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See You Again

作者: さつき
掲載日:2013/01/13

学校で行われた、小説コンクールへ提出したものです。賞はとれませんでしたが、自分では気に入っている作品(*´ω`*)

 聞こえる波の音。聞こえる砂浜を駆ける足音。目を開いたとき、映る世界は少しだけ寂しく見えた。




 今日は八月三十一日、夏の最後の日。大昔は、八月はすでに秋であったらしいが、現代の感覚では、九月からが秋だというのが一般的だ。

 そんな日の午後。正午も五時間まわった時、葵は慌てて出発の準備をしていた。

「よし」

 気づけば、今年はまだ一度も海に行っていなかった。せめて夏が終わってしまう前には行っておこう。そう思い立ち、自転車で三十分ほどの距離にある海に向かうことにしたのだ。

「みゃーお」

 いざ出発しようとした時、飼い猫のシロが葵の足もとにすり寄ってきた。

「えー、何?あんたもついて来るの?」

 シロは、その名の通りの真っ白で麗しい毛並みを見せつけるかのように、葵の足の間を八の字に歩いている。

「はいはい、分かったよ」

 手ぶらで行くつもりだったが、仕方ない。葵はペット用のバッグにシロを押し込み、急ぎ自転車にまたがった。

「レッツゴー」



 まだ夏だというだけあり、外の気温は高かった。それでも自転車で颯爽と駆け抜けていると、幾分か涼しく感じた。シロもバッグから顔を出し、嬉しそうに目を細めている。

「扇風機より全然涼しいよー」

「みゃー」

 だんだんと陽も傾き始め、少しずつ外気は下がってゆく。心地よくなった葵は、自転車の振動に乗せて鼻歌を歌い始めた。

「シロこの歌知ってる?」

「みゃっ」

「知らないよねー。あたしも前までは全然知らなかったよ」

「みゃーう」

「こんなジャンルの曲、興味なかったんだけどね」

「みゃうぅー…」

「人に影響されやすいタイプなのかなぁ」

「……」

 葵の話に飽きたのか、シロは半目になって寝かぶっていた。

「もー」

「……」

「聞いてないなら、別にいいんだけどさ」

「……」

 ペダルをこぎ続けてだいぶ足が疲れている。葵は一つ息を吐いた。

「ね、シロ。あの海は特別なんだよ」

「…ゃーおぅ?」

「シロは知らないところだけど」

 葵はそう言うと、苦笑いをした。風が潮の匂いに変わり、海に近付いていることを知らせる。夕方の路地、住宅の軒先に置いてあるヒマワリが俯いていた。

「あの人のお気に入りの場所なんだって」



 シロと通じているのか分からない会話を繰り返していると、目的地の海に辿り着いた。ちょうど、朝から遊びに来ていたのであろう家族連れが帰って行く頃だった。

「ほら、着いたよ」

 自転車を停め、シロをバッグから出すと、さっきまで眠そうにしていたのが嘘だったかのように、元気よく海に向かって走って行った。

「海が好きな猫なんて、世界中でシロだけだよ」

 呆れるように笑いながら、葵もゆっくりと後を追う。この海は地元人しか知らないような場所にある、一種のプライベートビーチ。訪客はほとんどいないが、景観は最高だ。

 砂浜を駆け回るシロを眺めながら、葵はポケットからイヤホンを取り出した。プレイリストから、さっき鼻歌で歌っていた曲を選ぶ。

「やっぱ何回聴いても良い曲…」

 目を閉じて流れ込むメロディーに浸る葵。緩やかに吹き付ける潮風が、セミロングの細い髪を少しなびかせた。

 ふと瞼の裏に、この曲を教えてくれた人の姿が浮かんだ。

「お久しぶりです」

 葵は呼びかけてみた。彼は、はにかむように微笑んだ。

「元気にしてる?」

 今度は彼が問いかけてきた。久々に声を聞いた。最後に会った時と少し変わっているような、いないような。葵はコクリと頷いた。

「元気。明日からもう九月だね」

「そっか、九月か。葵のとこはもう仕事始まってる?」

「まだだよ。そっちは?」

「俺のとこは明日から」

「そうなんだ」

 彼は人懐こい笑みを浮かべたまま佇んでいる。葵はそっと、足を踏み出した。

「そんな泥棒みたいにしなくても。消えたりしないよ」

 彼は可笑しそうに肩を震わせた。「馬鹿にしてるー!」と拗ねた素振りを見せつつ、内心で葵はホッとしていた。

「何か懐かしいな」

 駆け寄ってきた葵に、彼は温かい目を向けた。

「ほんとだよ!もう何年ぶり?」

「分かんない。でもお前あんまり変わってないな」

「あれ、そうかな」

「もともと大人っぽかったからね、葵は」

「あら。そんなこと言っても、何も出ないよ?ふふ」

 二人は顔を見合わせて、しばし笑っていた。さざ波の音がリズムを刻んで、葵が流している曲と重なる。

「この曲まだ聴いてるんだ」

「だって一番お気に入りだもん」

「そうかー!嬉しいわー」

 そう言って、彼は二回鼻を啜った。嬉しかったり、照れたりしたときの癖だ。あなたも全然変わってないね、と葵は心の中でつぶやいた。彼と話をしていると、不思議と安らぎを覚える。どんな不安も掻き消される。例え、それが虚偽だとしても。

 陽がだいぶ落ちてきたのか、吹き抜ける風が何となく肌寒く感じる。葵は手をこすり合わせた。

「寒い?」

「ちょっとね。あたし冷え性だから」

「そういや、そんなこと言ってたね」

 彼は「あ」と、何かを思い出したようにポケットをあさりだした。

「あったあった。これあげるよ」

 そう言って差し出してきたのはなんと、使い捨てカイロだった。

「いや、この季節に?さすがにそこまで寒くはないよ」

「いいから貰っとき」

 彼は強引に葵の手にカイロを持たせた。熱くて、むしろ暑い。

「最近はお仕事充実してる?」

 カイロをポケットに仕舞いながら、葵は彼に尋ねた。

「うん。良い職場に巡りつけたからね」

「そっか。なら良かった」

 葵が嬉しそうにつぶやくと、彼はポンポンと優しく頭を撫でた。

「お前はほんとに良い子だな」

 なぜだろう。こうされると、いつでも童心に帰る。あの時の、あの頃に。

 そう、きっと、その記憶はすぐ傍にいる。それなのに、現実との差はどんどん広がって、世界は変わっていくばかりで。理想はこうであって欲しいのに、その真実も知らないまま、また理想を積み重ねる。そうして大人になった。今見えているものだって、所詮は自身の創り上げたビジョンにすぎない。誰も「本当」を教えてはくれない。自分の目でしか確かめることはできない。確かめる手段なんか、あたしには無いのに。

 葵は静かに視線を落とした。

「ありがとう」

「あのさ」

 彼が次の言葉を言おうとした時、遠くの方でシロが鳴く声が聞こえた。

「あ…シロが待ってる」

「もう行く?」

「うん」

「…そっか」

 寂しげな笑顔をみせる彼。葵は自分もきっと同じ顔をしているんだろうと悟った。

「ね」

「ん?」

「あたし、いつも応援してるよ」

 彼は何かに弾かれたような表情をした。そしてまた笑って「ありがとう」とつぶやいた。

「じゃあ、そろそろ行きます」

「葵」

「はい?」

「はい」

「?」

「手、出して」

 差し出された葵の手を、彼はそっと握った。

「また会える時までの充電、ね」

「なにそれ」

 彼はおどけた様子で肩をすくめた。葵はくすりと笑った。

「またね」

 どちらからともなく、繋がれた手は離れていった。

 彼が少しずつ霞んでゆく。

「あのね」

 消えゆくその姿に、葵は言った。

「あたしね」

 彼は微笑んで葵の言葉を待っていた。

「ずっと、あなたが」



「みゃーお?」

 目を開いた。葵の前には小首を傾げたシロが座っていた。いつの間にか時間は過ぎ、真っ赤な夕陽が水平線に落ちて、海を茜に染め上げていた。

「マボロシ、か」

 分かってはいたけれど、あまりにもリアルで。信じてみたかった。どっちにせよ結局、大事なことは言えなかったのだけれども。

 夏の最後にさよならを言った太陽が、完全に沈んでしまった。この目に映る世界は少し寂しく、少し切ない。さっきのことを思い出しては、とめどなく、波のような侘しさが押し寄せてくる。

 葵はシロを抱きかかえた。

「やっぱりここは特別な場所だったよ」

「みゃー?」

「あの人と会えたの。マボロシだったけど」

「みゃーおぅ」

 シロは何やら葵の服を猫パンチしている。

「何、どうしたの?」

 葵はシロのパンチしているあたりをまさぐってみた。

「あ」

 ポケットの中には使い捨てカイロが入っていた。そして、よく見てみると、カイロの側面には文字が書いてあった。


『続きはまた会ってから』


「これ…」

「みゃうぅ?」

 葵はぎゅっとカイロを握りしめた。カイロはまだ、じんわり温かい。理想と現実が混ざりあった景色が、若干潤んで見えた気がした。

「またね」



ありがとうございました!(*^^*)

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