第九話
第九話
「えほっけほっ・・・なんだか・・・苦しい・・・」
地面の下、さらに言えば水銀の下に閉じ込められた霙の日達はきっと来るであろう救助隊を待ちながらも残り少ない酸素に危機を覚えていた
幸い、苦しくて眼覚めた子供は数人で、まだ多くの子供は眠りについている
だが、霙の日も酸素の薄さから苦しみを感じていたのだ
「大丈夫だよー・・・きっと、きっと・・・」
だが、途切れかけた意識のせいでうまく言葉が続かなかった。それが、子供に対して恐怖心を与えてしまったのだろう
一番危機としていた事、そうパニックだ
泣き叫べばその分たくさん息を吸う。子供であったとしてもそれは避けねばならないことなのだ。だがしかし、子供心にもわかるのだろう。今のこの状況が、死と言う未知の恐怖につながろうとしている事を――――
「おなかすいたよぉ・・・ぐすっ・・・こわいよぉー・・・」
「よしよし・・・こっちにおいで?」
薄れゆく意識と酸素の中、泣き出した子供を優しく包み込みその頭を撫でる
「だいじょうぶだいじょうぶ・・・きっと助けに来てくれる」
子供に言い聞かせる言葉だが、その言葉はまるで自分に向かって来る刃の様だった。大丈夫と言うたびに、子供たちにアリもしない希望を持たせているのではないかと苦しくなる
それでも、少しでも可能性が有るならばと口を動かし続ける
あやふやで中途半端な慰めや激励しか出来ないけれど、それでも霙の日は子供たちを励ますことを止めない
霙、その字に含まれる英雄のような強さは無いかもしれない。でも、信じていればいつか必ず誰かが・・・
そう祈りをささげた時だった
「うーいっ生きてっかー?」
『えと・・・助けに来ましたよぉー・・・?』
乱暴な口ぶりの女性と少し声が機械を通ったような幼女の声と共に、霙の日達の元に一筋の光が舞い降りた・・・
「あ、あぁぁああああ!!!」
深手を負ってもなお、フレディが守ったものを守り抜くため、風の日は単身天候荘の中にいまだはびこるアナザーの兵を狩りに狩り、今にも射殺されそうな子供たちを目に狂乱にも似た叫びをあげながら鎌鼬を投げつけ続ける
荒れに荒れるその一撃はたった一風で兵の胴を二つに分けその命に終わりを告げる
自棄になった風の日だが、その背後には一人の変革者が斧を構えて振り上げた
が、その斧は振り下ろされることはなく、その変革者の人生の幕のみが下りた
「んもぅ・・・・ダメだよ!自分をもっと大切にしよっ!」
「え・・・!?」
思いもよらない援軍に我に返る風の日は、少しの動揺を見せた後、その人の持つ不思議な包容力に涙を流すのだった
「え、あ、え!?何で泣いちゃうのっえ!?」
「ううん・・・なんでもない・・・来てくれたんだ」
次に動揺したのはその人だった
突如泣き始めた風の日にどうしていいかわからずたじろいだが、深呼吸で落ち着いた風の日を見て少しほほ笑む
「もーちろんっ。でも・・・遅くなってごめんね?」
「そんなことないわ!」
これで百人力、と言いたげな満足そうな風の日は右手を差出しその人と硬い握手を交わした
「白雨さん。一応これが最後の忠告です」
「あら?何かしら」
少なくとも忠告で済むような殺気ではないのがその場に居る全ギャラリーが感じていた
口調こそ落ち着いているというのに、その言葉一音一音がまるで雷のように全身を駆け巡る
「―――今すぐ立ち去れ」
「ふふっ、お断り」
それが決戦の火蓋を切るキッカケだった
まず動いたのは純粋な殺意に目がうつろな雨の日だ
全身に自分や撫子の血を浴び、真っ赤に染まるその姿は白でもなく黒でもない、ただの鬼の姿そのものだった。今の雨の日は確実にキレている。目の前で仲間を殺され、救えなかった自分にキレている
振り上げる薙刀は落ち着いた微笑みさえ浮かべている白雨の作り出した鋼鉄の水の盾に防がれ、お互いの水がはじけた
だが、間髪入れずに雨の日はその場から大きく横に跳び、崩した防御の先を雷の日に託す
「流石っ・・・でも雨!少し落ち着け!!」
鳴らした指から生まれるのは500万Vを超える超電圧を持った雷。雷特有のジグザグとした線を描きマッハ以上の速度で白雨を捉える。だが、白雨は自分の周りに伝導率100%の水を産み、すべての電撃を背後へと流す。その攻撃は背後で戦闘の一部始終を見守る自分の仲間たちに確かに被弾したのだが白雨はまるで見向きもしない
「くっ・・・白雨さん!何故アナザーになんか・・・っ!」
遥か昔にも思える時、白雨が天候荘を裏切ったあの日に聞けなかった事を雷の日は雷と共に投げつける
今度放たれた雷は上空からで命中こそすれどまたも水で流されてしまう。白雨の水を操る能力は性質変化に目覚めているため、正直相性が悪いのだ
「・・・あなた達を守るためよ」
少しだけ寂しそうにつぶやいた白雨だったが、すぐ背後から突き出された雨の日の薙刀に勘付き髪が数本切れるだけの反応で体を捻る
小さく舌打ちした雨の日は、薙刀を消し、小太刀を二本作り出し白雨に切りかかる
「・・・雷、そんなことはどうでもいい。今はコイツを殺すだけだ」
「雨さん、落ち着け!!一人で戦って勝てるものか!!」
正気ではない雨の日に曇りの日が叫ぶが声が届くことは無い。仕方なく煙で白雨に攻撃且つ雨の日目がけて飛ぶ水球を防ぎ続ける。そうでもしなければ、雨の日は水球に直撃してでも攻撃の手を休めないだろう。そう、文字通り死ぬまで
雨の日が左手で水平に切り裂いた刀が白雨に防がれると次は右手の刀で貫こうと突き出す。しかし難なく防がれ、雨の日の体は反動で大きくのけぞる
「怒りで我を忘れるなんて珍しいわね?何かあった?」
その言葉と共に白雨の水が槍となり雨の日の腹部を貫通し、その刃に雨の日の鮮血がべっとりとこびり付く
一瞬、誰もが一つの戦いに決着が着いたと思った矢先、白雨が水を引き抜くと同時に雨の日の傷口が塞がっていくではないか
「・・・死なねぇよ」
「・・・ッ!?」
たった今攻撃が防がれたと言うのに雨の日は刀を作っては切りかかり防がれては作り直しを繰り返していく。まるで駄々をこねる子供だ
「落ち着けってば雨!!」
流石にしびれを切らしたのか雷の日が指を鳴らし白雨と雨の日もろとも雷で飲み込んだ
当然白雨は雨の日の攻撃を意に介さないレベルで受け流していたので突然の雷に反応ししっかりと通電させる。が、そもそも能力としても冷静差からしても不利な雨の日は雷の日の雷を全身に受ける
・・・若干骨が見えたような気がするが
「曇り、回収してくれる・・・?」
「・・・あぁ」
呆れたように額に手を当てる雷の日は曇りの日に頼んで雨の日を自分たちの元に引き戻す
その様子を白雨はただニコニコと眺め余裕たっぷりだ
「邪魔・・・すんじゃねーよ」
「雨、また黒くなってるよ。何があったかは知らないけど落ち着きな」
座り込んだままの雨の日は視線を白雨に向けたまま動かさず小さく口を動かした
「・・・撫子が死んだ。それだけだ」
「撫子・・・が?」
その言葉に二人は息を飲む。味方の死は戦場において当然の事ではあるし、覚悟だってしている
だが、やはりこれまで長くを世話になった者の死は全くの動揺なしにとは言えない
「あぁ。だから俺に殺らせろ」
「ダメだ」
間髪入れずに言ったのは雷の日だった
その顔つきはいつになく険しい
「雨さん、すまないが俺も雷と同意見だ」
「曇り・・・テメェもか」
舌打ちと共に立ち上がり敵前だというのに背を向けて二人と向かい合う雨の日。だが、そのことは雷の日も曇りの日も咎めようとはしない
それに白雨も動く気配がない
「撫子ちゃんがやられたことで怒りたいのは雨だけじゃない。それに・・・フレディもやられた」
「フレディ・・・も?」
「・・・雨さん、復讐に燃えるなんてらしくないぞ。それに、こんな早くに雨さんが死んで天に昇ったら撫子に叩き落とされるぞ?」
「・・・」
黙り込む雨の日。だが、すぐに顔を上げて白雨と向かい合う
そして純粋できれいな薙刀をその手に握りしめ、全身に着いた水を洗い流す
「雲があって雨が降りそれを伝って雷が落ちる。それが俺たちだろ?」
「はんっ・・・・さ、てと・・・もーそろ血で制約は払えた、か」
「ふっ・・・もう少し少年誌のような熱い言葉の掛け合い期待していたんだがな?」
振り返ることなく雨の日は答える
「20後半の大人が、んなくせぇことやるかっての」
フッ、と二人は口角を上げて雨の日の横に立つ
そしてようやく落ち着きを取り戻した雨の日の肩を叩く
「いいか、撫子の最後の言葉だ。耳の穴ほじくりまわしてよく聞け?『みんなを守ってあげて』だとよ」
「なら、雨もその中に含まれるね・・・てか本当にそれだけが遺言?」
「あぁ、これ以上の犠牲は無しってことだな・・・うっせほっとけ」
白雨は、三人を包む空気は変わり始めたことに気が付きその口元から余裕の笑みが消えた
「無我・青龍」
「無我・白虎」
「無我・玄武」
「・・・ようやく本気で戦えるのね。いいわ、この戦いどちらかが死ぬまでってわけ。行くわよ・・・無我・朱雀」
後に変革者の歴史にこの戦いはこう刻まれる
―――四獣戦争、と