空気をも弾き飛ばしながら足が震え立つだけでやっとな雨の日を襲う

のだが、母の愛、とでも形容すべき不思議な思いが力となって予知にも近い動きで母親が雨の日を抱え込むようにしてしゃがみ込んだのだ

その結果、雨の日にはかすり傷一つ着くことは無かった・・・が


「・・・げほっ」


「お、おかあさ・・・っ」


代わりに被弾したのは母親だった

しかし不幸中の幸いにも急所は外れており、今すぐ死に至るほどの傷ではなさそうだ。とは言ってもそれなりにダメージはある


「ちっ運のいい奴らだな本当。俺らも長々と弱い者いじめはやってらんねーのよ、ほれ楽になれ」


母親の容体に舌打ちをかまし、今度は本気も本気。たとえ急所でなくとも当たれば確実に死ぬような巨大な力の塊を頭上に作り始めたのだ

手練れの変革者であればその隙を突くものだがあいにくと雨の日は戦闘の経験などゼロ。力の塊に恐れをなして立ち竦む事しか出来なかった


「あ・・・う・・・」


「よけなさい・・・ゆう、ちゃん・・・おねがい・・・生きて・・・」


あまりの恐怖にパニックに陥る雨の日に母親は振り絞るように声を駆けるもその声は届くことなく時間だけが過ぎさり、ついに力が溜まりきってしまった


「跡形もなく消えされぇぇ!!」


振り下ろされた腕に示し合わせたように進みだした力の塊はそれなりに早い速度で雨の日達目がけて落下し始める

当然、雨の日達をかこっていた男たちもその攻撃の危険度からその場を離れ各々防御態勢に入っているようだ


「・・・あぁぅ」


「ゆうちゃん!!逃げて!!」


痛む傷を抑えながらも母親が必死に叫ぶも雨の日の耳には未だ声は届いていない

それでも、愛するわが子を守りたいという意思が、母親の体を突き動かしそして奮い立たせる


「無駄だろぉ・・・その餓鬼、完全にちびっちゃってるし」


少し遠くで誰かが笑った気がした

それだけで、母親は怒りしかわかない。それだけに、息子が大切で大事なのだ

だからこそ、守ってあげることは出来なくともせめて、最期のその瞬間までそばにいて上げたいと思う気持ちが、深手の母親を突き動かし雨の日をそっと抱き寄せた


「おか・・・さ・・・」


「くっ・・・ゆう、ちゃん・・・大丈夫、いつでも一緒よ?」


その言葉と共に、力の塊が辺りを包こむようにしてはじけ、雨の日達もろとも飲み込んだ―――

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