See You Again
学校で行われた、小説コンクールへ提出したものです。賞はとれませんでしたが、自分では気に入っている作品(*´ω`*)
聞こえる波の音。聞こえる砂浜を駆ける足音。目を開いたとき、映る世界は少しだけ寂しく見えた。
今日は八月三十一日、夏の最後の日。大昔は、八月はすでに秋であったらしいが、現代の感覚では、九月からが秋だというのが一般的だ。
そんな日の午後。正午も五時間まわった時、葵は慌てて出発の準備をしていた。
「よし」
気づけば、今年はまだ一度も海に行っていなかった。せめて夏が終わってしまう前には行っておこう。そう思い立ち、自転車で三十分ほどの距離にある海に向かうことにしたのだ。
「みゃーお」
いざ出発しようとした時、飼い猫のシロが葵の足もとにすり寄ってきた。
「えー、何?あんたもついて来るの?」
シロは、その名の通りの真っ白で麗しい毛並みを見せつけるかのように、葵の足の間を八の字に歩いている。
「はいはい、分かったよ」
手ぶらで行くつもりだったが、仕方ない。葵はペット用のバッグにシロを押し込み、急ぎ自転車にまたがった。
「レッツゴー」
まだ夏だというだけあり、外の気温は高かった。それでも自転車で颯爽と駆け抜けていると、幾分か涼しく感じた。シロもバッグから顔を出し、嬉しそうに目を細めている。
「扇風機より全然涼しいよー」
「みゃー」
だんだんと陽も傾き始め、少しずつ外気は下がってゆく。心地よくなった葵は、自転車の振動に乗せて鼻歌を歌い始めた。
「シロこの歌知ってる?」
「みゃっ」
「知らないよねー。あたしも前までは全然知らなかったよ」
「みゃーう」
「こんなジャンルの曲、興味なかったんだけどね」
「みゃうぅー…」
「人に影響されやすいタイプなのかなぁ」
「……」
葵の話に飽きたのか、シロは半目になって寝かぶっていた。
「もー」
「……」
「聞いてないなら、別にいいんだけどさ」
「……」
ペダルをこぎ続けてだいぶ足が疲れている。葵は一つ息を吐いた。
「ね、シロ。あの海は特別なんだよ」
「…ゃーおぅ?」
「シロは知らないところだけど」
葵はそう言うと、苦笑いをした。風が潮の匂いに変わり、海に近付いていることを知らせる。夕方の路地、住宅の軒先に置いてあるヒマワリが俯いていた。
「あの人のお気に入りの場所なんだって」
シロと通じているのか分からない会話を繰り返していると、目的地の海に辿り着いた。ちょうど、朝から遊びに来ていたのであろう家族連れが帰って行く頃だった。
「ほら、着いたよ」
自転車を停め、シロをバッグから出すと、さっきまで眠そうにしていたのが嘘だったかのように、元気よく海に向かって走って行った。
「海が好きな猫なんて、世界中でシロだけだよ」
呆れるように笑いながら、葵もゆっくりと後を追う。この海は地元人しか知らないような場所にある、一種のプライベートビーチ。訪客はほとんどいないが、景観は最高だ。
砂浜を駆け回るシロを眺めながら、葵はポケットからイヤホンを取り出した。プレイリストから、さっき鼻歌で歌っていた曲を選ぶ。
「やっぱ何回聴いても良い曲…」
目を閉じて流れ込むメロディーに浸る葵。緩やかに吹き付ける潮風が、セミロングの細い髪を少しなびかせた。
ふと瞼の裏に、この曲を教えてくれた人の姿が浮かんだ。
「お久しぶりです」
葵は呼びかけてみた。彼は、はにかむように微笑んだ。
「元気にしてる?」
今度は彼が問いかけてきた。久々に声を聞いた。最後に会った時と少し変わっているような、いないような。葵はコクリと頷いた。
「元気。明日からもう九月だね」
「そっか、九月か。葵のとこはもう仕事始まってる?」
「まだだよ。そっちは?」
「俺のとこは明日から」
「そうなんだ」
彼は人懐こい笑みを浮かべたまま佇んでいる。葵はそっと、足を踏み出した。
「そんな泥棒みたいにしなくても。消えたりしないよ」
彼は可笑しそうに肩を震わせた。「馬鹿にしてるー!」と拗ねた素振りを見せつつ、内心で葵はホッとしていた。
「何か懐かしいな」
駆け寄ってきた葵に、彼は温かい目を向けた。
「ほんとだよ!もう何年ぶり?」
「分かんない。でもお前あんまり変わってないな」
「あれ、そうかな」
「もともと大人っぽかったからね、葵は」
「あら。そんなこと言っても、何も出ないよ?ふふ」
二人は顔を見合わせて、しばし笑っていた。さざ波の音がリズムを刻んで、葵が流している曲と重なる。
「この曲まだ聴いてるんだ」
「だって一番お気に入りだもん」
「そうかー!嬉しいわー」
そう言って、彼は二回鼻を啜った。嬉しかったり、照れたりしたときの癖だ。あなたも全然変わってないね、と葵は心の中でつぶやいた。彼と話をしていると、不思議と安らぎを覚える。どんな不安も掻き消される。例え、それが虚偽だとしても。
陽がだいぶ落ちてきたのか、吹き抜ける風が何となく肌寒く感じる。葵は手をこすり合わせた。
「寒い?」
「ちょっとね。あたし冷え性だから」
「そういや、そんなこと言ってたね」
彼は「あ」と、何かを思い出したようにポケットをあさりだした。
「あったあった。これあげるよ」
そう言って差し出してきたのはなんと、使い捨てカイロだった。
「いや、この季節に?さすがにそこまで寒くはないよ」
「いいから貰っとき」
彼は強引に葵の手にカイロを持たせた。熱くて、むしろ暑い。
「最近はお仕事充実してる?」
カイロをポケットに仕舞いながら、葵は彼に尋ねた。
「うん。良い職場に巡りつけたからね」
「そっか。なら良かった」
葵が嬉しそうにつぶやくと、彼はポンポンと優しく頭を撫でた。
「お前はほんとに良い子だな」
なぜだろう。こうされると、いつでも童心に帰る。あの時の、あの頃に。
そう、きっと、その記憶はすぐ傍にいる。それなのに、現実との差はどんどん広がって、世界は変わっていくばかりで。理想はこうであって欲しいのに、その真実も知らないまま、また理想を積み重ねる。そうして大人になった。今見えているものだって、所詮は自身の創り上げたビジョンにすぎない。誰も「本当」を教えてはくれない。自分の目でしか確かめることはできない。確かめる手段なんか、あたしには無いのに。
葵は静かに視線を落とした。
「ありがとう」
「あのさ」
彼が次の言葉を言おうとした時、遠くの方でシロが鳴く声が聞こえた。
「あ…シロが待ってる」
「もう行く?」
「うん」
「…そっか」
寂しげな笑顔をみせる彼。葵は自分もきっと同じ顔をしているんだろうと悟った。
「ね」
「ん?」
「あたし、いつも応援してるよ」
彼は何かに弾かれたような表情をした。そしてまた笑って「ありがとう」とつぶやいた。
「じゃあ、そろそろ行きます」
「葵」
「はい?」
「はい」
「?」
「手、出して」
差し出された葵の手を、彼はそっと握った。
「また会える時までの充電、ね」
「なにそれ」
彼はおどけた様子で肩をすくめた。葵はくすりと笑った。
「またね」
どちらからともなく、繋がれた手は離れていった。
彼が少しずつ霞んでゆく。
「あのね」
消えゆくその姿に、葵は言った。
「あたしね」
彼は微笑んで葵の言葉を待っていた。
「ずっと、あなたが」
「みゃーお?」
目を開いた。葵の前には小首を傾げたシロが座っていた。いつの間にか時間は過ぎ、真っ赤な夕陽が水平線に落ちて、海を茜に染め上げていた。
「マボロシ、か」
分かってはいたけれど、あまりにもリアルで。信じてみたかった。どっちにせよ結局、大事なことは言えなかったのだけれども。
夏の最後にさよならを言った太陽が、完全に沈んでしまった。この目に映る世界は少し寂しく、少し切ない。さっきのことを思い出しては、とめどなく、波のような侘しさが押し寄せてくる。
葵はシロを抱きかかえた。
「やっぱりここは特別な場所だったよ」
「みゃー?」
「あの人と会えたの。マボロシだったけど」
「みゃーおぅ」
シロは何やら葵の服を猫パンチしている。
「何、どうしたの?」
葵はシロのパンチしているあたりをまさぐってみた。
「あ」
ポケットの中には使い捨てカイロが入っていた。そして、よく見てみると、カイロの側面には文字が書いてあった。
『続きはまた会ってから』
「これ…」
「みゃうぅ?」
葵はぎゅっとカイロを握りしめた。カイロはまだ、じんわり温かい。理想と現実が混ざりあった景色が、若干潤んで見えた気がした。
「またね」
ありがとうございました!(*^^*)




