ボスの思い 2
射撃にフランス語に盗聴器の使い方。どうしよう。どんどん勉強しないといけないことが増えてくる。フランス語はママの国の言葉なのに、ほとんどわからない。ママがフランス語を話すのをほとんど聞いたことがない。ママはパパと結婚したときに、故郷とも家族ともお別れしてしまったそうだ。
ボスはやっぱりいつも不安そうな表情だ。ボス、軟弱ですね。待っていてください! やる気がわいてくる。パパ、私はがんばります。
ロレンツィオが長期で不在のときは、ボスの家に預けられている。
でも、ロレンツィオが不在のときはボスもセルジオもたいてい一緒に不在なので、警備の男や使用人さんたちがいる広い家で、なんだか落ち着かない。いけ好かない家庭教師のマリオはちゃんと来るし、つまらない。
もっと、ボスのそばにいて、守りたいのに、全然相手にしてもらえない。
射撃は結構自信がついた。最近は口径の大きいものに挑戦している。
本当はアンナが使っていた四十四口径マグナムを使いたいんだけど、あれはけっこう反動が大きくて全然扱いこなせない。腕が痺れる、とロレンツィオにいうと、これは女が使う銃じゃない、危なすぎると、取り上げられてしまった。
アンナみたいにロレンツィオとタッグをくめるようになったら、きっとボスのそばに置いてもらえる。
きっと・・・。
私はボスの家のソファでウトウトしていたらしい。
戸が開いて、ロレンツィオとボスとセルジオが入ってきた。
「勉強もしないで、お昼寝か? いいご身分だな?」
ロレンツィオが苦笑しながら言うのが聞こえ、あわてて飛び起きた。
しまった。
「ボンジュール。ジュ マ ペール ミシェル・・・」
ゲラゲラとセルジオが笑い、クスクスと上品にボスが笑った。
ボスが笑うところはあんまり見たことがなかった。
ボスは・・・笑うと綺麗だ。もともとすっごくハンサムだけど。
私はなんだかバツが悪くてうつむいた。
セルジオは笑い上戸なのか、笑ってるところしかみたことがないくらい、いつも笑ってる。
「ボンソワ、ミシェル」
セルジオは私の耳元でささやくようにいってニヤリと笑った。
なんだか耳元からゾクリとするような、くすぐったい感じがして、私は毛を逆立てた。
あ、私が猫だったら、そんな感じ、ってかんじ。
ボスは嫌そうな顔でセルジオを睨み、
「ミシェルに余計なこと、教えるなよ」
といった。
余計なこと。
11か国語で「トイレはどこですか? 超もれそうです」
って、教えてくれたことだろうか?
でも、これは一番重要な言葉だと思う。ちゃんと、手帳にメモしてある。
15か国語で披露してくれた、
「あなたを死ぬほど愛しています」
は使えそうもないし、すぐ忘れちゃったけど。
あれから、私は用心棒にしてもらえないままどんどん時間ばかり過ぎている。ボスもロレンツィオもセルジオもみんな忙しそうだ。暇をみてはセルジオが怪しげなフランス語やらスペイン語を教えてくれる。ロレンツィオは「スポーツ」の射撃と、「護身術」の武道・・・空手とか合気道とかまぜたものらしい、を教えてくれている。ロレンツィオの指導は厳しいし、無駄がない。
なんだか、最近のロレンツィオは疲れているみたいで、心配だ。それに、「護身術」といっているけど、単なる護身術なんかではなく、確実に相手を倒すためのものであることは、私にもわかる。相手の急所を確実につく、武器も使う。本気で教え込もうとしている。たぶん、危険なことが最近多いのだろう。
もうそろそろ、いいんじゃないだろうか?私も役に立ちたい。
今日は家政婦のマリアと一緒に料理に挑戦した。ロレンツィオの好物の魚介類のスープを作ってみたのだ。カサゴがメインでイカや貝がどっさりはいったやつ。ちなみにマリアの旦那さんのネッドさんも好物なんだって。
「ロレンツィオ! 私も手伝ったの。おいしい? おいしい?」
ロレンツィオは目を細めておいしいよ、といっていっぱいおかわりしていた。ロレンツィオは絶対嘘はいわない。ロレンツィオが元気になったみたいで嬉しい。
「ミシェルは料理が上手いな。いいお嫁さんになるぞ。」
ロレンツィオはワインを飲みながら機嫌良くいう。
私はうなずいた。
料理はマリアが作ったのを手伝っただけだから関係ないけど、実はもう一つ、計画がある。ちっともボスの用心棒にしてくれないけれど、ボスを護るもう一つの計画。パパの代わりの用心棒ではなく、アンナの代わりとして、ロレンツィオのパートナーになるのだ。
ロレンツィオだってアンナの代わりがいないと、仕事がやり辛いこともあるかもしれない。もちろん、アンナみたいに凄腕の殺し屋兼ボディーガードになるのは難しいけれど、射撃の腕はなかなかだといわれているし、ロレンツィオ直伝の護身術だって、もうすぐ完璧になるのだ。
お嫁さんと仕事上のタッグを組むパートナーがどう違うかよくわからない。アンナとロレンツィオはごっちゃになっていたから。だから、まあ、お嫁さんみたいなパートナーで別に私はかまわない。ロレンツィオのことは大好きだし、尊敬している。それで、ロレンツィオと一緒にボスを護るのだ。料理も必要なら少しくらい覚えてもいい。
だから、私はいった。
「うん。ありがとう。私、いつか、ロレンツィオのパートナーになりたい。お嫁さんでもかまわない。」
そしたら、ロレンツィオは固まってしまった。
「いや、そういう訳じゃ、ないのだが・・・。」
あわてて否定されて、悲しくなった。