オトシモノオトシヌシ
「お兄さん、これ、落としましたよ」
その幼い声が自分を呼んでいるのだと気づいたのは、ぐいと袖を引かれたから。
驚いたように視線を向ければ、其処にいたのは、小学生くらいの少年だった。
「え?」
「はい、どうぞ」
幼さに相反するような口調に戸惑いを覚えたのは確か。
けれど、それ以上に、少年の差し出すものに酷い困惑を覚えた。
「いや、俺のものじゃ」
「でも、確かにお兄さんのポケットから落ちましたよ」
「見間違えじゃないかな」
俺はそんなもの、持ってない―振り切ろうとしたのに、少年はしっかりと袖を持ったまま。
「僕、目はいいんです。間違えなんかじゃありませんよ」
はい―無邪気に差し出される其れに、空恐ろしくなって思わず少年を突き飛ばしていた。
「俺のじゃないって云ってるだろッ」
あっと思った時には少年は道に転がって、道行く人が視線を向ける。
慌てて逃げ出そうとしたのに、いつの間に起き上がったのか、少年が腕を掴んでいた。
「突然突き飛ばすなんて、酷いですよ」
「は、離せ。俺じゃ」
「お兄さんのですよ。だってほら」
皆もそう云ってるでしょう―不意に示されたのは、横。
つられる様に視線を動かすと、小さな白い手が服の裾を掴んでいた。
裾だけではない。
纏わりつくような白い手がいくつもいくつも。
「ひッ」
思わず振り払っていた。
けれど、白い手はいくつもいくつも。
「や、やめろッ触るなッ」
俺が、俺が―真っ白な手が頭の中を埋め尽くす。
最後に聞いたのは、少年の声。
「ほら。やっぱりお兄さんのものだった」
「本日午後四時頃、路上で騒いでいた男を付近の住民の通報で駆けつけた警察官が取り押さえました。けが人はいませんでしたが、男の傍には、血液反応の出たナイフも落ちていた事から、警察は詳しい事情を聞くと共に、その血液の出所を調べる方針です。ただ、調べによるとこの男は、今年相次いで起った孤児院児童殺害の関与を仄めかす様な話もしているとのことで、警察はその方面で、捜査を進めることにしています」