僕との秘密は病気です
僕は、家に帰ると、まず、小さい声で、「ただいま・・・」と言う。そして、家に上がると、足音を極力小さく。しつつも、音をたてて歩く。そして、普通の声で「ただいま」と言う。これが、僕の日課。毎日だから、もう慣れたけど・・・いや、嘘。まだ慣れない。でも、僕には<そうしなくてはいけない>秘密がある。それは・・・一緒に同居している女の子・・・今宵が・・・男性恐怖症だからだ。
今宵は、幼馴染みの、一つ上のお姉さん。少し訳があって、両親がどちらもいなくなってしまい、今宵と二人っきりで同居している。そして、僕は秘かに今宵の事が好きだった。昔から、変わらずに・・・
「準ちゃーん?帰ったの?」
「あ、はーい!」
僕は、返事をしつつも、急がずに歩いた。それに、僕の名前は準士。「今宵!僕の名前は準士・・・」言いかけたとき、今宵は
「きゃああああ!!」
・・・・・物凄い叫び声をあげた。ああ、吃驚した。(まあ、何時もの事だけど。)いい加減に慣れてくれないかな・・・と思っても、仕方がない。病気の様なものだし・・・ただ、僕は悲しかった。親も側にいてくれない。ただ、いるのは今宵なのに、今宵には触れることも出来ない。一人ぼっちと一緒だ。それが、一番悲しかった。
眠ろうと、布団の中に入ったら、息苦しくなって、呼吸が止まりそうになった。
「うっ・・・はあっ・・・はあ・・・・はあっ・・」
体も熱くなってきて、容易には動けないような状態のまま、意識を喪いそうになったとき、一瞬、今宵が見えた・・・・
目を覚ますと、今宵が僕を覗き込んでいた。
「大丈夫?準ちゃん?」
心配そうに聞く今宵だが、僕は少し、安心できた。話に聞くと、僕が苦しそうな声をあげ、そのまま倒れていたと言う。はてさて、僕はどうして今ここに起きれているのかは、不明だ。今宵が何か出来る訳でもないし。
「準ちゃん・・・どうする?入院するの?」
まだ、不安を隠せない様子だったが、慌てている様にも見える。それに、入院なんて、考えてもいなかった。「平気だよ。」と言っても、顔が解れない。いったいどうしたものか。こっちも不安になってきた。
「準ちゃん・・・平気なの?でも・・・私は平気じゃないよ・・・準ちゃん・・・もう・・・もう、心配かけさせないでよー・・・男性恐怖症になったのも・・・準ちゃんのせいなんだよ?」
涙ながらに言う今宵に、何故か疑いを感じる。戸惑いが隠せない。
―俺が、今宵の男性恐怖症の原点・・・?
数年前―
―「準ちゃーん!遊ぼー!!」
隣の家の今宵とは、毎日遊んでいた。遊びと言っても、飯事等ではなく。体も動かすもの全般だ。
「今日は木登りしようよ!!!」
毎日、木登りを提案する今宵だが―
―今宵は木に登れない。
まあ、僕が格好良いところを見せられる、チャンスの一つだ。
「よし、登るぞ。」
一人てっぺんまで登り、枝に腰掛けた。数分後に、最上級生の男の子、5、6人がどやどやとやってきた。そして、今宵を見つけるやいなや、声をかけ、無理矢理連れていこうとする。
「きゃあっ!準ちゃん助けて!!!」
そいつらは、一番恐れられている集団・・・通称、gotto・power団。見つけた獲物は必ず捕らえる、という集団だ。そんなやつらに、今宵が連れていかれそうになっている・・・
「やめろっ!!!」
そう叫んで、木の上から飛び降りたときには、遅かった。僕の回りは一瞬で赤色に包まれた。その時にできた顔の傷は、今でも消えずに残っている。だから、今宵は僕を避けてたんだ・・・
僕は馬鹿だった。毎日今宵を傷付けていたんだ。でも、僕は・・・・
「僕は今宵を見ないと寂しいよ・・・」
「・・・準ちゃん・・・」
心の声のつもりが、つい口に出してしまった。背中に冷たい汗が流れる。また、今宵に迷惑をかけてしまう・・・。そう思ったとき、急に今宵が抱き付いてきた。
「準ちゃん・・・準ちゃんズルいよ・・・っ!!私だって・・・準ちゃんの事好きだったのに・・・準ちゃんが危ないことするから・・・・私と一緒にいると怪我しちゃうから!!だから・・近付かないようにしてたのに!!準ちゃんのばかぁ!!!今さら遅いよ!!!」
今宵が・・・ 僕に触れている・・・抱き付いている・・・こんなにも温かい感情に、僕は少し、今宵を抱き返した。ビクッと体を震わせたが、また、抱き付いた。
「僕、ずっとこうしたかった・・・」
「準ちゃん・・・私も・・・私も、準ちゃんに触れたかった・・・」
届かない想いでも、通じるんだ・・・諦めなければ、通じるんだ・・・
「準士!!行こう!!!」
「うん!今宵!!!」
僕は幸せを抱きながら、未来へ今宵と一歩、踏み出した。