就職難で困っている? ならば、うちに就職しないかい!?
※あらすじ既読推奨です。
「……何故だ。何故、応募してくれる人がいない」
「最近のデータと照らし合わせて、女子高生から女子大生をターゲットにする方針で求人広告風に教育機関にばら撒いたのですが、不思議ですね」
「ぐいぐい行き過ぎたんじゃにゃーか?」
向かい合うように座る三つの影。『魔法少女営業部会議室』と書かれたプレートが下げられた個室にて、真剣な表情で企画会議を行っていた。全員の机の上には、数日前に会議で決定して、製作された求人広告が広げられている。
この広告は、普通の人間には見えない。魔法少女になる資格がある人間だけが、見ることができる代物であった。しかしここにいる三人とも少女には見えず、性別に分類するなら普通に男。それなのに見ることも、触れることもできるのは、ただ単に彼らこそが製作者側であり、人間ではなかったからだ。
「む…、現実に疲れているところを、希望に溢れるように明るく元気いっぱいな感じで書いてみたのだがな」
「僕としては、この求人広告を部長が書いたことにびっくりにゃ」
「主任君。……それを言ってはいけません。必死に若作りしたのですから」
「君ら、聞こえているから。しかも、所長が一番酷いことを言っているから」
部長、と呼ばれた人物は小さく溜息を吐くと、背中に哀愁を漂わせた。ちょっとショックだったらしい。彼にしてみれば、最高の出来だと思っていた求人広告。その文章の下には、可愛らしくふわふわで、無駄にクオリティが高い魔法少女の絵まで描いていたのだ。それを見た主任は、ハサミで絵だけは丁寧に切り取っておいた。
三人がこの会議室に集まったのは、前回の会議で決定した案が上手くいかなかったので、再び話し合うためだった。会議にしては人数が少ないが、今回は緊急で集まったためだ。挽回の手口を速やかに考え、下に示さなければならない。
所長はIT関係に強く、主任はまだ経験は浅いが、若い意見と現場をよく見ているからという理由で選ばれていた。今回の議題は、現在減少傾向にある彼らの仕事の就職率の改善のためである。問題点をきちんと解消しなければ、また同じ過ちを繰り返すだろう。
「だいたい何で、女子高生や女子大生をターゲットにしたのにゃ? 魔法少女って僕らの時代的に、小学生か中学生がやるもんじゃにゃーか」
「最近の小学生や中学生は、保護者の守りが固く、GPS機能で追跡されてしまうのですよ」
「ちょっと前に、空中を飛んでいた魔法少女(10歳)のお母さんが、GPSを見て引っくり返った事件があってな。川や屋根の上すら、一直線に進む娘の現在位置に、腰を抜かしたらしい」
「……携帯を置いといたらいいにゃ」
ファンタジーもっと頑張って、と主任は心の中で思った。
「それに最近の小中学生は、なかなか時間のゆとりが取れないのですよ。逆に義務教育を卒業した女性なら、ある程度の時間の自由を自ら決める権利を持っている方が多くいます。自己責任ですね。年端もいかない子どもに仕事をさせるなど、という権利団体のようなものもありますし」
「えっ、所長。魔法少女の営業にも、権利団体って行使されるのにゃ?」
「……数年前から、小学生の女の子に魔法少女にならない? と声をかけても『子どもを働かせるなんて、権利の侵害なんだよ!』と論破される件が多数…」
「あー、最近の小学生ってすごいからにゃー」
最近の魔法少女業界では、平均年齢が上がってきている。さすがに30代でも魔法少女をする人物は数名しかいないが、20代はそれなりにいる。昔の魔法少女業界では、それはもうピチピチの夢に溢れる、幼女や少女に溢れていた。20代で魔法少女をしていたのは、本当に稀だったのだ。しかし、昨今の社会情勢は大きな変革を及ぼしてきた。
困っている人を助けよう。地球を守ろう。そんな慈愛精神だけで、魔法少女になってくれる子が少なくなった。むしろ、見返りをちゃんと求めてくる。ある意味、賢くなったと言うべきだろうか。契約一つでもかなり細かく決め、時間をもらう分の給料の支払いや、保証もしっかり完備しておかなくてはならない。小中学生の場合は、大金を渡すとまずいため、お金は将来払いで送られるシステムになっている。
こちらも大変だが、その分魔法少女の取り決めも、しっかり契約することができるメリットがあった。魔法少女だとばれないこと。魔法少女の衣装を写メで撮って、ブログに勝手にアップしないこと。魔法が使えるようになっても、一般人に向けて使ったり、日常生活では極力使わないこと、などが義務付けられている。それを破った場合は、魔法少女を辞めることになる。そんな風に、相互が納得した上で、最近の魔法少女業界は動いていた。
「うわー、話には聞いていたけど、7、8年前、僕がまだ現役で働いていた頃とは大違いにゃー」
「私にとっては、もっとですよ。役職について20年経ちますが、最近の社会情勢は目まぐるしいものです」
「それなら、300年前に現役だった私の方こそ…」
「部長のそれは、僕らとはもはや比較対象にならないほど、異次元な気がするにゃ」
主任と所長の頭の中には、武士と魔法少女の謎コラボが浮かんでいた。
「そもそもにゃんだけど、今回のこの宣伝が上手くいかにゃかったのは、『魔法少女』というネーミングがまずかった気がするのにゃ」
「……なるほど。確かに『少女』と言われて思い浮かぶのは、せめて高校卒、……いえ、ぎりぎり成人前まででしょうか。魔法少女は19歳まで名乗ってもいい、と商業で証明されていますし」
「名前は、一理あるかもしれん」
しかし、『魔法少女』は長年続く伝統的な名称。そうそう簡単に変えることはできないだろう。だが、これも時代の流れだというのなら受け入れるべきだ。
「『魔法使い』なら、いいのではないですか? 漫画やゲームにもよく出てきますし」
「30代手前の男性がドキッとしそうにゃ」
「所長君。君、俗世にだいぶ染まっていないか? ……しかし、ネームバリューというものがあるからな。混乱を招きかねない」
たとえば、誰もが知っている名称がいきなり変わったら混乱するだろう。また別の名称に変えるにしても、今まで築き上げてきた誇りがある。3人は腕を組んで考える。小学生から成人前までは、従来通り『魔法少女』でいいだろう。問題は、20代過ぎの女性に向けての呼び名だ。
「……大人の階段をのぼりし者という意味を込めて、『魔法昇女』」
「……世界という家を守り、しかし繊細な心を持つ硝子の乙女、『魔法硝女』」
「魔法少女を極めし者に送られし称号、『魔法匠女』」
「あっ、部長のやつかっこいいにゃ」
「さすがです、部長」
「そ、そうかい」
とりあえず、思いついたものを会議日誌に書き込んだ3人だった。
******
「サブカルチャーで思い出したんにゃけど、最近の魔法少女って、どこかイメージが悪い気がするのにゃー」
「……確かに、なかなか信用していただけませんものね」
「その報告は、確かに受けている。魔法少女は、先生や警察官並みに、信頼の厚い職だと思っていたのだがな」
「今では、教師も警官も叩かれる時代ですからね。魔法少女も、そういう時代なのかもしれません」
「悲しいことにゃー」
彼らが魔法少女をスカウトするのは、この世界に現れる危機を救ってもらうためだ。彼女らのような存在が生まれたのは、もう今から数千年以上前からという古い歴史を誇る。姿や方法などは時代によって変わっていたが、根本は変わらない。
宇宙からの強いエネルギーが集まると、地球のエネルギーでは消化しきれず、地球上によどみとして現れてしまうのだ。それが増えると、地球の生命体に悪影響を及ぼしてしまう。故に、それを早急に浄化してもらう必要がある。魔法少女とは、地球のお掃除屋さんと言ってもいい。
営業部はその素質がある人物をスカウトするために、地球自らが作り出した組織の一つだ。彼らは神と呼ばれることもあれば、天の使い、悪魔など、様々な言葉で表せられる。どんな呼ばれ方でも彼らは気にしないが、一番は母である地球を守ることであった。スカウトをするために、天使と名乗って印象を良くすることもある。時代によって、見た目を変えることもある。
人、という地球で暮らし、地球を守る力を持っている彼らと協力するために、彼らはいつも行動してきた。人間たちの趣味や趣向に、彼らは全力で合わせてきたのだ。
「私も色々と、……パソコンで小説を読んだり、掲示板に書き込んだり、ゲームをしたり、漫画を買ったり、アニメを見たり、自分でも色々かいてみたり、コミケに行ったりしていましたが、この現状は嘆かわしいですね」
「私は、君の私生活が嘆かわしいよ」
おかげで、地球で言うところの色々なオタクが誕生した。
「そういえばにゃー。最近の魔法少女は、どうもダークファンタジー的なジャンルに分類されているようにゃ気がするよ。夢や希望なんか、本当に夢だよ……みたいな感じにゃ」
「それ、魔法少女の概念を根本から否定しているよね!? そんなサブカルチャーがあったら、こっちの営業的に困るよ…」
「でも部長、ストーリーはなかなかよかったですよ」
「営業側が、影響を受けたらまずいだろっ!」
人間への過度の干渉は禁じられているため、ダーク系魔法少女の漫画やアニメに介入することはできない。魔法少女のアニメが始まった頃の営業部は、それはもう盛り上がった。ついに俺たちの時代が来たァァーー! と、ノリノリで営業しまくったのだ。
それなのに、逆風が吹いたからと言って、それを邪魔することなどできない。そういう時代なのだ、と受け入れるしかない。数百年以上生きる彼らにとって、それが当たり前だった。
「主任君の今の見た目や語尾は、現役時代の名残なんですよね」
「そうにゃー。役職についても、人型はなんかやり辛くて、語尾もなかなか取れなくてにゃー。もう開き直ったよ」
「我々は好きな姿になれるが、何故わざわざ猫のぬいぐるみ風に」
「僕の現役時代は、女の子と言えば可愛いぬいぐるみだったからにゃ。あと、アニメの影響で」
「サブカルチャー。恐ろしい相手ですね…」
子どもに大きな影響を与えるものの代表例として、今の時代はやはりアニメや漫画があげられる。字数の多い小説を読む子は少なく、絵が主体だったからだ。その中でも、魔法少女を題材にしたアニメの影響力は計り知れない。
現場で働く従業員は、必修に魔法少女アニメを見る研修がある。部長の時代にはなかった制度であるが、所長あたりはばっちり影響を受けていた。
「役職についたら、やっぱりやめた方がいいかにゃ? ファスナー下す?」
「えっ、それファスナーなの」
「とりあえず今は、それは置いといてにゃー。最近の子は、可愛い見た目だけじゃ難しいのにゃ。だからって、凛々しい感じとかは怖がるし、部長や所長みたいな人型だと通報されるにゃ。子どものような見た目にしてもいいけど、人型はアドバイザーとしては動きづらいのにゃー」
「現場も大変なのですね…」
数年前まで現場で働いていた主任の言葉に、部長と所長は感心したように話を聞いていた。
「なので最後の仕事の時は、可愛さと神々しさというギャップを目指してみたのにゃ」
「主任君、その相反する二つの存在を組み合わせるなんて、なんてチャレンジャーな」
「にゃーにゃ。僕のこの姿を見た人間は、みんなまずびっくりしていたにゃ!」
よっこいしょ、と椅子から降りると、主任は短い手で髭を整え、舌で尻尾を毛繕いする。もうこれ完全に猫だよ、と彼の現場根性に二人は戦慄した。
そして準備が出来上がった彼は、動きを止めた。突然ぷるぷると震えだし、ジジジッ、と何かが動く音が部屋に響き渡る。そして主任の背から、何やら神々しい光が溢れてきたのだ。金属音同士が当たることによって、起こるようなそんな音。まるで、ジッパーとかチャックとかファスナーとか、そんな感じのものを下ろす時に鳴るような音であった。
「ちょっ、これ完全にファスナー下す音だよね! 猫のぬいぐるみから、何を出す気なんですかッ!? そりゃあ、誰だってまずはびっくりしますよ!」
「こ、これが、今の時代の変身シーンなのか…」
「違いますよ、部長! 今の時代の魔法少女の変身シーンは、キラキラなエフェクトを満載しまくった、少しのエロを織り交ぜた開発技術局の集大成の塊ですッ!」
「それはそれでいいのかなァ!?」
「にゃぁぁぁーー!!」
主任の背が光り輝き、ファスナーが下りる音が最後まで響き渡った。バサァ、と彼の背から現れたものが、主任の身体を宙へと浮かせていく。部屋に舞い散る純白の光――羽が広がっていった。
それはまさに、天使のようだった。誰もが美しいと感じるような、汚れが一斉ない白き翼。羽の一枚ずつに光沢があり、その羽毛はすべらかな触り心地を感じさせる。天使の羽と言われれば、誰もが認めてしまうほどの神々しさを放っていた。
「どうです、部長、所長! 僕の営業時の姿はッ!」
「さ、左右の翼の神々しさと、中央のぬいぐるみという奇妙さが、妙な存在感を作り出している、だとッ……!」
「違和感が、ものすごく仕事をし過ぎているッ……!」
確かな戦慄が、会議室を駆け抜けた。
******
「時代の波で思い出しましたが、私は一つ疑問に思ったことがあります」
「ん? 疑問か。今は色々な意見が聞きたい、話してくれ」
「……何故、この業界は男子禁制なのでしょうか」
「うわぁ、そこツッコんじゃうにゃ」
お茶を飲みながら、一服していた一同。そこに、首を傾げながら疑問を口にした所長に、部長と主任の頬が引きつった。
「私とて、現役で働いていたことがある身です。女の子の方がアドバイザーとして嬉しいですし、衣装に萌えますし、女性の生命力は計り知れない、などの理由があることは知っています」
「魔法を使うエネルギー効率が、女性の方が高いからだからね」
「エネルギーは、みんなの笑顔にゃ! とか言っても信じてくれない子が増えたよね。本当にゃのに。最近は説明責任とか難しいのにゃ」
「それはともかく、男性の中でもエネルギーを上手く循環できる方が少しずつ増えています。おそらく、男女の逆転化が招いたことだと思われます。昔の女性の様に静かな草食系男子が増え、ホルモンバランスの崩れなどが原因かもしれません」
「えっ…、社会情勢が、魔法少女業界を揺るがすのか」
部長の呟きは静かに流れ、所長はノートパソコンを取り出した。手慣れたタイピングでデータをまとめ、二人にわかりやすいように映像化させる。そこには、魔法少女の年齢別のグラフ。日本の人口と男女比。そしていくつかの新聞記事が飾られていた。
「今、この業界は人材不足に悩まされています。頑張って下さっている方々はいますが、彼女らは彼氏が出来たり、結婚が決まると寿退社をすることが多いのです」
「結婚はわかるにゃ。魔法少女は肉体労働が主にゃから、赤ちゃんを流産させちゃうわけにはいかんにゃ。家族を大切にしてほしいと思うよ。でも、彼氏さんが出来てもにゃ?」
「アンケートを取ったところ、『もしばれたら死ねる』だそうです。恥ずかしいみたいですね」
「……えっ、この業界、そんなこと言われるの? 夢に溢れていて、衣装も可愛いのに」
「部長、結構ピュアにゃ」
「魔法少女の衣装は、本部でもかなり激論になっていますからね。伝統的なふわふわでキュートな衣装で通したい派と、大人の魅力に溢れた魔女風な衣装で通したい派、もう私服化しちゃってもいいんじゃない派、だぼだぼローブ姿こそが萌え派、など他にも様々な派閥があります」
「衣装の布地面積の論争とかも、確かあったはずにゃ。エロかわの比重とか」
「おじいちゃん、君らの会話がよくわからないよ…」
小さく項垂れる部長に、二人で優しく背中を撫でた。それから数分後、脱線してしまっていた話に、所長は咳払いを一つすると、話を元に戻した。
「とにかく、魔法少女の退職理由の多くが、寿退社です。少子化が進んでいる現在、下が育つ前に抜けられると困りますし、突然抜けられると穴を埋めるのが大変です。だからって、彼女らを引き留める訳にもいきません」
「魔法少女は、愛の使いにゃ。むしろ、祝福するべきにゃ!」
「えぇ、そうです。新たな子どもを産んでいただき、次期魔法少女候補を増やしていただくためにも!」
「所長君、ちょっと後で色々話そうか。わかるけど、それ言っちゃだめだから」
彼らの中では、結婚する女性を引き留めるつもりはない。だけど、彼氏が出来たから辞めるというのは、何とか引き留めたいと思うのが心情だ。夢と希望の企業なので、ブラック企業のように辞めさせないということは出来ない。それでも、改善策は必要だろう。
「そこで、私は考えました。魔法少女だと、彼氏にばれるのが恥ずかしいのなら、……彼氏も魔法少年にしてしまえばいいのですっ!」
「すごいにゃ! なんか色々偏っているけど、確かにそれなら解決にゃぁ!」
「えぇ。しかもそのカップルが夫婦になれば、妻は辞めても、夫は働いてくれる。魔法少年ができることで、職を続ける方も増えることでしょう。もしかしたら、妻の再就職もありえます」
50代になっても、仲良く魔法で世界を救う夫婦の姿。衣装とかはきちんと配慮すれば、見た目はすごいが問題ない。その子どもも魔法少女、または魔法少年になれば、家族みんな安心だ。年齢が理由で辛くなったら、後進の育成に取り組んでもらうことも出来る。
年金に不安な現在社会でも、こっちは地球そのものから支援を受けている企業である。お金が欲しくなったら、適当に石油でも掘り当てればいいのだ。そうすれば、給金はしっかり払うことができる。老後も安定した生活を保障。さらに受け継ぎ作業がスムーズになり、人材の確保にも、未来の子どもたちの安全にも繋がるだろう。
「あー、その、でもな、そこまではさすがに…。それに、私はやっぱり魔法少女がいいなー、っと思うのだが」
「部長、――それは偏見というものです」
「――ッ!?」
所長から言われた、『偏見』という言葉。その言葉に、部長は衝撃を受けた。偏った否定的な意見。いや、先入観と言うべきだろうか。差別はいけない、とわかっていても無意識に拒絶してしまうこと。
部長は、魔法少年を受け入れられなかった。それは、今まで積み重ねてきた経験もある。魔法少年と言う未知の領域を作り出すことの、メリットやデメリットを考えたことも否定しない。だが、一番に思ったのは、魔法少女というファンシーでキュートな存在に、男が入ることだ。納得ができなかったのだ。
「部長の気持ちは、わからなくはありません。私も女の子を見る方が好きですし、フリフリの衣装にサムズアップしますし、もし百合っていたら滾ってしまいます」
「すまない、私は所長の気持ちがわからない」
「しかし、自らの趣味趣向を仕事に持ってくる訳にはいきません!」
「君、結構持ってきていたよね」
だが、今の所長の言ったことがわからない訳ではない。彼も本心では、魔法少年には燻った感情はあるだろう。それでも、この愛する地球のために、支えるべき少女たちのために、できることを必死に考えたのであろう。
「現在の日本の総人口は、約1億2600万人ぐらいですね。前年に比べると、約20万人ほど減少しているようです。少子高齢化を、感じられますね…」
「にゃー。でもこのデータだと、男の人より、女の人の方が人口比は多いにゃ。魔法少年にするにしても、やっぱり母数が多い方に比重を置いた方がいいんじゃにゃいか」
「総人口のデータだけに囚われてはなりませんよ、主任君。我々が雇用したいのは、幼少期から壮年期までの方です。実は50歳までは、男性は人口比50%以上を超え、女性は50%を超えていません。男性は女性よりも短命であることが多いため、50歳以降は女性の独断場になるのです」
「……なるほど、我々が求める年代で考えれば、男の方が母数が多くなるのか」
ようやく会議らしい空気になってきた、魔法少女営業部であった。
「それに最近の社会では、男女雇用問題についても取り上げられています。今から50年以上も前から、ジェンダー問題は様々な論争を起こしてきました。……魔法少女業界にも、その波がついに来たと考えるべきです」
「保育士に男性がにゃったり、駅長な女性がいたりしてもいいよね、ってことにゃーね」
この魔法少女業界に女性しか入っていなかったのは、エネルギー効率の問題から、女性が相応しいと考えられてきたからだ。しかし、男性の中に今まで適合者はいなかったのか、と問われれば否だ。少数ながら、確かにいた。そして昨今では、その人数が増えてきているというデータもある。
現在の就業状況が厳しいのは事実。その負担は彼らに、そして現魔法少女たちに重石となってしまっている。彼女らがこれからも安心して、夢と希望を背負った魔法少女として輝いてほしい。それが、彼らの夢なのだ。
部長はそっと目を瞑り、天井を仰ぐ。時代の波に流され、それに適応してきた彼らが、また変わる時が来たのかもしれない。この決定は、今の魔法少女業界に震撼を起こすだろう。しかし、それこそが我らの生き方ではないのか? 全てを受け止めながら、柔軟に対応していくことこそが。
人間は、彼らに比べると短命で脆弱な存在だ。それでも、その発想力や、思いもよらない力は、いつも彼らを驚かしてきた。最初はこの地球を守るためだけの、協力者という立ち位置だった人間たち。しかし、彼らの営みを見守りたい、と彼らの波に乗っかってみようと、自然と思えるようになっていった。最初は無個性だった彼らに、これほどの変革を及ぼしたのは、いつだって人間たちだった。
流される側にも、流される意地がある。思いがある。これが流れなら、受け止めよう。こういう時代なんだと、開き直ろう。それから受け止めたうえで、ちゃんと自分の足で歩いたらいい。嫌な時代だと、否定し続けたって、何も変わらない。自分が変わる以外に、変わるものなどないのだから。
部長は閉じていた瞼を開き、肩を竦めて笑ってみせた。
「……所長。今回の会議のデータをまとめて、書類の作成を頼んでいいか。主任は、現場の声をできるだけ拾ってきてほしい」
「部長、それは、……魔法少年のこともですか?」
「あぁ、そうだ。私の名前を出してもらっても構わない。騒がしくなるだろうが、我らが一石を投じてみるのも悪くないだろう。変わることには、みんな慣れているだろうしな。長く生きていると、新しい刺激を欲しがるものだ」
「おぉー、部長がマジにゃ。了解よ、現場の状況や、要望にゃんかの資料を集めてくるにゃ!」
「わかりました」
数多くいる同胞の中から、役職に選ばれる者たちは、なんだかんだで優秀なものが多い。それでいて、個性的な趣向や考えの者がほとんどなのだ。新しいものが大好きで、好奇心の塊のような彼らが動くと決まれば、彼らの時代は動く。
「魔法少年の時代が、来るかもしれませんね…」
「この業界は、今は人手不足だからな。就職難な世の中だ。魔法が使えて、給料も保証も良く、アドバイザー付きの職場だなんて、もしかしたら、応募が殺到するかもしれんな」
「そうにゃったら、僕らも大変かもしれないにゃー」
魔法少女営業部。彼らは、地球のために、魔法少女たちのために、時代の最先端を常に目指す者たちである。逆風や風評に負けず、人間との距離が少しでも縮まるように、彼らは今日も働くのだ。
そして、三人はそれぞれの職場に戻り、彼らの時代は変わり始めたのであった。
******
やぁ、そこの少年少女たちよ。これからの将来に、不安を抱いたりしていないかい。年金や給金の問題。複雑な政治状況。就職難な時代。それに目をつぶった学生生活。変わらない平凡な毎日に、自己を見失っていないかな。そんな君たちに我々が紹介する仕事は、今までの君たちの世界を塗り替えてしまうだろう。夢や希望を抱くのが難しい世の中で、君自身が夢と希望を溢れさせる存在となるのだ。未経験者大歓迎。給金の相談にものります。小学生の弟さんや妹さんも一緒にできるので、兄弟姉妹コンビで組むこともできます。衣裳もお揃いを用意します。憧れのボーイ・ミーツ・ガールだって夢じゃない。優秀なアドバイザーが一人つき、あなたを全力でサポートします! なのでぜひ、応募してみてください。さぁ、――君もキラキラの魔法少女や魔法少年になって、一緒に世界を救いましょうっ!!
「……何故だ。何故、応募が来てくれない」
「おかしいですね…。前回の会議の決定をちゃんと反映させたのに。ターゲットの方針拡大で、教育機関中にばら撒いたのですが。……押し過ぎると引いちゃう、初心な世の中なのでしょうか」
「……あの、部長。また部長が、求人広告を書いたのかにゃ?」
「あぁ、力作だ」
「そ、そうかにゃー。あっ、今回の絵も可愛いにゃ。コレクション、コレクション」
「しかし、この求人広告のいったい何がいけなかったのでしょう。決して嘘は言っていないのに」
「そうだな、全て紛れもない真実だというのに」
「にゃー」
昔のように、また足で稼ぐ営業に戻るべきではないか。いえいえ、ここはホームページでも作って、理解を深めてもらうべきでしょう。いっそ、新しいサブカルチャーをみんなで作っちゃえばいいのにゃ。などなど、新しく出来上がった求人広告を眺めながら、めげることのない彼らは、様々な意見をまた出し合っていった。
――愛する地球と魔法少女を守るために、彼ら営業部の戦いは、これからもまだまだ続いていくのであった。